十一話
「なんじゃ!? その顔は!?」
「無事でしたね」
「ジジィ! 若造!」
生身の二人が、立っている……。
よかった。
そうか……時空魔法は、二人を人間に戻したのか……。
梓さんの導きで、放り込んだのはこの世界だったのか……。
よかった。
よかった……。
「落ち着いて聞け……」
「何を?」
「この世界にあなたの記憶が、戻っています」
「はっ!?」
「あのお方が、お前のために戻したようじゃ」
師匠……ひいては梓さんの意図か?
それで、幸せに暮らすか……。
なるほどな……。
無駄になっちまうな……。
すみません。
立ち尽くしていた俺の背後から、声が聞こえてくる。
「レイ! 私……忘れてないよ!」
オリビア……。
「お前は……帰ってきたんじゃないのか? そうだろう?」
オーナー……。
違うんですよ……。
「「レイ!」」
俺の両親は……まだ仲が良好なようだ。
ハモってるよ。
「私ね……あれから、いろいろ変わったの! いいほうに! あの……あれ? もっといっぱい話したいことあったのに……あれ?」
雰囲気でわかったよ。
自力で、幸せになったんだよな? オリビア?
え?
転送の気配!?
この魔力は……。
「お帰りなさい! レイ!」
「待っておりました」
サリーにイザベラ……それに。
「主に、復活させていただいた」
ああ、この声も覚えてる。
「本当に、天使や神ってのは死なないんだな。ミルフォス」
「そうできているからな」
昔の俺は、正確にコアを斬り捨てることも出来なければ消滅させる魔力もなかったからな……。
あ~……。
なんだよ、これ……。
「あの……なんですか? この空気は?」
俺がただ帰ってきたと思ってるサリーから、困惑の声が聞こえる。
違うんだな~……これが。
「レイ君……」
セシルさんは、いつの間にか俺の正面に回っていた。
「喜びも悲しみも、すべて受け止めた笑顔……。成長したんだね」
勇者であるあなたに褒めてもらえるとは、光栄ですよ。
「その顔は……。まるで、すべてを悟った顔だ。君は、これから死地に赴くんじゃないのかい?」
この人は、本当に俺の心を的確に読んでくるな。
さて、なんて言ってごまかすかな。
「おい! 馬鹿孫!」
なんだよ、クソジジィ。
「まだ、終わっておらんのじゃな?」
ああ、そうだよ。
「生きて帰ってこられる可能性も、あるんですよね? ずっと一緒だった私にはわかります。あなたは、私たちと一緒にいた時よりも強くなっている。だから……」
若造……。
俺は無言で笑う。
二人には、それが十分な答えになったようだ。
無言で、俯いた。
お前らなら、わかってくれるよな。
余計なこと喋らせるな。
背後からも、もう声は聞こえない。
はぁ~……。
下手に帰ってくるなんて言えないしな……。
「レイ君? 君はそれでいいのかい?」
セシルさん?
「振り向いてごらんよ! ほら!」
なんだよ……。
「君の後ろに、求めてたものが……。ずっと欲しかったものがあるんだ」
求めていたもの?
「家族からの愛、友人たちからの愛、恋人からの愛。それが、欲しくて欲しくてたまらなかったんだろ!」
愛……。
「振り向けばいいじゃないか! そこには、人間の幸せがあるんだよ!」
幸せ……。
「世界が滅んだっていいじゃないか! 所詮、一人の人間にできることなんて知れてるんだ!」
物騒な発言をする奴が多い……。
「君は、十分すぎるほど頑張ったじゃないか! もう、十分だろう? 自分でも、そう思ってるんじゃないのかい?」
まだなんですよ……。
「オリビアさんは、君のために町を国にしたんだ! そこで王になるのは、君だよ! ハーレムだって違法じゃなくなる!」
オリビア頑張ったんだな……。
もう、俺がいなくても大丈夫だよな?
「本心を言えよ! 恰好をつけるなよ!」
本心たって……。
「苦しい! 辛い! 嫌だ! なんで自分ばっかり! そう思ってたんじゃないのかい?」
本当にこの人は……。
幸せ。
人として当たり前以上の幸せ……。
振り返れば、それが手に入る。
梓さんも、俺を責めたりは……しないんだろうな。
あの人が最初に提案してくれた通り、俺は幸せにここで人生を閉じる……か。
ああ……。
そういう事だったのか。
これ……きっつい。
これが、辛いことなんだ。
これが用意された試練。
俺がこれからすることに、迷いがあれば失敗するだろう。
だから、これがこえられないとそれは選択しちゃいけないんだ。
全てが無駄になってしまうから……。
ちくしょう……。
キツイな~。
俺って、情けないくらい弱いよな。
ここまで来て……。
でも、確かに欲しくて欲しくてたまらないよ……。
幸せ……。
「頼むよ……頼むから……」
わかってます、セシルさん。
貴方が、俺を憎くて困らせたい……その逆の気持ちだってことは。
「レイ! 行かないで!」
サリー……。
「何か! 何か方法はないのですか!? 私は、あなたに……」
イザベラ……。
恋人……。
欲しくてたまらなかったんだよなぁ。
その為に生きてきたんだけどな~……。
「そ……そうだ! アレンと私の間に、子供が生まれたんだ! 一度会ってからでも、遅くないだろう? な?」
勘弁してくださいよ……。
そんなに必死に時間を稼ごうとしないでくださいよ、オーナー。
余裕があるって程じゃないんですから……。
「レイ? 私達に成長した姿を、ゆっくり見せて……」
「そうだ! 私も母さんもずっとお前を……」
くそ……。
俺の覚悟ってこんなに脆かったのか?
