九話
城壁の上に登り座り込んだ俺は、月を眺める。
う~ん……。
明日はロンフェオールへ向かう為、最後の砦に攻撃を仕掛ける。
その砦には、魔族の兵士が一万以上。
その上、魔王までいるらしい。
四人でも落とせると思うけど、全員が出撃できる明日にした理由は……。
『四人よりは、十人で戦えば勝率は飛躍的に上がるじゃろうからな』
【怪我人や戦死者の数も、おさえられるでしょうしね】
焦ってるはずなのにな……。
【そうですね……】
あいつは優し過ぎるんだ。
戦争が綺麗事じゃないって、分かってるはずなのに……。
ん? 視線?
「どう思う~?」
「確実に強くなっているわね。確かに、驚愕するレベルだけど……」
「そうなのよね。それは、所詮人間での話なのよ~」
「同胞から、イレギュラーと恐れられる存在にしては……」
「ええ……。弱過ぎるわ」
「あの男の教示を受け、運命から外れた……上級天使と渡り合う人間」
「でも、あれに対抗するには、決定的に力が不足よね~」
「そうね。あの方は、何故あの人間に固執すのかしら?」
「まさか、あの男の様に神を取り込ませるとか?」
「そうなると、私達を超える存在になるかもね」
「あら~。そうなると、私の連れ合いにでもなってもらおうかしら~?」
「あれの何処がいいの? ユーノは、物好きね」
「分かって無いわね~。あの手の男は、ギリギリまで追い詰めるの」
「は?」
「もう死にたいって所で手を差し出してあげれば、私を裏切らない、何でもしてくれる都合のいい男になってくれるのよ~」
「ふぅ~……。あんた、本当にいい趣味してるわ」
「ありがとう~」
(こっち見んな。気分が悪い)
視線に耐えられなくなった俺は、念話を飛ばす。
『お前……八つ裂きにされるぞ?』
あんなクソアマ共に見られてると、考えがまとまらないんだよ!
「あら、見つかっちゃったわね」
クソ女神共は、その場を立ち去って行く。
これで、ゆっくり考えごとが出来る。
ふ~……。
どうすっかな~……。
【そう言えば、何を悩んでいるんです?】
いや~……。
今から大人の店に行こうか、どうしようかと思って……。
『若造よ。この馬鹿の話を、真面目に聞くのは間違いじゃ』
【今、後悔してます】
馬鹿って言うな!
だって! 今日は絶好のチャンスじゃん!
【何がです?】
夜のお店に行く!
『はぁ~……』
姫さんからお金は貰ってるし……。
もう、俺に女を好きになる資格は無いけどさ……。
お金を払って、割り切った関係なら! っと思って……。
【はぁ~……】
でもな~……。
俺の不幸は、何処までなんだ?
俺とそう言う事すると、死ぬかな?
心がこもって無ければ、セーフかな?
『知るか』
でも、仕事で付き合ってくれたんだとしても、女の人が俺のせいで死んだら嫌だしな~……。
とは言え、このまま未使用で死ぬのもな~……。
『情けない』
五月蝿い!
【しかし、今回はかなり本気で悩んでますね】
まあね~……。
俺が行く世界全て……。
あいつ等の手が伸びてるじゃん。
【そうですね】
それだけあいつ等が、浸食を進めてるって事かもしれないけどさ。
今回かもしれないし、次かもしれないじゃん?
『何がじゃ?』
俺が、消えてなくなるの。
『お前……』
いやいや!
もちろん、今更命なんて惜しくないけどさ。
チャンスがあれば、卒業しとかないと。
五分後に発作で逝くかも知れないし、明日あいつ等と戦って逝くかも知れないじゃん。
『そうじゃな……』
改めて聞くけど、お前らって俺から分離出来ないの?
『なんじゃ? またその話か?』
【しつこいですね~】
でも……。
『ふん! 地獄の底まで、付いて行ってやるわい!』
【たとえ貴方が、私達を置き去りにしようと那由他の距離を走っても、必ず追いついて見せます】
物好きだね~……。
『お前に言われたくわない!』
話が逸れたが……。
【きっと、そういう商売の女性も不幸になりますよ?】
ですよね~……。
あ~あ……。
卒業なんて、絶対無理じゃん!
やってらんね~……。
うん?
