三話
俺は用務員としての仕事を済ませる為に、学校中を全力で駆けずり回って、仕事を済ませていく。
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
どっこいしょ……。
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
よいしょ!
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
どっせい!
ふんわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
『うるさいわ!』
俺の全力を、体全体で表現してみたんですが?
てか、声には出してないじゃん。
『心の中だけでも、全力で叫ぶな! 五月蝿くてかなわん!』
いいじゃん。
【確かに忙しいのは分かりますが、さすがに勘弁を……】
しません!
うわぁぁぁぁ『黙れ! 馬鹿!』
馬鹿じゃありませぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!
【ああ……もう。ちょっと気分が悪くなってきました】
オラッ! オラッ! オラッ! オラッ! オラッ!
【壊さないでしょうね?】
誰がそんな下手うつか!
そおおい!
俺は、急いで修繕をした生徒用の椅子を積み上げていく。
よし!
完了っと!
おう? ババァ? 様子を見に来たのか?
「あんた……これ本当に大丈夫なのかい? 座った瞬間、壊れたりしないだろうね?」
こ……の……クソババァがっ!
こっちはがんばって仕事してんのに!
てか! 誰の為に頑張ってると思ってるんだ!
「へぇ……本当に、綺麗に補強、修理が終わってるんだねぇ」
疑うな、この野郎!
【野郎ではありませんけどね】
「あんた、意外になにやらせても……なんだい? その顔は?」
はぁ?
「何ですか?」
「全身全霊で、不快を表現してくれるね。褒める気がうせた」
そんな言葉はいらん!
金か女をよこせ!
『いろいろ残念なやつじゃ……』
残念ってなんだよ!
【言葉通りの意味です】
酷っ!
若造!
【何ですか?】
何気に、お前が一番酷いわ!
『まあ、世の中多数決じゃ』
どう言う意味ですか?
『この場の、お前以外全員が、お前を残念と思っておるということじゃ』
止めを刺すな!
お前ら二人とも、折れてしまえ!
俺~……。
必死で頑張ってるのに~。
何だよこの扱いは~。
はぁ~あ……。
やってらんね~……。
でも、恩があるし……。
【約束しましたからねぇ】
夏休みなので、仕事が少なめで助かった……。
後は……プールの監視。
どうするかな~。
「あっ! レイ!」
ああ?
ルーシー先生……。
今日も補習か?
『教師というのも、大変なものじゃな』
「今日も、いい天気ですね」
「ええ」
「あの! 今日のお仕事は何時に……」
ちっ!
まただ。
くっそ……。
【相手が人間では、魔法が発動されなければ感知できませんね】
近い。
「あの、レイ?」
「残った仕事はなんだい?」
俺の顔色で、ババァは察してくれたようだ。
「プールの監視……頼めますか?」
「任せな。誰かに変わらせる」
「お願いします!」
「ああ! レイ!」
****
俺は、魔力を感知した方向へ走る。
魔力が感知できている間は、まだそこで戦闘行為が発生しているという証だ。
学園から数キロ離れた地点。
モノレール鉄橋の下を小さな道が交差しており、その暗い場所で戦闘は行われている。
うずくまる生徒を守るように、軍の人間がプロの殺し屋達と対峙していた。
軍人は七人、相手の殺し屋は二人。
だが、このまま続けさせれば生徒ごと皆殺しにされるだろう。
軍の人間も、よく訓練はされているが……。
所詮は訓練。
実戦経験豊富なプロとは、どうしても一線を画してしまう。
さらに、相手は殺そうとしてきてるのに、殺さずに掴まえようなんて……。
絶対無理だから。
【まあ、上司からの命令なんでしょう】
ふ~ん……。
迷ってる間に、生徒が怪我でもしたらババァにまた辞書をぶつかられるな。
ふっ!
