五話
「では……。訓練を再開する前に、少し休息を……」
メーヴェルさんのその言葉を聞いて、俺達は部屋を出る。
メーヴェルさんを含めた他の四人も俺の後に続くが、会話はない。
空気がいいわけが無い。
今回で、ちょうど五十回目の出撃だった。
その全ての世界は……。
他の世界崩壊を防ぐために、消滅させた。
仕方が無い……。
そこにいた敵を倒せただけで、次に襲われる世界を救えたのだから……。
分かっている……。
ポジティブに考えたなら……。
考えられたなら。
どんなに楽になるだろう。
だが、ここに来た神は全員が覚悟を決めている。
それは、自分の命をかけても敵を討つ事。
そして、より多くの命を救う事……。
この戦いが、未来を繋ぐ方法だと分かってはいるが……。
無力感と言う、見えない敵と戦わなければいけない。
十分に悲しむ時間も、立ち止まる事も許されない。
その焦燥感で、ただ戦場に向かうだけ。
はぁ~……。
やってらんね~……。
俺に出来る事と言えば、料理を作ること……。
俺の最大奥義は、使っただけでほとんど再起不能になる。
仲間がいる中で、考えなくあれを使う事は迷惑以外の何物でも無い。
そして……。
【私達も、命は何時でも投げ出す覚悟はあるのですが……】
分かってる。
『修行が足りんか?』
かもしれない。
灰色の魔力はある程度引き出せるようになったが、あの一撃は本当に何時でも出せる! とはいかない。
自由に使えない技に、仲間の命まではかけられない。
『あの方にも匹敵する魔力を使う、死神達に任せるのが……』
ああ……。
それも、分かってる。
焦っても仕方ない事し、奇跡を望んでも駄目だって事も、痛いほど分かってる。
それでも……。
****
「レイ君?」
メーヴェルさんが、食事を終えた食器を持ってカウンター越しに話しかけてきた。
「後で、私の部屋へ来て下さい」
「はぁ……」
「それと、エルミラさんは来ない様に」
「えっ?」
「いいですね?」
「でも……」
「いいですね?」
「は……はい」
エルミラが、メーヴェルさんの強い視線で、しぶしぶ了解した。
なんだろう?
二人きりか……。
【きっと、違いますよ】
あの……俺、まだ何も言ってない。
『よめる! よめるぞ! 煩悩!』
違うわ!
勝手に決め付けるな!
あの人に、そういうエロい考えってないじゃん!
どう考えても!
二人きりでの話が終わってから、頼むのはありだけど、今回は向うからの呼び出しじゃん!
『ほほぅ』
期待していくだけ、馬鹿だってのは分かってるよ!
【意外ですね。思考の九割五分が下心なのに】
多過ぎるわ!
『確かに、九割五分ではない! 九割九分九厘じゃ!』
うっさいよ!
それもう、生物として成り立って無いから!
下心以外が一パーセント以下で、生きられるか! そんな生物、聞いた事もないよ!
【でも~……】
「あの……片付け終わったから、僕等も食事にしない?」
ヤニが、もじもじと話しかけてきた。
仕方無い。
あれ?
エルミラの眉間に、珍しくしわが……。
あれ~?
珍しいな。
『分からんか?』
う~ん……。
まあ、いいや!
ご飯! ご飯! っと!
『不憫な……』
****
「ありがとう」
「いいや……」
最近、俺が食事をとっていると、出撃前の神から声をかけられる事が増えた。
皆一様に、感謝の言葉をくれる。
この館で、食事は唯一の楽しみらしい。
情けない俺は、そいつらの目も見てやれない。
そして、二度と会う事もない奴も多い……。
覚悟を決めた奴に、俺はなんて言えばいいんだよ……。
分かんねぇよ。
「ありがとうございました。行ってきますね」
「ああ……」
分かんないんだよ。
****
食器の片づけまで終わらせた俺は、メーヴェルさんの部屋へ向かう。
中から……。
この魔力は……。
『ガイストもおる様じゃな』
なんだろう?
「どうぞ」
ノックをすると返事があったので、扉を開く。
「なんでしょうか?」
「こちらに座って下さい」
「はぁ」
なんだ?
