九話
(主よ……。その姿は……)
ははっ。
ちょっと今回は無茶し過ぎた。
(そんなレベルでは……)
大丈夫、大丈夫。
もう、普通に動けるから。
(しかし、足元が覚束ないようだが?)
ああ……。
魔力……光子力が無くなっちまった。
悪いが、ちょっと分けてくれ。
(分かった……)
俺は、近くの柵を使い、ブルーの上へよじ登った。
情けない……。
たかだか、三メートル程度がでかい絶壁に感じる。
「はぁ……はぁ……」
本当に情けない……。
あ~あ。
やってらんね~……。
『魔力を補充する』
ブルーの上で、仰向けになり動けない……。
俺は、合成魔力を使ったのか?
【後遺症の症状は、それと近いですが……。魔力とは違うように感じます】
まあ、後で考えよう……。
今は疲れた……。
(後遺症? どう言う事だ?)
力の代償……。
いや、俺の……俺……への……ば……つ……。
疲弊した俺は、そのまま深い眠りへと落ちていく。
****
『これは……』
【やはり、ストレスが激しいのでしょうね】
真っ暗な空間に、人の姿になった二本の特別な剣が浮かんでいる。
なんだこれ?
【え?】
あれ~?
俺って、ブルーの上に居たんじゃなかったっけ?
【これはいったい……】
『仕組みは分からんが、この状態も初めてではない。目覚めて、この記憶が有るか無いかは半々じゃがな』
何が?
【そうなんですか……】
だから、何が?
うん?
あれは……子供?
てか! あれ!?
周りの景色が、あれ? 何ここ!?
真っ暗だった周囲が、いつの間にか明るくなっており、俺達は砂漠の上空に浮いていた。
【森の奥に砂漠が見えますね……】
オアシス……か?
それとも、砂漠と森の境界点?
『お前の記憶ではないのか?』
見た事ない……。
てか、この植物……何か変じゃね?
【シダ科? 少し原始的な植物ですよ。私達の世界に、今でも似た植物はあります】
知らね。
『お前の記憶ではないのか……』
うお! 吸い寄せられる!
森に囲まれた湖の近くにまで、俺達は意思に関係なく移動する。
そこで、二人の子供を見た。
「ねえ? ブルー?」
え? あれはブルー?
子供の視線を追った俺達は、湖のほとりにブルーの姿を見た。
俺達の事は見えていないのか?
【もしかして、ブルー殿の記憶ではないでしょうか?】
『そう考えるのが自然じゃな』
十歳くらいかな?
【多分】
男と女のガキが湖で遊んでいる。
「まだいいでしょ?」
(ああ。我の力ならば、短時間で帰還可能だ)
「流石ブルー!」
「コリン!」
「えっ? うわ!」
「あははっ!」
コリンと呼ばれた男のガキが、顔を水の中に沈められて騒いでいる。
「あはははっ!」
「ラウラ! この!」
二人は、そのまま湖で鬼ごっこ……。
【微笑ましい光景ですね】
ガキでも死ね! カップル滅亡しろ!
【ええ~】
『腐っとるな』
ガサッと茂みが、大きく動き……。
うん?
うお! モンスター!?
「うわぁぁぁぁ!」
(敵、捕捉!)
おお。
茂みから現れた、虎なんだかサルなんだか分からないモンスターらしきそれを、ブルーはレーザーで焼き払う。
「凄い! ブルー最強!」
「ブルー格好いい!」
(お前達は、我が守護する)
ふ~ん……。
あの、遺跡があった惑星の記憶かな?
『そうじゃろうな』
****
その映像は、移り変わっていく。
あの惑星が、魔法を捨てられなかった理由もよく分かる。
確かに、水も空気もある。
しかし、土地の八割近くが砂漠……。
昼間は五十度を超え、夜間はマイナス二十度……。
そんな中で、緑がある場所は生物の戦場だった。
生命力が強く、環境への適応も出来、何より強い生物だけが生き残る。
雑食性の動物がほとんどで、草食肉食に偏れば生き残れない。
俺が、モンスターだと思った生物は、この星の獣だった。
魔力の感知は出来ないけど、下手するとCやBランクモンスター並みじゃなかな?
