七話
くそ!
もう、戦いが始まっているのか?
目に映るのは、苦しみ干からびていく人々。
そして、淀んでいく空気。
『これは……何体じゃ!?』
【魔力は……悪意で間違いないですが……】
奴等の精神を逆なでする……。
ゆっくりと人を狂わせる、毒薬のような魔力を感じている。
かなりの敵が入り込んだのは、魔力の強さで分かる。
だが……。
数が特定できない。
どうなってるんだ!?
あれは……。
仲間が、戦力の高い上級神を外側に置いた円陣を、組んでいる。
その仲間の周りを、黒い羽のくそったれ共が囲う様に旋回していた。
旋回しているのは……。
えっ!?
S×四クラス!?
なんだ!?
魔力が少な過ぎ……違う!
あれだ!
交戦している仲間達のさらに奥に、黒い五メートルほどの塊を見つけた。
その周りには、十体のS×五クラス。
なんだ? あれは?
表面がうごめいている?
あ! そうか!
『ぬう! さらに進化しおったか!』
くそったれ!
【次から次に!】
前の世界を経験した俺は、答えを導き出せた。
浸食されている世界の意思は、別にある。
それは感知出来ている。
だが、それ以外に大元の魔力からすると、手下の偽天使共の魔力が弱過ぎる。
最低S×五クラスが、この十倍はいるはずだ。
そう……。
S×五クラス達だけで、融合を始めていた。
あの五メートルの肉塊は、それだ。
S×四の奴等は、それを邪魔されない様にしているだけらしい。
S×五クラス以上の化け物が、本体以外にももう一体完成しようとしている。
やらせるか!
「おおおおおおおお!」
ゆっくり動く景色の中、S×四クラスの敵へ斬りかかる。
「レイ君!」
「レイさん! 駄目です!」
音の向こう側に居る俺に、二人の声は届かない。
俺の動きに反応しきれていない敵を、斬り裂く。
そして、コアを魔力で相殺する。
俺が、三体を斬り捨てた所で、やっと俺に反応した敵がこちらに顔を向ける。
俺の力には、時間と魂の限界がある。
この速度域で、可能な限りの敵を!
おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!
「凄い……」
「魔眼ですら捉えきれない……」
「あいつは本当に人間なのか!?」
「なんだ!? あの魔力は!?」
最後……の!
一匹!
聖剣に切り裂かれた敵が、光の粒子となり消えていく。
よし!
超高速状態から脱したところで、いつものように体が脈動を始めてしまう。
「レイ君……」
幾ら気合でおさえ込もうとしても、激痛は強くなっていく。
くっ!
体が……。
何か! 何か方法は……そうだ!
「メーヴェルさん! あのS×五クラスは、倒せますか?」
後遺症がおさまるまでの時間があれば……。
「え……ええ! 三体だけならば、無理じゃないわ。でも、こちらの全力を賭けてギリギリよ」
三体? それじゃ駄目だ。
くそ……。
おさまれ! くそ!
どうする!?
俺よりも少しだけ遅れて、ガイストが到着した。
「メーヴェル! 長……いや! 死神達が!」
「ガイスト……。ええ、こちらでもはっきりと告げられたわ」
「そうか……。どうする? 退避を……」
「不可能なの」
ぐうう! こんな痛み!
邪魔だ!
「どう言う……」
「この世界自体を、結界で封鎖されたのよ! 退避どころか、外からの魔力供給も出来ないわ!」
やってくれるぜ……。
くそが!
「では……」
「レイ君……ガイスト! 貴方達二人に、敵のけん制を任せても構いませんか?」
えっ?
何か手があるのか?
なら! こんな痛みぐらいでぇぇぇ!
「ああ。それは構わないが、どうするんだ?」
「世界の意思側は、完成までにまだ時間が必要でしょう」
ぐっ!
邪魔なんだよ!
歯を食いしばり、脈動を止めない全身に力を込めていく。
後で、いくらでも苦しんでやるから!
「ですので、あのもう一つの怪物を優先して倒します。その後、脱出の手段を模索しましょう!」
「なるほど、ここに居る神全ての魔力を集めて倒そうと言うのだな? メーヴェル?」
「ええ! それが、最良と判断します!」
よし!
「なら! 俺が、あの十体をけん制する!」
「あっ! レイさん!」
痛みと麻痺は進行してきてるが、まだ広がり切ってない!
いける!
俺の限界が来る前に……。
倒す!
行くぞ!
『よし!』【はい!】
****
ぎりぎりで維持していた灰色のオーラを纏ったまま、俺は敵に向かって走り出す。
がああああ!
