四話
戦いに集中している時。
俺は、すべてを忘れて迷いなく行動できる。
でも、いざ戦いから離れるとこんなにも迷い、悩んでしまう。
情けないよな。
人間だから仕方ない。
そう言ってしまえば、それまでだ。
決断まで考えることが重要なのかもしれない。
本当にそれは必要なのか?
そんなことまで考えているのに……。
それでも、何度も同じようなことで悩み歩みを止めてしまう。
そのくせ、後ろを振り返り反省する勇気もない。
俺はただ、戦いの中に逃げ込んでいただけじゃないのか?
本当の強さって、戦う事じゃなく……。
もっと、建設的なことじゃないのか?
たとえば、子供を必死に育てたりする……。
もっとこう、子孫を反映させる事のほうが生物としては正解じゃないのか?
戦争なんて何も生み出さないのは、嫌って程見てきたじゃないか。
俺の夢はなんだった?
広い牧場を経営したり、飲食店を開くことじゃなかったのか?
今の俺は、人として間違ってるんじゃないのか?
やってらんね~……。
マジで……。
誰か……。
答えをくれよ。
神様……。
全知全能なら教えてくれよ。
もし、そんな神がいるならどうやっても……。
「私は……私は何も守ることが出来なかったんだ!」
おっさんが出した大きな声で、思考が止まる。
話は聞いていた。
この世界が崩壊するまでの話。
どんどん浸食を進めた悪意が、世界の意思からも核を食らい旅立っていった。
多分、すべてを吸い取る前に旅立ったんだろう……。
このおっさんだけが、メーヴェルさんのように隔離されて生き残ったらしい……。
う……。
「奴らは、私の命よりも大事な子らを……奪った!」
血涙……。
「奴らに対する憎しみで、今すぐにでも気が狂いそうだ! 憎い! 奴らが憎い!」
なんでだ?
そこまで……。
なぜこんな場所で、来るとも知れない俺を待っていた?
今すぐにでも、奴らのいる戦場へ出向きたかったんだろう?
何より、俺なんかじゃ……。
「だが! 私には分かるのだ!」
「うっ……」
鬼のような形相のおっさんが、俺の両肩をつかむ。
すでに薄い皮はできているが、つかまれた腕がひりひりとまだ痛む。
「私が……私ごときでは奴らの餌になるのが、関の山だと……」
本当に悔しそうにおっさんが、歯茎から血が出るほどくいしばっている。
震える手から、怒りと悲しみがダイレクトで伝わってくる。
「何よりも……お前に会うことで、奴らに一矢報いる可能性が出る! それが、私には分かってしまうのだ」
分かってしまう……。
ないはずの運命を、なぜあんたは分かるんだよ?
俺なんかじゃ、全知全能には……。
「いや……すまない」
おっさんは、俺に背を向ける。
背中が……。
震えてるな……。
「神である私が……人間のお前に……」
そうだな……。
期待には……。
「これ以上苦しめとは……情けない」
ん?
「何よりも、唯一可能性を持つお前でさえも……確率は微々たるものだというのに……」
可能性?
「あんた、もしかして時空の力を?」
「そうだ……」
だから、隔離されたのか。
確率か。
「その確率ってのは、どれぐらいだ?」
「聞かないほうがいいぞ。絶望的な……数字だ」
ああ!
ちくしょう!
俺ってやつは……。
情けない人間だ!
本当に自分で自分が嫌になってくる。
たかが、連敗したくらいで……。
自分の中で勝手に、強大な敵を作るなんて……。
勝手に諦めようとするなんて!
情けないにもほどがある!
くそ!
今頃になって、みんなに支えられてたことが分かるなんて……。
なくさないと、そのありがたみが理解できなんて……。
馬鹿だよ俺は……。
心が挫けそうなとき、魂だけになったとしても、自分の命が危険だったとしても……。
みんなは、俺を立ち上がらせてくれたじゃないか!
ジジィと若造が支えてくれたじゃないか!
