十二話
『今じゃぁぁぁぁぁぁぁ!』
「力を示せ! スピリットオブデス(死神の魂)!」
おおおおおお!
【くそ! 障壁が……】
自分の隣に展開された障壁が突き破られる前に、全力で踏み出す。
そして、目の前にいる敵に向かい二本の剣を突き出す。
<シャイニングシザー>!
よし!
もう一匹!
光の剣身が消える前に、もう一匹を駆逐しようとしたが、圧に耐え切れなくなった俺の脚からボギンっと鈍い音が聞こえた。
「くっ! ……この……」
着地によって、明後日の方向へ曲がった足のせいで、体勢を崩した。
【敵の魔法……きます!】
「らああああ!」
敵の放った光球は、なんとか弾き飛ばせた。
くっ!
敵のエネルギー砲をかき消す為に振るった魔剣は、魔力の刃を失う。
【復元完了です……】
くそ……。
こんな所で……。
『魔力残量……ゼロじゃ』
体が……全く反応……しやがらね~……。
動けよ! ポンコツ!
まだ、残りカスほどだが……魂が残ってるだろうが!
まだ、五十匹も殺して無いんだ!
言う事を聞けよ! ちくしょう!
【体内の合成液体金属からも……】
『とうの昔に空っぽじゃ』
俺は、戦いたいんだ!
俺はまだ戦えるんだ!
くそったれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
「まずい……まずいわよ! ユーノ!」
「大声を出さないで! アストレア! 分かってるわよ!」
「どうしたんだ!? レイも敵も……動きを止めてるぞ!?」
「五月蝿いわよ~。顎髭の人間」
「レイが……レイの魔力が尽きたのよ」
「その上、人間の限界の限界を超えたみたいね~……。もう! なんで承認がおりないのよ! 私の男が死んじゃうじゃない!」
「くそ……今の私達じゃあ……足手まといにしかなれない……」
アストレアは、悔しそうに自分の親指の爪を噛む。
どうした!?
「ひゅぅぅ……ひゅぅぅ……ひゅぅぅ……」
かかってこいよ!
最初に来た奴に、倒れながらでも剣をぶっ刺してやる!
その次は、噛みついて……噛み切ってやるよ!
さあ! 来いよ!
俺はここだ!
クソ悪意共が、瀕死の気迫にたじろいだのは、そんなに長い時間じゃない。
ただ、それも運命だったんだろうか?
それとも、俺の悪運か!?
****
空の遥か彼方で、ドウンっと空気が大きな音を立てる。
「えっ!? 承認が来た!」
「ユーノ! じゃあ……」
「アストレア! 待って! 違う……このコードは……」
「まさか……運命の……強制介入コード!?」
とんでもない速さで踏みつけられた大気が、再び大きく振動する。
「あの方は、レイがどんな選択をするかお見通しだったようね~……」
「無茶な……でも!」
「ええ、唯一で最高の選択ね~」
女神達は顔を見合わせて、笑顔を作る。
「通りで私達の承認がおりないはずよ……」
「ユーノ? アストレア? 何を笑ってるの?」
空を黒と白銀の物体が、高速で移動していた。
その二つが踏みつけた大気が震え、爆発の様な音が女神達の耳に遅れて届く。
(よし! 間に合った!)
(よかった!)
(行くぞ! 最初から全開だ!)
(はい! マスター!)
《レディ! セット!》
白銀の影が光の粒子に変わり、黒い影に重なり左腕を覆う鎧に変わる。
「分かる様に説明してよ!」
「ふふふっ……ごめんね~、お姫様」
「あの方に間違いはない! あの男を……最強の破壊神をよこしてくれたのよ!」
****
あ……。
あああ……。
「弧月(こげつ+フレア)!」
馬鹿みたいな魔力を纏った三日月状の衝撃波が、俺に飛び掛かろうとした敵を吹き飛ばした。
あ~あ……。
俺の目の前に、刀を持った者が舞い降りてくる。
格好良過ぎるよ……。
「待たせた!」
師匠……。
『お前の悪運だけは、この世で一番じゃな』
うっせ……。
【ヒーローは遅れて登場ですか? 出来過ぎですね】
死神が……。
最強の死神が、奇跡を……。
「弧月乱舞(こげつらんぶ+フレア)!」
うおおおお!
右手の刀から衝撃波を乱発しながら、こちらに向けた左手で俺に魔力を供給した。
(いけるな?)
念話!?
(はい! まだ、戦えます! 体も……もう、動きます!)
(よし! 俺と情報連結しろ!)
えっ!?
これは……。
【貴方のお師匠様は、最強の神です】
師匠の視覚情報が、俺に流れ込む……。
流石は、最強の神が持つチート。
世界すべての魔力が、完全に見える。
どうなってるのか分かんないけど、三百六十度全部見えるじゃねぇぇか!
『こうして見ると……』
ああ! 隙だらけだ!
魔力の弱い部分から流れ、攻撃の起点らしき場所まで全部丸見えだ!
敵は只、魔力が強くて速いだけ!
いける!
(合わせろ!)
