八話
「げほっ……はぁはぁ……げはっ!」
俺の足元には、また真っ赤な水たまりが出来ていた。
くそ……。
くそ……。
血だまりの中で、見開いた眼は敵を映し出す。
真っ黒だったはずの敵は、白い光へと変わっていく。
まだ……。
「ぐうう! ごほっ……くそが……」
まだ、敵がいる!
終わってない。
動けよ……くそが。
『ぐがあ! ま……魔力……魔力の循環は、わしが保持する!』
【はい! くうう! 絶対に!……治して見せます! ぐぐっ!】
****
「レイさん! !嫌! いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「待ちなさい! エルミラさん!」
「放して下さい! レイさんが!」
半狂乱で走り出そうとしたエルミラを、メーヴェルさんが止めてくれた。
「貴女がいってどうなるんですか!」
「でも……」
「分かっています! 分かっているんです……。でも、もしこの中の誰が死んだとしても、彼自身が死ぬよりも彼が苦しむんです」
「くそぉ! 人間のレイが……くそぉ!」
悔しさから神達の心に再び黒い感情が湧き出し始めていた。
「落ちつきなさい! 私達には、もう魔力が残っていないのです! 彼の邪魔にしかなりません!」
「レイさん……」
「彼を……信じるんです! 私達が!」
「メーヴェル様……」
****
全く体の動かない俺は、血だまりの中……。
ただ、立ち尽くす。
まだ戦うんだ……。
俺はまだ戦える……。
体中が脈動を止めてくれない。
ドクン、ドクンと痛みを伴った音だけが、大きくなっていく。
広がり切った苦痛は、際限なく強くなっていった。
ぐ……があああああぁぁぁぁぁ!
体中を、自分では表現できないほどの苦痛が駆け巡る。
分かってるんだ……。
【しっ……かり! しっかりして下さい!】
人間の限界なんて、知れている。
それでも、力が必要だった。
守るための力が……。
『くっ! ぐうう! 意識が……意識が、混濁し始めた!』
分かっていたんだ……。
俺は、とうの昔に限界を超えてしまっていた。
ミルフォスと戦った時?
ヨルムンガンドと戦った時?
悪魔達と戦った時?
偽神へ全てをぶつけた時か?
いや……。
そんな生易しい限界なんて、今の足元にも及ばない。
なぜ俺が生きているか……。
知っているなら教えてくれよ。
誰でもいいから……。
ああ……。
『しっかりせんか!』
俺は……。
(レイ?)
オリ……ビア……。
(レイよ!)
梓……さん……。
【ここまで……なんですか? 貴方は!】
ああ……。
二人とも……。
泣かないで……。
『しかっりせんか! この……馬鹿者があぁ!』
泣かないでくよ!
守って見せるから!
必ず! 守るから!
「がああああああああ!」
『よし! そうじゃ!』
こんな苦痛がなんだ!
殺された人達は、もっと苦しんだんだ!
辛かったはずだ……。
悔しかったはずだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
こんな苦しみ!
【そうです!】
クソ食らえだ!
「はぁ……はぁ……」
なんだ? 今のは?
どうなってたんだ?
『心肺停止じゃ』
おいおい……。
【臨死体験は、何度目でしょうね?】
覚えてね~よ。
ちくしょう……。
****
光の収束した馬鹿が、自分の体を確かめるように拳を見つめている。
いったい、いくつ分の世界を飲みこみやがったんだ?
化け物が……。
「素晴らしい……。素晴らしい! これが、真の神の力! 最高だ!」
見た目は、本当にただの人間。
「どうだ? イレギュラー? 私はついに手に入れたんだ! 神を超える力を! くははははっ!」
イレギュラー?
ちっ……。
『記憶を共有しておるんじゃったな……』
気分の悪い……。
「最っ……高だ! これで何でも思い通りだ! 何でも手に入る! 全て私の思うままだ!」
それだけ奪っておいて……。
まだ望むのか? クズ野郎……。
【欲深い事ですね。……気分が悪くなるほどに!】
ああ……。
「これでもう、お前達の邪魔も……。くはははっ!」
馬鹿が、裸で笑ってるよ……。
はぁ~……。
あの馬鹿を……。
殺す為に……。
ジジィ! 若造!
お前等の命も!
俺にくれ!
『ふん! 持っていけ!』
【もちろん。付き合いますよ! きっちり地獄まで!】
行くぞ!
『うむ!』【はい!】
この化け物に、下手な攻撃なんて意味が無い。
なら、今俺に出来る最大の攻撃を!
俺の全てを!
魂も! 運命も! 存在そのものを力に変えろ!
この一撃を、今できる極限に!
【『「おおおおおおおおおおお!」』】
全身を覆う灰色のオーラ……。
それと同色の刃が、一つとなった特別な剣に出現する。
加速を続ける俺の視界は、静止した……。
いや、とてもゆっくりと動く世界をうつす。
そして……。
<ディメンションブレイカ―>
俺の全てを乗せた刃を振り抜いた。
「がはっ……」
元の時間へと戻った俺は、切り裂いた敵へ目を……。
「くははっ!」
そんな……。
「それでは足りないようだな? イレギュラー」
斜めに裂けた馬鹿の体は、何も無かったかの様に元へ戻っていく。
くそ……。
魔力が足りなかったのか?
