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Mr.NO-GOOD´EX  作者: 慎之介
EXtra
76/77

外伝:激突!!

「あの……」


「何? アミラ?」


「アニス評議長代理自ら出向くのは……」


ルナリスの四将軍であるアミラは、同行したアニスの身を案じる。


「ありがとう、アミラ。でも、先日の天使襲撃があって、人手が不足しているの。分かってちょうだい」


「そうですが……」


二人がモンスターの出没する森へ、部下を率いて出向いたのは理由がある。


それは、この森の中を通る、ニルフォ共和国との国境にある道で、モンスターからの被害報告が多発したせいだ。


「国内の混乱回復も重要だけど、まずは人を守る事が重要でしょ?」


「はぁ……」


「彼が、命を掛けて守ってくれた命です。一人でも救う事が、私達の使命じゃないかしら?」


アニスは、強い眼差しでアミラを見つめる。


「……」


「まだ納得がいかない?」


「いえ! では、頑張りましょう!」


一度目を閉じたアミラが、再び目を開いた時には、心の整理がついたようだ。


アミラには笑顔が戻り、瞳にも強さが戻っていた。


他の四将軍に比べて、まだ幼く気が弱い印象を受けるアミラだが、決して偶然や運だけでその地位についたわけではない。


だからこそ、アニスの言葉を、いち早く理解した。


何よりも、彼女も彼に救われた一人であり、彼が守ったものを壊されたくないと強く思えた。


「予想以上ね」


「そうですね。ミルフォスの影響で、モンスターの生息場所が大きくずれています」


何も法則を理解していないミルフォスが、各国を攻撃させた偽天使。


それに勝るモンスターは、レーム大陸には存在しない。


モンスターや獣は、人間よりも敏感にその化け物の存在を感じ取り、森の中に形成された自分たちのテリトリーから、逃げ出そうとしたものも多くいた。


それによる、生態系の混乱は、人間にも大きな影響を与えている。


「最悪、ルート自体をずらした方がいいかもしれないわね」


「そうですね。Cランクモンスター生息地を迂回しなければ、犠牲者が増えますね」


二時間ほど調査を行った二人は、仮設の机を出し、詳細な地図を広げ、おおよそのモンスター生息場所を書き込んでいく。


「そちらの状況はどう?」


「はっ!」


さらに、合流した別働隊に同行していた動植物に詳しい魔道士の意見や、兵士からの情報ももらすことなく資料に書き加えていく。


「大まかではありますが、出来ましたね」


「ええ。これを持ち帰って、みんなで検討しましょう」


「では、今日は一度引き上げますか?」


「そうね」


二人が立ち上がると同時に、空に信号弾が輝く。


「あれは!?」


「救難信号です!」


「みなさん! 行きますよ!」


先頭をきって走り出したアニスに、兵士達がついていく。


アニスの頭に真っ先に浮かんだのは、モンスターに襲われる旅人だろうという予想だった。


森の中の道が、上りから下りに変わった場所で、モンスターの姿が確認できた。


アニスの予想は的中した。


「嘘……。デスクロウ……」


「まさか、こんな場所まで……」


本来、森の奥に群れで生息しているはずの、大きなカラス型モンスターであるデスクロウを見たアニス達は、その場に固まってしまう。


Cランク上位のモンスターで、数匹なら戦えない相手ではないが、目の前には三十羽の群れで二台の幌馬車を襲うデスクロウ達がいた。


旅行者たちは、幌馬車の中や下に隠れて剣を振るい、必死に爪とくちばしから逃げている。


アニス達は、全員合わせても十四人。


ルナリスに連絡をして、応援を呼ぶしかないが、一刻を争う状況だ。


「アミラ! 応援要請!」


アニスは剣を抜き、アミラに指示を出すと、歯を食いしばった。


人命を救うため、覚悟を決めたのだ。


そして、走りだ……そうとした。


「えっ!? あれは……」


森の中から黒い影が飛び出し、モンスターが瞬く間に塵へと変わっていった。


幌馬車を襲っていた十羽が塵になると、影は三日月状の衝撃波を空へと放つ。


「あ……ああ……」


その光景を目にしたアニスは、握っていた剣を手放し、泣きそうな顔を両手で押さえる。


「アニス様! あれを! 白頭です!」