城の中庭に、人影が二つ。
「つまり勇者とは、常に正しくあるべきだ!」
「そうね」
「そうすれば、自ずと人々から尊敬と支持を受ける。間違っても、あの馬鹿は勇者じゃない!」
「そう……よね。うん! そうよ! 勇者は清く正しく正々堂々と……」
あの馬鹿って、俺の事か?
俺への悪口が、ライのライフワークになりつつあるな。
【駄目ですよ】
何が?
【暴力です】
分かってるよ。
ムカつくけど、あいつにはソフィーを守ってもらわないといけないしな。
『まあ、あれでも勇者じゃ。人間のレベルは超えておる』
自分で恋人って言うくらいだし、守るくらいは大丈夫だろう。
さて、ここに居てもあいつの悪口が聞こえて気分が悪いし。
****
俺は、城内へ戻ろうと歩き出した。
ん? この気配は……。
「いいの?」
「何が?」
「あれ……ほとんど洗脳に近いじゃない」
「まあ、正論ってのは耳触りがいいもんだし、間違ってるわけじゃない」
「でも、戦いってそんなに甘くないんじゃない?」
「ソフィーは二十年も生きて無いんだ。今は、あれくらいでいいんじゃないか?」
「自分が、教え導こうって気は無いわけ?」
「俺の近くに居る方が、死亡率が高まるからな。ライの傍でいいじゃないか」
「それが、あんたの本音なのね」
「ああ……。それより、姫さん」
「何?」
「喋り方が素に戻ってるぜ?」
「あんたにはいいでしょ? どうせ気付かれてるんだし」
「まあ、戦争さえ終われば、あんな強気で傲慢なふりも必要無いか。賭けは、俺が勝たせてもらうぞ」
ふと、姫さんの顔を見ると……。
なんでそんなに悲しそうなんだ?
「あんた……死ぬ気でしょ」
おう?
「どうしたんだよ」
「あんたから感じないのよ」
「はぁ?」
「明日へ繋がるものが、何も無いじゃない。おかしいわよ! 人として!」
全否定ですか?
「確かに、使用人やアルベルトとは仲がいい様に見えるわ。でも、本当の本音をぶつけて無いじゃない! 何処か、一線を引いて付きあってる!」
よく見てるね~……。
「人間関係だけじゃないわよ! 人から褒められたい! 認められたい! 優しくされたい!……だから、人は人に尽くすのよ。あんたは、それが無い。不自然よ」
ふ~……。
「これが俺の生きる理由なんでね。多くの命を奪ってきた、俺の罪ってやつだ」
「お願いよ。何か求めてよ……」
カテリーナ姫さんは……。
いつもの仮面を外して……涙を……。
「じゃあ、一つだけ」
「えっ?」
「笑ってくれよ。美人が台無しだ」
「レイ……」
「代価は、この世界の平和って事で、よろしく」
俺は、そのまま自室へ……。
向かおうかと思ったが、部屋の前にアナスタシア姫様の気配……。
そして、姫様に向かってイグナートが……。
よし!
目的の部屋の扉を、バンッと俺は勢いよく開く。
「酒を出せ!」
「えっ!?」
「おお! お前も来たか!」
アルベルトの部屋にいった俺は、エゴールを含めた三人で酒を飲みました。
うん!
これでいい。
****
「おい! 起きろ!」
え~……おう! おはよう! ヒゲ!
えぇぇぇぇ。
ああ、馬車で最後の砦に向かったんだったっけ?
もう着いたのか?
「まったく、緊張感の無いクズだ」
ライからの嫌みと、ユリウスからの不快な視線。
最悪の寝起きだな。
「わしが考えた陣形だ」
エゴールが、地面に陣形を書いている。
前衛は、俺、イグナート、白ヒゲ、アストレア。
中衛は、アルベルト、ユーノ。
後衛は、ソフィー、エルザ、雑魚×二。
まあ、こんなもんだよな。
「エゴール殿!」
ライとユリウスが、エゴールに文句を……。
もちろん、俺の前衛についてだろうな。
『まあ、伊達に年はとっておるまい。上手く説得するじゃろう』
だね。
【それよりも、今回は私達を使いますか?】
そうだな……。
まあ、悪意が出てきたら出すわ。
【分かりました】
『温存したお陰で、魔力は十分じゃ』
そう……うん!?
強い闘気を感じて、そちらに目を向けると……。
「わしに文句でもあるのか、若造ども?」
ち……力技ぁぁぁぁ!
