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Mr.NO-GOOD´EX  作者: 慎之介
第十三章:時空と真実編
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十三話

世界に、雪のような黄金の光が降り注ぐ。


それは、かつてレイと呼ばれていた破片。


未来をつかみ取った光。


ユミルと戦った神々の目の前から、魂の故郷がいきなり消え去りました。


ほとんどの神々が、何が起こったか理解できずただそれを見つめているだけ。


もちろん、呆然と……。


ただし、彼と深くかかわった者はその理由をわかっています。



「馬鹿が……」


(……真幸……)


「世界をたった一人で……背負って……未来へぶん投げて消えやがって……」


師匠と呼ばれたその人は、枯れ果てたはずの涙を流しその場に崩れ落ちました。


自分が変わってやりたい……。


でも、それが不可能だということも理解しています。


自分の弟子は、自分を超え最高へとたどり着いたのです。


でも、悲しくて仕方がない……。


「俺はまだ……。俺は、まだお前に言ってないことが山ほどあるんだよ。馬鹿弟子が……」


口をついて出るのはいい言葉ではありません。


でも、彼の心を占めるのは自分すらも解放してくれた、大好きな弟子の笑顔にもう一度会いたいという気持ち。


ただそれだけなんです。



「もう……もう二度と、男になんて惚れない!」


「アストレア……」


「だって……だっで~……」


あれほどプライドが高かった、双子神の妹……。


アストレアは、顔をぐしゃぐしゃにして姉の胸元に縋りつき泣きじゃくります。


そのさまは、まるで幼ない子供のよう……。


「いだいの! 胸が、引き裂けたみたいなの! お姉ぢゃん! おでべぢぇん!」


妹の頭をやさしくなでる姉も、涙を我慢できないようです。


「すん……あ~……そうね~……。ああ、痛いね」


必死に顔を上に向け、涙をこらえようとしているようですが……。


その量では、止まりませんよ。


「あいつ! あいづぅぅ!」


「ええ……ぐす……幸せだったってさ……」


「こんなの……ないよ~」



少しだけ、視線を移すと……。


メーヴェルとエルミラが、お互いを強く抱きしめ静かに涙を流しています。


二人は、彼の危うさを理解していました。


でも、自分達には彼を止めることが出来なかった。


悲しくて、悔しくて……でしょうか?


彼が死ぬことで……。


メーヴェルは、自分が彼に対して一人の男性として好意を持っていたのだと、認識してしまいました。


今更、もう遅い……残酷な言葉です。


エルミラは、ただただ悲しくて。


それ以外考えられず、涙が止まりません。



その場に座り込み、彼が向かった方向を眺めているヤニ……。


ローズも同じように眺めています。


あまりにも唐突で……。


あまりにも残酷なそれを、受け入れられないようです。


眺めていれば、彼が笑いながら帰ってきていつものように、みんなで彼の作った食事をとるんじゃないか……。


その時考えていたことは、おなかがすいたな~。


不謹慎でしょうか?


本当に少しだけしか一緒にいなかったのだから、仕方のないこと?


いいえ。


彼らの中で、失った彼はすでに大きなウエイトを占めってしまっているのです。


ほら、頭が理解を拒否してもすでに涙が……。


もう少しだけ、理解に時間が必要なだけです。



****



「あの……え!? あの……どうかされたんですか!?」


アルティア聖王国の最高軍事司令官が、打ち合わせ中に補佐官と共にうつむき震え始めてしまったのです。


それに対して、理由すら見当のつかない大臣は、どうすればいいかわかるはずもありません。


彼の欠片……。


それは世界にまんべんなく降り注ぎます。


でも、彼に関わったもの以外には感じ取ることができないようです。


アドルフ:マキシムの部屋で、補佐を務めるパメラ:リーズとアルス:ルーク……。


何よりも、彼の養父にあたるアドルフ本人は、帰還を果たさず……。


正確には果たしていないと思いこんでいる英雄の、再びの死を知りました。


「なんだよ、それ……。勝ち逃げかよ……レイ」


彼と同じ年の若い補佐官は、本当に悔しそうに涙をにじませます。


アルス自身は、軽蔑やさげすむことを彼にすることはありませんでした。


相手の本質を、一瞥で見抜く力。


それこそが、アルスを天才たらしめる才能なのです。


きっと彼と同世代でさえなければ、人々の記憶に勇者として残っていたでしょう。


「俺は、お前をずっと目標にしてたんだぞ……。ずっと……ずっと……」


そんな運の悪いアルスを、彼が羨望と妬みのまなざしで見ていたのはもう昔の話。


自分より劣る相手に何故?


