一話
えっ?
うおお!?
ちょ、何!?
狭間を漂っていた俺を、今までにない感覚が襲う。
急激に何処かへ吸い寄せられた俺の体は、ドカンと大きな音を立てて、何かにぶつか……挟まった。
おふぅ!
い……いって~。
痛いぞ! この野郎!
何なんだ!? こんちくしょう!
え?
あの……。
なんだ? これ?
【なんでしょう?】
『新しい世界か?』
時空の挟間っぽくないし……そうだと思うけど。
何? 何なの?
どう言う状況!?
さっぱり分かんないんだけど!
『魔方陣じゃな……解析してみよう』
薄暗い場所で、地面に書かれた魔方陣。
辺りは、煙のような靄が立ち込めている。
白い光を放っている、その魔方陣から俺が……。
上半身だけの俺が、生えてます。
魔方陣から、俺のへそまで新世界へ出てますが、下半身は……。
どうなってるの?
えっ?
時空の狭間に下半身と、手首から先は残ってるの?
えっ!?
何これ?
何だよ! この状況は!
【いつもの新しい世界へ投げ出される感覚とは、違いましたね】
世界から出る時みたいに、吸い出されるみたいだったけどちょっと違ってたし……。
てか!
身動きがとれない!
『これは……転移の魔方陣に似ておるが』
何? 分かんないの?
『確実ではないが、噂に聞く召喚用魔方陣ではないかのぅ?』
ん……。
【賢者様でも解析しきれないのですか?】
『特異な術式が交ざっておってな……。何かを呼び出すのは、間違いないと思うんじゃが』
ん! 何やってるのぉぉぉぉぉぉぉぉ!
『五月蝿いのぅ』
呼び出すなら、ちゃんと呼び出せよ!
何で、半分なんだよ!
どう見ても失敗じゃないか!
馬鹿か?
馬鹿なのか!
ちゃんとしなさいよぉぉぉぉぉぉぉ!
身動きとれないじゃんか!
なんだよ? これ?
は~……。
やってらんね~……。
あ?
「てめぇぇが犯人か! ババァ!」
付近の靄がはれ、黒いローブを着た皺くちゃのババァが見えた。
殴るぞ! ババァ!
必要なら、高齢者とか関係なく手を出すぞ! この野郎!
『落ちつかんか、クズ。そして、野郎ではない』
【まあ、本当には手を出さないでしょうが、こっちが不利なんですからやめましょうよ。クズの人】
酷いな! お前等!
ああ?
言葉がわかんね~よ!
何言ってんだよ!
早くこっから出せ!
【念話】
ああ、そうだった。
おう?
おおう!?
こちらに、手をかざしたババァの手が光ってる。
【呪文でしょうか? 何か唱えてますね】
ちょ!
『魔法じゃな。攻撃魔法ではない様に感じるが……』
いやでも!
ババァの手から、光の球がこちらに飛んでくる。
止めなさいよぉぉぉぉって!
舐めんな! ちくしょう!
頭へ向かってきた、それを……。
ふん!
上半身だけで避け……曲がってきやがったぁぁぁぁ!
光の球は、俺の頭に直撃して消える。
「何しやがる!」
「五月蝿いね~……。失敗かも知れないねぇ」
失敗って何だよ!
早く自由に……あれ?
言葉が……。
【啓示みたいですねぇ】
『うむ。情報が流れ込んできたな』
「どうだい? 言葉は分かるだろう?」
「何したの?」
「言葉が不自由になるのは、想定済みだからねぇ。ここの言葉を定着させる魔法だよ」
おお……。
さっきのはそれか。
「しかし、定着して使えるまで、普通は多少時間が必要なんだけどねぇ」
そうなの?
【情報の受信も初めてではないですし、色々な世界で言葉を習得してましたからね。普通ではないでしょう】
『まあ、こいつは変態じゃからな』
変態って言うな!
てか! 変態押しやめろ!
気分悪いわ!
「しかし、上半身だけとは……。変だねぇ」
おいおい。
「いいから、出してくれよ。俺の下半身どうなってんだよ!」
「流石に一日二度の召喚は、無理があったかねぇ?」
はぁ?
知るか!
てか! 無茶するな!
巻き込まれた俺は、どうしたらいいんだよ!
【いらつき過ぎですよ。今、何とかしようと呪文を唱えてくれてるじゃないですか】
『落ちつけ、ちんぴら』
誰がチンピラだ!
【でも、ガラが悪いですよ? 最近】
うおう!