「確か、貴方は魂が尽きかけていたと言っていましたね?」
ん?
「ああ。ほとんど空っぽだったんだ」
あれ?
何を二人で唸ってるの?
「お前も知っているだろうが、人間の魂は神の核と違い消費は出来ても補給は出来ん」
知りません!
【そうなんですか? おかしいですね】
「お前の力には、何か秘密があると考えたのだ。現在も、人間としては考えられない力を出しているからな」
あん?
何が言いたいの? ガイスト?
「人間の貴方が手に入れた、その力……。私達も使えないかと考えたんです」
ああ、なるほど。
【お二人も、焦りはあるでしょうからね】
「で? どうするんだ? 可能な限り協力はするけど……」
「貴方の記憶を、探らせてくれませんか? もちろん、危険はありません」
「でも、俺自身も精神魔法は試したけど、駄目だったよ?」
「それでも、無理強いはしないが頼めんか?」
う~ん……。
『まあ、わし等も気にはなっておるしな』
【そうですね。私の魔法より、神様の魔法ならもしかすれば……】
う~ん……。
「わかった。どうすればいい?」
「ありがとう。では、目を閉じて下さい」
「魔法は、お前に影響が無い様に私達二人で、試みよう」
「へいへい」
俺は指示に従って、目を瞑る。
魔力が働いているのが分かる。
若造の精神操作とは、何か根本的に違うように感じるな。
何か……暖かい。
「気を失っていたのでしょうか?」
「情報がないな……」
「あるのは……。光を見たと言う事だけですね」
「これでは、何も分からないな……」
「他の五感情報も……。暖かい? 柔らかい? 駄目ですね……」
俺は起きているのに、眠っている様な不思議な感覚に襲われていた。
体が動かない。
金縛りに近いのかな?
てか、こいつ等がもし敵なら、俺はやられてるね。
ちょっと、不用意だったかな?
「もう少し、深く潜るか? メーヴェル?」
「いえ……これ以上は、プライバシーの……えっ!?」
「ぐっ! 精神防御だ!」
「精神! 情報が! うう!」
二人の上級神に、想定外の事が起こる。
俺の肥大した精神が、二人の魔法干渉によりあふれ出した。
俺の全てが……。
「これは!?」
「精神……防……御……」
****
ある世界のある時間……。
父親の存在しない少年が、母親の胎内に宿りました。
少年を身ごもる事で、母親は苦労を強いられます。
しかし、少年の義父となる男性が、母親を救ったのです。
その男性は、旅芸人をしていました。
(これは……)
(無事か? メーヴェル?)
(ええ……)
(これは、レイの記憶なのか?)
灰色の髪と瞳をもった少年は、旅芸人として幸せに育ちました。
両親や仲間達からの愛情を、余すことなく受けて……。
きっと自分は、将来旅芸人になると考えながら。
しかし、運命の悪戯は少年から全てを奪います。
厳しくも優しい両親、兄妹のように育った少年少女、家族だった仲間全てを……。
代わりに手にしたのは、魂を操る聖なる魔剣。
心優しい男性に拾われた少年には、使用人としての人生が待っていました。
最強の破壊神から剣を習う事と引き換えに、幼馴染の歪んだ愛情表現を受ける事になります。
幼い少年は歪められながらも、その両親から教えられた優しさを失わずに育ちました。
そして、十六歳……。
止まっていた運命は、ついに動き始めます。
彼は謎の敵から、自分を嫌う知人達を救います。
恩人に報いる為に……。
そして、道を謝った友人を殺し……黒幕を殺します。
それからも、狂ってしまった古代の兵器。
目的を失い、おかしくなってしまった上級天使。
そして、敵へと変えられた恋人。
古代に封印された邪神。
狂った偽神の使い。
封印されていた邪神達。
世界の意思からの試練である、上級天使。
偽神に操られた天使の変わり果てた、悪魔達。
戦場に立ち続け、敵を屠り続けます。
そして、真実にたどり着きます。
破壊神の恩恵を受けた少年……青年は、運命から己を消す事で、殺した人達を生き返らせ……。
最後に、偽神を殺しました……。
全てが終わった青年は、死ぬはずだったのです。
しかし、運命は彼の死を許しません。
青年は次元の狭間を、人々を守りながら旅します。
全てを終わらせて、安らぎの場所を探す為に……。
それでも、混沌の運命は再び彼を巻き込んでいきます。
青年から、愛する神を奪ってしまいました。
そして、青年は誓います。
敵を殺すと……。
自分が消えてなくなるまで、戦い続けると……。
愛して、殺してしまったと思いこんだ、女性が笑ってくれるように……。
(こんな……こんな事!)