「……はっ!?」
「どうなってるんだ?」
暗い場所では分からないだろうな……。
その場にいきなり倒れこんだ殺し屋二人に、軍人達が首をかしげている。
気配を消して、高速で俺が通り過ぎたんだが……。
『最近多少は、手加減になれたか?』
まぁ、素手で殴るよりは魔力を纏わせない聖剣で殴るほうが調整はきく。
うん!?
マジかよ!
【三箇所ほぼ同時!?】
ちょっとマジで走るぞ!
『うむ!』
【バックアップします!】
****
道路を、壁の上を、屋根の上を、空を超高速で移動する俺を、目視できる奴はこの世界にいるんだろうか?
多分、ほぼいないだろう。
俺は、この一連の事件で、ある事を思い出していた。
元の世界で、俺が初めて巻き込まれた大きな事件……。
アルティア聖王国での、魔人復活事件だ。
血と魂と魔力。
放って置いて、ろくな事になるはずがない。
出来るだけ犠牲者を出さないように、防がないと……。
ふ~……はあ!
俺は高速で移動する黒い影となり、町中を駆け抜ける。
敵が人間である以上、位置を感知し難いし、手加減しなければいけない。
結構な手間だ。
唯一の救いは、殺し屋達が体に纏う……血の臭いだろうか。
それが、俺に敵を判別させてくれる。
流石に、一般人を殴り倒して……間違えたでは、許されないかも知れないからね。
確実に、何処かの骨は折れるし……。
しかし、敵が大きく動き出したのか?
この一週間、敵の出現がかなり活発だ。
先週は夜間の動きが激しかったので、全部つぶしてやったら。
昼間でも関係なく、活動を始めやがった。
****
「ふぅ~……」
二十一箇所……五十九人の馬鹿を殴り倒した所で、いったんの終了だ。
自動販売機で買ったジュースを一気飲みした俺は、ある方角へと視線を向ける。
さて!
いくか!
『まあ、仕方ないじゃろうな』
【必要悪ですね】
この一週間、現場には行くが情報が少なすぎて、敵の尻尾さえ見えてこない。
気絶させた馬鹿の意識にもぐりこんでも、魔法で操られているだけのようで、何も情報はなく。
ただ、ターゲットを殺さなければいけないという情報しか残っていなかった。
なので、三人で話し合った結果……。
ババァの旦那が駐在している軍の基地へ、情報を手に入れに行きます。
気配を消して、高速移動。
外観から分かるカメラや警備装置の位置は、昨日チェックしておいた……。
上部が有刺鉄線になっている金網を飛び越え、壁、地面、天井全てを利用して隠れながら目的の場所を探す。
「むう……」
見つけた!
ババァの旦那が、司令官用の部屋で、資料の山に埋もれてうなっている。
どうする?
【取り敢えず、部屋を出るのを待ちますか】
いや! 時間が惜しい!
『ん? どうするつもりじゃ?』
旦那に………………ボディ!
『こ……』
こ?
『ここに、度し難い犯罪者がおる!』
はいはい。
そんな意見は聞こえません!
ババァに辞書でやられた、おでこの分まで……くくくっ。
【あなたに、正義の味方を望むのは無理なんでしょうねぇ】
やらない善より……やる偽善!
『今回は、ただの悪じゃろうが!』
さっきも言ったが……。
お前らの意見なんて右の耳から入って、右の耳から出て行くわ!
【右の耳でUターンして、入ってもいないじゃないですか……】
くらえ! 必殺!
うん……おっとっとっ!
俺が音もなく侵入した天井から降り立とうとしたとき、旦那が部下に呼ばれて部屋を出た。
ありゃ?
【よかったですね。部屋を出て行ってくれました】
ちっ……。
『おい、クズ人間。早く、確認をするんじゃ』
ちょ! おまっ!
【ほらほら、帰ってきちゃいますよ?】
この……。
音もなく部屋に降りた俺は、仕方なく資料に目を通す。
あわわわわ……。
『失念しておった……』
字が読めねぇぇぇぇぇぇぇ!
