四話
「恋人を……恋人を殺されたんだ!」
そうか……。
「私の子供を……子供を奪われたの! まだ、五歳だったのに! あの子は……うううっ」
そうか……。
「お父さんもお母さんも、弟も死んだ。私は、何も出来なかった。何も……」
そうか……。
「俺の……俺の大事な娘が! くそ! くそぉ! くそ……」
そうか……。
俺は夢を見る。
毎回だ。
この神の住まう屋敷に来てから、毎回同じ夢を見る。
違う事は、登場人物だろうか?
皆が怨み辛み……。
まさに怨念をささやく?
いや、叫んでいく。
理由は分からないが、その怨みの相手があいつらだとは分かってしまう。
その多くは、自分が殺された事、大事な者を奪われた事に対しての……。
理不尽な力に対しての怨念。
このヴァルハラで、仲間の神は訓練をする。
次元の狭間から、魔力を取り込む訓練だ。
神様ってのは、コアが出来た瞬間から、そのコアの魔力を最大限に使用できるそうだ。
元人間でも、コアからいきなり作り出された神様もそれは変わらないらしい。
ただ元人間の神には、元々の思い込みや間違った知識が足かせとなり、力を完全に使えない者もいるそうだ。
メーヴェルさんの推測だが、ガイドもなしにいきなりコアを渡された師匠の場合は、コントロールに時間がかかるだろうと言う事らしい。
元人間の神である三人の仲間は、自分の中にある魔力を完全に支配する事と、そのコアの限界を突破する事。
かなり難しい事らしいが、その二つを訓練している。
もちろん、それが出来なければ戦場で使い物にならないそうだ。
その間俺は、剣の修練をする。
俺には睡眠が必要だが、神には必要では無いそうで、俺が眠っている間も訓練を続けているそうだ。
俺は、人間の必要な事として眠っている。
ただ、それだけのはずだが……。
毎回、夢を見る。
これは、ただの夢なのだろうか?
それとも……。
****
「んっ……」
「あっ。起きましたか?」
「ああ……」
目を開けると、これも毎日の光景。
「酷い寝汗ですね。お湯を用意しましょうか?」
「ああ、頼む」
「はい!」
エルミラは、笑顔で部屋を出る。
【あれの様ですね?】
何?
【奥さん】
奥さんね~……。
『確かに、毎回目を覚ますとエルミラがおるな』
【お母さんと言うよりは、奥さんが相応しいと思いますが】
え~……。
ちょ、勘弁して下さい。
【あれ? エルミラさんも気に入ってましたよね?】
そうだけどさ……。
手を出せないし……。
【好意はあるんじゃないですか?】
なんて言うんだろうな……。
雰囲気?
清潔すぎて、色気が無いって言うか……。
聖なるオーラを感じると言うか……。
あいつに手を出すと、罪悪感で死にそうな気がする。
『お前にしては、空気を読んでおるな』
【確かに、泣きながら大丈夫です、なんて言われたら、胃が溶けて無くなるかもしれませんね】
だろ……。
メーヴェルさんのように、無防備でも無いし……。
そのくせ、四六時中俺の裾を掴んで付いてくるから……。
メーヴェルさんの部屋に、単独突入が出来ん!
何?
この生殺し!?
【そう言えば、ヤニさんと女性の好みについて話していたら、顔を真っ赤にして怒りましたよね?】
『お前等が、胸の形だの色だのを本気で討論するからじゃ』
いや! 大事ですから!
『アホ……』
「お湯ですよ! じゃあ、私は部屋を出ますね!」
「ああ……」
はぁ~……。
いっそ、尻がかる~い子のがよかったかも……。
『まあ、気は楽じゃろうな』
あ~あ……。
やってらんね~……。
『わがままな奴じゃな』
わがままか?
『女なら誰でもいいと言っておるくせに、やれ清純すぎるだの、自分には高値の花だのと……』
だって!
下手に手を出して、気持ちが残ったらどうすんだよ!
『お前はあれか? する事だけして、女を捨てる気か? クズ』
違うわ! ボケ! こら!
『では、何じゃ?』
いや。
俺って、多分……。
『なんじゃ?』
何時死ぬか分からないから、そいつと一緒に居てやれないじゃん。
相手が、すぐに忘れてくれればいいけどさ……。
『……お前』
俺が、逆だったら……。
努力はしたけど、忘れられなかった。
出来れば、相手の大事な人にはなりたくない。
俺が……俺なんかがなるべきじゃない。
『ふぅ~……』
だから、俺の卒業はハードルが高いんだよ。
【結局そこですか? 煩悩さん?】
変なあだ名つけるな!
