八話
大切な人たちがいなくなっていく。
そんな中で、俺は一人で生き残る。
死ねない。
まだ、死んじゃいけない。
そんな事は、分かっているんだ。
それでも、俺の心は悲鳴をあげる。
俺の悪運っていったいなんだ?
師匠のように、死ねない呪いなのか?
いっそ、死んでしまえば楽になるんじゃないか?
誰にも知りあわずに、両親や兄弟達と死んでいれば……。
こんな思いをしないで済んだんじゃないか?
大勢死んでいく。
大事な人も、そうじゃない人も……。
世界や動物まで、俺に思いを託して死んでいく。
なんで、俺なんだ?
俺は、みんなの想いを背負っているから戦う。
まだ、死ねない。
でも、俺は……。
俺がいるだけで、みんな死んでいくんだ。
想いは背負ってる。
だから、戦うよ。
大事な人がいなくなってるのに?
俺は、何を守りたかったんだ?
俺には何が守れるんだ?
俺は、何をしないといけないんだ?
世界を守るんだ。
ユミルから……。
悪意から世界を守るんだ。
その為に、みんなが死んだんだ。
たった一人で生き残ったのは、俺だけ。
俺が、やるんだ。
俺の存在そのものが厄災なら、悪意を飲み込んで殺さないといけない。
この世には、何の犠牲もなく手に入るものなんてない。
俺なんかの命で、世界は守れるのか?
いや!
違う!
多くの代償は、俺じゃない皆が払った。
十分すぎるほど、対価は支払われているはずだ。
俺が運命から外れた存在だからか?
ただ、俺は回収する役を託されただけだ。
世界を守るのは、散っていった皆だ。
俺は、回収を済ませて、皆と合流するだけ……。
ただ、それだけなんだ。
皆が命までかけて、ここまでたどり着いて……。
俺にバトンを渡してくれたんだ。
俺がしくじるわけにはいかない。
やり遂げるんだ。
最凶の悪意をぶっ殺して、最悪の運命を粉々にしてやる。
やってやるよ! くそったれ!
人間ってのは、なんとも不可思議な生き物だ。
壊れそうな心を支えてのは……。
悪意を内包した生物らしく、真っ黒な狂気ともいえる感情と、守りたいという真っ白な気持ち。
俺は人間だ。
運命にも選ばれなかったし、神にもなってない。
だから、灰色のままなんだろう。
でも、それが力になるならそれを受け入れよう。
希望を捨てよう。
絶望に飲みこまれないように。
涙をこらえよう。
今、立ち上がるために。
心を殺意に染めよう。
今日を勝って……。
明日死ぬために……。
****
師匠たちの墓に背を向けると、次元の壁を切り裂いて世界から外へと飛び出した。
「ん? これは……」
世界の全てを見たからか?
それとも、さっきの戦闘によるレベルアップ?
はぁ~……。
俺って本当に、まだ人間なんだろうか?
時空の力は、魔力の流れから俺に様々なことを情報として伝えてきた。
神眼なんてもってないんだけどな。
「はっ!? この世界は……」
俺が破壊神と双子神を殺した世界は……。
原初の世界。
俺がぶつかったのは、狂った賢者が世界を分かつ為に作った結界。
「なんてこった……」
ガキは俺が世界を出た後に、師匠の墓標である刀を引き抜き……。
その世界で戦っていた。
名をかえ、仲間を増やし……。
兄弟に裏切られても、必死に生きた。
影武者や仲間が殺され、最後は一人で山奥に身を隠した。
そして……。
その子孫が、次元流を受け継ぎ……。
最後に、神道真幸へと刀とともに受け継がれた。
「はっ……ははっ……。おいおい」
俺は、次元流の後継者。
そして、創始者らしい。
何億年も先の人間だぞ? 俺は?
もしかすれば、俺がいなくてもあのガキが一人で、次元流を開発したかもしれない。
それでも、この世にもしもなんて無い。
運命ってのは、メビウスの輪のようにループでもしてんのか?