【図と、写真しか分かりませんね……】
ほぼ無駄足じゃん!
最悪じゃん!
ああ!
ちくしょう!
う~ん……。
あれ?
これって……。
『収穫は、あったのぉ。お前にしては運がいい』
壁にかけられた地図に目をやると、事件のあった場所に年代ごとに色分けされたバツ印がついていた。
間違いなく、大規模魔方陣。
負の力を幾重にも重ねてあるな。
『まずいのぉ。完成が近いようじゃ』
【あの……この魔方陣の効果は?】
この町で生きる人達から、少しずつ生命力を吸い取って……。
『何処かに注ぎ込んでおるようじゃが、実際に術式を見んと分からんな』
【あの……私達の生命力も?】
いや。
『わしらは、魂に魔力さえも異質じゃ。影響をうけんじゃろう』
うぜぇぇな。
この手の魔方陣は最終段階にでもならなければ、大きな魔力が一点に集中する事はないから、感知し難い。
『魔方陣の、起点を探すのは困難じゃろうな』
くそ……。
【完成に近いんですよね? 軍の方々は、なぜ気がつかなかったのでしょう?】
お前は、魔法については本当に残念なやつだな。
【そうは言っても、私はもともと法術や神術をたしなむ程度でしたので……】
『この世界の魔法は、お前も見ておったじゃろうが。それが答えじゃ』
【まだ、稚拙ということですか?】
そうだよ。
攻撃魔法は、俺達の世界でいう初級~中級クラスまでしか存在しない。
『身体強化もあるにはあるが、あれは子供でも使える程度のものじゃ』
【でも、回復の魔法が……】
だから!
俺たちの世界よりも、回復とか見たことない魔法陣とか……。
偏った魔法知識しかないの!
【ああ……】
しかし、どうすっかな?
『直接、元凶へと続くヒントはないのぉ』
時間の余裕があるわけじゃないんだけどな……。
『魔方陣のまだ完成していない部分に、張り込む事しか出来んか?』
ババァから旦那に伝えてもらって、軍の人間を配備させるしかないと……。
いや、駄目だな。
『そうじゃな。少し、リスクが大きすぎる』
【何故です?】
軍の人間も、そこそこ魔力がある。
生徒を守っても、軍人が殺されて魔方陣が完成なんて目も当てられん。
【まいりましたね……】
う~ん……。
この時は、気を抜いてなかった。
しかし……。
後手に回りすぎていた。
言い訳なんてしても意味はないが、情けない。
えっ!
何だ!?
『これは!?』
ええい! くっそ!
魔力を感じて、その部屋から飛び出した俺が見た物は……。
軍人の死体。
それも、複数。
やられた!
この基地も、魔方陣の要のひとつだ。
流石に大勢の軍人がいるから、後回しになるだろうなんて考えた事が裏目に出た。
短い時間で、数十人の兵士を肉塊にした巨大なさそり。
そのさそり共は、はさみに牙に針のついた尻尾という強力な武器と、魔法を跳ね返す頑丈な外骨格を持っていた。
さそり共に強襲され、兵士達はなすすべがなかったのだろう。
くそったれ!
うおっ? なんだ?
俺が、斬りかかるろうとした瞬間。
その巨大なさそり達は、足元に現れた魔法陣で地面の中へ消えていった。
『馬鹿な! 転移の魔法じゃと!?』
どうなってるんだ!?
この町全体の魔方陣も、転移の魔法もかなり高度だぞ?
この世界にはないんじゃないのか!?
てか! この魔力! やばいぞ!
町全体の数箇所から、さそりの物だと思われる魔力を感じた。
たぶん、転移したんだろうがすぐにそれは消えた。
目的は達成されてしまったのだろう。
くっそたれ!
目的……。
町に作られた魔法陣の完成だ。
巨大な……。
十年間溜め込まれた魔力が、放出され始める。
その向かう先は……。
おいおいおい!
