十話
「はぁ! はぁ! はぁ!」
「なんで!?」
「くそっ!」
待てよ……。
いくら逃げても無駄だって、わかってるだろ?
「こんな……事!」
「ダメだ! 速い!」
俺は、地面も海も関係なく疾走する。
死神達が逃げ込んだこの世界で、そいつらを追い詰めるために。
逃がさない。
お前達がいると、計画の邪魔になる。
だから、死んでくれよ。
「くっ! くそ!」
確か……NO.五だったかな?
黒いローブをまとった爺さんが、俺の目の前に障壁を幾重にも展開させた。
主神クラスでさえ、足止めできる結界だろう。
俺には無駄だけどな……。
障壁を切り裂き、速度を落とさずに五つの影を追う。
梓さんに教えられた、未来と同じものを見た五人。
そして、絶望にのまれた五人。
平野を駆け抜け、城? 町らしき場所を飛び越えて敵に追いついていく。
五人を殺すために……。
****
「え!?」
「まさか、今の……今のは! イザベラ様!」
「ええ……あなたにも見えましたか、サリー」
「あちらに向かいました!」
「追いましょう!」
****
高速で動く俺たちを知覚できる人間は、いないだろうな……。
俺が、後方のNO.五と四を射程にとらえる寸前で、二人が立ち止り振り向いた。
「あまり、舐めた真似をしてくれるなよ? 人間」
そっちこそ。
「あの結界から生きて出てくるとは、予想外だったわ」
二人だけで、戦うのか?
「わかってるの? あの時殺さなかったのは、生贄にしないといけなかったから」
わかってるよ。
「どうやら、ほかに仲間はいないようだな。ならば、逃げる必要はない」
「そうね。今回は、結界で動きを封じるだけでは済まさないわよ」
黒い鎧を着た女が、背中からでかい鎌を取り出す。
どこに持ってたんだ?
「私達を侮ったことを、あの世で後悔しなさい」
命のやり取りで、慢心するほど馬鹿じゃないよ。
お前らと一緒にするな。
「安心しろ。苦しませはせん!」
俺を縛ろうと、爺さんが結界を張る。
ドーム状のそれは、本来瞬間的に出せる類のものじゃないだろうな。
「はあぁ!」
それと同タイミングで、No.四が鎌を振り下ろす。
それは、結界ごと切り裂く強力な一撃。
流石は、死神ってところか?
でもな……。
「そ……んな……」
二人が、俺の残像に攻撃を仕掛けている間に、俺の斬撃は女のコアを両断していた。
一瞬だけ遅れて、女が切り裂いた結界が爆発を起こす。
女が光になったのは、それと同じくらいかな?
「なんだ!? どうなっている!?」
見ての通りだ。
****
「イザベラ様! 破片がこっちに! え……あれ?」
「これは、防御フィールド?」
「動きは見えるのか? 人間?」
「貴方は……確か上級天使の……」
「ミルフォスだ。正確には、ミルフォスゾンビといったところだがな」
「意思様から、監視を依頼されましたか?」
「それもあるが……奴とは、俺自身も縁があってな」
「イザベラ様! あれ! す……凄い……」
「魔法を、発動前に……切り裂いているのでしょうか?」
「そうだ。相手は、我が主よりも強い力を持っているのだがな……」
****
遅い……。
遅いんだよ!
魔力の流れをすべて感知している俺は、集約した魔力をその瞬間斬り捨てる。
「こんな……こんな事が人……間……に」
その言葉を最後に、爺さんは光となって消える。
それを確認したように、少し離れた場所にいた三人が移動を再開した。
待てよ。
俺と戦えよ。
とんでもない速度で飛ぶ影を、海を走る俺が追いかける。
相手の時空魔法だろうか?