はっ……笑えないな。
時間の流れへ戻った俺は、走り出す。
そして、世界の情報を見続けた。
時空……。
世界そのものと一体化する。
完全とは程遠いが、より力を高めていく。
そんな中で、俺はもう一つの真実を知った。
俺の生まれた世界。
おかしいとは思っていたが、その通りだった。
世界の意思が、人間を殺そうとしたり……。
偽神が、いきなり暴走したり……。
変異した、強い亜人種が生まれたり……。
悪意による実験場。
それが、俺の生まれた世界だった。
より強力な人間を生み出し、実体のなかった悪意が器とするために……。
そう、俺は悪意の器として生まれたんだ。
勇者や英雄に選ばれないわけだよ。
だって、世界を滅ぼす器なんだもん。
そのせいか?
俺が最後に戦う理由って?
一応、あの世界での最新鋭の器。
それが、俺の正体。
だから、こんなにも俺は……。
みんなを殺すことしか出来ないんだな。
少しすっきりしたよ。
自分達の一部が作った俺に滅ぼされるなんて、馬鹿な奴らだ。
最後に大笑いして死んでやる。
「うお!? なんだ!? 流れが……」
俺が、自分の世界へ気を取られている最中に、時間の流れが止まった。
やばいのか?
時間の狭間……。
あった!
俺が近づくと、時間の狭間に俺が通れるだけの穴が開いた。
****
くそ……。
間に合わなかった。
待っていたのは、ユミル……だけ。
顕聖……。
香桃……。
この世界に時間の流れは関係ない。
分かっているけど……。
(お前が戻るまでもたせることが出来た。なに、満足しておるよ)
(顕聖)
目の前に、ほとんど魔力が尽きた思念体だけとなった、顕聖と香桃が立っている。
(この世界の時間を止めた。いつまで保てるかはわからんが……)
(時間を止めれば、そのものへの干渉は不可能)
(その通りだ。ここでなら、思う存分戦うことが出来るだろう)
顕聖。
(十二分に、強さを増したな)
ああ……。
(あなたを含めた、みんなからもらった時間だ。一秒だって無駄にしない)
(よい答えだ。わしらの力が消えてしまう前に、見事悪意を討ち取って見せてくれ)
(ああ!)
(わしらの想いも、持っていくがいい)
俺の中へ、二人の思念体が消えた。
「人……間……」
空や地面を掻き毟っていたユミルが、こちらへ……。
顔を向けた?
地面に広がっていた真っ黒な液体が、そのまま立ち上がると……。
全身に、無数の白い仮面のような顔が、ゴボゴボと気泡の様に浮かび上がってくる。
なんとなく分かる……。
魔力を取り込み過ぎて、統制しきれていない。
魔力は……。
過去で見た神様よりは少ないけど……。
まあ、関係ないか。
あれが、強くても弱くても……。
倒すことに変わりない!
「うおわあぁぁ!」
ユミルに向かって走り出した瞬間、反射的に後ろの飛びのいていた。
全身の仮面の隙間から、真っ黒な触手が伸びてきた。
その上で、仮面からは強力な魔法が飛んでくる。
全方位無差別攻撃……。
射程に入った瞬間、殺されるんじゃないか?
俺がもう一歩進んでいれば、消飛んでいた。
威力も完全に反則級だ。
背中に、冷たい汗が流れる。
どうする?
躱せる……とは、思えない。
「おお……おおお……」
巨大な体を、ゆっくりとこちらへ進ませてくる。
うまく体を操作できてないじゃないか。
そんなになっても、まだ求めるのか?
まだ、奪い足りないってのかよ!
こんな……。
こんなゴミ屑のためにぃぃぃぃぃぃぃぃ!
「おおおおおおお!」
俺を前に進ませたのは、怒りと憎しみによる殺意。
もう一歩進めば、奴の射程に入る。
歯を食いしばれ!
恐怖も! 保身も! 命も必要ない!
