十三話
嘘だろ……。
俺は、自分の失敗が信じられないでいた。
命をかければ……。
自分の全てをかければ、死んだとしても何とかなるんじゃないか?
今までがそうだったんだから。
と、何処かで思っていたのかもしれない。
気を抜いたつもりはなかった。
でも、気が抜けていたのかも知れない。
自分で自分が信じられない。
分からない。
何も……。
何も……。
ちくしょう……。
やってはいけない失敗をした。
折角皆が信頼してくれたのに……。
皆が託してくれたのに……。
あ~……。
ちくしょう……。
やってらんね~……。
俺は、背中が何かに引っ張られる……。
いや、背中からまるで井戸にでも落下している様な感覚に、おそわれていた。
抵抗できない。
体が……。
動かない。
動いてくれない。
【くっ! これは……】
『なんじゃ!? これは!?』
くそ……時空魔法?
時空魔法って何だ!?
『分からん! 体は動かんか!?』
駄目だ。
さっきから魔力も込めてるけど……。
全く動かない。
ギリギリ、両腕が少しだけあがるくらいしか……。
【障壁も展開できません!】
真っ暗な空間を、凄い速度で落下していく。
なんだ?
どうなるんだ!?
くっそ……。
徐々に、真っ暗だった景色に、光の点が見え始めた。
あれは?
【分かりません】
その点は、見渡す限り均等に広がっている。
数は多過ぎて分からない。
ここはなんなんだ!?
(ぐっ! ああああ!)
えっ!?
最初の変化は、頭の中に響いた悲鳴だった。
それが誰の物かは、すぐに分かった。
(きゃああああああ!)
(がああぁぁぁ!)
俺が取り込んだ思念体。
その断末魔の様な声が、聞こえる。
俺自身の頭の中から。
『なんじゃ!? 何が起こっておる?』
分からない……。
どうしたんだよ?
おい。
おいって!
(ぎゃああああ!)
えっ!?
俺の体から、思念体が浮き出してきた。
俺と落下速度が違うように、俺との距離を広げ……。
半透明な体が霧散した。
なんだよ!? これ!?
それは、最初の一人にとどまらず、どんどん後に続く。
共通点は、何かを求める様に俺に向かって、皆が手を伸ばす。
数えきれないほどの思念体が、俺の体から浮き出すと空中で霧散していく。
なんだよ!?
どうなってるんだよ!?
ああ!
何とか持ち上げた手で、思念体の手を掴もうとするが、俺の手はそいつらの手をすり抜けて掴めない。
【時空魔法……】
いったいなんだよ!
怒りや悲しみの顔で、思念体達が消えていく。
俺は、それをただ眺める事しか出来ない。
俺も、こいつらみたいに死ぬって事なのか?
それとも、俺は死んでる真っ最中なのか!?
『時空……そうか! 時間を操作されたんじゃ!』
えっ!?
『推測じゃが、ユミルの最後の言葉に人間とあった』
あ……。
神に時間は関係ない……。
『そうじゃ! 人間であるお前には、このように効果絶大でも、神にはほとんど効果が無いじゃろう』
じゃあ……。
【時間を巻き戻されているんですか?】
『分からん。時間には、過去から未来に進む以外の力もあると言う』
じゃあ、俺はこのまま消えて無くなるのか?
『分からん……』
くっそ……。
ここまで来て……。
全部無駄だったのかよ……。
くそ……。
こんな所で終わるのかよ……。
こんな情けない……。
今までの俺はなんだったんだよ!
くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
何が、全てを賭けてだ……。
何が、皆の想いを背負ってだよ……。
何も出来ないじゃないか……。
何も出来なかったじゃないか……。
何も……。
俺は、何のために……。
しばらくすると、俺の中から思念体が出尽くしたのか、声がしなくなった。
もちろん、体からはもう何も出てこない。
時間が、あの戦いの前に戻ったのか?
『いや……魔力は保有したままじゃ。時間を巻き戻しているのではないのか!?』
くそ……。
訳の分からないまま終わるのか……。
脳裏に、思念体達の表情が焼きついている。
何もしてやれなかった……。
背負うって約束したのに……。
俺は、嘘付きだ。
最低の嘘付きだ。
【えっ!?】
どうした!?
嘘……だろ……。
「そんな! 私の体が!?」
俺の左腕から光が漏れ出し、人間だった若造になる。
『馬鹿な!』
ジジィ!
「ぬうう! 馬鹿な!」
ジジィまで!?
ちくしょう……。
「レイ!」
「若造!」
「レイよ!」
「ジジィ!」
二人に伸ばした手は、しっかりと二人の手を握った。
実体がある!?
どうなってるんだ!?
「ぐうう! わしは! お前と死ぬまで!」
「こ……の! 引っ張られて! レイ! 私は! 私は!」
「ジジィ! 若造! くそ! くそぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
≪右に見える光に、二人を投げ込みなさい≫
えっ!?
俺の頭の中に……。
声じゃない。
文字そのものが浮かんできた。
これは……。
≪早く≫
≪二人が消滅してしまいます≫
俺は……。
「ぐ! があああ! このぉぉ! くそっ……たれぇぇぇぇぇぇ!」
「レイ!?」
「どうしたんじゃ!?」
物凄い圧力の中、全ての力を使って……。
二人を光へと投げ込んだ。
最初に、肋骨と右足が砕けた。
そして、両腕がねじれ……骨が砕け、肉が弾け飛んだ。
「レイ! 私は! まだ……」
手を振り抜いた勢いで傾けた首からは、肉の引きちぎれる音が聞こえた。
最後に、左目が赤一色になった後、真っ暗になり何も見えなくなった。
「死ぬなぁぁぁぁぁぁぁ! 死ぬならわしが……」
二人が光に吸い込まれ、居なくなった。
このくらいの痛みは慣れている。
回復……。
あ……。
そうか……。
ジジィも若造もいないんだ。
これで、本当によかったのか?