(これが、レイの強さの理由。神をも凌ぐ、人間……)
あふれ出した、灰色の光が集束を始めた。
****
「戻った……のか?」
「そのようですね」
あれ?
俺は……昔の夢を?
あれ?
体が動くな。
「終わったのか?」
「え……ええ」
「何か分かったのか?」
「それが……」
「気になる事があるが、死ななかったのはお前が特別だからと言う事だろう」
なんだよそれ……。
「じゃあ、役には立たないのか」
【無駄だったようですね】
まあ、仕方ない。
『それよりも……』
ああ! そうだ!
「あの時、俺が何で助かったんだ?」
「それは、分かりませんでした。ですが……」
ですが?
「破壊神が、何らかの力を与えたのかも知れません」
「何?」
「先程も言いましたが、本来人間の魂は補充出来ません。ですが、貴方は幾度かそれを行っていますよね?」
うん?
こいつら、もしかして……。
「魂とは、世界の意思ではなく、魂の故郷におられる最高神が定めている物だ。それに干渉できるのは、多分破壊神くらいだろう」
「ああ、そう」
勘弁してくれよ。
「じゃあ、俺は部屋に戻るよ」
「あの! レイ君!」
部屋を出ようとした俺は、メーヴェルさんに呼びとめられた。
「なんだ?」
振り向かずに返事をする。
「あの……オリビアさんも、梓さんは貴方を恨んでなどいませんよ」
ちっ……。
やっぱり覗きやがったか。
「それは、あんたには関係ない」
「すまん。覗くつもりは無かったのだが、情報が逆流してしまったんだ」
ふ~……。
言葉に嘘が無いのは、分かってるよ……。
「あの! 自分をそんなに責めないで下さい」
あ~……。
勘弁してくれよ。
「何より、オリビアさんは生き返ったんですよね?」
俺は、床板を踏み抜いていた。
「黙れよ」
「でも……」
くっそ!
抑え込んでるんだよ!
勘弁しろよ! クソが!
「生き返って記憶も無くなって……。それで、チャラだとでも? 苦しめて! 殺して! 約束を破った事! 全部! 許されるとでも言いたいのか!?」
「レイ君……」
「許されるわけ無いだろうが! 俺は殺したんだよ! この手で! 恋人を! それも、苦しめてだ……」
「……」
「その上、間抜けな俺はもう一人殺してるんだ……。許されるわけ無いだろうが……。許されていいはずが無いんだ」
「レイよ……」
「たとえ、誰も覚えて無くても……。俺が覚えてるんだよ。俺自身の罪を!」
くそ……。
修行不足だ。
感情が抑えられなかった……。
くそ……。
「レイ君……貴方は……」
ふぅ~……。
落ちつけ。
感情を抑えろ。
俺は、振り返って笑顔をつくる。
別に、この二人と関係を悪くしたいわけじゃない。
「だから、戦う事しか出来ないんだよ。じゃあ、部屋に戻るわ」
無言の二人を残して、メーヴェルさんの部屋を出た。
「貴方は! 貴方は、とても素晴らしい人間です! 私が、そう思った事だけは覚えておいて下さい!」
扉を閉めると同時に、メーヴェルさんの声が聞こえた。
あ~……。
情けない。
『あれぐらいは、自分を許せ』
【日頃は、もっと悪態ついてるじゃないですか】
ああ、はいはい。
お前等に、慰めて欲しいわけじゃないよ。
あ~……。
部屋で休む気持ちになれなかった俺は、木剣を持って庭に出る。
****
あれ?
