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Mr.NO-GOOD´EX  作者: 慎之介
EXtra
75/77

外伝:行商人は笑う

職人の朝は早い。


朝霧の立ち込める中、一人の男性が専用の小屋で、轆轤ろくろを回す。


十分に土と対話した男性は、作品を乾かす棚に慎重に置いた。


そして、すでに十分乾いた作品に釉薬うわぐすりをぬる。


「いい出来ですな」


「ああ」


年老いた人狼の声に、返事をした男性は、作品を再び棚へ戻す。


年老いた人狼は、それを只見守っている。


褐色の肌と、銀髪が特徴的な男性の名は、ゴルバ。


「仕上げは任せたぞ」


「お任せを」


十分に精神統一の出来たゴルバは、一人小屋を出る。



小屋の外には、数人の人狼が待機していた。


「湯殿の準備が出来ております」


「ああ」


浴室へ向かおうとしたゴルバは、足を止めると振り返る。


「俺の盆栽を……」


「はい。私共がお世話させていただきます」


「頼んだ」


女性の人狼にそう告げると、ゴルバは今度こそ浴室へ向かう。


「本日は、私共がお背中を……」


「いや、一人で入る」


「しかし……」


「頼む」


「かしこまりました」



屋敷の中で待っていた女性の人狼に、断りを入れてゴルバは一人、屋敷の風呂へと進む。


チーっと作業用のつなぎを脱ぐと、入浴を開始した。


これからの事を考え、ゴルバは彼の事に思いをめぐらせる。


何処かがおかしい英雄。


間の抜けた最強の剣士。


「ふふっ……」


彼の事を思い出したゴルバは、自然に笑いがこぼれた。


自分が主人と決めた彼は、いつも人を笑わせていた。


自分が貧乏くじを引き受けて、泣いている人を笑わせていた。


どんな時も、笑って道化を演じる、不器用な彼を思い出すとゴルバは笑いが込み上げた。


「ふぅ~……」


ゴルバが目標と決めた、彼の背中は今も遠のいている。


それを考えると、自然とため息が出る。


自分では、彼を支えられないと分かっているからこそ、記憶をなくした妹と同僚を連れて、国に帰ってきた。


悔しいと気持ちが、ゴルバの眉間にしわをよせる。


彼に助けられ、背中を追いかけたゴルバだからこその気持ちが、決意の籠った眼差しに現れる。


風呂からでたゴルバは、用意されていた正装に着替えると、人狼の戦士を率いて港へと向かう。


****


「早いな」


「出発まで、まだ時間があるわよ?」


目的の建物に到着したゴルバを、同じ将軍であるシグーとルネが迎える。


「遅れるよりは、ましだろう」


「まあ、そうね」


「この時間で既に、七割が到着か……。出発を早められるな」


「ええ」


部下に荷物の積み込みを指示すると、ゴルバは建物の中にある、会議室へ向かう。



「うん?」


部屋の中には、ルナリス評議長補佐であるイリアがいた。


「お疲れ様です。ゴルバ将軍」


「いや……。何かあったのか?」


「ご依頼の品が一つ手に入りましたので、お届けに上がりました」


イリアは、箱に入っていた水晶玉を机に出す。


「これは、偶然撮影されたものです」


「そうか。わざわざすまない」


「いえ」


立ち上がったイリアは、転送の準備をする。


「イリアさん? わざわざこれだけの為に?」


「ルネ将軍? 貴女も分かってるんじゃないですか?」


イリアの、次に発する言葉が予想のついたルネは、少しだけ口角を上げる。


「これは、きっと誰かの心を奮い立たせることが、出来ます。だからこそ、届けたんです」


そう言い終わったイリアは、自身も出航の準備の為に、転移の魔法で国へと帰還した。


すぐに機器へとつながれた水晶玉は、魔法で撮影された映像を画面に映しだす。


魔族の三将軍は、椅子に座るとそれに目を凝らした。



****


画像は、巨大な炎の渦から始まった。


炎が消えると、空を埋め尽くした翼竜達が映る。


廃墟に見える城の上空を、数え切れないほどの翼竜が旋回していた。


「くっ! 身を隠せ! 見つかればおしまいだ!」


画像がずれると、岩に隠れる兵士たちと、子供が映る。