今度は……。
今度こそ!
俺は、自分自身で立ち上がるんだ。
俺は戦う事……殺すことしかできないんだ。
自分の幸せは……。
俺が知ってるあいつらが幸せなこと!
そうだ!
もう見失うな!
たとえ、全能の神がいて!
その掌の上で、道化を演じることしかできないとしても……。
一言でいい!
うそ……。
って言わせてみせる!
予想外の答えを出してやるよ!
逃げても負けても……。
やってやるよ! こんちくしょう!
「あんたなら、俺に武器をくれるんだよな?」
「レイ?」
「それがないと、確率はゼロになるんじゃないのか?」
「しかし……」
「なら、俺が悩む時間も無駄じゃないのか?」
本当に無駄だった。
「しかし! お前はさらに苦しまねばならんぞ?」
「その上、成功する方が奇跡的ってか?」
「その通りだ」
「なら、俺の答えはただ一つ。やらずに後悔するより、やって後悔する……だ!」
そうだ。
不可避な運命があったとしても、体当たりで突き破る!
「お前は、強いのだな」
俺にはこれしかないんだよ。
「……俺は弱い。でも、やるだけはやって消えるさ」
「ふっふっふっ……。それを本当の強さというのだ。レイよ」
弱いって言ってるのに……。
頭の悪いおっさんだ。
おっさんは、俺のおかげで……。
俺は、おっさんのおかげで、少しだけ笑うことが出来た。
これも、きっと幸せの一部。
……。
何をするかは、認識している。
「私たちの仕事は、金属の中に隠された姿を掘り出すことだ」
おっさんは、置いてあった小さいほうのハンマーを俺に渡してきた。
「金属の声を聴き。それに沿うようにこれで力を加えればいい」
金属の声。
これは俺の体の一部だし、未経験でも聞き取れるか?
おっさんは、足元にあった皿のような金属に特殊な火をともした。
てか、この金属は熱で変形しないんじゃないか?
えっ!?
おいおい!
「おっさん! その火!」
「そうだ。これは、わしの魔力を変化させた物だ」
「それって、あんたの命そのものじゃないか! もう、回復もこの世界からでないと……」
おっさんは、真剣なまなざしを俺に向けている。
言葉は無粋とでも?
それだけの、覚悟って事かよ。
分かったよ。
俺に、あんたの思いごと背負えって事なんだよな。
分かったよ。
俺が差し出した金属を、おっさんは常に炎であぶるように台に固定した。
「さあ、始めよう。神剣を超えた、究極の剣を作るんだ」
「ああ」
俺とおっさんは、ハンマーを打ち付ける。
金属の声……。
すべてのものは、分解すれば原子や分子……魔力になる。
魔力の流れを……。
もっとも最小の力を読み取るんだ。
一鎚一鎚に、想いをこめてふるう。
力が欲しい。
守る力が。
守れるだけの力が!
その想いにこたえる様に、金属が変形し始める。
平たく伸び……やがて液状化していく。
それでも、この金属は恐ろしいほどの強度を保持していた。
一度まだら模様に変わると、二つに分かれた。
割れたわけではない。
もともとは二本分の量があったんだから、当然なのかもしれない。
それは、そうあるかのように二つに分かれた後……。
剣へと形を変え始めた。
交互に打っていたハンマーを、その金属に導かれるように変則的に打ち始めていた。
怒りも悲しみも喜びもすべての思いを……。
一心不乱に剣へと叩き込む。
本来、刃の部分は研ぐものだろう。
しかし、その必要はなかった。
それどころか、柄や鍔の部分まで勝手に形成されていく。
もちろん俺に、そんな技術はない。
おっさんも、それらしいことをしている節はない。
それでも、勝手にすべてが変わっていく。
これが金属の奥にあった、本来の姿なのか?