勘弁してくれよ!
魔力の流れを読んだ俺の額に、冷たい汗が流れる。
『この方向は!』
【学園!?】
****
俺は、一直線に学園へと走り出した。
なんじゃこりゃ!?
屋上からみた、学園の校庭は……。
魔窟と化していた。
何匹いる?
さっき見たデカイサソリが、すき間なくうごめいている。
そして、ダンジョンがあった場所には、これまた大きな人影? が六つ。
何だあれ?
『魔神の類か? あの大きな個体は、魔力がSランクじゃな』
まわりの五体も、Aランク中位か。
この世界の人間じゃあ、太刀打ちできないぞ。
みんなは!?
何だ? あれ?
『この世界には似つかわしくない、強力な結界魔法じゃな』
校庭と庭園の間には、俺の宿直室と壁があったはずだが、誰かが食べたのか? 跡形も無くなっている。
丸見えになった庭園に張られた強力な結界の中には、ババァ達が……。
よかった……無事……じゃない!
ババァ達、結界内にいる者の目線の先には……。
血まみれで仰向けに倒れているアルトくんの頭を、ミュンちゃんが抱き抱えて座っている。
そして、二人をサソリ共から守る様に、ルーシー先生とアイナ先生が結界を張っていた。
『あんな非力な結界ではもたん!』
【急ぎましょう!】
地面をけり、その場所へ直接ダイブした。
俺は見事に、先生達の張る結界の手前に居たサソリの、背中に着地した。
「レイ!?」
四人とも何があったんだが、ボロボロだ。
「結界を解いてくれ!」
「えっ!? でも……」
身体強化を!
『よし!』
「俺を信じろ!」
俺の言葉に、ルーシー先生とアイナ先生が頷き……。
結界が解けた!
四人がいた場所は、結界が解けたと同時にサソリ達が押し寄せた。
「えっ!? 嘘……」
「師匠……」
「黙ってろ! 舌噛むぞ!」
四人を担いだ俺は、そのまま空中を蹴り庭園の結界へと跳んだ。
「こっちだ!」
その動きを見ていたババァが、こちらに叫ぶと同時に結界に穴を開ける。
ふんがっ!
五人分の体重で足がしびれたが、取り敢えず成功だ!
俺達が飛び込むと同時に、結界の穴はふさがった。
それより怪我を!
「回復の魔法が使える者は、手伝っておくれ!」
おいおいおい……。
「私は、軽傷です……。他のみんなを……」
ルーシー先生が片腕骨折に、全身裂傷、打撲。
「レイ……来てくれた……」
アイナ先生の背中に出来た裂傷は、肋骨を切り裂き肺にまで届いて、片腕が無くなっている。
「アルト! アルト!」
ミュンちゃんは両足粉砕骨折。
「師匠……ごほっ! 俺……俺……」
急所は外れているが、アルトくんの胸部には六ヶ所の穴があいている。
そして、両手足が……。
『奥義を会得した様じゃな……』
恋人を守るために、限界を超えたか……。
「よくやった……。今、楽にしてやる」
使っても、結界から出ればすぐに補充できる。
魔力を使いきるぞ!
『よし!』
【復元開始します!】
「この力は……」
右腕から回復を、左腕から復元の力を同時に放出する。
ぐうう!
急いでくれ!
『これで精一杯じゃ!』
【これ以上出力を上げれば、あなたの体が……】
どうでもいいから!
「アイナ! よかった……」
アイナ先生の怪我は、ルーシー先生を庇って出来たのだろうか?
怪我の回復したアイナ先生に、ルーシー先生が真っ先に抱きついた。
「アルト!」
「ミュン!」
若い二人は、力いっぱい抱きあっている。
羨ましいこって……。
「あんたは大丈夫なのかい?」
プスプスと、焦げくさい俺の両手を見ながらババァが聞いてくる。
「何の問題もありませんよ」
「あの! レイ……ありが……」
「はい! そう言うのはまた、後ほど! 今は、状況を教えて下さい。俺には、情報が必要です」
周りを確認すると、生徒が二十九人に……教師が八人。
ババァの旦那に、その部下らしき二人もいるな。
「魔王が、復活しちまったのさ。学園のダンジョンは、元々あの怪物を封じていた物なんだ」
うん?
