十話
「くくくくっ……あぁぁっはっはっは!」
「所詮、人間などこの程度!」
俺を……。
俺なんかを友なんて言うから、死んじまうんだ。
馬鹿野郎。
俺の不幸は筋金入りなんだよ。
馬鹿エゴール。
死ぬのは俺一人で十分なのに……。
ああ……。
ちくしょう……。
「どうした? 人間?」
俺の心が……。
「恐怖で、動く事も出来ないか?」
俺の心が一色に染まっていく。
真っ黒な炎一色に……。
「もう、お前を助ける盾は無いぞ~?」
心臓がドクンと大きく脈を打ち、体内の合成金属達が目を覚ます。
俺の全身は、灰色のオーラに包まれ、急速に修復されていく。
そして……。
「さあ! つ~ぎ~は~……お~…………ま~………………え……………………の…………………………」
そして、世界の全てが速度を失った。
殺してやるよ。
お前等は……。
何も感じないまま……。
そこで死んでいけ。
「えっ!? えっ!? 何!?」
「ああ……天使が」
エルザと一般兵の目の前で、いきなりクソ天使モドキが光の粒子へと変わる。
そこに立っているのは、灰色のオーラを纏った俺一人。
「今のは……レイ様が?」
「なんなのよ! あれは!」
結界の活動を停止させられたアストレアは、その光景に両目を見開く。
「アストレア様にユーノ様」
「あんな事……人間には! 人間のままでは、不可能だ!」
「落ちついて~、アストレア。だからこそ、あれはイレギュラーなのよ」
くそったれ……。
灰色のオーラが消えると同時に、胸の奥から激痛が溢れ出してくる。
「おい! 女神共!」
「な……なんだ?」
「その結界は、どうなった?」
「出来る限り、抑え込んだわよ」
「でも~、異世界三つ分」
脈動する俺の全身は、胸からの激しい痛みを隅々にまで行き渡らせていく。
「はぁ? 分かる様に喋れ!」
「生意気ね~……。異世界三つ分のあれが、侵入したの!」
ちっ……。
ドクン、ドクンと心臓の鼓動にあわせて、苦痛がその強さを増していった。
このっ!
口内に鉄臭い液体が、逆流してきた。
「うっ! ごはっ! はぁ……はぁはぁ……」
俺はバシャリと、大量の血を吐き出す。
「ぐうう! くそ……ごぶっ! はぁ……たれ……」
全身から血が噴き出したせいで、俺の足元にある真っ赤な水たまりがどんどん広がっていく。
もちろん、有り得ないほどの激痛を伴って……。
「やっぱりね~……」
ユーノが呆れたように息を吐き、目を細めた。
「あの……ユーノ様?」
「人間があんな力を、何のリスクもなく使えるはずがないのよ」
ぐがあああああ!
俺の手に入れた力ってのは……。
嫌になるほど、不便に出来てやがる。
あ~……。
やってらんね~……。
だが、意識を失ってる暇なんて無い。
泣きごとを言ってる時間も無駄だ。
行くぞ!
『しかし、後遺症で魔力の循環が……』
どうでもいい……。
【いくら貴方でも、これ以上の苦痛は後遺症が残ります】
知るか……。
殺すんだ……。
奴らを。
守るために、殺すんだ。
『馬鹿者が』
「なんなのよ! あいつは!」
「アストレア様?」
「イラつく! 人間のくせに!」
行くんだ……。
敵のいる所へ。
戦うんだ。
「ブルルン!」
クソ馬……。
フラフラと歩いていた俺の襟に噛みつくと、クソ……ゼピュロスは鞍へと放り投げた。
「ヒヒイイィィン!」
掴まってろってか?
逃げもせず……。
馬鹿な馬だ。
「私達も行くわよ!」
「転移は~……。駄目ね。封じられてる」
「私は馬を……」
一般兵とエルザが、馬がいるかもしれない厩舎に向かって走り出した。
****
何とかゼピュロスに掴まった俺は、そのままロンドジーブへ向かう。
そこに敵がいる。
俺の戦う相手がいる。
苦痛も、恐怖も、絶望も……。
知った事か!
俺はまだ……戦える!
俺の耳に大きな銃声が届く。
「ヒヒィィン!」
あれは……アルベルト?