気が付くと、鞘らしきものまで……。
「ぜぇ……ぜぇ……」
ボシュっと、おっさんの魂で燃えていた火が消えた。
それは、新たな俺の武器が完成した瞬間だった。
「はぁ……はぁ……これが……」
「ぜぇぜぇ……そうだ。お前の新たな刃だ」
一本は……刀。
師匠は、元々刀を使っていたんだから……。
俺の流儀にマッチするんだろう。
でも、もう一本のこれは……。
剣? 刀?
刀っぽいけど、両刃だ。
剣に見えなくもないけど、そりや鍔は完全に刀だし……。
根元部分は、刃がないところもある。
なんだこりゃ?
「それは、鋒両刃造という刀だ」
きっさき……何?
この刀は……。
俺は、両手に二本の刀を持ち、振り比べていた。
う~ん……。
流石は、俺の体から出てきた刃だ。
両方とも、特性は違うようだけど……。
しっくりくる。
多分、どちらでも使えるだろうな。
違いは、たぶん違いなんて本当のぎりぎりじゃないとわからないだろう。
こいつらが、俺の新しい相棒か……。
魂も心もないが……。
これ以上の武器はないだろうな。
「これを着るといい」
ん?
鞘をいじっていたおっさんが、服を差し出してきた。
「特殊な素材で編んである。少しは役に立つだろう」
「ああ、助かる」
てか、おっさんの魔力が……。
「そして、鞘二つにもミスリルで作った鎖のベルトをつけておいた」
血が付いたぼろぼろの服を着替えると、鞘をつける。
そして、刃を鞘へと納めた。
「おっさん……あんた……」
俺が気になることを口にしようとした瞬間、大気が震えた。
そして、この世界に悪意の気配が……。
三つ。
あいつらだ。
あいつらの目的は、俺だろうな。
今なら、少しはましな戦いが……。
「待て」
「ん?」
「この世界は、私の魔力でぎりぎり維持をしている。それだけ言えばわかるな?」
おいおい……。
勘弁してくれよ。
また、こんな事なのかよ……。
「お前には、行くべき場所があるのだろう?」
「でも!」
俺は……。
俺は、あんたも守りたいんだ!
その言葉は、おっさんの強い意志のこもった目で……。
その目を見てしまったせいで、口に出せなかった。
「わかってくれるな? レイ?」
「く……」
おっさんのコア……魔力は、今にも消えそうなほど弱っていた。
俺の刃を作るのに、すべてをかけてくれたんだ。
分かってる。
多分、このまま放っておいても死ぬだろう。
でも……。
次元の狭間まで行けば、魔力の回復が。
おっさんは、それを察したように目を細める。
馬鹿だよ……。
俺なんかのために……。
「あんたは、本当に馬鹿だよ」
笑うなよ!
馬鹿野郎!
「地獄を見てなおも、その優しさ。お前にならば……いや、お前だからこそ私の全てを託せる」
なんだよ! それは!
どいつも! こいつも!
「人間とは、弱く儚いものだとばかり思っていた。しかし、神よりも強いものだと教えられた」
だから、なんだよ!
そんな事学んでも……。
あんたはもう!
「な~に……。少しは、ダメージを与えて見せる」
何をしようとしているか。
敵を道連れに、この世界ごと消えるつもりなんだろう。
俺は。
俺にできることは……。
「あんたの思い……。確かに背負った」
俺はそう言って、おっさんに背を向ける。
「すまないな。さあ、行ってくれ」
泣いたり、悩んだりが時間の無駄だってわかってるよ。
たとえ用意されたものだとしても、俺は何かを見つけないといけない。
その何かを見つけて、答えを出さないといけない。
俺が消えてなくなってしまう前に……。
****
二本の刃を持ち、世界の壁を越えて流れに走る。
流れに乗ると、もうおっさんの世界がどうなったかもわからない。
悪意は、すぎには追いかけてこなかった。
それこそが答えなんだろうな。
あの三体を待ってここで迎え撃つか?