簡単です。


アルスとは別の意味で、彼は人のいいところを見抜く力も、持ち合わせていたのです。


本人に自覚がないだけで、彼は資質の塊だったのですから……。


能力も、心も。


惜しむらくは、ネガティブの視線でその才能を使い、友になる可能性があったアルスを妬むことしなかったことでしょうか?


「私は……私は、謝罪もさせてもらいないの? レイ君?」


もう一人の補佐官である、パメラ:リーズ。


教員として彼と出会い、自身のヒステリックな性格から、彼にひどい仕打ちをしてしまった女性です。


パメラの行いは、彼から見れば下の下……。


まさに最低といえるでしょう。


でも、彼自身にも十分すぎるほど原因はありました。


だって彼は、不器用をオーバーフローさせたお馬鹿さんでしたから。


パメラがここ数年、彼のことを考える時間に死んでしまった旦那さんよりも多くをさいていたのは、彼女だけの秘密。


これも一つの想い……。


そんなパメラに心の中で彼が、クソとかビッチとか言っていたことは内緒です。


彼にもう一度会って、謝罪したい。


こう考えている人は少なくありません。


ただ彼が目の前に現れたとしても、その思いの多くは叶えられないでしょう。


成長してしまった彼は、それを不要と考えるから……。


全てを昇華して受入れ、旅立ったのですから。


でものもしが……あるとするならば、彼は憎たらしいほどの笑顔で言い放つでしょう。


ああ、どうでもいいよ。それより、腹減った……飯おごって~……と。



「私……私……ううぅ」


部下の手前、目にたまった水分をグイッと拭き取ったアドルフは少し大きな声を出す。


「今日は、我が家で宴を催す。お前たちは強制参加だ。退勤時間になり次第、準備を進めるように!」


「は? あの……将軍?」


年のせいでしょうか?


アドルフの涙腺は、すでに壊れてしまったようです。


アドルフの思い出。


それは、小さな事でした。


孤児となった彼を引き取り、育てた事ではなく。


彼のために、慣れない子供向けの玩具を密かに買った思い出。


それを彼に渡すと、それを受け取ってもいいのかと恐る恐る見上げてきました。


アドルフが笑うと、満面の笑みで自分からの贈り物を受け取った、まだ幼かった彼。


その顔を見ることが、アドルフはとても大好きでした。


玩具店で、変装したアドルフが常連客になるのに、そう時間は必要ありませんでした。


アドルフの注いだ愛情も、今のこの結果にいたる一因でしょう。


「息子の……自慢の息子が……ぐう……幸せといった! 祝わずには……ふっ……ぐっ……」


アドルフの言葉と、滝のような涙に大臣はさらに困惑しています。


「大臣! 早く……早く! 皆に伝えるんだ!」


「は? はぁ……」


ドンとアドルフが机をたたく音で、大臣は部屋を飛び出しました。


まぁ、いい迷惑かもしれません。


でも、それを許されるだけの地位と権力がアドルフにはあります。



その思いに呼応するかのように、アドルフの屋敷に務め……。


彼に養母としてのやさしさを与えていたメイド長は、ハンカチを握りしめ使用人に大々的な催しの支持を出します。


アドルフに反対されても構わない、自腹でも彼を見送りたい。


そんな思いは、主であるアドルフと合致しているようです。


自分が育てた、無口で引きこもりがちだった少年は……。


自分の手を離れ、大きく、とても大きく育ちました。


世界すべてを愛で包み込むほど大きくです。


こんなに……こんなに嬉しいことはないはずなのに……。


メイド長の涙が止まらないのはなぜでしょう?


ふと、キッチンでつまみ食いをしていた、少年の影を思い出してしまいました。


食べ盛りだった彼に、そっと彼用のつまみ食いをさせる為だけの皿を用意していたのは、彼女です。



あ~あ……。


思い出してしまうから……。


涙が止まらないんですよ。


うずくまって動けないんですよ。


ダメですよ。


裏口をいくら眺めても、お疲れっすと言って彼は入ってきません。


彼のメッセージなんか受け取ってしまうから……。


とても暖かくて、何よりも悲しい言葉を聞いてしまうから……。



リアナ姫に、リリーナ……。


この国は……。


違いますね。


この国も、彼に関わった人が多すぎます。


その多くの人物が、知らない人が見ると病気なんじゃないかと思うような行動をとります。


大多数が、涙を流しながら……。


彼との思い出のフラッシュバック……。


思い出が多いということは、幸せでしょうか?