魔法で撮影されたそれは、術者の視覚そのものなのだろう。


目まぐるしく兵士や子供の映像が移り変わった後、背後の絶壁を映した。


どうやら、逃げ場がなく翼竜から身を隠しているらしい。


人間の兵士が十人ほどしかいない。


それ以外は、亜人種の子供達だけだ。


翼竜達に見つかれば、一巻の終わりだろう。


絶望的な状況。


しかし、なぜか映し出された人達の目には、希望の光が見える。


諦めている者は、誰一人としていないようだ。


「よし……よし! いけ!」


術者自身の声が、映像から流れてきた。


画面には、炎を切り裂く……。


彼がいた。


数え切れないほどの翼竜が旋回している空で、彼は一人戦っていた。


白と黒の二本の剣を握りしめ、空を駆けている。


それを見た三将軍の手に、それぞれ力がこもる。


翼竜一体一体が、途方もなく強いと三人には分かる。


それでも、彼は怯むことなく剣を振るう。


全てを焼き尽くすほどの炎に、真っ直ぐに飛び込む。


そして、翼竜を見る間にどんどんと塵へと変えていく。


かなり離れた場所からとらえた映像だからこそ、ギリギリ彼の姿が分かるが、信じられない速度で動いているのだろう。


炎と翼竜の影は、彼の虚像を無数に浮かび上がらせていた。


翼竜達が半分以下に減った頃、地上の城が崩れ落ち、悪夢のような化け物が姿を見せた。


体長が十メートルは超えるであろう、翼竜が彷徨を上げる。


「あれが……伝説の邪龍……」


「本当に、どうにかなるのか?」


「世界の終わりだ……」


兵士達から、次々に絶望の声が聞こえる。


「兄ちゃんは負けない!」


兵士達の声を切り裂いたのは、亜人種の子供達だった。


「兄ちゃんは、強いんだ!」


「絶対に負けないもん! 約束したもん!」


子供達の真っ直ぐな目には、彼が宿した希望の光が見える。


「お前達……」


「そうだな……。すまない! 私達も、信じよう!」


兵士の隊長格らしき人物の言葉で、兵士達の目にも再び希望の光が戻る。


非力な彼等が出来た事は、ただ信じる事だけ。


優しい彼の約束を。


勿論、負けず嫌いな彼は、約束を違えない。


邪龍が、仲間を犠牲に放った尻尾の一撃は、彼に直撃する。


どうやら、映像を映している人物は、かなりレベルが高いようで、映像がズームアップされる。


彼の両腕が、あり得ない方向に折れ曲がっている。


「まずい!」


動きの止まった彼に、邪龍は、追撃ちとして口から強力な熱線を浴びせた。


真っ白い障壁で防いだが、彼の両足は燃え尽きていた。


結果が分かっているはずのゴルバ達も、無意識に拳を握りしめていた。


落下する彼を、翼竜達が襲う。


空中で幾度も体当たりされ、牙で引き裂かれた彼は、ボロボロになっていく。


そんな彼が、撮影者の視界から突然消える。


撮影者の目線は、必死に彼を探そうと目線を移動させている。


「ああ……」


次に映った彼は、旋回する翼竜の背中にいた。


両手足が使えない彼は、翼竜の背中に噛みついていたのだ。


彼の口からは、大量の血が滴っている。


拡大された彼の目には、まだ炎が灯っていた。


そう、彼はどんな状況でも諦めない。


ボキッっと音が聞こえそうなほど生々しく、噛みついていた歯が折れた。


血まみれで空中に投げ出された彼は、回復させた両手に剣を握り、復元させた両足で空中を蹴る。


そして、真っ直ぐに邪龍へと飛び込む。


そんな彼を待ち受けていたのは、邪龍からの熱線だった。


「えっ!?」


熱線が彼に直撃したと思った瞬間、彼は蜃気楼のように消える。


それは、彼の奥義である虚像だった。


離れた場所にいた術者だから、ギリギリ視界にとらえられたのだろう。


既に地面に着地していた彼は、邪龍を腹部から二本の剣で切り裂いていく。


魔力の刃で両断された邪龍は、断末魔を上げると、爆発した。


残っていた翼竜達も、それに巻き込まれ消えていく。


爆発の音と光で真っ白だった視界は、しばらくすると元に戻った。


映っていたのは、さら地となった地面だけだ。


術者は、再び彼を探す。


死ぬはずがない……。


生きていてほしいと思っているようだ。