もしかして、あのモンスターって……。
危ない物、流用するなよ!
『この結界を作っている魔方陣は、見た事もない式じゃが……。効率的で強力じゃな』
なんだか、さっきから疑問ばっかり増えていきますが?
「おい! こんな奴に情報を……」
ああ?
ババァは食って掛かってきそうになった旦那を、眼光だけで黙らせた。
「そんな場合じゃないよ! それに、この子なら……」
はいはい……。
ここまで来て、知らん顔なんてしませんよ~っと。
「任せてもらえるなら……。この世に絶対は存在しませんが……」
何より、俺のお気に入り達を虐めてくれたんだ……。
はらわたが、煮えくりかえってるしね。
「九割九分九厘は保証しますよ」
「ああ……私は、あんたを信じたよ」
ババァのくせに……いい顔しやがる。
「魔王が復活すると同時に、大昔にあれを封印した四人の英雄達の子孫……アイナ、ルーシー、ミュンの力が目覚めてね」
なにその設定?
知らないんですけど~?
「ダンジョンから敵が出てこない様に、頑張ったが無理だった。三人の危機を救ったアルトの坊やも、敵の数にこんな事になっちまったんだ」
何か、俺の知らない所でドラマが……。
てか、間に合ってよかった~。
これで、間に合わなかったら洒落になってなかった。
ババァ達から聞いた情報で、一気にピースがそろった。
大昔、この大陸で人間は魔王に怯えながら細々と暮らしていたそうだ。
そこで、四人の英雄達が魔王を討伐。
魔王の精神と魂は消滅させてが、体は滅ぼす事が出来ずにあのダンジョンに封印したらしい。
今、目の前の魔王は正確には、魔王ゾンビみたいなもののようだ。
にしては、魔力高過ぎだけどね。
今、俺がいる結界も過去の英雄が魔王との戦いのときに使った物。
この世界では、過去に失われた魔法が多くあるみたいだ。
魔王を復活させた、あの血の魔方陣も多分それだろうな。
ババァの旦那も、ババァに諭されて情報を喋り出した。
このおっさんも優秀なんだろうが、町の人間は犠牲者も出ただろうけど軍によって大多数が避難をしているそうだ。
魔王の完全復活には、英雄の子孫である三人の血が必要らしく、旦那と部下二人は戦いをとめようと急いで学園に来たらしい。
王国の上層部は事件の全容に気が付いていたが、情報を隠していたんだとか。
そして、王国の決定は……魔王完全復活の前に町ごと魔王を消滅させる事らしい。
それも過去の遺産らしいが、王国全土の魔力を集めて放つ物凄く強力な魔道砲があるみたいだ。
「そんな! どう言う事だい!? あんた!」
旦那に詰め寄ろうとする、ババァを止めてみる。
「大を生かす為に、小を殺す。国を守る判断としては、間違いってわけじゃないですよ」
悔しそうな旦那の顔で、察してやれよ。
どうしようもなかっただろうし、逃がせないと分かっているから一緒に死のうとわざわざ来てくれた感じじゃん。
「で? どうするんだい? 何か策があるんだろう?」
気が早いな。
まだ、大事な問題があるじゃん。
っと、その前に……。
「その前に、ちょっと教えて下さい。英雄が四人なのに、子孫が三人なのは?」
「ああ……。最後の一人は、言い伝えでは異界から来た勇者だそうだ」
ん?