≪大丈夫です≫
≪二人は、助かりました≫
そうか……。
よかった……。
何故か……。
信じられた。
理由は分からない。
まあ、二人が助かったならいいや……。
ここで、俺と一緒に消滅する事はない。
何も出来なかった俺なんかと、同じ結末なんて……。
≪三つの鍵≫
あ?
≪時の始めりと、終りを確かめなさい≫
何の事だ?
≪彼の時で、待っていますよ。レイ≫
俺は、死ぬんじゃないのか?
おい!
その文字を書いた主が、俺から離れるのが何となく分かってしまった。
待てよ!
まだ……。
「がっ!」
****
俺は、何かの強い衝撃を受けて……。
真っ暗な闇へと落ちて行く。
真っ暗な世界。
何もない……。
真っ暗なのに、自分の姿だけやけにはっきり見える。
これは……。
ここは何処だ!?
俺はいったい……。
誰もいないのか?
え?
気が付くと、俺は消えたはずの思念体達に取り囲まれていた。
いや……。
それだけじゃない。
人だけじゃない。
あれは、俺が殺したモンスター!?
悪魔達に……。
そいつらは、無表情のまま俺をじっと見つめている。
そうか……。
俺は、これだけの想いと怨みを背負っていたのか……。
皆の想いを背負って……。
これだけの敵の屍で、道を作って進んだ。
これだけの事をして、全て無駄だったんだな。
謝って許されるレベルじゃない。
俺を見ているのは……。
恨めしいからだよな?
殺したいからだよな?
そうか……。
ここは地獄なんだな?
どうするんだ?
俺が苦しみ続けるように、拷問でもするか?
永遠に?
お前等の気が済むなら、好きにしてくれ。
俺は、失敗したんだ。
お前等の想いに応えられなかった。
お前等を殺す事しか出来なかった。
もしかしたら、俺じゃなければ……。
分かってる。
もう、どうしようもない。
俺は、間違えてるかも知れないと何処かで思いながら……。
それでも、真っ直ぐに進んじまった。
想いを背負……いや……。
人の想いを踏みにじりながら……。
殺し続けた。
敵どころか……。
好きになった人を……守ると約束した人を殺した。
そんな力だから……。
愛した神様を、守れずに殺しちまった。
俺が、幸せなんか望んだから。
こんな歪んだ俺が、世界の未来なんて望んだから。
本当に殺されるべきは、俺だ。
死ぬべきだったのは俺だ。
俺の目の前に、オリビアと梓さんの姿が現れた。
二人とも……。
泣かないでよ。
ああ……。
ちくしょう。
何がいけなかった?
どうすればよかった?
死ねばよかったのか?
そうすれば、この二人は幸せになったのか?
世界どころじゃない。
俺は、愛した二人すら守れなかったんだ。
死ねばよかったのか?
なあ?
答えろよ!
答えてくれよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
悔しい……。
悔しくてたまらない。
自分の馬鹿さ加減が、許せない。
自分の弱さが、悔しくてたまらない。
どうすればよかったんだよ!
誰か、教えてくれよ!
頼むよ!
頼むから……。
俺は、まだ何も……。
何も守れて無いんだ。
何でもするから!
死んだ方がましだと思う苦しみでも!
何でも!
何時まででも!
永遠だって構わない!
未来永劫苦しみ続けろって言うなら、それでいいから!
俺に守る力をくれよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
願っても、祈っても……。
無駄だと分かってる。
でも、今の俺には……。
あ~……。
情けない。
最後まで、俺って奴は……。
本当に情けない。
弱いから、願う事しか出来ないのか?
他人に頼るしかないのか?
なんて、情けないんだ。
頑張った?
俺は、自分で出来る限り頑張った?
はっ!
この期に及んで、自分に言い訳してどうなる?
俺の頑張りなんて、ゴミクズ以下だろうが。
何より、無駄だったんだ。
結果を残せなかったんだ。
生きてること自体が、罪だったんだから……。
俺の存在なんて、世界からすれば百害あって一利なしじゃないか。
あ~……。
やってらんね~……。
「ここで諦める? レイ?」
オ……リ……ビア?
「誰も責めはせんぞ?」
梓さん。
「もう、十分頑張ったもんね」
えっ?
「これ以上生きても、余計に苦しむだけじゃ」
俺は……。
「ここで、終りにしても誰もレイを責めないわ。ね?」
「その通りじゃ。さあ、目を閉じよ」
俺は……。
「永遠の安らぎが待ってるわ。さあ」
「さあ」
ああ。
ちくしょう。
俺って奴は……。
「ありがとう、二人とも。俺は、また間違える所だった」
二人が……。
笑ってくれた。
「俺は、まだ死ねない。自分で決めたこの道を、歩ききってないから」
二人が、笑いながら同じ方向を指差した。
そこには、さっきまで無かったはずの光があった。
守れなかった女に支えられるなんて……。
本当に、情けない俺らしい。
さあ!
行こう!!




