十二話
『よ……よし! 魔力の循環が戻ったぞ!』
【早く止血を!】
『うむ!』
【しかし……発作と、魔力循環の強制停止。あの力は、やはり合成魔力なんでしょうか?】
『分からん! 若造! そちらに残っておる魔力をこちらに!』
【えっ!? しかし、完全に精製出来ていない魔力を取り込めば……】
『かまわん! 魔剣自体にダメージはない!』
【賢者様の魂が……】
『そんな事はどうでもよい! 今は、この馬鹿の命を繋ぐんじゃ!』
【……はい!】
『ぐう……くっ!』
爆発に巻き込まれ、宇宙服自体が大したダメージを受けなかった事は、いつもの悪運だろう。
しかし、魔力が尽きかけた俺は、完全には回復出来ない。
折れた骨が皮膚を突き破り、内臓にも深刻なダメージを受けている。
そして、まだ目覚める事が出来ない……。
まだ何も終わっていないのに……。
弱くて情けない俺は……。
あ~あ。
やってらんね~……。
****
(こ……れ……は……)
「もちろん、想定済みだよ」
(貴様……)
「君の下にあるのは、異世界の魔法だ。魔力が強い者を強制的に、その場に縛りつけ動きを封じる」
(こ……の……)
「僕達は、異世界の仲間と記憶を共有出来る。生憎、君達の様な雑魚に、出し抜かれる事はないのさ」
皇帝を降ろす為に着艦した帝国の母船には、既にグスタフが罠を準備していた。
ブルーが格納された場所には、見えない様に特殊な魔方陣が描かれている。
「あ! グスタフ! お姉さ……皇帝陛下が、支度を済ませ玉座へ戻られました」
婚約者が敵の傀儡だとは知らないドロテアが、ブルーの居る格納庫へ入って来た。
「分かった! すぐに行くよ、ドロテア!」
そのドロテアに返事をするグスタフは、何事もなかったかのように返事をする。
「くく……じゃあね、ブルー。くくっ……」
(くう……)
グスタフが格納庫を出る寸前に、下卑た笑みを見せる。
何故か、俺にはブルーの視界情報が流れ込んでいた。
ここでも切っ掛けはあったのに、馬鹿な俺は気が付けない。
****
「すぐに捜索隊を!」
「お姉様! 落ちついて下さい! まだ、全軍が混乱を収拾出来ていません!」
「そうです、陛下」
アーデルハイトは、玉座の間で応急処置を受けながら、騒いでいた。
俺の事よりも、する事があるだろうに……。
「しかし! そ……そうじゃ! ブルーは?」
「残念ですが、疲労がたまり過ぎた様で、休止しています」
「くっ! しかし……」
「敵が、再度進行してこないとも言えませんが、既にコロナ砲は始動準備完了です」
「違う! レイは! レイは、あれだけ無茶な戦いをしたのだ! 帰還出来ぬ状態やも知れぬではないか!」
「お姉様! 落ちついて下さい!」
部下の前だという事も忘れ、アーデルハイトは悲痛な表情で俯く。
「レイ……」
…………。
俺は、もしかして死んだのか?
自分の体を感じない……。
まるで、ただ宇宙空間を漂っている様な。
魂だけが体から抜け出した様な。
宇宙と一体化したようなこの感覚は……。
****
「ブルー?」
アルマ……。
「眠っているの? ねえ……レイは、無事なの?」
さあ……。
もしかすると、死んじまったのかもな。
「もう別の世界へ帰ってしまったの?」
信じてくれてたんだな……。
「私……レイに……レイに会いたい」
アルマ……。
「えっ!? ブルー?」
(その……機材の……奥……壊して……くれ……)
ブルーが、渾身の魔力を込めてアルマへ接続した。
「……分かった!」
雰囲気を察したアルマは、機材をかき分ける。
そして、積まれていた機材の奥にある、不思議な文字が刻まれた金属板を見つけた。
「これね!」
アルマが術式を見つけた所で、格納庫に銃声がなった。
えっ!?
帝国の……兵士……。
腹部を撃ち抜かれたアルマは、その場に倒れ込んだ。
そんな……。
その兵士は、そのまま何も無かったように通路の奥へと歩き出した。
俺には……。
そいつの魂から、汚く漏れ出す黒い何かが見えた。
「ちょ……ちょっと待ってね……」
アルマ!
アルマは、這いずりながら近くにあった工具で、金属板の文字を破壊した。
それにより、ブルーが自由を取り戻した。
(なんて事だ! どうすれば……)
来い!
(なっ!?)