エゴールが、力技!
年の功、関係無い!
エゴールの闘気に負けた馬鹿二人が、引きさがっていく。
「さあ、纏まった所で行きましょう」
涼しい顔で、イグナートが剣を抜く。
後で、きっと俺が文句言われそうだな~……。
さて……。
****
「うむ! 一万か! 相手にとって不足はない!」
迫った来る敵に、俺達は武器を構える。
いっちょやりますか~。
『そうじゃな』
【真面目にやって下さいよ?】
分かってるって。
「これでは、我々の出番は無いようだな、ユーノ殿?」
「そうね。楽だし、いいんじゃない?」
俺達四人の間を通り抜けられる敵なんて、存在しない。
死んだふりをしても、魔力を感知できるから意味がない。
エゴールの広範囲攻撃は、常に大地を揺らしている。
アストレアの半径十メートルに近づいた敵は、それだけで胸の風穴があく。
イグナートの間合いに入った敵も、一瞬で肉片に変わる。
派手だね~……。
『敵全員の死角から、コアを貫くお前の方が器用じゃがな』
だって、フレイが折れるかも知れないじゃん。
戦うのに困る事は無いけど、借り物だし出来れば折りたくない。
【敵は高くてCランクですから、問題は無いでしょうがね】
俺の範囲に入った敵は、多分知覚すること無く絶命する。
「黒い……残像!?」
「馬鹿な! あんなクズに……」
「やはり、レイ様は……」
「エルザ!」
「あ! ああ……すみません! ユリウス様! あ……あの……」
よいしょっと!
焦って出てきた……中ボス?
Bランクの敵を瞬殺した俺達は、建物内部へと侵入した。
おかしいな。
『奴等の気配がないのぅ』
そうなんだよ。
あれ~?
「おい、アストレア。あいつ等がいないぞ?」
「気安く呼ばないで。でも、確かに変ね……」
う~ん。
砦を突き進み、出会った魔王は……。
「完全に、普通のコアだぞ?」
「私に聞かないでよ!」
お前! 神様だろうが!
【せいぜい、今までの魔王より少し強いというくらいですね】
あれ~?
「少しは骨のある敵が出てきたな!」
そい!
エゴールが肩を回している間に、残りの三人が攻撃を加える。
もちろん、俺とアストレアの攻撃はコアを砕くので……。
即死。
「お……お前等! わしの分を残せ!」
五月蝿い! 白いひげ!
う~ん……。
逃げる残党にも、悪意の気配がない。
どうなってるんだ?
『分からん』
近辺から退避したのか?
う~ん。
「ざ! 残党はわしの獲物だからな!」
ああ、もう。
好きにしろ。
****
「どうなってるんだ?」
ロンフェオールの城下町に着いたが、町の中から人の気配が全くしない。
ただ、敵の魔力も感じない。
訳が分からない。
ただ……。
ただ何となく、いい知れない不安を感じる。
空気が淀んでいるのか?
なんだ? こりゃ?
「ブルルゥン……」
アホ馬もさっきから落ちつかない様子だ。
「どうしますか?」
「う~む……」
手分けして街中の探索……は、駄目だろうな。
【万が一の場合、各個撃破を狙われますね】
『一般兵に向かわせれば、犠牲者が出るかも知れん』
纏まって街中を探索するのも、何も無かったら時間の浪費だしな。
エゴールとイグナートは判断に困ってる。
クソ女神共も、首を傾げてるな。
「仕方ありません! まずは城に向かいましょう!」
イグナートの声で、ロンフェオール城へ向かう。
「な……んだ!? これ?」
「どうしたんだ? レイ?」
気が付いたのは、女神二人だけか?
いや! イグナートも気が付いてる。
「おい! これは……」
「私達も、こんな結界は初めてよ……」
どうなってるんだ!?
「レイ殿も気が付かれましたか……」
「ああ……」
「これをご存知ですか?」
自分の世界に居る時に、魔力を吸収して見えなくする結界は見た事があるが……。
『これは、それ以上……。魔力すら出ておらんし、反響も吸収もない……。異世界の魔法か?』
女神共にはどう見えて感じているか分からんが、俺には辛うじて違和感としてしか感じられない。
魔力が……この空間を透過している!?
と、でも言うのか?
「これは初めて見る……」
「そうですか」
「おい! レイ! イグナート! どうしたんだ?」
エゴールの問いかけに、イグナートが説明をする。
どうする?