くそ……。
もし……。
これで……もし……オリビアが……。
くそ……。
「レイ……」
ダメなのに……。
人間ってのは、こんなにも心をどうにもできないものなのか?
くそ……。
えっ?
俺の背中から、体温を感じる。
「レイ……」
オリビア!
勘弁してくれよ……。
俺は……。
「私は……まだ、あなたの恋人だよね?」
ああ……。
くそ……。
くそ!
「だから、背中を押すのは私の役目」
えっ?
「神様は、私の願いをかなえてくれました。もう一度、こうしてあなたに触れたかった。私は幸せです」
オリビア?
「レイ……レイ:シモンズさん?」
「あ……はい」
「私と結婚していただけますか?」
はい!?
俺の頭は、完全に真っ白になっていた。
結婚?
「嫌?」
えっ? あの……。
「い……いや」
「ありがとう……あなた」
あうあうあ~?
「これで、私は頑張れる。あなたを愛する人たちの不平不満は、すべて私が引き受けます」
あ……。
ちくしょう……。
「だから、あなたはあなたの成すべき事をして」
なんてこった……ちくしょう。
オリビア……。
最高の女じゃないかよ……。
人間として、俺はきっと死ぬまでかなわないだろうな。
この状況で、しっかりと俺の背中を押してくれた。
「私は貴方がどうなろうとも、一生貴方だけを……貴方一人を愛し続けます」
ちくしょう! くそったれ!
「私という人生が終わるまででいい。一日だって百年だってかまわない。どんな事があっても貴方を想い続けます」
お前に惚れて……お前を好きになった俺は、間違ってなかった!
今、はっきりそう思えるよ。
俺のことを忘れてほしい……。
それは、強がりだ。
死にたくない。
これも、本当の気持ちなんだろう。
でも、本当の強さはその先にあったんだ。
「これが、私の最初で最後のわがまま。私にはこれで十分」
そこへ、オリビアは俺を導いてくれた。
究極のいい女。
今俺は、神に心の底から感謝する。
嬉しい。
世界を……梓さんとオリビアを守る力が、俺にはあるんだ。
こんなに嬉しいことは、きっと普通に生きてもなかっただろう。
俺の人生すべてに感謝しよう。
俺がここでこうしている奇跡を、神に感謝します。
最高です。
「あ……」
俺は、少しだけオリビアの手を握った。
後ろ向きのまま。
そして、鞘のベルトを外す。
「俺は弱い」
「レイ?」
「情けないが、ここまで来てセシルさんの言う通り、未練がたっぷりだ」
「うん」
「でも、それじゃあダメなんだ」
「うん」
「だから……ここに!」
俺は足元の岩に、鞘を突き刺した。
そして、刃だけを引き抜く。
「俺の未練や弱さを、すべておいていく!」
「はい」
ん?
若造が、一歩前にでた。
「諸々略で……二人を夫婦と認めます」
「あの……若造?」
「忘れてますか? 私はこれでも、神職なんですよ?」
ははっ。
「迷いは……もうないみたいだね」
「セシルさん、ありがとうございます」
ん? ジジィ?
「なんて、真っ直ぐな目をするんじゃ……。これでは、引き留めることも出来ん」
「さあ……賢者様」
「ふん!」
ジジィは、俺から目線をそらす。
「どんな姿になっても! 生きているなら帰ってこい……」
「ああ。ジジィに若造……オリビアを頼んだ」
「うむ」「はい」
さあ!
「ちょっと、神様のケツ蹴り上げてくる!」
「はい! いってらっしゃい……あなた」
その言葉と同時に、目の前に光の入り口が出現する。
俺は、そこに走り出す。
****
「……う……うう……ああああああああ! レイ! レイ! レイィィィィィィィィ!」
俺の姿が見えなくなった瞬間、オリビアは空に向かって泣き叫ぶ。
「オリビアさん……」
「辛い役目をすまなんだな……」
そのオリビアに、ジジィと若造が優しい言葉と眼差しを向ける。
「よく頑張ってくれました。気が済むまで泣いてください」
「わしらが、付き合おう……」
****
俺は、まっすぐに向かう。
あの時と場所へ。
今の俺には分かる。
あの場所こそが、すべての分岐点。
運命と時間に介入するには、あのタイミングしかないんだ。
だから、向かう。
その場所へ。
あの時間へ。