まず、死なない!
これはもう、神様でも上級神!
『まあ、それが最低条件じゃな』
そして、俺に好意的!
【これも、結構難しいですよ?】
『相手は神じゃぞ?』
そして!
一番大事なのは……。
サバッサバ相手してくれる人!
うん! 商売でしてる感じくらいで!
二時間くらいで、顔を忘れてくれるのがベスト!
【うわ~……】
『最低じゃ』
愛などいらん! 一瞬の快楽を!
『情けない……』
【愛する人を気遣って……出てきたセリフがそれですか?】
そうですよ?
凄く自然な思考です!
『もう、根本的に下衆じゃな』
なっ!
【最低な人間の言葉にしか、聞こえませんよね】
うおい!
何でだよ!
コンコンとノックの音が聞こえた。
「レイさん? もういいですか?」
「ああ……」
風呂に入り着替えた俺は、髪をタオルで拭く。
てか、なんで四六時中一緒に居るんだろう?
【ですから好意を……】
いやいや。
それでも、訓練中以外ずっと隣に居るって……。
ちょっとどうなの?
『確かに、特に話をするわけでも無いしな』
何考えてるかわかんね~や。
さてと……。
「食堂ですか?」
「ああ……」
「じゃあ、ヤニさんとローズさんも呼んで来ます」
えっ?
いや……まぁ……。
エルミラは、そのまま部屋を出ていく。
はぁ~……。
****
「皮むき終わったわよ」
「じゃあ、一口大に切ってくれ」
「分かった!」
「あ……僕も、洗い物終わったよ」
「じゃあ、そっちの食器片付け!」
「わ……分かった」
なんだよこれ……。
俺は、人間なので三回食事をとる。
なので、三回食事を作る。
あくまで、自分の為にだ!
『諦めろ』
【手遅れですって】
俺は、自分でも自覚しているが、人より食事の量が多い。
だから、かなりの量を作る。
そして、一緒に居る事の多い仲間の分も……。
【諦めましょうって】
俺が食事の用意を始めると……。
ローズが、下ごしらえを手伝い。
ヤニが、食器や調理器具を洗う。
見た事も無い神共が、トレーを持ってカウンターに並ぶ。
そして、何を考えているのか……。
エルミラは、出来た皿からそいつらのトレーに置いて行く。
『仕方無い』
ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
俺、自分の分作ってるんだって!
何してんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
【台所の神様ですね】
嫌じゃ! ボケ!
そんな二つ名いらない!
てか! 何をニコニコと!
殺すぞ! クソ神様!
【料理を、褒めてくれてるじゃないですか】
そんなんいいから!
金か女よこせ!
『また、クズ発言か』
当然だろうが!
ただじゃないんだよ!
ただじゃあ!
『いっそ、そう言えばどうじゃ?』
え~……。
『根性無しのチキンが』
五月蝿い!
相手は、化け物みたいな魔力持ってるんだよ!
勝てないとは言わないけど!
料理作るより、面倒な事になる!
【まあ、本当の神様を敵に回しますからね】
はぁ~……。
「そうか。今日出撃なんだな」
「ああ……」
「頑張れ! そして、生き残れよ!」
「ああ! 俺の……世界の仇を討ってくる!」
トレーを持って並んでいる奴が、出撃らしい……。
ふぅ~。
「エルミラ? これが、あいつのだ」
「あれ? レイさん?」
「いいから」
「はい……」
エルミラが、俺の指定通りに皿を置く。
「あれ? あの……」
「なんですか?」
「俺のだけ量が……多い」
「問題でも?」
「いや……ありがとう!」
この戦いの生存率は、二割以下。
死の覚悟が出来ていない者は、出撃すら出来ない。
それでも、俺が再び睡眠をとるまでに、大勢の神が出ていく。
そして、また多くの神が覚悟を決めてここを訪れる。
襲われた世界で、必ずはみ出した神が出るわけでもないのに……。
「ふ~! 今日の分は終了だね!」
「ああ……」
それは、世界がどんどん奴等に浸食されていると言う証拠。
奴等はしたたかに……。
「洗い物も終わらせたよ」
「ああ……」
周到に、執拗に魔力……魂を奪う。
俺は……。
俺は、無力だ。
【焦りは禁物です】
『あの方や、ここの死神とやらも戦っておる』
分かってる……。
分かってるんだ。
でも……。
俺は、あの二人を失った時……。
自分が死ぬより辛かった……。
そんな思いを……。
どれだけの人達が……。
「レイ……さん?」
おっと!