コアが消滅させられなかったんだ……。
「これがお前の限界だな! イレギュラー!」
くそったれ……。
「神を超えた私に……殺される事を光栄に思え! くはは!」
『ぬう……』
【この……】
俺に残ったのは、後数分で燃え尽きる魂と……。
限界を超えて、動かない体。
ちくしょう……。
「く……そっ……たれ……」
「さあ! 消えろ! 出来損ないめ!」
こちらに向けられた掌には、光が集まって行く……。
「ぬおおおおおおお!」
「が……はっ……」
俺と馬鹿の間に飛び込んだ、ガイストの体を凄まじい威力の魔力砲が貫通し……。
俺の体の触れた部分をそのまま消し去った。
俺の左肺……。
左肩……。
心臓は、この世から消えて無くなった。
そして、支えを失った俺の左腕がぶらりと垂れ下がる。
「く……そ……」
前のめりに地に伏した俺の目の前で、馬鹿が大きく口を開く。
あれは見た目が人間と似ているだけで、人間ではない。
胸元まで大きく裂けた口で、ガイストの体を丸ごと噛み砕き……。
飲み込んだ……。
くそ……。
またかよ……。
また、守れないのかよ!
くそったれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
(私は神だと言うのに、盾にさえなれなかったな。すまない)
えっ!?
ガイスト!?
お前……あそこで食われてるんじゃ!?
目の前に居るガイストは、魂ですらない。
当然だ。
魂……神のコアを敵に吸収されているんだから、ここにあるわけがない。
(お兄ちゃん……)
ガキ!?
お前の魂も、吸収されたはず……。
(憎い! 私の家族を……奴は!)
これは……。
俺は、おかしくなったのか!?
いないはずの奴らが見える。
確かに見えるのに……。
目にはうつらない。
そこに魔力は感じない。
こんな事って……。
(魂も肉体も……全て奴に取り込まれてしまった)
ガイスト?
(だが、この想いは消えない)
あ……。
俺は、これを知っている。
(この世界に生きた、全ての生物の無念は消えない)
一度だけ見た事がある。
(だから……)
ジジィと初めて会ったあの日……。
父さんの魂は、想いの強さで姿を具現化した……。
エゴールとババァの様に、魂で精神に話しかけるほど力が残っていない想い。
見えるはずが無い。
(最後に残った私達を……私達の想いを!)
これは、精神と言う実体を持たない……。
力なのだから。
「ガイスト……」
「これで……終りなのか……」
「ああ……」
俺に希望を見た神達は……。
絶望と恐怖に飲み込まれた。
「メーヴェル様……」
「愛する子供達も、守れないなんて……」
空と雷……。
そして慈愛を司る神であるメーヴェルさんは、その絶望の中でも子供の様に愛する、教え子達を抱き締める。
自分の体で守ろうとでも言うのだろうか?
目の前にいる、無慈悲な神を超えた者には意味が無いのに。
泣かないでくれよ。
今……。
今、俺がそれを振り払ってやるから……。
殺してやるから!
「ん? イレギュラー……しぶといじゃないか」
「レイさん?」
「その怪我は、人間ならば致命傷のはずだがな?」
「レイ君?」
「なんだ?……何だその目は!」
殺す……。
「何故そんな目が出来る!」
殺す!
「お前は死ぬんだ!」
殺して……。
殺してやる!
「ぐうう……があああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺の体内から溢れ出した灰色のオーラは、突風をおこす。
そして、失われた体のパーツを補っていく。
「あれは……何だ!? 魔眼には何も見えないぞ!?」
「私の神眼でも、何も……」
「じゃあ、あれは何だ!?」
「分からないわよ!」
「なぜ……見えもしない……魔力も感じないあれに……。これほどの力を感じるんだ!?」
「あれは……人間なの?」
「なんだ!? それは!? 魔力どころか、魂さえ残って無いと言うのに……」
肉体の……魔力の……魂の限界を超えろ!
「あれは……意思の力? なの?」
「メーヴェル様? 意思?」
「レイ君の持つ剣……オリハルコンを、完全に変形させるほどの意思の力……」
「それが、あの力ですか!?」
「分かりません。分かりませんが、そうとしか……」
おおおおおおおおおお!
一つとなった二つの特別な剣に、再び魔力の刃が灯る。
その灰色の刃は、黄金の輝きを放ち始めた。
「ふっ……ふん! また、それか! それでは駄目なんだよ!」
限界なんて、クソ食らえ!
一撃で足りないなら、何回でも斬りつけてやる!
「この……ゴミクズが!」
極限で足りないなら!
それ以上を出すだけだ!
「うおおおおおお!」
魔力よ!
魂よ!
意思の力よ!
俺を導け!
<ディメンション……>
「くっ!」
馬鹿が、障壁を作ろうとしている。
遅いんだよ。
死ね! くそが!
光速へと達した俺は、誰も動かない時間の中で剣を振るう。
全てが導くままに……。
振り抜くのが速過ぎる……。
軌道が違う……。
力を逃がさずに、全てぶつけるんだ!
<ブレイカ―……>
斜めに撃ち込んだ刃は、敵のコアを傷付ける。
まだ、足りない。
自分自身の体を軸に……。
斜めに敵を切り裂いた刃に、さらに力を上乗せさせる。
そして、刃は円を描く……。
<アンリミテッド!!!!>
寸分違わぬ軌道を進んだ刃は、敵のコアを両断した。
そして、俺の時間が元へと戻る。
「そ……んな……私は……神を……」
馬鹿が、光の柱となり……。
消滅していく……。
やったぞ……。
くそったれ……。