【魔力で斬れるでしょうか?】
わからん……。
『これは、空間ごと魔力を込めて斬るか?』
そうだな……。
「私達が解除するわ」
アストレア?
「ユーノと私の神眼で、解析は出来たから」
なるほどね。
流石は女神。
「ああ。結界は、あの二人が解除する」
俺が皆に説明を終えると同タイミングで、女神達が結界? を破壊した。
うおおお!?
その瞬間、溢れ出るように悪意のこもった魔力が噴き出してきた。
何だ!? この異常な魔力は!?
「なんだ? 何も変わらないではないか」
「そうですね。おかしいな」
えっ!?
エゴールやイグナートすら感知出来ていないのか?
反応したのは、俺と女神達だけ。
『他の者は、変質したお前の魔力も感知できん! これが人間で分かるのは、お前くらいじゃ!』
落ちつけ……。
でも、これはヤバい!
はぁ!?
今度は、なんだよ!?
町の入り口付近か!?
いきなりふざけた魔力の塊が現れやがった!
くっそ!
何かの罠だ!
【この場合は……】
女神達とアイコンタクトをとると、馬から降りた俺は城から逆走する。
今回は、一人じゃない。
そう……。
弱くて馬鹿な俺は、そう考えてしまった。
「ほう、咄嗟の反応としては、正解だ」
そんな……。
『馬鹿な! 何故こ奴が!?』
【死んでいなかった!?】
俺の前に現れたのは、スーツ姿のクソ偽神……。
アカシックレコードリーダライター……。
「どうした? 再開に感極まったか? イレギュラー?」
なんで?
「お前に亜空間へと飛ばされ、エネルギー源の無くなった私は……私の核は、真の神に助けられたのだ」
それって……。
「まあ、お前達は悪意などと呼んでいるようだがな。彼らこそ、本当の神なんだよ」
クソったれ!
俺の体からは、白と黒のオーラが立ち上り始めた。
「あの方の指示には、私も逆らえん。仕方無く、この世界に居たのだが……。使い魔を通して、お前の映像を見た時は嬉しかったぞ。死んでいるとばかり思っていたからな」
この野郎!
「なら、今度は蘇れない様に殺してやるよ! クソったれ!」
「私もそうしたいがね。お前の方が、困るんじゃないかな?」
ああ?
えっ?
晴天だった空が、いきなり暗くなり始める。
雲……じゃない!
これって!
【日食です!】
「急ぐ事だな。お前には、相応しい舞台を用意してある」
「この!」
「さあ! ショータイムだ!」
あっ! くそ!
偽神は、俺が動揺しているすきに転移した。
(逃げて! 逃げて下さい! 皆さん!)
しまっ!
アナスタシアから、強力な念話が飛んできた。
狙いは、俺の分離かよ!
****
高速移動した俺は、城門が開いたままの城に飛び込む。
えっ!?
『どういう事じゃ!?』
城の大広間には、巨大な魔方陣。
女神二人が、それに向かい魔力を放っている。
他の皆は無事だが……。
(……はめられたのよ!)
は?
アストレア!?
(私達を守りなさい!)
ユーノ?
何がどうなってる?
二人の女神から、絞り出すような念話が飛んできた。
それほど余裕がないのか?
あ……。
勇者達に寄り添うように立つ……。
城の兵士と、王らしき人物の魂が……。
【悪意です!】
まずい!
皆が、俺に視線を向けている背後で、敵が武器を構えている。
やらせるか!
魔剣と聖剣を呼び出した俺が、魔力を込めて悪意となった兵士達を斬り伏せる。
そして、最後に王らしき敵にうち落としを……。
なっ!?
コアの魔力が膨れ上がり、剣を押し返された。
「馬鹿は扱いやすい」
小さな声で、それは呟いた。
俺は、反射的にその場を飛び退く。
『肉体のダメージは、奴らには無意味じゃ!』
魔剣の食い込んだ肩から、心臓に達するほど肉が裂けているが。
コアを破壊出来なかった。
くっそ!
「そんな……レイ。嘘だろ?」
アルベルト?
「お前が、俺達を騙していたなんて……」
は?
「勇者様! これが証拠です! ここは私達が、命に代えても!」
悪意の言葉が理解出来ずに、一瞬動きを止めた俺に城の兵士達が突撃してきた。
【全員悪意に!】
どうなってるんだ!?