ぬがっ!
「なんとか、召喚出来たよ」
「いっ……たいわ! クソババァ!」
魔方陣から、コルク栓のようにすっぽ抜けた俺は、天井に頭を打ちつけ、床に落下した。
火花がちった……。
「我慢しな」
この、クソババァ!
「で? お前の名前は?」
えっ?
ああ……。
「レイだ」
「レイじゃな。我らの願いを受け入れ、よくこの世界へ来てくれた」
願い? 受け入れた?
なんだ? ボケてるの?
「それで、レイよ。早速で悪いが、勇者としての実績を教えてくれるか?」
勇者? 実績?
【話が読めませんね】
「俺……勇者じゃないよ?」
そんなビックリした顔するなよ!
こっちがビックリだよ!
「お前は、何者じゃ?」
「だから、勇者じゃなくて、只のレイだよ」
『呆然としておるぞ?』
訳が分からないのは、こっちなんだけど……。
「おばあちゃん……。その人が、本当の勇者?」
部屋の扉を開けて、ブレザーとスカート姿の可愛い女の子が入ってきた。
その女の子の服装を見る限り、文明は最低俺の世界くらいあるみたいだな……。
「どうしたの? おばあちゃん?」
「あたしは……引退するよ。二回とも失敗しちまった」
失敗?
はぁ?
「訳が分かんないんだけど?」
「訳を説明しよう。こっちにおいで」
****
石壁の部屋を出て、蝋燭が点々と灯っているこれまた石の階段を上る。
あれ?
なんか、建物が古臭い。
でも、俺の学生時代みたいなブレザーを、あの子が着てるしな~……。
『この建物が、儀式的に必要だったのではないか? 古代の魔術的建物ならば、考えられる』
まあ、召喚って難しそうだもんね~。
【地下だったんでしょうか? 明りが窓からさしこんできましたね】
てか、本当に古い作りだな。
階段を上った事で見えてきた石枠の窓に、木の扉はついているが、ガラスははまっていない……。
ババァに案内されてはいった部屋の中には、古臭い木の机に椅子……。
【古臭いデザインですが、古くはない様ですね】
あれ~?
「これでも、飲みな」
出された木のコップには、生温い変なお茶らしきものが……。
あれ~?
文明進んでない?
「あの……」
ああ?
「私、ソフィーです。宜しく」
隣に座った女の子が、笑顔で手を差し出してくる。
ほほぉぅ。
いい手触りだ。
「俺は、レイ。宜しく」
「はぁ~……」
目の前のババァは、頭抱えてるな。
なんだよ?
「まずは、何から話そうかね……」
全部喋れよ、くそババァ。
それも、早急にな!
****
え~っと……。
うそぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!
あのこれ!
うそぉぉぉぉぉぉぉ!
完全に失敗じゃねぇぇか!
「どうしたもんかねぇ……」
お前より、俺のが困ってんだよ!
勘弁してくれよ……。
ババァが俺達を呼んだこの世界は、ヴァンガティ。
この世界には、魔族やらモンスターがわんさかいて、七人も魔王がいるそうだ。
そして、この世界の勇者が戦死した事で、異世界から勇者を召喚したらしい。
勿論、魔王を倒す為に……。
なんでも、あの魔方陣は相手を絞り込む事が出来る上に、相手に召喚の最終許可を委ねるらしい。
つまり相手を見つけた召喚の魔法は、異世界の魔王を倒して欲しいと言う事を伝え、相手がOKだった場合にのみ転移が開始されるそうだ。
俺! 聞かれてない!
てか! 勇者じゃない!
「このソフィーも、勇者の家系ではあるらしいが、勇者ではないんだよ……。まさか、情報さえ伝わってない一般人が来るとはねぇ」
知るか!
勝手に呼んでおいて、へこむな!
「あの……元の世界には戻れないんですか?」
「戻せるんだけどねぇ……。最低三ヶ月後になるんだよ」
はい?
「特殊な術なんでねぇ。あの魔方陣に魔力蓄積をする期間が、三ヶ月は必要なんだよ」
もう、勘弁してよ……。
【まずいんじゃないんですか?】
何が?
【元の世界に戻される魔法なら、ディウスに戻るんじゃないですか?】
あ……。
ああああ!
最悪だ……。
俺が戻ったら、ディウスが滅びるかも知れん!
『…………』
どうしよう……。
【三ヶ月で他の方法を考えるしかないでしょうね】
ブラックホールは自由に発生させられないし、そうするしかないか。
はぁ~……。
面倒だな~。
「私……私! 魔王と戦います!」
はい?