足元に銃弾を撃ち込まれたゼピュロスが、嘶き立ち上がる。
「ぐはっ!」
そして、俺は振り落とされた。
「止まれ!」
ロンドジーブの町は、目と鼻の先……。
「はぁはぁはぁ……」
ぐっ……ああああ!
全身を引きちぎられる様な痛みの中、何とか立ち上がった。
「ブルル……」
ゼピュロスが、顔を近づけてくる。
「助かった。ここまでで、十分だ」
再びの銃声で、ゼピュロスが体全体をびくりと反応させた。
俺の足元に、アルベルトの銃弾が炸裂する。
「止まれと言っている!」
そうもいかないんだよ。
俺は、そのまま真っ直ぐに城へと歩き出す。
ドガンというけたたましい銃声が、三回連続で聞こえてきた。
その三発すべてが、あさっての方向へと跳んでいく。
「止まれ! 次は威嚇じゃ済まさないぞ!」
「止まれないんでな。好きにしろ」
そんなに、震えてるんじゃ……。
歯を食いしばったアルベルトは、もう一度引き金を引くが……。
ほら……外した。
アルベルトの放った銃弾は、俺の肩をかすめただけに留まった。
俺を殺したいなら脳天でも狙え、馬鹿。
「何でだ!」
ああ?
「お前は本当に、世界を滅ぼす悪魔なのか?」
知るか……。
「アナスタシア姫までが、お前を悪魔だと言う!」
何?
ああ……ちくしょう。
俺は、なんでこうも後手に回るんだ。
「だが、俺の知ってるお前は、悪魔なんかじゃない! なにより……」
………………。
「そんなボロボロの……悪魔がいるものか」
お人好しのヒゲだ。
「俺はもう……友を撃ちたくない」
そう言うと、アルベルトはその場にしゃがんでしまった。
百メートルほどの距離を、何とか歩いた俺はアルベルトの横を通り過ぎる。
「お前なんて、友達じゃね~よ」
「レイ……」
「俺の友達になると、みんな死んじまうんだ。だから、てめぇぇは赤の他人だ」
こんなお人よしを、俺の為に死なせていいわけがない。
こいつが生き残れば、今日死ぬかもしれない俺よりも多くの人を救うはずだ。
勇者として。
****
城下町に入ると、初めて訪れた時のように、沿道に大勢の人が立っていた。
おいおい……。
なんだこりゃ?
俺の肩に軽い衝撃が……。
石?
うん?
人々から、俺は石や瓶を投げつけられる。
「悪魔!」
まあ、もともと死ぬほど痛いから関係ないけどね。
「帰れぇぇぇぇぇぇぇ!」
「悪魔!」
「死ね!」
「お前なんて! 居なくなれ!」
はっ……。
懐かしいこって……。
【懐かしい?】
ああ。
俺は、ガキの頃からこんな感じだったんだよ。
【そう言えば、過去を見た時に……】
『町中の人間から、嫌われておった。まあ、今のように畏怖は無かったがな』
本当に、悪魔だと思っているんだろう。
俺の前を塞ごうとはしない。
恐怖にかられた人々は、ただただ罵声と物を投げつけてくる。
人を不幸に巻き込む俺には、おあつらえ向きだ。
『まずいぞ!』
ちっ……。
まだ、体がまともに動かない上に、魔力の循環も回復していない。
そして、目の前にはライ、ユリウス、ソフィーが武器を構えている。
「やはりお前は、勇者などではなく! 悪魔! 倒すべき敵だった!」
うっさい、ハゲ。
「この勇者ラインバックが、引導を渡してやろう! お前の卑怯な……」
ああ、もう。
五月蝿い。
敵を目の前にして、そんな長ったらしい口上って……。
殺されるぞ? 馬鹿?
「エルザの敵だ!下衆野郎!」
自分で見殺しにしといて、よく言うよ……。
「そう……そうよ! 私は間違ってない!」
うん?
ソフィー?
「全部貴方が悪いのよ! あの……兵士を殺したのも……貴方が悪いのよ!」
完全に目がいってるな……。
【見捨ててしまった自分の罪悪感に、押しつぶされまいとしているのでしょうね】
馬鹿が……。
人のせいにしても、拭えるもんじゃないぞ?
まあ、生きてる本人を見れば正気に戻るだろう。
大丈夫だ。
この経験をバネに……。
俺なんかと関わらなければ、きっといい勇者になる。
しかし、まずったな。
痛みは引いてきたが、体がまだ動かん。
何とか、致命傷だけは回避しないと。
「さあ! 死ねぇぇぇぇぇぇぇ!」
俺の目の前で、甲高い音を伴った強い閃光が広がる。
えっ!?