黒い羽のクソどもが、俺の動きに呼応するようにこちらへ向かってくる。
もう、分かっているんだ。
こいつ等は、完成されたS×五クラス……。
俺の速度についてくる。
速度も力も、俺より上だ。
そして、俺には師匠の様な目を持っていない。
それでも、負けられないんだよ!
攻撃を予測しろ……。
精神を張り詰めろ……。
気を抜けば、そこで終りだ。
この超高速の攻撃全てを、避けろ。
無駄をそぎ落とせ。
敵の攻撃が届かないギリギリを、見極めるんだ。
体を世界と……一体化させろ。
魔力の流れを読み切るんだ。
隙間なく襲ってくる、敵の攻撃を避け続ける。
かするだけで、貧弱な俺の体は何かを失うだろう。
そうなれば、終りだ。
だが、俺は一度魔力を見ている。
師匠の世界を見せて貰った。
あの感覚を思い出すんだ。
最小の動きで、最大の力を発揮するんだ……。
感覚を、本能を、魂を……。
全てを動員するんだ。
そして、殺すんだ。
無我の先に……。
悟りの先に……。
意思の力で、自分の極限を引き出せ。
目の前にいる……。
敵を殺すんだ!
「おおおおおおお!」
****
「あれが……人間なのか? あんな事は、上級神ですら不可能だ」
「くう……あれ……が! レイ君です! 最強の人間です!」
他の神達から送られてくる魔力を受け止め、表情を歪めながらメーヴェルさんは、俺の事を皆に教える。
「メーヴェル!? 大丈夫なのか!? いくらお前でも、その量の魔力は……」
「たとえ……たとえ、この身が滅びても! 敵を討てるのなら構いません!」
瞳と声に強い意志がこもっているメーヴェルさんは、相手の二言を許さない。
「かはっ……」
「エルミラ! それにヤニ! お前達は、もういい!」
限界まで魔力を絞り出し、膝をついた者達にガイストが指示を出す。
「ガイスト様……」
「既に、魔力が生存ギリギリだ! 後は、仲間に託すんだ!」
「はい……」
「僕は……人間のレイ君より……」
ヤニは申し訳なさそうに、俺の方へと目を向ける。
「あいつが特別なんだ。気を落とすな、ヤニ」
「でも!」
「お前には、あの戦いの異常性が分からんか?」
「異常? 確かに凄いですが……」
「必ず勝てる戦いとは、どういうものだ?」
「それは……相手が自分より弱い場合ですか?」
ガイストは俺の戦いを見ながら推測できた事を、仲間達に喋り出した。
「そうだ。自分より強い相手に、絶対に勝てないとは言わない。しかし、戦いに勝てるのはおおよそ、自分より相手が弱い場合だ。自分と同等の相手でさえ、勝率は五割」
「あ! レイ君は……」
そこまでガイストが喋った所で、ヤニにも相手が言いたい事が理解できたらしい。
「そうだ、あの十体は間違いなくレイよりも強い。多分、私よりもだ。にもかかわらず、レイは一人であの十体を圧倒している」
「レイさん……。貴方はいったい……」
****
三……体目!
「おおおお!」
奥義への溜めが稼げない。
奥義は、自分の限界まで力を引き出す事……。
なら……。
通常の状態で、限界まで力を引き出すんだ。
何かに頼れば、それが弱さに……迷いになる。
力を爆発させろ。
そして、その状態を維持し続けるんだ。
体の限界なんてどうでもいい……。
ただ、敵を殺すんだ。
敵の攻撃が、脆弱な俺に届く前に……。
相手を殺すんだ。
敵の弱い部分に向かって、剣を振り抜け!
殺すんだ!
敵を!
全ての敵を!
****
(レイ君!)
俺が、九体目の敵を斬ると同時に、メーヴェルさんの念話が届いた。
それを切っ掛けに、俺はその場を跳び退く。
「イノセントキャノン!」
メーヴェルさんの手から、星すら消し飛ばしそうな威力の魔力砲が放たれた。
俺は、時間稼ぎに成功したらしい……。
ジュッと音を出して、縦になろうとしたS×五ランク最後の一体が、一瞬で消えさった。
いける!
これなら!
俺が黒い塊に目を向けた所で、それは形を変えていく。
なっ!?
凄まじい威力の閃光を、それは片手で受け止めようとしている。
神の……仲間の全ての魔力を込めた一撃は……。
完成した化け物に、いともあっさり握りつぶされた。
「そんな……」
「ああ……」
くそったれ!