射程に入った俺を待っていたのは、触手による強力な物理攻撃と、数えきれないほどの魔法の閃光。
もっとも攻撃が少ない位置に飛び込んだが、反射しきれなかった魔法が、心臓と脇腹を消滅させた。
触手のかすった右腕は、一瞬でミンチにかわる。
「がああああ!」
左腕だけで、仮面の一つを切り裂いた。
引かない!
引いてたまるか!
お前なんかに負けてやるもんか! くそったれが!
自分の射程内で戦う。
もちろん、敵の射程は俺よりも長いが、関係ない。
真っ向勝負だ!
俺は全身に、回復と復元の煙と光を常に纏い、亜光速でユミルの周りをぐるぐるとまわる。
仮面の奥にある魔力を、一つずつ殺していく。
仮面は新しいものがすぐに生えてくる。
分かってる。
これくらいじゃ、ほとんどダメージはない。
それでも、これしか今はないんだ。
回避できなかった触手が、俺の腕を……。
足を……。
心臓を……。
粉々にする。
反射しきれない魔法が、俺の臓腑を……。
頭を……。
目を……。
消滅させる。
皮膚が裂け、肉が千切れ、全身の骨が粉砕されても……。
俺は、刃を振るう。
ギリギリ死なないように、走り続ける。
敵を殺すために。
一降りするごとに、刃の威力と精度を高めるんだ。
魔力は、敵から補充できる。
ギリギリでいい。
死ななければ、刃を振るうことが出来る。
一降りで、より多くの魔力を殺せ。
苦痛なんて、知るかボケ!
「おおおおおおおお!」
いったい、いくつ分の俺が消滅しただろうか?
俺は、一心に剣を振るう。
億なんてとうの昔に振りぬいただろう。
気が遠くなるような、一瞬の斬撃。
相手の魔力を殺すためだけに、それを繰り返す。
それでも、敵は魔力の底が見えてこない。
永遠に続く、地獄のような実戦。
まだ足りない。
もっと力を。
こいつを殺す力が必要なんだ。
まだだ!
まだ、踏み込みが甘い。
脳が吹き飛んでも、心臓が破裂しても、復元の力で死なないんだ。
まだ、本当のぎりぎりじゃない。
まだいける!
もっと、もっと力を!
怖がるな!
あの世に両足を突っ込んででも、刃を振るうんだ!
より鋭く重い一撃を!
命なんか……。
魂なんかいらない!
もっと速く!
もっと強く!
反射の力を付加した障壁は、的確に敵の魔法を叩き返す。
走り、空を蹴る速度はすでに光を超えた。
振るった刃からは、常にリング状の衝撃波を伴い、魔力と実体の刃が幾重ものダメージを与える。
戦いながら、レベルを上げる。
俺は、ずっとこうやって来たんだ。
まだ、足りない。
もっとだ!
誰も見ていない、止まった時間の中での戦い。
最高速度で動き続ける俺のせいで、ユミルは灰色の黄金に輝く繭に包まれているように見えるだろう。
そして、それを取り囲むように散らばる大量の血と肉片。
悪意の魔力を食らい、刃を振るい続ける。
敵の攻撃を可能な限り回避する。
そうすることで、もう一歩踏み込める。
持って行かれそうな意識を、殺意でつなぎとめる。
刃に守りたいという想いを乗せて、威力を高める。
ただ、ただ……。
斬り続けた。
****
ユミルの大きさが、元の半分ほどになった頃……。
俺の少しだけ残った、冷静な思考が俺自身に連絡をよこす。
必要なレベルに達したと……。
その瞬間、敵との距離をおいた。
「イレギュラー! 貴様! 貴様!」
魔力を削ったことで、制御できるようになったか?
「何故だ! 何故、人間の貴様が死なん!」
まだ、体全体の動きは遅いがな。
音速にも達してないんじゃないか?
声の方が先に届いてるぞ?