魔方陣?
ライ達三人が、結界で動きを封じられた。
「は~い。そこまで!」
クソ女神。
何処で馬を調達したんだ!?
一般兵を含めて、取り残されていた四人が馬で俺を追って来たらしい。
「エルザ! これはどう言う事だ!」
「ユリウス様、お許し……いえ! 許して頂かなくても構いません!」
ユリウスの血走った眼光を、エルザは強い瞳でおしかえてしまう。
「エルザ! お前ぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「その方を……レイ様を助ける為なら、私は貴方にも逆らいます!」
何があったんだ? エルザ?
まあ、いいや……。
「早く……早く行きなさいよ!」
アストレア?
「急いでくれる~? さっきかなり力を消耗した上に、こいつ等かなり魔力が強いのよね~」
ライ達はアストレア達の結界に抵抗をしており、少しずつだが体を動かし始めていた。
まさか、この二人に助けられるなんてな……。
『もう少しじゃ!』
ああ、体もだいぶ動くようになってきた。
城に目を向けた俺の前に、一人の男が立ちはだかった。
「ここからは、通しませんよ」
イグナート……。
こいつ……目に迷いが無い。
あのライでさえ、あったのに……。
「お前、分かっているんだな?」
少しだけ目を閉じたイグナートが、口を開く。
「はい……。愛する彼女は、真っ暗な闇に落ちてしまわれた」
「で?」
「貴方の様に、彼女を止めるのも愛の形」
…………。
「だが! 私は、彼女とともにありたい! たとえ、それが暗い闇の底でも」
それが、お前の愛の形ってわけか?
『よし!』
【いけます!】
「彼女の為に……死んでいただきます!」
神剣グラムに魔力の刃が灯る。
あれを、魔剣で受けとめれば……。
『最悪、折れるじゃろうな』
【私にお任せを!】
よし、任せた……。
二本の剣を出した俺が、イグナートが踏み出すよりも、一瞬だけ早く前に出る。
「くっ!」
踏み出そうとした瞬間に、距離を無くされたイグナートが、反射的に後方へと跳んだ。
普通の人間には、不可能な反射だ。
だが、遅い!
イグナートと、同タイミングで跳んだ俺は、聖剣で神剣グラムを弾き飛ばす。
<スペースリッパー>
そして、魔剣でイグナートの鎧ごと胸部を切り裂いた。
急所は外してあるし、傷も浅いはずだ。
殺しはしない。
地面に叩きつけられたイグナートは、気を失ったようだ。
「馬鹿な!? あのクズに、イグナート殿まで……」
「エルザ! これを解除しろ! お前は、俺の奴隷だろうがぁぁぁぁぁ!」
よし! 体が動く!
城から、クソったれの魔力……。
【また、あのクラスが……五体はいますね】
異世界の奴まで、来てるらしいからな。
「おい! 裏山の結界を作動させろ!」
それだけをユーノ達に伝えた俺は、城へと跳躍する。
****
「きゃああ!」
玉座の間から、魔力とカテリーナの悲鳴!
くそ!
壁を蹴破って入ったそこには、血を流して倒れるカテリーナとババァ。
くっそ!
二人を見下すように、アナスタシアが玉座に座っている。
玉座の左側には天使が、右側には……奴がいる。
急いで、二人の怪我を!
おい!
『よし!』【はい!】
カテリーナに、右手から回復の魔力を。
ババァに、左手から復元を。
「その二人のゴミムシは、最後まで私の邪魔をするんですよ」
アナスタシアが、笑っている。
「その上、私と世界の融合まで否定されるなら……。殺すしかないですよね?」
くっそ!
「どうだ? イレギュラー? 最高のショーだろう?」
この腐れ外道が!
「私は今……いうなれば、神のコンサルティングをしている」
ああ!?
「お前やあの女神達……。そして、死神によって神の計画は滞ってしまった。だが! 私の案によりそれは、解消されるのだ!」
『もう……少し!』
この!
馬鹿が、嬉々として計画を喋っている。
「我等の能力……浸食を使うのだよ! 神もそうだが、所詮は世界一つ分の魔力。我らが手にした世界の魔力も、そのままでは一つ分だ」
「世界を二つ三つ浸食で、合体させるってことか! ソったれ!」
「流石は、優秀な遺伝子をもつイレギュラーだ! 正解!」
まずい!