皆が、その場にしゃがみこんでしまう。
祈るな!
お前等が神だろうが!
「ぐっ……ごほっ! げほっ!」
既に限界を迎えていた俺は、吐血を始めてしまう。
「はぁはぁ……はぁ……」
血だまりの中に立つ俺の両膝は、小刻みに震え続けていた。
まだ……まだだ!
「くくくっ! いいぞ! 私は進化に成功した!」
黒い羽のクソ共は、融合によって世界の意思と同等にまで力を高めていた。
くそったれ!
『ぐう! 魔力の……循環は保持する!』
【損傷個所……復元完了です! いけます!】
ああ!
「おおおおお!」
<シャイニング……>
黒い羽をはやした馬鹿に、俺は真っ直ぐ剣を向ける。
一撃で……。
俺の魂が残っている間に!
こいつを!
「遅いな、イレギュラー」
俺の一撃は、それを上回る速度の拳に迎撃された。
くそ! くそ! くそぉぉぉぉぉぉぉ!
****
運がよかったのは、剣先を拳で迎え撃ってくれたので、敵の攻撃は俺の体に直撃していない。
何とか、ギリギリで即死だけは免れた。
それでも、体中の皮膚や筋肉が引きちぎれ……。
衝撃で砕けた骨が、内臓に突きささる。
『回復じゃ! 急げ!』
【やってます! くう!】
俺の激突した建物は、倒壊を始めた。
多分、とんでもない爆音だったんだろうが、俺の耳には聞き取れなかった。
聞こえたのは、自分の体が砕ける音だけ。
「えほっ……ごぼっ……」
意識……意識を保つんだ。
「はぁはぁ……ごほっ!」
ここで、意識を手放せば二度と立ち上がれない。
くそ……。
完成直後で、まだ力が馴染んでなかった……。
敵の不備に救われるなんて……。
くそ!
俺は、なんて弱いんだ。
くそ……。
『どうじゃ!?』
【もう……少し……】
ドクンと体全体が、脈を打つ。
回復と復元が進んでも、弱い俺の体は血を垂れ流す。
ちくしょう……。
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉ!」
『落ちつけ! 馬鹿者!』
これが、俺の限界だってのかよ!?
クソったれ!
視界の隅で、コンクリートの破片が落下していく。
あ……。
ああ……。
建物の壁が崩れ……。
ここへ避難したらしい人間達のミイラが、折り重なるように……。
その中に、お互いに抱きあう様な子供ミイラが二つ……。
俺は、その二人の……姉妹の服を覚えている。
妹の持っているボールを……。
俺が拾ったんだ……。
笑ってたんだよ。
幸せそうに……。
ちくしょう……。
こんな……。
こんな苦痛! クソくらえだぁぁぁぁ!
「ぐがっ……がああああああああああああああああああああ!!」
『ぐうう!』
【なんて……力……】
殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!
敵を……殺すんだ!
****
「そんな……レイさん……」
「くくくっ! そうだ! 絶望しろ!」
「あ……ううう……」
「こんな所で……」
「もう……狭間から、魔力は回復できない……」
「そうだ! 絶望しろ! 私が憎いだろう? ん? ははははっ!」
俺を吹き飛ばした融合体は、力を失った神達を煽る様に囁き、笑う。
「ああ……くそ……くそ……メーヴェル」
「ガイスト……」
「情けない……。俺は、レイの様な人間ではなく神だと言うのに……」
「……」
「この中で唯一魔力が残っているのは、俺だけだと言うのに……。怖いんだ……」
「誰も、貴方を責めませんよ……」
ガイストに無駄死にして欲しくないメーヴェルさんは、力なく返事をした。
「恐怖で、逃げることさえ出来ない……。気を抜けば、泣き叫んでしまいそうだ……」
「憎い……」
「えっ!?」
聞こえてきた言葉に驚いたメーヴェルさんとガイストが、仲間達に目を向ける。
「憎い! 憎い! 憎い!」
「呪ってやる! 呪ってやるんだ!」
「だ……駄目です!皆さん!」
「あいつらは、私の故郷を……大事な物を! 愛する人を! 憎い! 憎い!」
「駄目です! 悪意に飲み込まれては! それでは、相手の思うつぼです!」
力を失った神は……。
呪詛を唱える。
憎悪、恐怖、絶望が渦巻く空間……。
そこに、真っ黒い力が笑みを浮かべてひたひたと近づく……。
これこそが、悪意の狙い。
黒く染まった神のコアを、悪意達は苦も無く取り込むことが出来る。
今は、魔力がつきていても神のコアだ……。
十分な力を秘めている。
それこそが、死神が手引きした経略。
それは絶望と言う力で、全てを奪うことだったのだ。
<ファルコンスフィア>!