「これでも、王立学院の首席だったんです! 剣も魔法も評価A+でした! きっと力になって見せます!」
いやいや……。
学校って、実戦と訓練はかなり違うよ?
死んじゃうかも知れないんだよ? ソフィー?
「しかしねぇ……」
「私の両親は、本当の勇者です! 私達の世界で、魔王を倒した人達なんです!」
『才能はあるかもしれんな』
人間にしては魔力も、高い方かな?
魂に輝きがある様に感じるし……。
【なんだか、あの世界以降魂まで見えるようになっちゃいましたね】
悪意を捜すにはもってこいだから、いいけどね。
しかし、自分が勇者か? って聞かれて、はい! 自分の親が勇者です! って……。
そりゃあ、魔法のメッセージじゃあ判別できないって……。
この子、頭が弱いのかな?
「で? レイはどうしたい? 呼んだのはこっちだ。三ヶ月面倒は見るよ」
う~ん……。
どうすっかな~。
『まあ、この世界に奴らがいないとは限らん。それに、元の世界には戻らんのじゃろう?』
そうだよな……。
「あのさ、ババァ」
「何だい?」
「俺も少しは腕に覚えがあるし、三ヶ月なんて暇だから手伝うよ」
何?
何をため息ついてるの?
「分かってるのかい? 相手は、魔族を率いた魔王なんだよ?」
「分かってるよ。これでも、ギルドでいい働きくらいはしてたんだよ」
「命が惜しくはないのかい?」
「ヤバかったら逃げるって」
また、ため息ですか!
感じ悪いわ!
「確かに鍛えてるようだけど、魔力を感じないよ、あんた」
魔力?
結構ありますよ?
『お前の魔力は、特殊化し過ぎておる。普通の魔力を探られても、感知できんじゃろう』
そうなのか~……。
てか、魔力なしでも結構いい線いくと思うけどな~。
「分かった。わしも、これ以上異世界から勇者を呼べない。お前達の、テストをする」
何勝手に決めてんだ!
「はい!」
間髪入れずに、ソフィーは元気のいい返事をした。
お前も、少しは人の言う事に抵抗しなさいよ!
「じゃあ、庭の訓練所で警備兵に準備をさせる。少し、ここで待っとくれ」
俺、返事してない!
てか、また巻き込まれたよ。
俺の巻き込まれレベルは、いったいいくつだ?
言ってみろ!
『そうじゃな……最低九百九十九はあるじゃろう』
【ほぼ、回避不能ですね】
うん!
俺も、そうだと思う!
てか、思わざるを得ない!
「テストですか……少し、ドキドキしますね!」
全然。
「私、こういうの少し憧れてたんです!」
憧れって……。
ソフィー……魔王と戦うって、結構血生臭そうですよ?
「私達の世界は、私の両親が平和にしたんで、辺境に少しだけ魔物が残ってるくらいなんです」
平和って大事だよ?
なかなか手に入らないんだよ?
「それでも、今後魔族が復活しないとも言えないので、私達は日々研鑚を積んでいます」
まあ、悪は絶えないって言うしね~。
「少し不謹慎ですが、もし魔王が現れたなら戦いたいと思ってたんです!」
目をキラキラと……。
『戦場では長生き出来んタイプじゃな』
今からのテストで、戦力外と思われたほうがソフィーは幸せかもね。
さて、俺はどうするかな?
さっきはああ言ったけど、わざと負けるのも手だよな?
【そうですね。自由に動けますし、生活にも困らないと言う考え方もできます】
下手に合格したら、動きに制限が付きそうだよね。
【わざと失敗しますか? そういうの、苦手じゃなかったですか?】
まあ、頑張ってみるよ。
****
「じゃあ、一通り練習用の武具は用意したから、好きなのを使っとくれ」
倉庫らしい場所に案内された俺は、一番近くにあった木剣を持つ。
ソフィーは……金属製の胸当て、バックラー、木剣か。
【軽装ですが、万能型でしょうか?】
『魔法重視かも知れん』
まあ、見てれば分かる。
中庭に出ると、鎧を着た兵士が五人……。
あれ? 結構強そうだな。
『まあ、弱くてはテストになるまい』
「まずは……」
「はい! 私いきます!」
そう言って、ソフィーが兵士の前に立つ。
おお……お互いに強化魔法。
『そう言えば、普通の戦闘を見るのは久しいな』
確かに、神様だの戦闘機だの……。
あれ?