エルミラが一人で草原に座っている。
何してるんだろう?
【声をかけますか?】
いや、いいんじゃね?
『うん? 泣いておるぞ?』
えっ!?
おおう!
なんだよ!?
どうしたんだよ!?
「あ……レイさん」
みっ! 見つかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
【オロオロするからですよ】
だって!
泣いてたもん!
「もう、終わりましたか?」
「あ……ああ……」
え~っと……。
え~……。
思いつかん!
なんて言えばいいの?
『ユー可愛いね』
【胸は大きくなりましたか?】
だっ! 騙そうとしてる!
俺に寄生してる変人二人が、明らかに騙そうとしてくる!
【あっ、流石に気が付きました?】
お前等! 俺を馬鹿だと思ってるだろ!
『当り前じゃ』
おいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!
【うん……その調子で行きましょう】
『お前が湿っぽくては、馬鹿に出来んからな』
え~……。
なんだよ、この二人。
「ここ……座りませんか?」
「お……おう」
「私の話し、少しだけ聞いてくれませんか?」
「いいよ」
「私は、貧しい農家の次女として生まれたんです」
「へ~……」
「本当に貧しくて……私の家族は両親に姉が一人、そして弟が二人で食べていくのが精一杯でした」
「なるほど……」
「ある年、日照りで飢饉になりまして……。両親が弟のどちらかを、山に捨てる相談を始めたんです」
「……」
「あ! でも、泣きながら本当に悔しそうに話してたんです」
『どうとも言えんな』
ああ……。
「それで、私が山の神様への生贄になり、雨を降らせてもらえるように頼むって言ったんです」
はぁ~……。
「山の頂上にある祠に、祈り続けました。命をかけて……」
祈り……ねえ。
「その祈りが、主様に届いて神様になったんです。私の姿は、誰にも見せてはいけなかったんですけど、弟達が育って子供を育てて、その子供がまた子供を産んで……」
それは、幸せなのか?
苦しく無かったのか?
「私は、愛した人達を見守る事が出来たんです。幸せな日々でした」
泣くなよ……。
「それを、あの悪魔に突然奪われたんです。私は……戦う事も出来なかった」
力か……。
戦いなんて、無いに越した事はないんだがな……。
はぁ~……。
「すみません。少し、誰かに聞いて欲しくて」
「かまわない」
これで、少しでもお前が楽になるならな。
「あの……それで」
ん?
「何?」
「実は、レイさんが人間だった時の、知り合いに似てるんです」
「顔が?」
「あ! 違います! その……雰囲気が」
「雰囲気?」
「はい。近所のお兄ちゃんだったんですが、優しくて他の子にからかわれる私を何時も守ってくれたんです」
ん?
これって、もしかして……。
「それで、その……。レイさんといると、落ち着けるんです」
エルミラは、笑いかけてくる。
あああああああああああ!
ちくしょう!
こんな事だと思ったよ!
「そのお兄ちゃんは……」
好意は好意でも!
兄ちゃんに対してだよ!
「私の初恋の人なんです」
ああ! もう!
はいはい!
恋人じゃないんだろ!
分かってるよ!
「容姿は、レイさんの方が何倍も綺麗です」
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ちくしょう!
【聞いてませんね】
『不憫なアホじゃ』
もう、期待なんてしてないもんね!
だって、分かってたもん!
きっと、エルミラにガバッていっても……。
お兄ちゃんはそんなことしない! とかって展開でしょ!
分かってる! 分かってる!
はいはいはい!
ありがとうございましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
ちくしょう!
「あの……レイさん?」
俺に対する好意なんて、近所の知り合いが限界ですよねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
はいはい!
分かってますよぉぉぉぉぉぉぉぉだ!
「レイさん?」
はん! 期待してなかったもん!
悔しくないもん!
泣かないもん!
『おい! 馬鹿!』
ああ!?
なんだよ! クソジジィ!
【エルミラさんが呼んでますよ? かわいそうな人?】
誰がかわいそうなんだ!
ああああああああ!
もう!
もう二度と、期待なんかするもんか……。
ちくしょう……。
やってらんね~……。