もしかして……。
『あのお方か?』
有り得る。
師匠ならここに来ててもおかしくない。
「言い伝えでいいんで、その異界の勇者の特徴は?」
「なんだい? ええ……それは……」
「確か、巨大な力を持っていて……真っ黒な装備だったそうよ」
言葉を詰まらせたババァの代わりに、アイナ先生が答えてくれた。
いやもう!
これはししょ……。
「何でも、神の作った聖なる槍を持っていたらしいわ。まぁ、只の言い伝えで本当かどうか怪しいけど」
槍?
あれ~?
【刀ではないんですね】
あれ~?
「あの……」
ルーシー先生?
「何故、そこまで言い伝えなんかに? 何か、魔王を倒せるヒントが?」
う~ん……。
もう、言ってもいいよね?
『そうじゃな』
「信じなくてもいいですが……。俺も、異世界から来たんです」
「えっ!?」
「別に、頭がおかしいってわけじゃないんですけどね~。嘘は言ってませんよ」
ポカーンとしてるな。
「で! 知り合いかも知れなかったもんで」
「信じるよ。嘘を言っている目じゃないね」
お? ババァ……。
さて、最後の本題だ。
「この事件に、黒幕がいるのは気付いてますか?」
「黒幕?」
「あの魔王は、精神も魂もないんですから、誰かが操る為に復活させたと考えるのが一番理にかなってるでしょう。そして、そいつが一連の殺人を……息子さんを殺した犯人です」
素知らぬ顔をしている……。
「お前だよ!」
魔剣を呼び出した俺は、教頭職にいる男へホークスラッシュを放つ。
その男は、立っていた場所から結界の外へ、急いで飛び退いた。
「何をするんだ! 言いがかりだ!」
どう思う?
【焦っているんでしょうが……】
『まあ、こんな事を考える様な奴じゃ』
馬鹿だ、こいつ。
「レイ!? 教頭に!」
「なんだ? 言ってほしいのか? まず、俺の衝撃波をきっちり避けてるし、結界の外に出てもサソリが襲ってきてないぞ?」
「この!」
「傀儡の魔王を操る為の魔力が、お前から漏れ出してるんだよ。どうせ、結界内で様子をみて、この三人を殺そうとしてたんだろ?」
本性だろうか?
悪人らしい顔つきになった馬鹿が、魔王の頭上に転移した。
うん?
そのまま同化しやがったよ……。
さ~て……。
俺は、ババァ、アイナ先生、ルーシー先生、アルトくん、ミュンちゃんの頭をポンポンと叩く。
「あなた達の恨み、憎しみ、怒りを背負わせて下さい」
「レイ……」
「後! アルトくん! これが、俺からのラストレッスンです。相手を殺す事は……極力避けて下さい」
「師匠?」
「しかし……覚悟を決めたなら、迷うな。迷い、恐れ、諦めは剣を殺す」
「はい!」
「ただ、願わくば……俺みたいにはなってくれるな」
「師匠……」
それだけ言うと、俺は結界を一部分だけ切り裂いて外にでる。
俺が出た部分は、自動的に修復されていく……。
****
もう、我慢の時間は終りだ。
「殺せぇぇぇぇぇぇ!」
様子を見ていたサソリ共が一斉に、押し寄せてくる。
行くぞ!
『うむ!』
【はい!】
二本の剣を出した俺は、自分の頭上に向けて……。
三日月状の衝撃波を、連続で放つ。
俺の放ったそれは、上空で弧を描き地上に降り注ぐ。
<スラッシュレイン>
そして、一瞬でサソリ共が塵へとかわる。
魔力充填完了だ。
「なっ! き……貴様! 何者だ!」
物覚えまで悪いのか?
バカナノ?