でも、この場合は心が痛むはずです。


思い出が多ければ多いほど……。


人の記憶とはいい加減なもので……。


この国にいる間、彼はさほど笑いませんでした。


でも、記憶の中の彼はよく笑っています。


彼のあの言葉が、その顔への連想を誘発したのかもしれませんね。



****



「マスター?」


「おう、ノリスか……」


「今日はもう閉店ですか?」


「店はな……」


彼が少しの間だけ身を置いた傭兵ギルド。


そのマスターと看板を務める傭兵は、カウンター越しに酒を酌み交わす。


あいつは変わった奴だった。


不器用でしたよね。


そういえば、あの時も……。


酔った二人は、朝日が顔を出すまで同じ思い出を延々繰り返します。


あれ?


その誰も座っていない席に用意された、ハンバーグ定食とコップに並々とつがれた酒はなんですか?


そういえば、彼はマスターの作るハンバーグがお気に入りでしたね。


よく、そっとホテルの激務を抜け出して食べに通っていました。


目が充血しているのは……。


酒と寝不足のせいでしょうか?


同じ話……。


確かに同じ話ですが、話はつきません。


黙ってしまえば、心が痛くて痛くて……。


激痛で涙が止まらなくなってしまうから。


痛みをお酒で追い出さないと……。


彼はそう望むとわかっているから。


彼は、こんなところでもいい人たちに出会っているのですね。


羨ましいことです。



「まったく! 気に入らない! まったく!」


真っ赤な髪をした男性……ルナリス四将軍の一人であるネロは……。


嫌いだったはずの彼に対して、自分が今抱いている感情が許せなくて不満を口にします。


「彼は……最後まで、彼らしく戦ったという事じゃな」


同じく四将軍のバランは笑う。


力なく、とても悲しそうに……。


「くそっ! せっかくの集会が! あぁぁ! くそ!」


同じ四将軍のアミラやイリア達……。


何より評議長であるアニス:カーチスが号泣している。


ネロの空気を読まない発言は……。


只の強がりですね。


どんどん目が充血してますよ?


彼はどうしようもない人だから、多くの誤解を生みました。


でも、多くの命と心を救ったことを忘れる事は……。


無理なんでしょう。


それに、忘れたいとも思っていないようですね。


だから、泣くんですね?


もう何も出来ないから……。


それしか自分たちには残っていないと知っているから。



****



魔族と呼ばれた亜人種たちの国。


若き女王のおさめるエルフの国。


この二つの国のトップは、全くの同タイミングで……。


その優秀な能力を一時的に喪失しました。


もちろん、魔族のほかの将達やエルフの国の補佐官も……。


全くの同タイミングで……。


「なによ~……最低~!」


「また……また、これですか? レイ?」


「やさしすぎるんだ! お前は……」


「やらない善より、やる偽善って……言ったじゃない。やり遂げちゃったら、善なのよ……。馬鹿……。最後の最後で振り向くって……。私はどうすればいいのよぉぉぉぉ!」


彼は、いったい幾度彼女等にこんな思いをさせるのでしょうか?


きっとまた、殴られたり刺されたりするかもしれませんね。


彼がその場にいたのであれば……。


もちろん、れば……の話です。


追い求めた彼は、あまりにも速く走り抜けます。


振り返らずに。


真っ直ぐに走る彼に手が届く人が、いったいどれだけいるでしょう?


最速に分類される彼は、負けず嫌いですから……。


きっと大声で笑いながら走り抜けます。


鈍感……これも彼を構築する大事な部品です。


勝手に走り抜けて、届いたメッセージが幸せだった。


追うものとしては、たまったものじゃないでしょう。


でも、だからこそ……。


そんな自分勝手だけど優しい彼だからこそ、想いを寄せるのです。


わかっていますが、涙を止めることができません。


彼はやさしいから……。


泣いている女性を救おうとしてくれるんじゃないか……。


その願望を消すことができないから、泣きやむことができません。


彼がひょっこりと……。


どうした?


俺の力が必要か?


そう言って、目の前に現れてくれるんじゃないか……。


奇跡のない世界で……。


人はどうしてもそれを望んでしまいます。


人は脆く弱いから……。


それでも立ち上がり、希望に向かって歩くことができる……。


どれほどの地獄を走り抜けようと、命の彼岸ギリギリに追いやられても……。


諦めないことで、彼は復活して見せた……。


そう、彼が皆に示して見せたから……。


だからこそ、人は何よりも強い。


そう、信じられるのではないでしょうか?