俺のほうが速いはずだが、距離を詰めるのに時間がかかる。
でも、少しだけ時間がかかるだけだ。
「はっ!」
何とか届いた指先を、No.二の女にかすらせる。
「ぐっ!」
体勢を崩した女が、城壁らしい壁に体をぶつけた。
それをかばうように、俺と女の間にNo.三が槍を構える。
「この! 人間ごときがあぁぁ!」
俺に向かい、槍を突き出してくる。
以前は、こいつの動きが全く分からなかった。
でも、今の俺にはすべて見えている。
「この! この! このぉ!」
必死で突き出す槍を避けていると、俺が立っている地面がえぐれていく。
流石に、現地の人間に迷惑になるか。
空中に飛び上がりながら、槍を回避し続ける。
俺に突き出される槍に、女が振るうハンマーが加わる。
そういえば、悪魔にもこんなのがいたな……。
あの悪魔たちよりは連携が取れてない。
でも、それより速くて強力だ。
ただ、今の俺には届かない。
うん?
No.二が少しだけ距離を置き、構えたハンマーが巨大化する。
あれは……。
悪意を一撃で破壊した技!
まずい!
俺の背後には、城が……。
大勢の人がいる!
槍をいなしてNO.三の体勢を崩した俺は、ハンマーに向かい刃をぶつける。
「おおおお!」
「消飛べ! 人間!」
パワー特化!?
威力を殺しきれない俺は、空中を幾度も蹴りつけ力を逃がす。
こ……の……。
何とか、人がいない場所……広場か?
首だけで周囲を確認した俺は、城下町のた広場に着地した。
流石に、地面は大きく陥没したけど……。
勘弁してもらおう。
「私の……私の力が……」
俺に真っ向から受け止められたのが、そんなにショックだったのか?
一瞬だが、NO.二が放心した。
俺にはそれで十分だがな。
NO.二の女は消え去る。
****
「ああ……レイ……レイ」
「間違いない! レイ君だ!」
「あ! セシル殿!」
「あの馬鹿は、まだ戦っているのか……」
「そうみたいだね。……転移の準備を」
「ええ!」
****
俺に追撃を加えようと向かってきていたNo.三が、空中で動きを止めた。
「い……」
い?
「嫌だ!」
は?
「嫌だ! 死にたくない! 俺は!」
なんだよ、それは?
曲りなりにも、運命を超えた神様じゃないのかよ?
俺に背を向けたNo.三が飛び去ろうとする。
もちろん、逃がすつもりは全くない。
「なんで!? なんでだよぉぉぉぉぉぉ! 俺は、死神の中でも!」
俺は、男との距離を一気に詰めていく。
「一番速いのに! なん……で……人げ……」
情けない声と共に、男は消えてなくなった。
梓さんにもらった情報で、知っている。
こいつらは、もともと全員人間。
元は、俺や師匠と同じように命を懸けて世界を救った奴ら。
その戦いの中で、神の力を得ることで死神と呼ばれるようになった……。
勇者のなれの果て。
絶望に飲み込まれた英雄達。
情けない最後だけど……。
笑えない。
もしかすると、こいつらのほうが正しいのかもしれないから。
俺のしようとしている事の善か悪かを判断するのは、もっと未来の奴らだ。
もしかすると、俺は世界最高の悪として教科書に載るかもな。
「けっ……」
さて、城門の上に浮いたNo.一。
時空を操る本当の死神は、俺と死合う準備は十分ってところか?
マントを投げすて、剣を鞘から抜く。
そして、ついて来いと言っているのだろうこちらを向いたまま、後方へと飛ぶ。
****
地面を蹴った俺は、城から少し離れた平地……。
死神の手前に降り立った。
真っ直ぐに剣を構えた死神は、こちらを見据えている。
何をしてくるかはわかっている。
死神を死神たらしめた、最高の技。
時空の一撃。
最速を超えた、時へ干渉するほどの剣撃。
どんなに速い動きも、それ以前に切られた……切れていたという事象を差し込まれれば、防ぎようがない。
神が使う運命への介入を超えた、時への介入。
止まった時の中では、物体は不変。
しかし、時を超え動く物体であれば攻撃できる。
この死神が、師匠と同じように悪意と戦えたのはこの力のおかげ……。
それと同時に、その力が真っ暗な未来を見せた。
たぶん……絶対かな?