背中合わせに、刀を構える師匠からの合図……。
はい!
「おおおおおお!」
「次元流奥義、桜花円舞陣(おうかえんぶじん+フレアノヴァ)!」
<ツイン! ソードストーム!>
円を基本とした、乱撃。
大地と、大気と、魔力に……。
流れに剣を合わせるんだ。
最速で、最良の斬撃を!
「な……なによあれ!?」
「竜巻……黒と……灰色の……」
「人間達~。よく目に焼き付けなさい。そう見られるものじゃないのよ」
「あれこそ神と人の頂点。最強の師弟よ」
お前等は、確かに速い。
そして、強い。
だが、それだけだ。
今の俺には、全てが見える。
俺の知覚領域に、師匠の眼が加わればまさに完璧だ!
俺より速いはずの敵の攻撃が、全て予測できる。
皆殺しだ!
てめぇぇ等の命……。
全て刈り取ってやるよ!
『気を抜くなよ! 若造!』
【はい! お任せを!】
俺の中の全てが噛み合った時、世界と俺が一体化していく。
(精神に、防御壁を展開しておけよ)
(はい、展開済みです! マスター!)
(あいつの狂気を超えた殺意は、俺達でも数分で気が狂う)
(一途で、悲しい……とても強い想い)
殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!
遅いんだよ!
死ね!
死んでいけ! クソったれ!
(それにしても……お気づきですか? マスター?)
(ああ、これは才能なんて言葉で片付けるレベルじゃないな)
(まさか、人間のままでこれほど魔力を感知して、敵の攻撃を予測できるなんて)
(馬鹿弟子が……。運命の輪から解き放たれても、地獄に真っ直ぐ進みやがって)
(お説教ですね。……それから)
(ああ! 全てを終わらせて! 免許皆伝をくれてやる!)
(はい!)
****
時間の感覚がぶれてしまったが……。
多分、敵をせん滅するのに時間はほとんど必要なかったはずだ。
「運がよかったようだな」
巨大な光の繭は、まだ開かない。
それは、融合が完了していないという事。
ああ……。
お前……。
(レイ……信じてました)
そこで踏ん張ってくれてたんだな……。
待たせたな。
「師匠! 運じゃありません! あいつが……アナスタシアが……」
「そうだな。俺の失言だ。許せ」
師匠の視界を借りている、俺には見える。
二つの巨大な魔力を持った球体が、アナスタシアで繋がっている。
多分、黒くて巨大な魔力を持った球体が、世界三つ分の悪意。
少し弱いが白く光っている魔力の球体が、この世界の意思……。
二つを繋ぐ管の真ん中に、アナスタシアがいる。
今、その小汚い悪意から引きはがしてやる!
(大丈夫……私は覚悟が出来ています。この世界の為に……私ごと悪意を倒して下さい)
お前……。
(私の肉体が滅びても……心は何時までも貴方とともに……お慕いしております、レイ)
ふざけるな!
(レイ?)
助けて見せる!
何があってもだ!
俺の全部をかけてでも、世界を! お前を守って見せる!
お前は黙って、そこで信じてればいい!
この俺を!
(はい……はい!)
んでもって!
全部終わったら笑えよ! いいな!
約束だ!
(はい!)
よし!
「師匠! 俺が、あの弱点を! アナスタシアが、囚われている場所を!」
「しかし……」
「分かってます! 奴等の核がむき出しになるのは、一瞬だけ! その瞬間を逃せば、倒せないほどの敵が完成してしまう!」
「俺が、あれを破壊しても、あの娘が巻き込まれるぞ? いいのか?」
分かってますよ……師匠。
だから……。
「俺が、守って見せます! この命に代えても!」
「お前……」
(とても強い意志ですね……マスター)
(もとより、言って聞く奴じゃないか)
「よし! なら、守って見せろ!」
「はい!」
「行くぞ! 今こそ我ら流派の真髄を!」
(行くぞ!)
(はい!マスター!)
「ぐ……がぁあああああああ!」
師匠の瞳が金色に変色すると同時に、魔力が爆発的に大きくなっていく。
最後に、背中から真っ黒な光の羽が開いた……。
俺達も……。
行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
『うむ!』【はい!】
俺の! 【私達の!】 『全てを一撃に!』
「おおおおおおおおおお!」
心、技、体全てを極限に!
意思の力を一つに!
俺の体を覆う魔力が、突風を巻き起こす。
二つの特別な剣が一つに重なり、姿を変える。
そして、身長を超える灰色の刃を出現させた。
これが、俺の全てだ!
「一撃必殺!」
光速へと到達した一撃が、この世の全てを斬り捨てる!
「ディメンションブレイカ―!!」
解き放たれたアナスタシアが、宙に浮き……。
そして、敵の核が顕わになった。
「次元流秘奥義!」
くる!
今度こそ……守り抜いて見せるんだ!
必ず!
俺は、アナスタシアを抱き締める。
俺の体を盾にして……。
こいつだけは!
俺の体が砕け散っても……。
俺の魂全てを燃やしつくしても!
こいつだけは守って見せる!