「私は神を超えた! 貴様ごときに……なんだ……それは?」
確かに、お前は神を超えている。
普通に倒すのは不可能だろう。
このまま削れば、細分化してでも逃げてしまう。
なら、まだその状態で一気に殺すしかない。
俺は自分自身から、体と魔力と思念体を分離した。
ユミルには三人の俺が見えているだろう。
「イレギュラー……。お前……お前ぇぇぇぇぇぇぇぇl!」
俺が思いついたわけじゃない。
修練で行き着いた境地でもない。
師匠がたどり着いた、全ての奥義を超越した奥義。
師匠自身がたどり着けずに、未完成だった技。
この一撃に、俺の全てを!
「おおおおおおお!」
ユミルの背後、上空、正面に一瞬で移動した三人の俺は、それぞれが秘奥義をぶつける。
それぞれが、心技体を極限まで高めた一撃。
ユミル本体に操作が戻ったことで、俺への反撃が遅れた。
終わりだ!
<次元流極奥義!>
背後から、横一線に刃が走る。
上空から、縦に刃が振り下ろされる。
正面から、真っ直ぐ刃が突き出される。
その三つは、ユミルの中心で重なり合った。
<三神!!>
全てを消滅させる力が生まれ。
ユミルが消滅していく。
俺の感覚が加速されているせいで、ひどくゆっくりに見えるが……。
何も言い残すことなく、悪意の親玉は消えてなくなった。
終わった……。
やった……。
やりましたよ、師匠。
倒したよ、みんな。
これで……。
これでやっと……。
えっ?
おいおい……。
やめてくれよ。
まだなのか?
くそ……。
まだ、俺の罪は消えないのか?
俺は、まだ許されないのかよ。
ユミルから解放された魔力を……。
俺の魂が食らっていく。
気力をすべて使い果たしていた俺は、それを止めることが出来なかった。
俺は、俺のできることをすべてやったつもりでいた。
ルーが言っていた三つの力。
ヒヒイロカネの刃。
世界の始まりを見ることで高まった、感知の力。
そして、師匠からの記憶。
すべてそろえて、ラスボスを倒したんじゃないのか?
気力が尽きて、体が動かないけど……。
魔力が今まで以上に大きくなっていく。
俺は、ここじゃ死ねないのか?
くそ……。
まだ、許されないのかよ。
俺にこれ以上どうしろってんだ?
神様よ~……。
俺は、もっと苦しめって事か?
まだ、楽にさせてくれないのか?
くそ……。
ユミルが完全に消滅した。
時間が止まった、時間を監視する場所だったその場所には、俺だけが立っていた。
完全に把握しきれないが、今ならルーでも殺せるんじゃないのか?と、いうほどの魔力を蓄えて。
「俺は、今から何をすればいいんだ?」
役目を終えたように、時の狭間がガラガラと崩れ始めた。
俺への返事は、もちろんない。
俺に何をしろってんだ?
ルーなんだろうか?
俺の頭に浮かんだ疑問は、解決されていない。
仕方なかった。
それしか選択肢がなかったと言えば、そうなのかもしれないが。
まるで、俺をためし鍛えようとしているようだった。
人間がいる限り……世界がある限り、悪意は完全には消えない。
師匠達はみんな死んだ。
絶望し、諦めろと言わんばかり……。
それとも、それをこえる強さを手に入れろと?
そうしなければ、ユミルには勝てなかった?
駄目だ。
分からない。
敵もいなくなった……。
ルーの力を借りて、元の世界に戻るって選択肢もないわけじゃない。
でも、気持ちの悪い違和感が消えない。
何か、決定的な情報が欠けている。
なんだ!?
いい事だとは、とてもじゃないが思えない。
どんな最悪が待ってるんだ!?
あ~……。
駄目だ。
いくら考えても、分からない。
俺は、とことん馬鹿だった。
今より苦しい事ってなんだよ?
勘弁してくれよ。
どうすりゃよかったんだよ?
な~?
な~って!
あ~……。
「やってらんね~……」