リング状の衝撃波が重なり、不規則な回転を起こす。
そして、球状へと変化した衝撃波は、仲間達に忍び寄っていた黒い魔力を消滅させた。
「ほう……生きていたか」
「ああ……あああ! レイさん!」
「俺の命は、くれてやる」
「なんだ? 諦めたのか?」
「だから……お前の命を俺によこせよ……。クソったれ!」
大地を蹴り、さらに加速する為に空を蹴る。
まだ足りない……。
まだだ……。
俺は、空を蹴り続け……加速を続ける。
「くくっ……懲りない奴だ」
「がああああ!」
俺の目の前から、気配が消える。
「遅いな! ゴミが!」
背後から!?
クソったれ!
俺の心臓へ向かって、振り下ろされる敵の拳……。
「このおお!」
時間を遅延させてやっと出来た事は、体をひねる事だけ。
結果は……。
拳の触れた俺の右胸部は、拳の形に無くなり……。
衝撃が、顔の右半分を削り落した。
右目が削り落された事で、右の視界が一瞬で真っ暗になる。
さらに、殴られた勢いで反転した体が、足から地面にぶつかった。
下半身の感覚がない……。
もしかすると、下半身全てが吹き飛んでしまったのかもしれない。
だが……。
まだ、あいつが死んでない!
俺は、まだ戦うんだ!
たとえ上半身だけになったとしても!
【ぐ……が……ああああ!】
『ぬうう! 若造!』
【これ……ぐらいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!】
『よし! ぐうううう! 続けるぞ!』
【はい! 弟が……私にできた! 新しい弟が! 命を掛けているんです!私が……命を惜しんでるわけ……には……いかない!】
俺の全身を、灰色の光が……。
灰色の雷を伴って、覆う。
『そうだ! この……馬鹿孫が! 戦うと……言うならばぁぁぁぁぁ!!』
属性の限定された、人工のコアに閉じ込められた二人の魂。
相反する属性の魔力を使う事は、まさに自殺行為。
それでも……。
【死んでも! く……ぐぐ! 支えるだけです!】
【『この馬鹿を!』】
二人は、俺に戦える力を与えてくれる。
ああ……。
ちくしょう……。
負けるか! クソったれ!
体中を激痛が支配し、吐血も止まらないが……。
知った事か!
俺はまだ戦える!
「はぁはぁ……ごふっ!」
「ずいぶん苦しそうじゃないか? イレギュラー?」
「……はぁ……ごほっ! はぁ……はぁ……」
「まったく……。諦めの悪い馬鹿だなぁ」
二度と、諦めない!
絶望なんて、クソ食らえだ!
「おおおあああぁぁぁ!」
「ふん……無駄だと言うのに……」
速さが足りないなら……。
いくらでも加速してやる。
魔力が足りないなら……。
何回でも斬りつけてやる。
だから……。
死ねよ……。
「クズ野郎!」
「何!? 速度が!」
馬鹿が、こちらを向いたまま後方へ飛ぶ。
遅いんだよ!
二本の剣が、灰色の刃を出現させた。
<バースト!>
斜めに振りあげた魔剣が、コアまでの全てを切り裂く。
<インパクト!>
そして、聖剣がコアを突き刺す。
「この! 下等生物が!」
冗談のような魔力を持ったコアが、聖剣の刃を押し返そうとする。
それなら……。
押し込むまでだ!
「おおおおおおおお!」
そのまま、空を蹴る。
足の骨が砕け……。
足首が千切れ飛んでも、蹴り続ける。
「こ……の……」
左腕の骨が砕け、皮膚を突き破ると同時に……。
<ペネトレイト……>
全力で魔剣を同じ場所へ突き出した……。
<アロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ>!!
「ぐああああああああ!」
俺が地面に激突すると同時に、馬鹿が光へと変わり消えていく……。
純度が高ければ高いほど……。
魔力は爆発しないのだろうか?
やっと……。
半分だ。
『そうじゃな』
【ええ……】
まだ、ギリギリ俺の魂は残ってる……。
まだいける。
「あ……ああ……ああ……ぐううう!」
俺が、無理やり立ち上がると同時に……。
絶望を形にした様な……。
クソったれが姿を現した……。
さあ!
俺の全てをぶつけてやるよ!
くそったれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!