なんだ!?
兵士……悪意を斬り捨てる俺の、視界が大きく揺れる。
地震!?
バリバリと音を立てて、床とその下の地面が裂ける。
まずい! みんなを助けないと!
「お前に、そんな余裕があるのか?」
隙だらけの俺に、王だった肉体に憑りついた悪意が接近していた。
速い!
【障壁が間に合いません!】
魔法で腹を打ち抜かれた俺は、情けないく女神達の足元に転がる。
「ぐが……」
【復元します!】
くっそ!
その場所である事に気が付く、亀裂が入りどんどん割れていく床。
そして、倒壊する城……。
その中で、この場所だけが不自然に何の影響もない。
「きゃああああぁぁぁ!」
地面の亀裂に飲み込まれそうなエルザが、ユリウスに手を伸ばす。
最悪だ……。
自分が助かる為に、ユリウスはエルザの手を振り払った。
早く! 復元を!
【もう……少し】
「ソフィィィィィィ!」
地割れに落ちそうになっている、ライと一般兵が見えた。
ライは、必死でソフィーを呼ぶ。
振り返ったソフィーは……。
ライの手をとり、自分の方へと引き寄せた。
声もなく、手を伸ばして掴んでもらえなかった一般兵が、地割れに飲み込まれていく。
これは、どうしようもない……。
どうしようもないが、勇者を名乗ってる奴が一般人を犠牲にしやがった。
くそ!
まだかよ!
【復元……完了です!】
『あれは!?』
俺が飛び出すよりも早く、エゴールが落下する二人を抱え、飛び上がっていた。
<ホークスラッシュ>
「こっちだ!」
衝撃波で、三人に迫る瓦礫を吹き飛ばし、誘導の為に俺は叫ぶ。
「……ふぅ……ふぅ……老人には、ちとキツイな」
二人を抱えたまま、つきだす岩を蹴ってエゴールが何とかたどり着いてくれた。
「ああ……ああああ。私は……捨てられた」
涙を流して震えるエルザと、放心状態の一般兵……。
他の人間……気配は……。
イグナートの魔力を先頭に、皆は上手く脱出できたようだ。
辺りは既に、魔方陣がある一角を残して悲惨な状況へと変わっていた。
情けない……。
『仕方あるまい』
ほとんど動けないかった。
二人の女神は、いまだ結界に魔力を注ぎ込んでいる。
念話で話しかけても、返事が無い。
『余裕がない様じゃな……。この魔方陣は……』
「焦っても、もう手遅れだ」
声のする方を見ると、空に浮かぶ……人の姿をした悪意。
やってくれたな……クソったれ!
「馬鹿な! 奴等は人ではないのか!?」
「その通り。我等は、お前達愚かな人間を処罰に来た……神の使いだ!」
クソったれ共が、融合し三体の天使へと姿を変える。
笑えない冗談だ。
【これは……SSSクラスが三体】
「ひぃぃ!」
この状態で、初めて魔力が感知できたらしいエルザが恐怖で後退る。
「おのれ! 謀ったな!」
「いいや。我等は嘘などついてはいない。その男は、我等神に逆らう邪悪な存在だ」
そういう事かよ。
「ただし、我々は……人類に敵と呼ばれているがな」
皆の前で、力をおさえて斬られたのもそのせいか!
くそ!
クソったれの考えそうな事だ!
悪魔を使って、竜人の国をめちゃくちゃにしようとした時と、そっくりじゃねーか!
『おおよその解析……完了じゃ』
で?
『これは異世界の召喚を、流用した魔方陣じゃ』
大体分かったが……。
『異世界の悪意を呼び寄せる魔方陣……』
最悪だ。
この女神二人が、必死でおさえようとしてるのはそのせいか。
「この作戦を考えたのは奴だ。だが……この状況で、お前達が世界の崩壊まで生きていられるとは思えんな」
生憎……。
「それを黙って見てるほど、酔狂じゃない!」
こいつ等は、俺の大事な奴らがいるこの世界を壊すといった。
誰が、やらせるか!
「レイ……お前」
「レイ……様」
行くぞ!
『うむ!』【はい!】
おおおおおおおおお!