俺の戦ってた相手、おかしくない?
人間が勝てそうな相手いないんだけど。
『はいはい……』
今更だけど、たまには言わせてよ!
【あっ! 決着が付きそうです!】
えっ?
おお……。
兵士が放った炎の魔法を、風の魔法でかき消して、首筋に剣を……。
ソフィー結構強いな。
『流石は、勇者の子供と言ったところか?』
うん、人間にしてはかなりレベル高いな。
可愛いし……もてそうだな。
【これで、彼女は魔王と戦う事になるんでしょうね】
う……。
はぁ~……。
仕方がない、付いて行くか。
「次は、レイだね」
「う~い」
次に出てきた兵士が、薄ら笑いを浮かべてる?
なんだ?
「女性には手加減と思っていたが、お前には必要ないよな?」
目の前の兵士が……生意気です。
はい! お仕置き決定!
『やり過ぎるでないぞ』
分かってるって……。
「始め!」
ひっ……。
「では! 行くぞ!」
さぁぁぁつ!
【殺しちゃ駄目ですって】
ボディ!
「おい! しっかりしろ! 駄目だ! タンカを!」
少し速く動いたので、多分あの放物線を描いた兵士には、何が起こったか分からなかっただろうなぁ。
俺に鎧がへこむほど殴られ、壁にぶつかった兵士は……。
泡吹いて白目をむいています。
はいはい……。
木剣ではなく殴りましたが、何か?
『やり過ぎじゃ』
大丈夫! 殺して無い!
「凄い凄い! レイさん強いじゃないですか!」
何? 弱いと思ってたの?
「仕方ない……。二人とも、明日の朝から城に行って、王に会ってもらうよ? いいね?」
「はい!」
「へいへい」
****
ふっ……はっ……ふん!
俺は、自分にあてがわれたカビ臭い部屋で、日課の修練を行う。
一度剣を止め、意識を集中する……が。
駄目だ。
あの力の出る兆しもないし、液体金属も反応しない。
くっ……この!
ええい! もう!
くそったれ!
どうすりゃいいんだよ!
【焦っても仕方がありません。それに、あれは人間の扱える力ではないかも知れないですよ?】
だって~。
あの時使えたじゃん。
『つまり、お前は人間ではないと言う、結論じゃな』
うっさい! ボケ!
人間です! 何よりもまず、人間です!
『それはさて置き……』
ええ~……。
『完璧と言うつもりはないが、人間としての研鑚は限界に近い』
【そうですね。死神様の剣技で、通常の限界はもう突破しています。もちろん、それを多用出来るのは、私達の回復と復元があってこそですが】
まあ、根本的に人間が神様と戦う事自体が無茶だけどさ。
それでも……。
『分かっておる。今更、それを止めはせん』
【それに、現在も驚くべき事に、貴方はまだ徐々にレベルが上がっています】
『焦るなと言う事じゃ。それとも、この前のように魔力を無理やり合成するか?』
いや~。
軽く死にかけたし、それはいいや。
でも、今俺の成長には、神と人を分ける大きな壁だか、川だかが道をふさいでいる。
何か切っ掛けを……。
【何か分かりそうで、分からないんですよね~】
そうなんだよな~。
どうすっかな~……。
てか……目がちかちかする。
『蝋燭明りのせいじゃろうな』
窓には、ガラスが入っていない。
風のせいでろうそくの火が揺らぎ、目に悪い。
『あの娘の世界が発展していただけで、この世界は中世程度じゃろうな』
みたいだね……。
てか、限りなく古代に近いくらいだよ。
最悪だ。
【最悪です!】
なっ!? 何?
【あんな……あんなパスタは! 認めません! アルデンテを理解していない!】
ゆで過ぎで、デロンデロンだったな……。
まあ、田舎料理だと思って。
『そうじゃぞ。パンは原料の味がしっかりしておった。それほど悪くはない』
【折角、久し振りにパスタがあったのに……】
今度、俺が料理してやるから勘弁しろ。
【はぁ~】
うん?
この気配は……。
ソフィーか?
『そうじゃろうな』
二つ隣の部屋の、窓の位置から気配が……。
何してるんだ?
窓から……。
ああ?
飛び降り!?
明らかに、窓の外に向けて気配が移動している。
俺は窓から、外に顔を出した。
何してるんだ?
【壁をよじ登ってますね】
何?
屋根の上にでも行きたいの?