もちろん、受け取り方は人それぞれですが。



****



「ファーンお嬢?」


「カザル……聞こえるか?」


「へい……」


彼がかつて乗り合わせた海賊船は、今は輸送船として業務をこなしていた。


その船長である女性は、泣き疲れて上った甲板で、不思議な……。


とても心地の良い歌声に耳を傾ける。



月明かりの岩礁に照らし出されたのは、人魚と呼ばれる亜人種たち。


大勢の人魚たちは、月に向かって想いを込めた歌を歌う。


本来人間との接触を極端に嫌う彼女達ではあったが、今日のこの日は特別な日だから……。


人間の船から逃げ出さない。


本来ここで歌われるべきは、レイクイエムでしょう。


でも、人魚たちは彼の思いにこたえます。


だからこそ、歌うは歓喜の歌。


不思議な人間の恩人に、心からの歌。


彼が望んだ歌。


彼らしい、アップテンポな……やさしい歌。


潮風と涙のせいでひりひりする頬をこすると、女性の船長は……。


「さあ! 仕事だ! 行こう!」


「へい!」


船に帆をはる支持をする。


少しだけ、彼があのまま留まってくれれば、最強の海賊になれたのにな……などと冗談程度に考えながら。



****



「おじちゃぁぁぁん!」


「おお……来ると思ってたぜ」


前歯に少しだけ特徴のある男性が、孤児院から嫁に出ている妹とその息子を迎え入れる。


「あ! 姉さん……」


「みんなも……来るわよね」


「ええ」


大きなテーブルには、豪華な料理が並びそれを大勢の血のつながらない家族が囲む。


「よし! みんないいな!」


電気を消し、ろうそくを灯しました。


そして、食事の前に全員が手を合わせ、目を瞑り祈りを捧げます。


「レイ……レイよ~。もう、助けてくれなんて言わね~から……。だからよ~」


あまり綺麗な泣き方ではありませんね。


でも、涙に綺麗か汚いかがあるとすれば。


これは、とてもとても綺麗な涙です。


「飯ぐらい奢らせろよ……。馬鹿野郎……」


彼と一緒にいたのは、たった数日。


「ジョシュー兄……ぐす……」


その数日で、彼はその家族の命を救いました。


その男性から泣くという行為が、連鎖するように全員にうつります。


中には、みんなが泣いているから悲しくなって泣いている子供もいますが……。


豪華な食事が、彼らの口に運ばれるときには……。



せっかくの奮発した料理ですよ?


温めなおしましょう。


彼の分も、あなたたちが食べないと……。


もう彼は、その食事を必要とはしないのですから。



****



「えっ!? 輔沖兄さんが?」


「そうじゃ。家臣五十人の前で、号泣しおった」


「ふふっ……帝はやさしい方ですからね」


「笑い事ではないぞ? 姉上! 人の上に立つものとして……」


友人宅の廊下を、茶色い髪をした姉妹が歩いています。


仲の良い四人の姉妹は、これから友人と剣術の稽古をしようとしていますね。


涙はやっと止まりましたか?


でも、どうしても気分が晴れないようです。


その為、友人から持ちかけられた剣術の稽古を試みるようです。


「朝比姉さまだって、泣いてたじゃない。私、知ってるのよ?」


「何を言う! 花梨!」


「大変だね? 帝のお嫁さんも」


「駄目よ、花梨。あんまり朝比姉さんをからかわないの」


「はい」


「ふふふっ」


四人が道場の扉を開くと、すでに友人は準備万端で正座をして四人を待ち構えていました。


「お待ちしていました。そこに、皆さんの道着を用意してあります」


「ちょっと待っててね、琴音」


三人は、琴音を手本に木刀を振るいます。


「はっ!」


「えい! えい!」


帝の妃である朝比だけは、見学のようですね。


「ふん! 美鈴……姫! はっ!」


「うん? ほっ! 何?」


琴音が剣を振るいながら、同じく剣を振るう美鈴に何かを話しかけています。


なんでしょうか?


「私は……はっ! 決めました!」


「何! はっ……をっ!」


「父の進めてくれ……たっ! 縁談……をっ! 受けます!」


「はっ!? どうしたのよ? 急に?」


美鈴は木刀を止めてしまいましたね。


「分かったの……です! あいつは! 私には! 不釣り! 合い! です!」


「琴音……」


他の二人も、止まってしまいました。


いいんですか?


「あいつに釣り合うだけの器は……私にはありません」


「でも……」


「覚えておられますか? あいつは、剣の稽古でいつもわざと負けてくれるお人よしです」


彼が優しいのは本当ですが、負けたのはわざと……ではないのですがね。


よく、馬鹿は風邪をひかないと言います。


これは、馬鹿は小さな事に気が付かず、ストレスが少ないことで免疫低下が少ない。


ともとれますが、馬鹿なので風邪をひいたことにも気が付かない、と言う意味も含まれます。


彼は後者でした。


知能指数自体は、高いはずなんですがね……。


魔力が尽きかけて、瀕死なのに剣の稽古をしたせいで負けていたのですが……。


その事実を知る必要はないんでしょうね。


「そんな事で……」


「私の気持ちを伝えれば……。あいつの重荷にしかなりません」


「琴音……」


「だから、ここで踏ん切りをつけます!」


まるで、彼にまた会う……会えるような言葉ですね。


受け入れられませんか?