乗せられるだけ魔力を乗せた二つの剣。
それを、自分で出せる最高の速度で相手にたたき込む。
<ラピッド……>
グシャと鈍い音が、俺の体内から聞こえてきた。
「ぐうう!」
俺の最高速度に、敵は付いてきた。
結果は相討ち。
魔剣が敵のコアを傷付ける代わりに、俺の左胸は敵の拳に貫かれていた。
いや……。
急所を避ける為に、体を捩じった分を俺の剣は浅くなり、コアにほとんどダメージを与えられていない。
ごくごく簡単な話だ。
ヨルムンガンドや、ミルフォスと同クラスの敵。
ヨルムンガンドは、世界の意思により俺を試した。
本気じゃ無かったんだ。
悪魔王と戦った時は、魔力を無尽蔵に吸収できた。
ミルフォスは、その力の大半を偽の天使製造に回していた。
俺は……。
こいつらよりも弱いんだ。
身動きが出来ない俺に、残りの二人が……。
ここで……。
こんな所で……。
何も守れずに……。
ふざけるな!
こんな所で、負ける為に戦ってきたわけじゃない!
俺が死ぬのは、こいつ等を殺した時だ!
『若造! 魔力を回せ!』
【しかし!】
『早く!』
「おおおおおお!」
『ぐうう! おおおおおお!』
無理やり回した聖なる魔力で、強制的に合成魔力を魔剣に込める。
敵のコアを切り裂く為に、空中を蹴り全ての力を右腕に乗せる。
俺の胸を貫いていた敵の腕が、俺の動きについて来れず、肉が引きちぎれ骨が砕ける音とともに左腋を突き破る。
「馬鹿な!?」
閃光とともに、天使の一体が爆発をおこす。
爆風で吹っ飛ばされた俺は、再び女神たちの足元に転がる。
『ぬうう……』
ジジィ!
『大丈夫じゃ!』
【復元します!】
上半身だけを起こした俺の口から、大量の真っ赤な液体が吐き出される。
「が……げほっ!」
合成魔力の後遺症は、どうやってもなくせない。
力無く立ち上がる俺の前には、既に二体の天使がいた。
「なるほど、手加減は不要だな」
くそったれ!
くそったれ!
くそったれ!
二体から放たれたエネルギー砲に、体が反応しきれない。
『若造ぉぉぉぉぉぉぉ!』
【この……おおおおおおおおおお!】
若造がありったけの魔力で、幾重にも障壁を展開した。
半分炭化した右腕と、筋肉と腱が切れて上手く動かない左腕。
俺の出来た事は、無理やり動かした両手で剣をクロスして盾にすること。
なんとか直撃は逸らせたが……。
衝撃で意識が一瞬、もっていかれてしまった。
****
えっ!?
光の中に、俺が愛した二人が……。
俺が殺した二人が……。
涙を流す。
泣かないでくれよ。
俺はまだ、戦うから。
守って見せるから……。
****
「うっ! げほっ! ごほっ!」
咳き込むながら、俺は意識を取り戻す。
「き……が……つい……たか?」
えっ!?
目の前で、俺が死にかけたエネルギー砲を、エゴールが大剣を盾に受けとめていた。
「エ……ゴール……」
駄目だ……。
駄目だ!
それは、人間じゃあ防ぎきれない!
「わし……は……わしは、子も弟子もなしてきた!」
何を?
「わしは! 十の魔王を倒し! 百の勇者を育てた! 勇者……エゴール!!」
止めて……。
止めてくれ……。
「ここで、友の為に……命をかけるなら! なんの未練もない!」
酒を飲んだだけじゃね~か……。
「エゴォォォォォォォォォォル!!」
「ぬおおおおおおおおおおおお!!」
パンっと空気を入れ過ぎた風船のように、エゴールの体は弾け飛んだ。
「あああああああ!」
ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
………………。
俺なんかの為に……。
ちくしょう。
(レイよ)
エゴール?
目の前には……。
光……魂だけになったエゴールがいた。
(わしはここまでだ。全てをお前に託す。許せ、友よ)
あ……あああ……。
(わしの魂は、常にお前とともに……)
エゴールの魂が……。
強大な魔力を持った魂、全てが……。
俺の体に吸収されていく。
クソったれ……。
勝手にたくして、逝くんじゃね~よ。
どうしても、負けられなくなるじゃねーか……。
勝ち目なんて、最初からほとんどないってのに……。
ああ……。
ちくしょう。
あ~……。
やってらんね~……。