ビリビリと何かが破ける音が聞こえた術者は、後ろを振り向いた。


そこには、慣れた手つきでボロボロの服を破り捨て、着替えている彼が映った。


周りの兵士や子供達もただ、呆然としている。


「お前は何者だ?」


「只の行商人ですよ~っと」


「しかし……」


「隊長さ~ん。これで、契約成立ですね~っと」


「あ……ああ。この子達は、私が責任をもって面倒を見よう」


「毎度~」


彼は、飄々と笑う。


「に……兄ちゃん!」


彼に子供達が抱きつこうとしたが、彼はそれを避ける様に後ろに飛び退く。


「兄ちゃん?」


「死にたくないだろ? あんまり近づくな」


彼は、優しく笑っている。


大きな荷物を背負い、目元を隠すようにフードを被った彼は、もう一度全員から距離をとる様に、後ろに跳んだ。


そして、先程とは違う笑顔を浮かべる。


「また、どこかで見かけたら御贔屓に~」


そう言い残した彼は、そのまま空を駆けて行く。


彼が見えなくなったところで、映像は終了した。


三将軍は、目を瞑りそれぞれが何かを考えているようだ。


「失礼します!」


そこへ、兵士が入ってきた。


「全軍! 準備が整いました!」


それを聞いた三将軍が、建物のテラスへ向けて歩き出す。


****


テラスには、すでに姫と残りの二将軍が、待っていた。


「では、始めますね?」


三将軍に確認した姫が、マイクに向かい兵士達に言葉を送る。


「今、私達は大いなる脅威にさらされています! しかし、我等帝国兵は、それに屈しません! 我等は……」


きまり文句となっている、戦闘前の言葉を、兵士達は黙って聞いている。


その言葉が、何処か薄っぺらいのは、記憶をなくした姫なのだから仕方が無い。


ルネ達はそう考えていた。


「皆の活躍に期待します!」


姫がしめの言葉を口にした。


それを、帝国の兵士達はただ眺めていた。


なんら間違っていない、正しい光景だった。


ケチをつける所もない。


しかし、ゴルバは姫を押しのけ、マイクの前に立っていた。


日頃無口なゴルバの行動に、姫はただ呆然としていた。


「今! 虚栄心や見栄でこの場にいる者がいるなら、今すぐに立ち去れ!」


「ちょっと! ゴルバ!」


「これから向かう新大陸にいるのは、神にも等しい化け物だ! 生きて帰れる保証はどこにもない!」


ゴルバを止めようとした姫を、ルネが押さえつける。


「その脅威を無視すれば、世界は滅びるかもしれない! だが、私達が何とかしよう!去りたい者は、今すぐ去れ!」


「ルネ! はなして!」


「誰に強制されるわけでもなく、自分の意思で命を賭けられる者だけ残ってくれ!」


両腕を掴まれた有翼族の将軍も、動けないでいる。


「だが……。あいつは今も、その脅威と戦っている! 血と泥にまみれ! 命を掛けて! 俺達を守るために!」


ゴルバのその言葉に、姫の力が抜けた。


「俺は……俺達は、見たはずだ! 真の勇気を! 本当の英雄を!」


徐々に兵士達の目に、炎の様に強い意志が灯っていく。


「俺は、俺の意思で戦う! 勿論、死ぬつもりはない! だが、命を賭ける意味を俺は知っている!」


兵士達の戦う意思が、熱気となり渦巻いていく。


「それは、あいつが俺達に指し示してくれた勇気であり、希望だ! 俺は俺自身に恥じないために、それに全てを賭ける! この意味を理解し、賛同してくれる者は共に行こう!」


その場から立ち去る兵士は、一人もいなかった。


大きく息を吸い込んだゴルバは、全力で叫ぶ。


「さあ! 今こそ! 我等が信じた英雄の元へ!」


帝国の兵士達は、それのこたえる様に全力で声を出し、拳を天につき出す。


「おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


士気の高まった帝国兵士達は、我先にと新造戦艦へと乗り込んだ。


悪魔の待つ、新大陸へ向かうために。


「ゴルバ……。お疲れ様。いい演説でした」


ルネに肩を叩かれたゴルバも、そのまま船へと向かう。


彼の元へ馳せ参じる為に……。

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