いや、得策じゃない。
せめて、俺に有利とは言わないまでも、不利じゃない場所が必要だ。
勝つんだ。
次こそは、絶対に勝つんだ。
少なくても、あれに勝てなきゃユミルなんかに勝てるはずがない。
流れに乗りながら、頭を戦うことに向けていく。
少なくても、時空魔法で吹っ飛ばされる前より戦闘力が落ちている。
思念体達の意志力は、俺自身が高めるしかない。
覚悟をもっとしっかり持って……。
それ以上に大きいのは、ジジィと若造に任せていた魔力のコントロールだ。
強化に、フィールド、障壁に、回復と復元。
さらに、時間のコントロール。
全てを同時に処理したうえで、今までの自分がやっていたこともやるんだ。
何年か修行したいぐらいだよ。
嫌になる。
でも、今の俺には叱咤してくれるあの二人はいないんだ……。
泣き言を言ってる場合じゃないよな。
あの二人が、どっかで生きててくれることを信じて……。
やれるだけの事を……。
俺は、流れの中をひた走る。
さっきまでの流されるのではなく、走る。
今の俺には、それが可能だ。
走りながら、魔力の操作を延々繰り返す。
もう、敵に負けないために……。
あの二人にほぼ完全に任せていた、フィールドが一番厄介だな。
それでも、操作出来ないわけじゃない。
あの二人が、しっかりと俺の中にマニュアルを残してくれている。
強化もできる。
今までサボってたつけか……。
はぁ~……。
やって……。
いや……。
俺は、やらなければいけないんだ。
俺のこれは……。
封印だ。
あいつらがいないんだ。
愚痴なんて言っても、意味がないんだよな?
俺は、俺の生きている一分一秒を無駄にしないように、修練をする。
もちろん、流れを走ることも修練につながる。
先ほどまで感じ取ることも出来なかった魔力も、感じ取れるようになっている。
刃を俺自身で作る。
これも、仕組まれたことなのか?
神様は、俺を化け物にでもしたいのか?
それとも、俺自身をラスボスに?
絶対、思い通りなんかになってやるもんか!
俺は、俺自身で選択するんだ。
間違えたとしても、それでも自分で答えを出さないといけない。
俺は、頭をフル回転させ続ける。
そして、自分の中にジジィと若造以外の知識を再認識する。
俺の中に、図書館でもあるみたいだ。
思念体となった神や人からもらった、記憶の破片。
顕聖からの本もちゃんとある。
俺自身が読み込みに行かなければ、決して吸収できない。
でも、ちゃんとある。
俺は、その中から戦う知識を吸収する。
そして……。
虐げられた無念の記憶も、同時に……。
俺は、戦うために作られた。
そのせいだろうか?
その想いを吸収する事で、意志の力が強くなっていく。
偽神に作られた俺だけど、今は感謝してやるよ。
それが俺を強くしてくれるんだからな。
人間を殺すためじゃなく、守るために全力を出してやるよ。
たとえ、絶望的な確率しか俺の残ってないとしても、やってやるよ。
それが、俺のアイデンティティーなんだから。
チクリと、痛み?
うん?
回復したが、まだ左腕に違和感が残っているな。
あの攻撃は気を付けないと……。
見切れるか?
いや、見切れない時に俺は殺されるだろう。
見切るんだ。
「うおっ!」
先ほどの何倍もの速さで流れを駆け抜けた俺は、流れの終点にたどり着いた。
ここは?
「なんだこれ!?」
俺自身の体が、半透明になっている。
透けて向こうが見えてる……。
俺が流れついたのは……。
宇宙?
真っ暗な空間。
あちらこちらに、動く光が見えるだけの世界。
なんだここは?
魔力の感知もうまく働いてないのか?
わけが分からない。
ここに何があるんだ?
過去なんだよな?
くそっ!
本当に、わからないことだらけだ……。
ここに流れ着いた、本当の意味を俺はまだ知らない。
知っていればどうにか出来た、という類のものではない。
人間が、たどり着けるような場所でもない。
それでも、俺は……。