汗をぬぐったそのタオルを濡らしているのは、汗だけですか?


涙はまだ枯れていないようですね。


剣の稽古を終えた四人と一人は、美鈴の収集した英雄譚を聞いています。


美鈴がその話を最初に聞いたのは、彼の口からでした。


レーム大陸の魔剣を持った英雄。


彼がジパングを後にした今でも、美鈴はその話の収集をしているようです。


それは世界中から集まってきます。


どこへ行っても、新しい話が手に入るのです。


だって、彼はこの広い世界で……。


人間には広すぎる世界で、絶望を希望に変え続けたのですから。


地獄といえる絶望の中、たった一人で血と泥にまみれて。



****



とある国で、姫の婚約者で国王になる予定の将軍が、兵士達を集め定例となった挨拶をしていますね。


「いいか! お前達! 我等は兵であり力がある!」


トレードマークの真っ赤な鎧……。


「だからこそ、人として正しくあれ! 力とは、弱き者を守るためのものだ!」


筋肉質で少々厳つい顔つき……。


「弱き者を虐げるものであってはならない!」


彼は、その将軍をゴリラと呼んでいましたね。


「もし、私が道を踏み外したならば、迷うことはない! 私を討ち果たせ! これは、もっとも優先されるべき命令だ!」


何を言い出しているのか……。


それだと、自分が正しいと思う反逆者に殺されてしまいますよ?


それに……。


健康な歯茎から血が出るほど噛みしめるのは、よくないですよ?


痛くはないのですか?


そうしないと、涙が堪えられませんか? 将軍?



おや?


兵の中に、参謀となった将軍の妹がいませんね?


何故か一人だけ更衣室から出てきません。


力なく、一人で座り込んでいます。


その瞳は虚ろで、糸の切れた操り人形のように全身に力が入っていません。


ああ。


メリンダはホテルの客として出会った、彼の事を思い返しているのですね。


ホテルの従業員と客。


二人は、特別な関係ではありませんでした。


メリンダが、ここまで彼を思うのは、国や兄を救ったから?


それとも、彼の戦いを各地で聞いたから?


いいえ、違います。


飄々として、いつも笑っていた彼。


そんな彼にひかれたのは、彼のある行動のせいです。


彼は思い出したように、空を見上げるんです。


見ている側が、泣き出してしまいそうなほど悲しそうな目で……。


彼は、悲しみや苦痛を人には見せません。


人を信じられない、弱さであり……。


人を想いやる、強さでもありました。


そんな彼に、メリンダが惹かれたのは当然なのかもしれません。


また、虚ろな目から涙がこぼれ始めましたね。


泣けるだけ泣いてください。


明日立ち上がるために……。


そう、彼のように強く真っ直ぐに歩くために。



****



この日、みんなと同じように彼に救われた……。


フローレとラングが、結婚式をしていました。


前世から夫婦だった二人は、彼に救われました。


心も体も。


最強の行商人として出会った彼は、そこでも多くの人を救いました。


対価は、みんなの笑顔。


二人が泣いているのは、結婚の喜び……だけではなさそうですね。


あの時救われた人々も、みんな泣いています。



晴れの日です。


笑いませんか?


彼に契約違反だ! っと、文句を言われてしまいますよ?