俺は、天井に向けた目線をエルミラに落とす。
「じゃあ、食べるか?」
「あの……今、何を?」
「何でも無いよ」
「でも、涙を流さずに……」
「何でも無い」
「あ……」
こんな時、笑う事しか出来ない俺を……。
笑って下さい。
馬鹿な俺を……。
貴女が、天国で笑ってくれるなら……。
あいつが、故郷で笑って暮らせるなら……。
「ふっ! はあぁ!」
俺は、道化になりましょう。
「どうですか!?」
「はい! これで皆さんは、最低限のレベルをクリアしました」
「やったよ! ローズ! エルミラ!」
「うん!」
「はぁ! ふん!」
一振りの剣として、戦いましょう。
笑って……。
戦って……。
「やっぱり凄いね! レイは!」
「うん! 人間のレベルじゃないよね!」
「でも……見ていて心が痛くなるほどの……」
「エルミラさん?」
弾丸のように、敵の急所に深く食い込んで……。
この身を粉々に砕いて、飛び散ってやるんです。
そして、殺して見せます。
絶対の!
「想いの籠った剣を振るっています。レイさんは……」
「ふぅ……はぁ! ふっ!」
俺が、眠りにつくまでに……。
大盛りの飯を食った神は、帰還しなかった。
これが、ここでの日常。
****
眠る前にメーヴェルさんから、俺が睡眠をとり終えてすぐに出撃すると言われた。
皆が、覚悟を決めた目で返事をする。
四日……。
『まあ、考えようによっては四日で敵に到達じゃ』
【数か月かかる場合もありましたからね】
ああ……。
戦える。
やっと戦えるんだ。
俺の居場所に戻れる。
【まるで、戦闘狂ですね】
はっ……。
『全く、綺麗に真っ直ぐ歪みおって』
【直角どころか、ヘアピンですよね】
うるせ~。
俺は、ただ単に女が好きなんだよ。
そいつらに笑ってもらうには……。
【家族や、大事な人が死んでは笑えませんね】
『人間には衣食住が必要で、その為には世界が必要じゃ』
俺は、運命の輪から外れたイレギュラー。
『わしは最強の死が……破壊神の力を宿した、魂を食らう魔剣』
【私は悪魔の偽神により作られた、呪われた聖剣】
俺達が出来る事は、不幸に巻き込んで殺す事だけ。
なら……敵を巻き込んで殺すだけだ。
俺の存在なんて、それでいい。
だから、戦うんだ!
【はい】『うむ』
弱い俺は、そう自分に言い聞かせる。
未来への渇望は、足枷にしかならないから。
俺が死ぬ事の……。
よし!
寝よ……。
「お休みなさい、レイさん」
「おやすみ」
何故か、寝る時も起きた時もベッドの隣に座っている、エルミラに声をかけて目を閉じた。
そして、あの夢を見る。
ああ……。
大丈夫だ。
心配するなって……。
俺は、立ち止まらない。
俺は、まだ戦える。
俺は、死を恐れない……。
俺は……。
****
「おはようございます」
「ああ……」
朝食を作った俺は、狭間に浮かぶ神の隠れ家から戦場に向かう。
「大丈夫ですか?」
「ああ……」
俺ごと結界で包んだメーヴェルさんが、気遣う言葉をくれる。
この人は……。
『元は、慈愛に満ちた神だったんじゃろう』
優し過ぎる。
いい事かも知れないが、戦場では足かせになる。
自覚はしているだろうが、本当のギリギリ……。
自分や他人の命の瀬戸際で、それが迷いになる。
【確かに、魔力の修行はしていましたが、精神の修行はしていませんでしたね】
なんだ?
この違和感と、不安は……。
これだけ、神がいるんだしな。
気のせいだといいけど……。
『気をつける事じゃな。小さな違和感も見逃すな』
【あれは、巧妙に浸食を進めますからね】
そうだな。
「ここです! 行きますよ!」
「はい!」
「おう!」
先行で侵入した部隊に、俺達とガイストの部隊が合流する。
先行部隊は、一番危険なので上級神のみで構成された部隊だ。
そして、今回は最強の死神五人達も、全員ではないらしいが合流予定らしい。
「これは……」
「酷い……」
「皆さん!急いで!」
俺達の侵入した世界は、既に崩壊が始まっていた。
そして、黒い羽が生えた天使が空を旋回している。
辺りには、干からびた人間や動物……。
くそったれ!