最悪の場合、女神達でもどうにもできなくなる!
「この世界は、その第一実験場だ。まあ、いろいろ手順が面倒だし、時間もかかる」
まだか!?
【もう……少しだけ】
「だが! 運良くこの世界には、結合の触媒となるこのお嬢さんが居てくれた! まあ、居たからこの世界を選んだんだがね」
まだか!?
もう、殺意を抑えるのが限界だ!
「さあ! お前の絶望を見せて貰おうか!」
殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!
【待って下さい! ヨルダさんが……】
えっ?
そんな……。
復元は終わってないのかよ!?
【終わりました!】
ババァの体から……魔力が。
いや、魂が剥離していく。
「え!? ヨルダ!? ヨルダ!?」
目を覚ましたカテリーナも、ババァの異変に気が付いて声をかける。
そして、ババァがうっすらと目を開ける。
「ババァ! まだ、他に怪我か!?」
「レイ……すまないねぇ。結局、全てあんたに任せちまう」
「そんな事より!」
「ヨルダ! しっかりなさい! ヨルダ!」
くそ! 魂が!
『これは……』
「怪我は関係ないんだよ……。もう、寿命ってやつさ」
そんな……。
これは、この症状は……。
ババァ! 魔法で命を?
『むう。寿命を消費してでも、アナスタシアを元に戻そうと無理に魔法を使ったようじゃな。失敗だったようじゃが……』
「ヨルダ! ヨルダァァァ!」
腕の中で、ババァの魂がどんどん体から抜け出していく。
「カテリーナ……。これからも、しっかり星見の修行をするんだよ」
「ヨル……お師匠様! しっかりしてよ! お師匠様ぁぁぁぁぁぁ!」
「レイ……これは、寿命なんだ。あんたが気に病む必要はない」
ババァ……。
勘弁してくれよ……。
俺が騙されなきゃ、こんな事に……。
くそっ!
「どうか、この世界と……私の可愛い弟子達を救っておくれ」
ババァ!
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
えっ!?
ババァの体から剥離した魂が……。
俺の体に吸収されていく。
(私の魂を使っとくれ。……勇者レイ……シモンズ)
勘弁してくれよ。
本当に……。
俺は、勇者じゃないって言ってるだろうが……。
ああ……。
ちくしょう……。
皆……。
みんな死んでいく……。
「さて! 姫様! そろそろ、人間どもに本当の事を伝えましょう!」
「そうね。楽しみです」
アナスタシアにより、規格外の念話で世界の終りが人々に伝えられた。
「どうだ!? 最高の演出だろう!」
俺の手から、命が零れていく。
「いい顔だ! 後は、絶望の顔を見せて貰おうか!」
俺の不幸に巻き込まれていく……。
「この世界には、既に五百の上級天使が来ている!」
その人達の魂を食らい。
生き延びた俺は、どうすれば償える?
「その上、世界四つ分の神が誕生するのだ! どうだ?」
全てを背負った俺は……。
俺は……。
戦おう!
全てを殺す為に!
この俺が消えてなくなるまで!
『そうじゃな!』
【私達には、それしか出来ません!】
さあ、もう抑える必要はない。
「カテリーナ? 確か、転移出来たよな?」
「レイ?」
「先に行って、裏山の結界を作動させておいてくれ」
「レイ……なの?」
俺は今……。
どんな顔をしているんだろうな?
「頼んだぞ?」
抑えていた殺意とともに、灰色のオーラが体から噴き出す。
立ち上がって、振り向いた先には……。
変わり果てた、アナスタシアと……。
クソ野郎!
ぶっ殺す!
「やはり、その力で上級天使を倒したか。まあ、想定内だ」
「テメーら全員……ぶっ殺す!」
「これは、怖いな。では、姫様……ここは私達に任せて、儀式に」
「分かりました」
(……けて)
あん?
(助けて! レイ!)
アナスタシアは、貝殻のブローチをにぎりしめている。
血が滴るほど強く……。
俺は、もう二度と……。
守って見せる……。
今度こそ!
カテリーナが転移し、アナスタシアが消えると同時に、天使どもが俺に飛び掛かってくる。
全てを賭けて守って見せる!
絶対の!
絶対にだ!