もちろん、契約なんてしていませんが。



****



「あああああああああああ!」


「おいおい……。女王様は、空でもぶっ壊すつもりか?」


「うん? 黒の勇者か」


「デュラルだ。ただのデュラル。勇者じゃない」


亜人種の国を作った元魔王の女王は、空に向かい自分の全ての魔力を放っています。


少しでもストレスを解消しないと、心が壊れてしまうから……。


ミアラルダは、彼をいつまでも待とうと考えていました。


何千年でも……。


そうすれば……という期待は、裏切られてしまいました。


偶然訪れていた、かつて黒の勇者を名乗っていた男性と、部下の亜人種がそれをただ眺めています。


彼女を止められる者は……。


いませんよね。


それを可能な四人の親友でもある部下も、それぞれが涙を流して動けいでいるのですから。



それ以外にも……。


メリッサ、レミー伯爵にロザリー大公……。


まだまだ、多くの人が泣いていますね。


ただ、悲しくて……。




みんなが思い出すのは、彼の笑顔。


本当に、よく笑っていましたからね。


悲しければ、悲しいと言えばいいのに……。


苦しいなら、苦しいと言えばいいのに……。


負けず嫌いで、意地っ張りで、歪んでいましたね。


優しく笑っていました。


いつも、いつも……。



****



「うおっ! 鳥肌!」


「ああ……。生歌は初めてじゃないのに……」


「今日は一段と素晴らしいな。いや……凄すぎる」


歌姫のコンサートで、少し異変がありました。


初めての人も、常連の追っかけと言われている人も……。


全員がジュリアの歌声に、心を揺さぶられています。


今まで感じた事がないほどに……。


ジュリアの心が伝わっているのですね。


流石は、歌姫……。


「みなさん! 今日は集まっていただいて! ありがとうございます! こんなに……こんなに嬉しいことはありません! こ……ん……なに……う……ごんなに……」


会場がざわつき始めます。


ステージの歌姫が、挨拶の最中に泣き崩れているのですから、当然でしょうね。


ジュリアは自分の弱さで、彼を裏切ってしまいました。


人間なのですから、仕方のないことでしょう。


そんな彼女にも……。


彼は全力の優しさで応えたのです。


とても、不器用な優しさで……。


ジュリアは、もう二度と彼に会うつもりはありませんでした。


それだけ酷いことをしてしまったから……。


でも、つい会場中から探してしまいます。


彼の優しい笑顔を……。


彼は、いつも優しく見守ってくれていました。


彼がいたおかげで、自分は生きることが出来た。


この大陸でも、英雄として人気のある彼。


髪を灰色に染色する若者も、少なくありません。


駄目だと思いながらも、ジュリアはその灰色の髪に目が行ってしまう。


時間を巻き戻したい。


そんな叶わない願いを、つい祈ってしまいます。


そんな彼から最後に届いたのは、優しい言葉。



泣いてしまいますよね?


だって、もう一度彼に会いたいから。


自分を選んでくれなくても、もう一度だけ……。


それすらも、もう二度とかなわないのですから。



****



この世界全体から、悲しみの感情が……。


世界の意思すら泣いているのですか?


彼のいう通り、彼は愛されていましたね。


愛され過ぎていた。


この世界……。


いいえ、この世界だけではありませんね。



****



確か、あれは……。


彼と共に戦ったんですよね?


「ブルー? どう?」


(システムオールグリーン。良好だ)


「でも、助かったわ。ブルーがいなかったら、後どれだけかかったか……」


(君とその部下だけでは、約三十二日八時間三十二分は必要なはずだ、アルマ)


母体だった戦闘機から生き残ったブルー。


現在は、母星コンピューターのメインアシストが仕事のようですね。


エンジニアのアルマと、新造戦艦のテストですか……。


「助かってるわ、ブルー」


そんな二人にも……。


「えっ!? 屋内に雪? 光って……」


(そうか……)


「ご……ごめん!」


ボロボロと泣き始めてしまったアルマは、トイレへ向かい部屋を出た。


彼は本当にもてるんですね。


ただ、チャラチャラとしたうわべではなく……。


本当の心をつかんでしまうから、下手なことが出来なくなってしまうんですよ。


そのうえ、飛び切りの不器用。


苦労するはずです。


でも、そんな彼だからみんなを惹きつけた。


そして、幸せにしたんですよね。


(主よ……。逝ってしまうのだな……)


ブルーは、作業を再開します。


作業に没頭すれば、少しは気が楽なんですかね?


機械は、涙を流せないから……。


あれ? オイル漏れ……。


壊れてしまいますよ?


(ありがとう……。ありがとう……。ありがとう……)



****



彼が旅した多くの世界から、悲しみがあふれ出しています。


まるで、世界すべてが泣いているようです。


彼がたどり着いた答えは、これだけの悲しみであり……。


そのすべての明日に向かう笑顔。


彼が放った最後の技の光が、完全に消えた場所には……。


究極の金属でできた、彼の刃だけが残りました。


重力を無視したように、空中でいつまでもくるくると回転しています。



(あ! マスター!)