「この学園の……住み込み用務員さんだよ! クソ野郎!」
「馬鹿に……しやがってぇぇぇぇ!」
馬鹿にしてるんじゃなくて、馬鹿だと思っているんだよ。
生き残った魔王以外の、五体……魔方陣から上半身だけ出た両生類の一体から魔力砲が俺に向かってくる。
避けてもいいが、後ろの結界に当てさせたくないな。
「はぁ!」
俺の一振りで、魔力砲は霧散していく。
「なっ!? なんなの? あの人は何者?」
「凄い! これが、師匠の実力なんだ!」
「アイナ? 私……レイが五……十人くらいに見えるんだけど?」
「私も……。残像なの? 動きが速過ぎる」
少しまじめに戦い始めた俺に、結界内の皆が目を見開く。
ババァの旦那に至っては、ほぼパニックに近いほど狼狽えて声が裏返っていた。
「おい! あの男はいったい何なんだ!?」
「私は……異世界の……戦神を拾っていたのかい?」
「あの男は、お前が拾ったのか?」
「そうだよ……。雨の中をボロボロの服装で、虚ろな瞳をしてうろついてたからね」
「何故だ?」
「どこか……私達の息子に似てないかい?」
「……息子が、あの男を引き合わせてくれたと?」
「そうかも知れないね。あの子は、優しい子だったから」
****
最後の雑魚を聖剣で切り裂いた俺の耳に、馬鹿の声が届いた。
「何と言う速度! 傀儡では……」
この速度が見えているのか?
【分かりませんが、用心は必要ですね】
速度を上げるか?
どうする?
【奥の手を持っている可能性もありますね】
馬鹿のコアと、魔王自体のコアが別々だな……。
魔王側を潰すべきだが……。
どう思う?
『コアの魔力が高いな……。通常では、はじき返される可能性もある』
久し振りに使うか……。
『承知した!』
よっと!
いったん魔王から距離を置く為に、俺は後方へと飛び退く。
ざざざっと音を立てながら、俺は地面をしゃがんだまま後ろ向きに滑っていった。
『受け取れ! 若造!』
【はい!】
その間に、魔力を聖剣に集中させる。
校庭のはして止まった俺は立ちあがり、右手に持った魔剣を頭上に掲げる。
「この世に漂いし、迷える戦士の魂よ! 我の元に集い我が刃となれ!」
秘言を唱え、周囲から魂の力をかき集める。
魔剣の剣身が中心から左右に開き、賢者の石をむき出しにして、集まった魂の力を吸収していく。
『よし!』
「力を示せ! スピリットオブデス(死神の魂)!」
魔剣が光の剣身が出現させた。
それと同時に、聖剣にひときわ大きな魔力の刃が灯る。
行くぞ! くそったれが!
俺はそのまま、魔王に向かって真っ直ぐ駈け出した。
高速で……。
「このクソ虫が! 消えされ!」
魔王の口に、魔力が集束し始めた。
その魔力が、俺に放たれる瞬間……速度を音速へと引き上げる。
「消えた!?」
目がいいとしても、これだけ緩急をつければいけるはずだ!
地面をけり、弾丸のように真っ直ぐ魔王のコアを目指す。
<ラピッドクロス>
魔剣が魔王のコアを横一文字に切り裂いた刹那のタイミングだけ遅く、聖剣がコアをさらに縦に両断した。
魔力のぶつかりにより、魔王は巨大な爆発を起こし、火柱の中で消滅していく。
辺りは、爆発による爆風で粉塵が舞い散った。
「ひぃ! ひぃ! 死に……死にたくない!」
その粉塵から、馬鹿が千切れかけた腕をおさえて足を引きずりながら姿を現す。
「お前は、そこで何も成せぬまま死んでいけ」
「ひぃぃぃ! 嫌だ嫌だ!」
馬鹿は背後から聞こえた声に、振り返るとバランスを崩して、その場に尻もちをついた。
そして、粉塵の中から歩み寄る人影から逃げる為に、座った状態のままで必死で後ずさる。
「助けて! 化け物ぉぉぉぉ!」
相手の目を睨んだまま俺は、敵を両断した。
****
「ふぅ~……」
剣を戻した俺は、結界に向かう。
『魔王から吸収した魔力で、十分な充填ができたわい』
ん?