来い! ブルゥゥゥゥゥゥゥゥ!
****
『おお! 意識が戻ったか!』
【動かないでください! 重症です!】
「来い……来い! 俺はここだ!」
『なんじゃ? どうした!?』
【あれは……】
(主よ!)
俺は、ギリギリ動く右手で、ブルーに掴まる。
急げ!
(り……了解した! アルマが!)
分かってる! 急げ!
ジジィ!
『なんじゃ?』
回復は後回しでもいいから、魔力の補充を先にしてくれ!
【重症です! それは……】
いいから!
『わかった! 並行で行う!』
ブルーの超速度で、俺は帝国の母艦へと向かう。
「陛下! 強制発進したブルーが帰還しました!」
「そうか! で?」
「……レイ殿……。レイ殿も帰還されたそうです!」
「そうか!」
****
「う……ん……。レイ?」
ふ~……。
「もう少し横になっていろ。怪我は復元しておいたから」
間に合った。
ブルー、ここで待機しててくれ。
すぐに戻る。
(了解した)
『まだ、左腕と右足が回復しきっておらん!』
どうでもいい。
それよりも、あのクソ野郎を殺す。
「レイ殿! すぐにタンカを持ってまいります!」
「お座りになって、お待ち下さい!」
「骨が……今動いてはいけませ……がっ!」
今の俺には感知できる。
敵は魔力を隠す……。
だが、その血生臭い……クソったれの魂までは隠せないんだよ。
「なっ!?」
突然、帝国の兵士を斬り捨てた俺に、周りの兵士が固まった。
それを気に留める余裕のない俺は、走り出す。
片足の骨が砕けたままだ。
そして、ダメージを回復していない俺の視界には、靄がかかっている。
だが、関係ない。
俺は死んでない! まだ戦える!
黒い魂を斬り捨てながら、俺は目的の場所へ走る。
「そんな……陛下! レイ殿が!」
「どうしたのだ?」
「乱心されました! 兵を殺しながら、こちらに向かって来ているそうです!」
「なにを……」
大きな音を立てて、玉座の間への扉が壊れる。
俺が斬った兵が、皇帝の前に転げこんだ。
兵達が俺の銃口を向ける。
「待たれよ! これは、どう言うつもりだ!」
「レイ……。どうして……」
「えっ!?」
俺が斬り倒した兵は、緑の炎に包まれ消えていく。
「さあ、次はお前だ」
「くっ……」
万全でないとは言え、俺の動きに普通の人間である、兵士は反応できない。
俺は、真っ直ぐに玉座の横に立つ、グスタフに剣を向ける。
「おおおお!」
甲高い金属のぶつった音が、玉座の間に広がっていく。
俺の剣は、グスタフの服を破り中から跳び出した、金属の触手に軌道を逸らされた。
「もう遅い! すでに、コロナ砲は手に入れた!」
うるせぇぇよ……。
クソ野郎。
「お前は、ここで終りだ!」
俺に向かってくる三本の触手。
それを、進みながら斬り捨てる。
「こ……の!」
遅い。
<サザンクロス>
俺の剣が、グスタフを名乗った敵を十字に切断する。
グスタフの体内は、すでに金属のような敵だけが詰まっていた。
生身はもう、欠片も残っていなかったらしい。
「お前も……終……り……だ」
緑の炎に包まれたそれは、塵へと変わる……。
「レイ……」
「敵を引きいれた俺のミスだ。公子は、二年前に死んでいた。気が付けなかった、俺の……」
ドロテアが、放心状態でへたり込んでいる。
変な期待をさせた俺のせい……。
また、俺の全身が脈動する。
俺の殺意に反応したらしい、体内の合成金属から、魔力が流れ出してきたのだ。
「レイ……そなた……」
「奴らは、俺が殺す……。この命に代えてもな!」
俺の体からは、大量の煙が噴き出していた。
体内の液体金属からあふれ出した魔力を使い、体が完全に回復したようだ。
「陛下! 大変です! コロナ砲が……」
外から、巨大な力を感じる。
敵が来る。
惑星をいくつも飲みこんだ、化け物が……。
勝てる可能性なんて、砂粒程度しかないだろう。
それでも、引けない。
引くわけにはいかない!
全てを極限まで高めろ。
俺自身の魂が燃え尽きるほどに。
俺はブルーの待つ格納庫へと戻る。
そこには、立ち上がれるほど回復したアルマが不安そうな顔で、待ち構えていた。
「レイ……」
アルマ……。
「俺は、もう行くよ。ありがとう」
(行こう、主よ)
いいのか?