【多分、そうでしょうね】
あ……。
「きゃっ!」
やばっ!
ソフィーが足を滑らせた。
くっそぉぉ!
「ふぅぅぅ」
セーフ……。
「えっ? レイさん?」
急いで壁を走って転落するソフィーの手をとり、屋根に飛び乗りました。
あっ……ぶね~。
「先客がいたんですね」
まあ、俺の動きが見えなきゃ、先に上ってたようにしか見えないか……。
「ありがとうございます」
俺に引っ張り上げられたソフィーは、笑顔で……って。
アホですかぁぁぁぁぁ!
軽く死にかけてるじゃないか!
ここ三階だぞ!
****
「ああ! やっぱり! ここからの眺め最高ですね!」
はいはい、よかったね。
「私の世界だと、町の明かりでこんなに星空が綺麗に見えないんです!」
そうですか。
「それに、空気もおいしい!」
屋根に大の字になって寝ころんで……。
なんですか?
青春ですか?
けっ!
【美人でも、才能がある人は嫌いなんですね】
イエ~ス。
「私の両親が、勇者だって言いましたよね?」
戻って修行しようと思ったのに……。
喋り出しやがった。
「私のお父さん、魔王と一緒に死んじゃったんです。魔王は、本当に強かったってお母さん言ってました」
それも、なんか重い話じゃないですか?
「小さい頃から、お父さんに負けない勇者になる事を目標にしてたんです。お母さんを含めたまわりも、そんな私に期待してくれました」
勇者……ねえ……。
俺は、俺の殺した勇者……セシルさんを思い出す。
あの人も、周りからの声に応えようとしていたな。
「でも、私の世界には魔王がいなくなってました。情けないですけど、実戦もほぼ未経験です」
平和はいいことだぞ……。
「私は、自分が勇者に相応しいとも、ただ力を誇示したいと言う事でもなく……」
なく?
「鍛えたこの力で、悲しむ人がいるのなら力になりたいと思っていたんです。両親の様に……」
十七歳か……。
純粋で、下心のない真っ直ぐな信念だな。
【そうですね……。しかし、やはりまだ青い】
『役が人を育てるとはよく言うが、少々危ういな』
ああ。
正義か……。
一番、質が悪い言葉だ。
金や名誉ならば、見合わないなら戦いから回避が可能。
だが、正義だけは相手がどんなに強くても、自分自身の逃げ場をなくしてしまう。
そして、都合のいい奇跡とやらを待ち望む。
【本当の理に、実戦からたどり着いてくれればいいんですがね】
そうだな。
「いきなり、すみません。こんな話……。少し、興奮してるみたいで……」
ふぅ~……。
「俺の世界にも、勇者はいた」
「え?」
「本当の勇者ってのは、あり方で力じゃない。自分の弱さを見つめて、それと真っ直ぐ向きあって尚、人を思いやれるって事だ」
「はい」
「お天道様に真っ直ぐ顔を向けて、無謀ではなく本当の勇気で進む者。それが勇者だと思ってる」
「はい!」
「まあ、実戦では恐怖や憎悪なんかも、心の中でごちゃごちゃに混ざるもんだ。それに飲みこまれないようにな」
少々お節介かな?
【まあ、これくらいはいいんじゃないですか?】
『言葉の意味を、本当に理解できるかどうかは、この小娘次第じゃ』
出来れば、無駄死にはしてほしくない。
「余計な事を言ったな。じゃあ、俺は先に部屋に戻る」
「あっ……あの!」
ああ?
「レイさんは、勇者ではないんですか?」
はぁ?
「昼間のテストもそうですが、何か不思議な力を感じます。それもとても強く」
嫌だね~。
才能だけじゃなく、直感まであるよ。
「生憎、俺は勇者じゃない。只の一般人だ」
俺自身が元凶だった不幸の中で、英雄とは呼ばれた事もあるが……。
結局、自作自演みたいなもんだ。
真実を知れば、恨まれても、感謝なんてされないだろう。
「でも……」
俺は、振り返らずに返事をする。
「俺には、勇者になる資格がないんだよ。だから、俺はどうあがいても勇者にはなれない。それだけの話だ」
そう……。
人を不幸に巻き込んで、殺す事しかできない俺は……。
勇者にはなりえない。
『【………………】』
「降りるときに落ちるなよ」
それだけ言うと、俺は部屋へと戻った。
はぁ~……。
説教臭かったな。
俺も歳をとったかな?
あ~あ……。
やってらんね~……。