「帰ったんだな……。帰りたかった場所に……」



その刃は突然次元の壁を越え、消えてしまいました。


それを確認した神々は、誰からともなく……。


ルーのいる屋代へと帰還しました。


破壊神と双子神が、世界と同化し法則の調整を続けるルーの部屋へと向かいます。


最高神であるルーに報告をするために。


「皆……ご苦労であった」


「「「はっ」」」


「疲れたであろう? 体を休めるがよい」


その言葉で、破壊神が双子神を引っ張るように部屋を出ます。


「ちょっと~!」


「まだ、全てを報告できていない! 放せ!」


そういえば、もっとも古き神の一人である破壊神は……。


真幸だけは知っていたのですね。


梓の過去を……。


「少し、一人にさせてあげよう」


「はぁ?」


「なんで~?」


「よく、聞いてみろ。無粋なことは言うなよ?」


「「……」」



扉が閉まると同時に、中から聞こえてくるのは……。


悲鳴ともとれる、梓の泣き声。


防音効果もこえて聞こえるそれは、絶叫ともいえるかもしれません。


気が遠くなるほどの時間を耐えてきた。


ずっと、泣くことなく耐えてきた。


ただ、愛する彼に会うために……。


今はもう、耐えることが出来ません。


悲しくて、悔しくて……。


そして、憎くて……。



憎む相手は、己自身。



彼がいなければ、この世界救うどころか、誕生することすらなかった。


彼がすべてを知れば、こうなることも分かっていた。


仕方のない……そんな事だらけ……。


それでも、愛する彼を苦しめ、殺してしまった自分が憎くて仕方がない。


彼が生まれてから、数えきれないほど彼を眺めていました。


不遇な生い立ちの中で……。


よく笑っていました。


十六歳以降の地獄の中で、いつも血だまりの中もがいて……。


それでも笑っていました。


何度、彼を抱きしめたいという気持ちを殺したことか……。


何度、彼の障害を取り除こうとしたことか……。


それは、やってはいけない事。


でも、自分が許せない。


自分自身を殺してしまいたい。


でも、それすら許されない。


それが彼からの最後の願いだから……。


創造主のいなくなった世界を、守っていく事は自分しかできないから……。


許されたのは、泣くことだけ。


だから、何十億年もため込んだ涙を流す。


生きるために……。


それが自分に対しての罰になると知っているから。


彼も彼女も不器用です。



本当に……。



不器用です。



****



彼が残した刃は、故郷にかえります。



その刃に意思はないはずですが……。



彼の思いでしょうか?



誰の手も借りず、故郷の鞘へと納まりました。



「イザベラ様!」


「ええ……サリー。幸せだったそうです」


竜人族の二人が、抱き合うように座り込みます。


もちろん、涙は滝のようと言えるでしょう。


「覚悟はしても……うう……」


「辛すぎますよぉぉぉぉ! こんなの!」


彼は貴方たちの目の前で、ほかの女性と結婚してしまいましたよ?


それでも……。


彼を大好きなんですね。



「あいつ……最後まで……」


「エレノア……」


アレンは彼がオーナーと呼ぶ、妻を抱きしめます。


「辛くないわけがない! あいつ……苦しかったくせに! あいつ! あいつ!」


エレノアが一度死ぬときに、彼に送った言葉……。


涙を流さずに泣くことは、一番つらい……。


彼女の言葉も、彼はちゃんと受け止めていましたよ?


だから、自分がそれをすることで、ほかの人の悲しみを殺してきたんです。


そう、貴女の言葉は多くの人を救いました。


とても多くの……。



「馬鹿だよ……。君は大馬鹿だ!」


「セシル君……」


「アレンさん! あなたも見ていましたよね? 魂だけで、彼を!」


「ああ……」


「勇者なら……セシルさんならって……」


闇に飲み込まれた、彼が目指した勇者。


力み過ぎて……。


涙に血が混じり始めていますよ?


悔しいんですね?


「僕は、勇者なんかじゃない。勇者は君じゃないか……。君こそが……。君だけが本当の勇者じゃないか……」


彼を救うどころか、補助することも出来ない自分の非力が……。


悔しくて、どうしようもないんですね。


「なんで君が死ぬんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 僕の命でもなんでも渡すから……帰ってきてくれよ……。頼むよ……頼むから……」


もう立っていられませんか?


でも、貴方や真幸という目標があったから、道を踏み外さなかったのも真実ですよ?


なにより、貴方は彼の友達になった。


彼は、それだけで救われていましたよ?


貴方がいたから、彼は戦えたんです。


彼に何かを与えた事……。


それは、きっと誇りにしていいことです。



「なっ!? ミルフォス!?」


「なんだ?」


「お前……泣いているのか? 天使である私達は……」


「私は、長い間奴に取り込まれていたからな……。人間のくせがうつったようだ……」


「そんな事が……」


「感じないのか? 我らの主も……それ以外の意思達も……泣いている。英雄の旅立ちに……」


彼はどこまで愛されていたんでしょう……。



「ふ……ふぐううぅぅ……馬鹿者が! 馬鹿者が!」


マリーンも、その場に突っ伏してしまっています。


「幸せ? 馬鹿か! お前は! 地獄だったではないか!」


涙で、顔はぐちゃぐちゃですね……。


「ずっと……ずっと……。苦しみ続けたではないか! 幸せなんて、どこにあったんじゃ! 言ってみろ!」


マリーンが、一番長く彼を見ていたんでしたね。


「何の幸せも……人並みの幸せすらなかったではないか……。お前は人間じゃろうが! 人間は……家族があり……家があり……満足な食事をとって……」


ついに地面を殴りだしてしまいましたね……。


「最低限! 最低限すら……お前は、まだ味わっておらんじゃろうが……。苦しみと、悲しさしか……なかったじゃろうが……」


拳から血が出ていますよ……。


痛くはないのですか?