ただの人間に、そんな化け物共を狩る事は難しい。
砂漠に適応した弱い生物を捕獲し、砂漠の地下に住居を構えて暮らす。
雨水を溜めているが、どうしても水が足りない場合は、オアシスへと出向く。
主戦力は、ブルーのみ。
今ほど魔力が強くないが、それでも人々はブルーに頼るしかなかったようだ。
勿論、過酷な状況の中で、ブルーが守りきれない人が死んでいく。
オアシス以外の場所でも、砂漠で化け物に襲われる人も多い……。
『地獄じゃな』
いろいろ世界を回ったけど、これはかなり酷いな。
【魔法があっても、これでは……】
この星に、ネオヒューマンが来なかったのも、運が悪かったって事か。
そんな中、ブルーはコリンとラウラと言うガキと親交を深めていく。
この星で生まれた、二つの命。
環境や、栄養失調のせいか、二人以外の子供は生まれていない。
製造されて間もないブルーは、その二人の友であり、兄弟だった。
一緒に、喜び、怒り、悲しみ、笑っていた。
コリンとラウラ……。
同世代がいない二人は、自然に惹かれあう。
二人から別々に相談を受けたブルーは、親身……兄弟として相談にのり、お互いの秘密を守る。
「ブルー……俺、明日ラウラに告白しようと思うんだ」
(そうか……上手くいく事を祈ろう)
…………。
「ブルー! 聞いて! 私……コリンに告白されたの!」
(そうか……返事はしたのか?)
「うん……。結婚式では、挨拶を頼もうかな!」
(無理を言うな。……おめでとう)
****
【なんて事だ……】
『惨いな……』
ああ……世界は残酷だ。
二人の結婚式前日、男達はブルーと共にオアシスへ、食材と水を求めて向かう。
帰宅したブルー達が見たのは、地下に居住スペースとして沈めた宇宙船の、隔壁を食い破って侵入した虫……。
三メートルの羽が生えていないカミキリムシのようなそれは、大群で押し寄せ人を襲った。
その虫を撃退したコリンとブルーは……。
真っ赤な水たまりの中に、ウエディングブーケを被ったラウラを見た。
首だけになったラウラの頬には、涙のあとが残っていた。
俺は首を抱き、叫び続けるコリンを見ながら顔をしかめる。
俺の胸の奥が……チクリと痛みを訴える。
この悲劇は……。
いや、それ以外の悲劇も含め、この世界に悪意さえいなければ……。
****
コリンは、女性のいなくなった滅んでいく惑星で、指導者となり……。
少ない金属と、ブルーのレーザーで切り出した岩を使い、俺達の行った遺跡を作る。
こんな悲劇が二度とおこらないように……。
遺跡への道しるべ……。
あれは、コリンの魂そのものなんだ……。
コリン五十三歳……。
あの惑星では長生きだろうな……。
一番若かったコリンは、既にブルーと二人きりになって二十年が経過していた。
「ブルー……。俺も、ここまでだ」
(コリンよ! 起き上がるな!)
「いいんだ……。俺には、最後の仕事が残っている」
一日のほとんどをベッドで過ごすコリンは、最後の力を振り絞り……。
自分の命を魔力に代えて、ブルーを封印する。
ブルーの格納庫である遺跡が、閉まり始めた。
「ブルー……。こんな苦労をかける俺を、恨んでくれていい」
(分かっている! 分かっている……)
「でも、もうこんな悲劇を繰り返さない様に……どうか……どうか……」
(任せてくれ! 我は必ず!)
「ありがとう……兄ちゃん」
(ああ……我も後から行こう……天国とやらへ。ラウラと共に、待っていてくれ)
「ああ……」
ブルーの姿を隠す岩の扉……。
それが、締まりきる前に魔力が尽きたコリンが倒れこむ……。
「ラ……ウラ……」
そこで、景色が真っ暗になる……。
****
はぁ~……。
これで、何が何でもやるしかなくなったよ。
(主よ……)
まあ、どの道倒す予定だったし、一緒だけどね。
(契約……我の力を貸そう。いや! 全てを捧げよう! だから……)
戦うっつってるでしょうが~。
(主よ。生還できる確率は……)
ゼロか?