こいつだけは……。
「次元斬!」
師匠の究極の一撃が、敵の核を切り裂くと同時に……。
光が広がる。
****
あれ?
なんだ?
俺は死んだのか?
見渡す限り真っ白な空間……。
(馬鹿だねぇ)
えっ!? ババァ……。
(わし等が、お前を死なせはせん!)
エゴール……。
(私らの魂だよ。使いきっておくれ!)
おい!
そんなことしたら、魂の故郷に帰れない!
もう二度と、生まれ変われないんだぞ!?
(さあ! 進め! 友よ!)
ああ……ちくしょう……。
(アナスタシアを任せたよ! レイ!)
ちくしょう……。
ちくしょう……。
ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!
守りきるよ!
絶対にな!
俺は……二つの魂を取り込んだ俺の魂を、全力で燃やす。
灰色のオーラが、俺の身体ごとアナスタシアを包み込んだ。
(レイ……)
(アナスタシア……大丈夫だ。お前は、俺が守る)
(はい……)
俺達は、抱きあったまま……。
光に飲み込まれる。
こいつだけは……。
****
ドサリと背中から地面に落ちた俺は、そこから意識がはっきりし始めた。
「が……ごほっ!」
俺は……。
生きてるのか?
『うむ』
「レ……イ?」
俺の腕の中には、アナスタシアが……。
よかった。
【魔力も魂もスッカラカンですがね】
上出来だ。
いや……俺にしては出来過ぎだ。
「レイ……レイ! レイ! レイ!」
痛いって……。
アナスタシアは、俺を力任せに抱き締めて泣いている。
泣かないでくれよ……。
ああ、くそ!
声も出ない……。
「無事だな?」
師匠……。
「あの技は、俺もしばらく行動不能になる」
師匠も、力なくその場に座っていた。
「五分もすれば、回復する。そうしたら、魂を補充してやる」
やったよ……。
俺、やっと守れたんだ……。
【ええ、そうですね】
「レイ? 動けないんですか?」
顔!
顔近い!
アナスタシアが、俺の顔をまじまじと見つめている。
ちょ……あの……。
動けないし、緊張するからやめて……。
「レイ……ありがとう」
頬……。
頬にキスされたぁぁぁぁぁぁぁぁ!
『落ちつけ! チェリー!』
うるさぁぁぁぁぁぁぁぁい!
「きゃ!」
えっ!?
俺達の身体が、何かに引っ張られるように宙に浮く。
なっ!?
『馬鹿な!? ブラックホールが広がっておる!』
そんな……。
【空一面を覆うほど? こんな……】
敵を倒した爆発の影響なのか!?
「きゃああ!」
アナスタシア!
(師匠!)
「この!」
師匠は、俺の呼びかけにまともに動かないはずの体で、アナスタシアを掴んでくれた。
優しい死神は、いつも俺の期待に応えてくれる。
浮き上がっていた俺の体だけが、どんどん上空のブラックホールへと向かって行った。
「レイ!」
あ……。
アナスタシアから伸ばされた手を……。
弱い……。
弱いままの俺は、届きもしないのに手を伸ばそうとしてしまった。
駄目だ!
駄目だ! 駄目だ!
手なんて伸ばしたら……。
アナスタシアの傷になる。
考えろ!
強がりでいい! 誤魔化すんだ!
俺は伸ばした右腕の……。
拳を握り、突き出す。
そして……。
「そんな……レイィィィィィィィ!」
俺は、笑って見せた。
師匠はアナスタシアを右腕で抱えたまま、鎧に覆われた左腕で大地を穿ち、体を固定した。
「くっ!」
「いやああああああぁぁぁぁ!」
じゃあな……。
お別れだ。
俺はそのままブラックホールに飲み込まれた。
****
あ~あ……。
ちくしょう……。
とうとう年貢の納め時だ。
魂自体がもう消えかけてる。
多分、もう何分ももたないだろうな……。
『仕方があるまい』
はぁ~……。
やってらんね~……。
【未練でも?】
結局未使用だよ。
結局、魔法使いにもなれなかった。
【まあ、魔法は既に使えますがね】
意味が違う。
はぁ~……。
結局、死ぬ時なんて一人だな。
『なんじゃ? えらくさっぱりしておるな?』
まあ、今更後悔なんてしてないよ。
俺にしては、十分だ。
【そうですね】
そう言えば、ジジィ?
『なんじゃ?』
俺が死んだら、若造はすぐに消滅するけど……。
『わしは宿主がおらねば、殆ど身動きがとれん。どうせ、魔力の渦に巻き込まれた粉々じゃ』
そうなるか……。
【でしょうね】
『地獄の入口で待っていろ。すぐに行く!』
え~……。
若造。
【なんですか?】
ジジィほっといて先に行こうぜ~。
【ちょ!】
『お前は! 本当に最後まで!』
はぁ~……。
最後まで冗談の通じない奴らだ……。
徐々に、目の前が光に包まれていく……。
お迎えだ。
じゃあな。
【はい……すぐに行きます】
『待っとれよ! 馬鹿孫!』
へいへい……。
ああ……。
眠いや……。