そんなアニスに、兵士の一人が上空の一際大きなデスクロウを指さす。


白頭と呼ばれた、頭部に鶏冠のような白い羽が生えているその個体は、群れのボスであり、かなりの知恵がある。


今まで、ギルド所属の傭兵を幾人も返り討ちにした、有名なモンスターだ。


手下の犠牲で、衝撃波の射程を目算した白頭は、上空を旋回している。


そこで初めて、動きが速く影の様にしか見えなかった彼が立ち止り、はっきりと確認できた。


「アミラ! あれ!」


「はい!」


嬉しさのため、気が付くと二人は手を握り合っていた。


上空を睨んだままの彼は、そんな二人に気が付かない。


白頭に、魔剣の切っ先を向けた彼は、上空へと跳び上がる。


それを見ていた白頭が、空中で体勢を整えるために、羽をはばたかせるが……。


その時には、空中を蹴り加速した彼に、コアを貫かれた後だった。


ミルフォス戦でレベルが急上昇した彼には、白頭も相手ではなかったのだ。


着地した彼が、幌馬車に乗っていた旅人達から、頭を下げられている。


そんな彼に向かい、二人は走り出していた。


頭をかいた彼は軽く片手をあげると……。


跳び上がり、木々の枝を蹴って上空を走り去ってしまった。


勿論、振り向かない彼は、二人に全く気が付かない。


「え? 嘘……」


「そんな~!」


彼が走り去ったのは、ルナリスの首都がある方向だった。


彼が向かったのは、ルナリスだ。


そう判断した二人は、急ぎ自分達の町へと帰ることにした。


当然、彼女達が帰り着いた時には、忙しい彼は町から消えていた。



兵士達を動員した聞き込みの結果、分かった事は二つだけ。


彼が新しい大陸を冒険する為に、ルナリスでマジックアイテムを買い込んだ事と、買い物が済んだ彼は、すぐさまアルティア王国へ向けて空を走り去ったという事。


出発する港へ仕事で行けなかった彼女達が、彼を再び目にするのは数年後だが、それを知るすべはない。


そして遭難により、その日彼が買い込んだマジックアイテムを使えない事も、彼が知るすべはない。


彼にも彼女達にも、超能力や予知能力といった力が無いからだ。


だから、仕方のない事だ。


****


それから、数時間後、アルティア聖王国のとある貴族の家で、一人の青年が鍛錬に励んでいた。


「九百九十九……千! はぁ~……」


「アルス坊ちゃま、お疲れ様でした」


執事は、アルスにタオルを渡す。


「学年主席になられても、お休みの日までこうして欠かさず鍛錬をされるとは、流石です。旦那様も、褒めておいででしたよ」


「ああ……ありがとう」


浮かない顔をしたアルスは、タオルで汗をぬぐう。


魔人復活事件から、約一年。


アルスは、学年主席になり、武道大会でも優勝した。


生徒会長が卒業し、セシルと彼のいない武道大会で、アルスに勝てる生徒などいるはずがない。


毎日の鍛錬も欠かさず行ったアルスを、周りは評価した。


そしてアルス自身も、少なからず自分の力に手ごたえを感じていた。


あの日見た、セシルと戦う彼との差が、少しは縮んだのではないかと考えていた。


実際に今のアルスが、あの時の彼と戦えば、勝てなくてもいい勝負にはなるだろう。


だが、アルスの追いかけていた彼も、毎日の修練を欠かさなかった。


それどころか、実戦に身を置き、自分よりも強い怪物達と戦い続けていたのだ。


その差は縮まるどころか、以前にも増して開いていた。


自分が武道大会で優勝した事を喜んでいる間に、彼は神と呼べる化け物と戦えるほど成長していた。


何処かの彼と違い、性格のいいアルスは、彼を逆恨みしているわけではない。


ただ、自分自身のおごりと甘さが、悔しいだけだ。


その悔しさが、彼の顔を曇らせる。


「アルス坊ちゃま? 紅茶でもご用意致しましょうか?」


「いや。スポーツドリンクが飲みたいから、自動販売機で買ってくるよ」


「それでしたら、誰か使用人が……」


「ついでに軽く走ってくるから、自分で行かせてよ」


「かしこまりました。お気をつけて」


執事に断りを入れたアルスは、門を出てランニングを開始する。



「あ! アルス君だ!」


「やあ」


「きゃぁぁぁ! 頑張って!」


たまたますれ違った学園の女生徒は、アルスに手を振る。


アルスも健康な十七歳の男性である。


女性に興味が無いわけがない。