一撃を食らって、反撃で倒すなんて甘い相手じゃない。
射程に入った瞬間、体と一緒に両腕も切り落とされているだろう。
なら……。
お互いの体を包んでいたオーラは、消えうせる。
あることに力を向けたからだ。
構えた俺達は、にらみ合う。
相手の先をとり、後の先をとらせないように……。
俺達の間を一陣の風が吹き抜けると、お互いの立ち位置が反転していた。
もちろん、構えていた武器はお互いに振りぬいた形になっている。
死神が前後で、決定的に違う点。
それは持っていた剣が両断され、剣先は少し離れた場所に突き刺さっている事だ。
時空魔法……。
それは、一部の神と運命から外れたものに許される魔法。
顕聖に知識をもらった俺は、もちろん使える。
莫大な魔力消費のために、多用できるようなものではないが、使えるんだ。
そして、時の遅延が経験の差を埋めてくれた。
俺の刃は、死神の剣とコアを正確に斬り捨てた。
「おい……」
「なんだ?」
「世界を……未来を任せたぞ」
「ああ……。お前の想いごと、俺が背負ってやるよ」
「すま……ない」
明るい声で、死神は消えた。
俺は、刃を鞘へと納める。
こいつも、こいつなりに必死で未来を考えたんだ。
そんなことはわかっている。
それでも、光が見いだせなかった。
許すなんて言うつもりはない。
でも、責めるつもりもない。
死神を殺しちまった以上……。
いや、もともとだが余計にしくじるわけにはいかないよな……。
さて……。
梓さんからの、次の入り口はまだかな?
****
ん?
魔力?
これは、転移の魔法か!?
何かが、こっちに来てる。
「おまえ……」
目の前に現れた、女の姿をしたヨルムンガンドに、反射的に身構えていた。
「久しいな、レイよ」
ああ……。
まあ、こいつは覚えてるよな。
それに世界の意思なら、自分が作った神でも天使でも再生は可能か……。
てか、今思えばちゃんと倒せたかも微妙なんだけどね。
「よう、再生怪人ヨルムンガンド」
よく考えると、ここは悪意が作った特別な世界。
死神が身を隠すには、ここが最適だったのかな?
主神クラスは、簡単には世界に入れないからな……。
「お前のことは、主……世界の意思から聞いている」
「ああ、そうかい」
「今戦えば、私が秒殺されそうだな」
可愛い女の顔で、物騒なことを……。
そういえば、この仮の姿はどっかの姫様だったっけ?
「瞬殺の間違いだ」
「確かに」
次の場所へ向かう入り口は、まだ現れない。
どうなってるんだ?
てか、まだ転移してくる奴がいる!?
なんだよ?
暴れたから、調査の兵士とかか?
面倒なのは嫌なんだけどな~……。
「あ……」
これは、なんの嫌がらせだ?
勘弁してくれよ。
目の前には、俺が会いたくて仕方なかった人たち……。
父さん。
母さん。
セシルさん。
オーナー。
アレン。
そして……。
そして、オリビア……。
よかった、ちゃんと生きてる。
よかった。
目頭が熱くなってしまった俺は、両目を閉じる。
ダメだ。
泣くのは、すべてが済んでからだ。
それに……。
それに、みんなに俺の記憶はないんだ。
たまたま、確認に来ただけなんだ。
なんで、このメンバーかは……。
もしかして、梓さんの計らいか?
俺に一目見せてくれるために?
この俺の考えは、全く別の意味に裏切られる。
さて、どうする?
みんなは、俺を知らないんだ。
無い頭で、必死に考えた。
よし!
なら!
これしかない!
「いや~、すみませ~ん。お騒がせしました~」
全力の営業スマイル!
これが、限界だ。
誤魔化すんだ!
誤魔化しきるんだ!
がんばれ! 俺!
いける!
俺ならやれる!
「実は私は、異世界の人間でして~。あ! 皆さんに危害は加えませんし、すぐにお暇しますんで~」
それだけ言うと、俺はみんなに背を向ける。
みんなを助けた感じに映ってるといいな~。
でも、俺の運じゃそれはないよな。
ヨルムンガンドが説明……。
してくれるとは思えない。
しかし、流石にいきなり斬りかかられたりはしないだろう。
これでいい……。
これでいいんだ。
「レイ……」
えっ?
嘘……だろ……。
ヨルムンガンドの声じゃない……。
俺の知ってる……聞きたくて……聞きたくて仕方のなかった。
彼女の声だ。
なんで?
俺が動揺している間に、目の前に二人の人物が転送してきた。