あらら……。
今から、また消費しないといけないな。
【まあ、何時もの事ですよ】
そうだな。
「馬鹿な! もう魔王は消滅したのだぞ!?」
ババァの旦那が、携帯?
いや、軍の通信機か……に向かって叫んでいる。
「魔道砲が発射された……。停止が間に合わなかった」
「そんな!」
まだ、そこそこ距離はあるが、強力な魔力がこっちに向かってきている。
「ああ! レイ! 魔道砲が!」
「分かってますよ~っと」
俺は結界を切り裂き、ババァの前に向かう。
「なあ、ババァ?」
「なんだい?」
「あの魔道砲を何とかすれば、あんたに受けた恩を帳消しにできるよな?」
「あんた……」
「おっと! 勘違いするなよ? 元々俺は、この世界にとどまれる時間に限界があるんだ」
「「レイ!」」
アイナ先生とルーシー先生が、俺のシャツを掴んでくる。
二人の頭を撫でながら、俺は言葉を続けた。
「あの魔道砲を処理すると、多分それが早まると思う。俺は、死にはしないがお別れって事。どうだ? 悪くない取引だろう?」
「それは……。でも、あんたはもう十分……」
「俺は、YESかNOかを聞きたいだけなんだけど?」
少しだけ目を瞑ったババァが、決心したように鋭い目線を送ってくる。
流石は年の功。
「取引成立だ。毎度~」
「あんたは……。今までも、そうやって生きてきたのかい?」
「さぁ。何のことやら」
これが俺で……。
何処まで行っても、俺は俺なんでね。
「お前は一体何者なんだ?」
おっさん……。
この後に及んでそれかよ。
「私も聞きたいね……」
仕方ない。
「俺のいた世界の神様に喧嘩売ったら、その世界から放り出されたんですよ。で、今は世界を漂う只の漂流者です」
まあ、偽物の神様だったけどね~。
「それは、誰かを……世界を守ろうとしたんじゃないの? あなたは、優しい人だから……」
アイナ先生……。
今更だが、クソビッチって言ってごめんなさい。
「行ってしまうんですか? 私は、あなたに何もお返しを……」
あなたには癒されてましたよ、ルーシー先生。
それで、十分です。
そして、妄想し過ぎてごめんなさい。
「二人とも、涙は勘弁して下さい。俺にはそれが、一番きついんです。笑って下さい」
アルトくん……。
お前泣くなよ!
男の子でしょうが~!
「君のそれは、最強の死神の剣技だ。ミュンちゃんを守り抜いて見せろよ。俺は……守れなかったからな……」
「ばいっ!」
だから、泣くなって!
「行っちまうのかい? 寂しくなるねぇ」
いや……お前誰だ!?
『購買のおばちゃんじゃ』
この場面で、出てくんなよ。
仲は悪くないけど、特別よくもなかったじゃん!
****
さて……。
来たな。
「では、また会う事があれば、御贔屓に~」
俺は軽く跳び上がると、空中を蹴ってさらに上空へと向かう。
そして、魔剣のみを呼び出す。
若造! 障壁は任せたからな!
【はい! お任せを!】
「おおおお!」
<シャイニングアロー>!
皆に影響が出ない様に、地上と水平に真っ白い障壁を展開した。
そして、その障壁を足場に巨大な魔力の塊に突きをぶつける。
その世界の空に爆発が起こると同時に、俺はその世界からはじき出された。
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あ~あ……。
また、爆発オチかよ。
まったく……。
人生……運命ってのは、面倒極まりない。
何が楽しくて、誰が得するんだか。
やる気なんてしないよな。
でもまあ、仕方がない。
俺はあの時、決めたんだ……。
俺は真っ直ぐ進む。
あの世だろうが、魔界だろうが、地獄だろうが……。
笑ったまま、前を向いて歩いてやるよ。
本当に……。
まだまだ、先は長そうだ。
やってらんね~……。