生きて帰れるなんて、思うなよ?
(天国へ昇るなら、我の翼が必要だろう?)
いらね~よ。
勝手に天国言って、待ってるあの二人に会ってこい。
【私達が向かうのは……】
『わし等が落ちるのは……』
地獄の底だ。
****
ブルーに乗った俺は、宇宙へと飛び出した。
異空間から姿を現したそれは、巨大な金属の虫……。
それは、コロナ砲を一口に飲み込んだ。
いや、取り込んだのか……。
惑星が小さく見える。
くそでけぇ。
いったい何万キロあるんだよ。
この宇宙に散らばる黒い魂が、吸い寄せられるように、それと合流していくのを感じる。
よく見ると、虫の表面は人の顔や腕で埋め尽くされているな。
悪意は欲望の権化……。
より強い力を求めて、あれと一つになって行く。
魔力の底が分からない。
あれが……あれこそが奴らの最終形態なんだろう。
敵は、巨大な化け物だ。
さあ、殺しに行こう。
『お前が戦うと決めたのならば、わしが刃となろう』
【貴方が真っ直ぐ進むなら、盾となり全てを退けましょう】
(主に翼が無いのなら、我が代わりに飛ぼう)
行くぞ!
『うむ!』【はい!】(了解!)
剣を構えた俺は、真っ直ぐ進む。
予想通り、俺に向かって逃げ場のない程の攻撃が降り注ぐ。
それでも、俺達は真っ直ぐ進む。
フィールドを全開にした状態で……。
それでも、どんどん威力の増していく敵の攻撃に、何時までもつか分からない状態だ。
こいつに生半可な技は、つうじないだろう。
なら、俺の最高を出すまでだ。
師匠から授かった剣の神髄。
心技体全てを高めるんだ……。
集中しろ。
四つの意思を、今こそ一つに!
俺の体から立ち上る灰色のオーラは、ブルーの魔力と溶け合い……。
フィールドが青く輝く灰色へと、変化していく。
究極の魔力で展開したフィールドは、敵の攻撃を空間ごと湾曲させてかき消していく。
カシャンと音を立てて、魔剣が秘言の力なしで形を変えた。
聖剣が、一点の曇りもない意志の力により、液状化して魔剣と同化する。
二つは、一本の剣となり灰色の魔を刃として発生させた。
魔力に反応した体内の、合成液体金属[青生生魂]は、肉体を極限へと導く。
さらに、ブルーの半永久光子力機関から、その魔力が余すことなく流れ込む。
それと同時に、ブルーの体がきしみ始める。
分かっていた……。
ブルーの魔力は、命そのもの。
そのすべてを俺に回せば、それは尽きる。
魔力でコントロールしていた、ブルーの外装がはがれていく。
こうなる事は、分かっていた。
全てを賭けた、究極の一撃を!
ブルーの命が、全て魔力の刃に変化した。
(行け! 主よ!)
俺が全力で踏み出すと同時に、敵の攻撃にさらされたフィールドも纏っていないブルーの機体が砕け散る。
(行ってくれ……あ……る……じ……よ)
星の直径を超えた魔力の刃は、灰色の剣身に青い光をともしている。
これが、俺達四人の魂だ!
「一撃必殺!」
光を越えた速度で、剣を振り抜く。
「ディメンションブレイカ―!!」
これが、今俺達の全て……。
全ての想いを爆発させた、極限。
巨大な魔力の刃は、虫を袈裟がけに両断し、燃え尽きるように消えた。
敵を封印していた空間ごと切り裂いたその一撃は、ブラックホールを発生させた。
「やった……」
流石に、もう空っぽだ。
あれ?
俺の体は、敵の緑ではなく、金色に輝く炎に包まれていた。
ははっ……。
梓さん……。
神様の貴方は、俺のこの最後を知っていたんですか?
確かに金色に輝いてますが……。
そのまま燃え尽きるみたいです。
ははっ……。
締まらね~な。
やってらんね~……。
天国にいる貴方には、会えないでしょうけど……。
俺……。
やれるだけやってみました。
これが、弱い俺の限界です……。
でも、頑張ってみましたよ……。
後悔はありません。
【ええ】
『そうじゃな』
ブルーは、コリンとラウラに会えたかな?
『うむ』
【もう、二人を乗せて自由な空を飛んでいるんじゃないですか】
ああ……。
そうだな……。
空間の消滅と魔力の衝突による力で、敵が巨大な爆発を起こす。
ゆっくりと流れた時間の中で、そのまま俺は……。
それに飲みこまれていく……。