「わしに……わしに言えばよかったんじゃ……。弱音をはかんから……。冗談しか口にせんから、答えようがないじゃろうが! バカモンが!」


ああ……そうか……。


「いつも! いつも! 女が欲しいだの、金が欲しいだのと! この大ウソつきめ! そんなもの、お前には簡単に手に入るではないか! お前の戦う理由は……」


悔しんですね?


「自分が苦しめば……泣かずに済み……笑ってくれる人がいる……。そんな事を貫き通しりおって! 世界まで……救い……おって……」


最後に自分が彼と一緒にいてあげられないことを……。


「わしの半分も生きておらんではないか……馬鹿……孫が……」


自分が変わってあげることが出来ない事を……。



おや?


若造……ライブは泣かないんですね。


泣いている彼の両親の前に?


「もしよければ……いえ! 自信を持って胸を張っていただけますか?」


「ううう……」


「貴方達の息子さんは、とても強かった。一番強くなりました。まさに、最強でした」


おや?


拳から、血が……。


「生きる為に、犯罪を犯したこともあります。でも、本当に最低限の食料を確保する程度でした」


「ライ……ブ……さん?」


「どんな人間も、力があればそれに溺れてしまいます。間違いを犯すものです! それが当然なんです!」


声がどんどん大きくなってますが、うつむいてしまいましたね。


「それでもあいつは……私の弟は!」


水滴……。


我慢していただけのようですね。


「意味もなく力を……暴力を振るいませんでした! 弱い者を虐げたりしませんでした! 道を踏み外さなかったんです! ただの一度もです!」


「はい……はい……」


再び顔を上げると……。


泣いてしまいますよね……。


当然でしょう。


「貴方達が、彼の根底を作ったんです! 貴方達が、彼に宿した愛は! 世界を救いました! 胸を張ってください!」


彼の両親はそうしようとしました。


でも、涙で前が見えません。


体も思うように動いてくれません。


もう一度抱きしめ達という願いがかなわないと……。


そう思ってしまった時から、彼らの体は自由には動いてくれないのです。


「私は誇りに思います! 彼を一時的にでも助けられた自分を! 彼を……おとう……とと……言える……自分を!」


一度せきを切った涙は……。


止められないですね。


「レイ! うう……レイ! も……もう一度……もう一度だけ……あああああぁぁぁぁぁ!」


空に向かって叫びますか……。


彼に届くといいですね……。




皆が泣いていますよ?


分かりますか?レイ?


貴方の優しさと愛は、世界を救いましたよ?


貴方は、こんな私にまで優しさをくれました。


これでいいのか? って……。


普通、自分が死んでいる最中にそれを言いますか?


最後のギリギリで、君から出た言葉は……。


私への優しさでした。


本当に、あなたの本質には頭が下がります。


私は世界であり、世界は私。


本体だった魂の故郷は消えましたが、私はこの世界がある限り死にはしないんです。


世界も、人間も、悪意さえも私の一部なのだから……。


だから、今日も世界はここに変わらずあり続けます。


消えたのは……。


真っ暗な未来と……。


君だけだよ、レイ。


駄目だ……。


過去は何度でも見ることが出来るけど……。



さびしいよ。



悲しいよ。



ねえ……。



レイ?



私も君が大好きなんだ。



君の事をもっと見ていたい。



君の笑顔をもう一度見たいんだ。




さびしいよ、レイ。




「さあ! 皆さん!」


オリビア?


「今から、重大な仕事が山積みです! 皆さんの力を貸してください!」


「オリ……ビア?」


「この国を……いえ! 世界を平和に! みんなが笑う世界を作るんです!」


なんてことだろう……。


「グス……あの……」


「私はもう十分泣きました! だから、笑うんです! 笑える世界を作るんです!」


そうだよね……。


「彼に助けられた人は、強制的に手伝っていただきます。妻である私には、それを相続する権利があります」


彼は、笑って欲しいと言っていたね。


「だから、それを平和な世界のためだけに使います。それが、私の義務」


彼女は、本当に強くなった。


彼は、人を変えていく。


とてもいい方に……。


物言わぬ彼の刃が……。


少しだけ……。


少しだけ、うれしそうに輝いたように感じました。



「あの人が笑ってくれる世界! さあ! 忙しくなりますよ!」



とてもいい笑顔です。


確かに、彼が選んだ女性ですね。


世界中の男性を虜にしそうです。


外見も、中身も……。



笑わないと。



彼の為に。



彼にも、彼女にも……。



人間にはいつも教えられることばかりです。



私も、かげながら手伝いましょう。



だって、私も救われた一人なのだから……。




そう、すべては敬愛するレイ:シモンズの為に……。




FIN

END1:神様は見ていた

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