元々女性に人気のあったアルスだが、大会優勝で学園一番のアイドル的な存在になった。


毎日のように違う女性から告白されるが、アルスの密かな思い人は振り向いてくれない。


委員長のファナは、一年前から彼に想いを寄せたままだ。


その上、彼は魔族を含めた美人達に、告白までされていた。


「はぁ~……」


溜息をついたアルスは、自動販売機の前で立ち止まる。


本来は、もう少し走ろうと考えていたようだが、心のもやもやがアルスの足を止めさせた。


スポーツドリンクを一気飲みするアルスの目に、屋根を走る影が見えた。


「あいつ……」


彼はマキシム邸へ向かい、屋根の上を疾走していた。


アルスは、持っていたスポーツドリンクを投げ捨て、その影を追いかけていた。


「くっ! 速い……速過ぎる!」


アルスは、彼が屋根を走っている理由が理解できた。


急いでいるのだろうが、彼の速度で人が行き交う道を歩けば、最悪けが人が出るだろう。


彼は屋根を軽やかに飛び跳ねながら、走っている。


明らかに本気ではない。


それでも、舗装された道を全力疾走するアルスは追いつけなかった。


****


「はぁはぁはぁ……」


アルスが酸欠でフラフラになりながら、アドルフ将軍宅へ到着すると、用事を済ませたらしい彼が庭に出ていた。


先程は持っていなかった鞄を肩にかけている。


アルスには彼が荷物を取りに来たのだろうと、推測が付いた。


気が付くと、アルスは鉄でできた格子状の門を、両手で掴んでいた。


「体には気を付けなさい。頑張ってね」


「はい……。行ってきます! メイド長!」


「行ってらっしゃい」


彼が、使用人の女性に頭を深く下げている。


彼が行ってしまう。


何か……。


と、考えた彼は口を開いた。


「レ……」


しかし、そこでアルスは言葉を詰まらせた。


自分が何を喋ればいいか、全く思いつかなかったからだ。


自分は、彼の事を何一つとして知らないし、共通の話題など思いつくはずがないと考えている。


「あ……」


そこで、アルスは気が付いた。


アルスは彼の友人ではないのだ。


元クラスメイトで知り合い。


それ以上でも、それ以下でもない。


「はははっ……。なんだよこれ……」


アルスは彼から隠れる様に、道路側の壁に背中を預けて座り込んでいた。


そんなアルスの事など知らない彼は、門を跳び越え、屋根の上を走り始めていた。


アルスは、走り去る彼に握り拳を向ける。


「いつか絶対……友達になってやる!」


勿論、振り向かない彼は全く気が付かない。


万が一振り向いても、彼はきっと誤解するだろう。


拳を向けられたことで、喧嘩を売られたっと言って、最悪殴りかかってしまうかも知れない。


彼は、お馬鹿さんだから……。


****


そんな彼は、城へと向かって屋根から跳び上がり、空中を走る。


恩人であるアドルフに、最後の挨拶をするためだ。


「お! 運よく庭にいた!」


城内にある庭を歩いている、アドルフ将軍を見つけた空中にいる彼は、門の前に着地しようと空中を蹴るのをやめる。


「あ……うおああ!」


彼が落下した先には、飛び立った鳩の群れがいた。


反射的に鳩を避けようとした彼は、空中を蹴る。


この頃まだレベルの低かった彼は、足を折った上に、変な角度で吹っ飛ばされた。


「んぎゃゃぁぁぁぁぁぁぁ! へぶし!」


城の壁に激突した彼は、血塗れでアドルフ将軍の前に転がった。


アドルフ将軍とその部下は、その光景にただ呆然としている。


「やべっ……死ぬ。ちょ……起きろ」


魔剣の賢者を起こした彼の体から、煙が吹き出した。


「あの……大丈夫か?」


「あい……」


「ど……どうしたんだ?」


「あの……その……行ってきまつ」


その光景を見ていた将軍の部下達は、必死で笑いをこらえている。


何とか眉間を指で押さえて、笑いをこらえたアドルフ将軍は、彼に言葉を伝える。


「行ってこい! 息子よ!」


「はい!」


彼のぶつかる大きな音で、庭に走って出てきたリアナ姫に……。


城を走り去る、振り返らない彼は気が付かなかった。


これが、少し間の抜けた振り向かない英雄の、レーム大陸を出発する少し前のお話。

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