「回復を!」
仲間の神らしき男が、転がり込んできた。
次元の穴をメーヴェルさんが固定し、エルミラ達がそこから吸収した魔力をその神へと補充する。
「よし!」
二本のハンドアックスを持ったその神は、補充後すぐに天使達に向かっていく。
「来たぞ!」
「行くぞ! テリアナ! ルード!」
補充を見ていた天使達が、こちらへ編隊を組んで向かってくる。
そして、それをガイストの部隊が迎え撃つ。
「レイ君! おさえて下さい!」
メーヴェルさんは、オーラの立ち上る俺にくぎを刺してきた。
ああ……。
分かってる。
俺が勝手に動けば、もしかしたら死人が出るかもしれない。
『団体での作戦とは、そういうものじゃ』
分かってるし……。
「ふっ!」
実際に討ちもらした敵も、少数だがこっちまで来てる。
【敵はSランクです! 気を抜かないでください!】
ああ!
「らあぁ!」
****
最前線の部隊が、二時間ほど天使達を駆逐すると、敵が退避を始めた。
この感じは!
「手遅れ……です」
雷雲に包まれた球体。
この感じは、世界の意思が取り込まれたんだ。
既に融合が完了している。
あの人の世界で感じたから知っている……。
くっそ!
「レイさん! 落ちついて下さい!」
「ああ……ああ! 分かってる!」
俺の全身からは、二色のオーラが噴き出しているようだ。
雲が晴れると、巨大な真紅のサーベルタイガーがいた。
間違いなく……。
『完成体』
世界一つ分だが、十分化け物だ。
死神ってのは、あのレベルなのか?
俺達が侵入する前から居た部隊には、あれに勝てる神なんていないぞ!?
どうする?
【準備だけは……】
ああ!
俺の一撃なら……。
えっ!?
「来ました! 皆さん! もう少しです!」
巨大な力を感じた俺は、振り返る。
「あれが、組織の長。死神NO.二とNO.五のお二人です。」
全身黒ずくめの二つの影が、俺達のいる世界に強引に侵入してきた。
間違いない……。
【主神級ですね】
あの二人なら……。
ローブを着たじいさんが、敵を結界で縛りつける。
『あれは……。敵の魔力を……拡散させておるようじゃな』
【凄い! あのクラスの敵を!】
「皆さんも知っている通り、主神クラスは侵入するだけで、その世界の運命に影響を与えます」
そう言えば、師匠達も言ってたな……。
「ですから、この様な最終局面でしか戦えませんが、魔力は見ての通りです」
もう一人の手に持っていたハンマーが、敵に合わせて巨大化する。
そして、馬鹿みたいな魔力を込めたそれで敵を一撃のもとに粉砕した。
化け物だ……。
【これが、主神クラスの戦力……】
梓さんの世界で感じた、アストレアの魔力……。
レベルの低かった俺は、完全には知覚出来ていなかったようだ。
俺がどうひっくり返っても、届く様な相手じゃない。
『ぬう……』
これが、死神……。
****
仕事を終えた二人の死神が、メーヴェルさん達に手で何かの合図を送っている。
「皆さん! 最後まで気を抜かないでください!」
メーヴェルさんの作った穴から、神が退避して始めた……。
「あ……」
そこで俺は、やっと気が付いた。
確か侵入していた神は、俺達の部隊を含めて五十人。
そして、今穴をくぐった最後の神で、二十六人……。
もう、死神と俺以外にこの世界に神はいない。
「さあ! レイ君! お二人が、この世界を消滅させます! 早くこっちへ!」
理由は知っている。
一つの世界の崩壊は……。
放置すると、周りの世界を巻き込んでしまう。
だから、仕方ない……。
大量の犠牲を出し……。
出来る事は、少しの敵を殺す事……。
今も、敵は浸食し強大になっている。
これが、今俺達の置かれた現状なんだ。
師匠や女神達が常に戦っているのは、このせいなんだ……。
なんてこった……。
世界が、加速度的に崩壊へ向かってるじゃね~か……。
勘弁してくれよ……。
俺は今まで何をしてたんだよ?
ちくしょう……。
俺は、なんて弱くてちっぽけなんだ……。
あ~……。
やってらんね~……。