(いや……しかし……)
じゃあ、やるってば。
一分でも一厘でもいいよ。
ゼロじゃないんだろ?
(主よ!)
命くらいかけてやる……。
もし、ここで命が消えるなら、俺はそこまでなんだろうよ。
でも……。
死ぬなら奴らも道連れだ。
心臓が潰されて、脳が吹き飛んで、命が消えても……。
魂で殺してやるよ、奴ら全員をな!
『まあ、そう言う事じゃ』
【頑張って行きましょう】
(何故だ?)
あ?
頼んだのお前だろうが。
(すまないとは思うし、嘘ではないと感じている、しかし、異世界の人間である主達が、何故それほど……)
『なんじゃ? まさか、我らが命をかけるのが不服か?』
(違う! しかし……)
【私達が過去に命をかけたのが、百や二百だと思っていませんか?】
(百!? そ……それは……)
ええい! もう!
面倒くさい奴だ!
素直に、ありがとうで済むのに!
特別だからな!
俺は、念話を使う……。
そして、俺の戦いを見せた……。
念話って、便利だね。
どう? わかった?
お前の敵は、俺の敵なの!
殺すの!
(理解した……。改めて頼もう! 異世界の最強よ! 我と共に……)
分かったつってるでしょうが!
(いや……あの……)
しつこい!
『こいつは、こんな奴じゃ。慣れろ』
【慣れないと、頭がおかしくなりますからね~】
(ああ……)
まあ、あれだ!
ここから解放しろ!
普通に眠らせろ! 疲れてるから!
(了解した)
後、敵が来たら教えてくれ。
すぐに起きるよ……。
ただ、少しだけ……。
****
「何と言う事だ……」
この会話の意味を、馬鹿な俺は理解していなかった。
俺の念話は、特定の相手にしか伝わらない。
しかし、ブルーの接続は近くに居る人間全てに伝わる。
コリンとラウラ、二人とブルーは同時に会話していた事に、俺は気がつかない。
皇帝、侯爵、アルマ……。
俺を心配したこの三人に、全て伝わっているなんて考えもしなかった。
****
「ん……ふぃ~……。敵は?」
(出現していない)
うお! 服の血が乾いてバリバリのベタベタだよ……。
シャワー浴びて、服を着替えよう。
(体は?)
うん。問題ない。
血と寝汗で気持ち悪いけどね~。
うん?
「おお! 目が覚めたか!」
何? 皇帝?
何してるの?
てか、笑顔?
え? 何?
「そなたは、なかなかの大食漢と聞いているのでな。これを用意した」
格納庫の明りが点くと、豪華な料理が並べられていた。
何?
報酬?
『パ……パンじゃ!』
「さあ、遠慮は無用だ」
皇帝? キャラ変わってない?
それより。
「ちょっと、シャワー浴びて着替えを……」
「抜かりない。こちらに用意しておる」
おおぅ?
簡易シャワーらしきものと、着替えが大量に……。
何?
なんか怖いんですけど!
【まあ、ここは甘えてもいいのでは?】
「じゃあ……」
俺は、シャワーを浴びて、自分で選んだ服を着る。
なんだ?
なんか怖い……。
何か騙そうとしてる?
【貴方は、もう少し他人の好意を素直に受けるべきでは?】
『早くせんか! パン! パン! パン!』
五月蝿いよ!
「どうじゃ?」
「はぁ……美味しいです」
「そうか! どんどん、食べよ!」
騙されるんじゃね?
「そう言えば、その服はどうじゃ?」
え?
「あ……いい感じです」
「そうか! それは、特殊な素材で強度が高いのだ!」
てか……。
そんなにジッと見られてると、食べにくいんだけど……。
何が楽しいのか、皇帝は俺の食事風景を、テーブルに両肘をつけて頬杖で見ている。
笑顔で……。
こ……怖い! 騙される!
美人の笑顔は、好きだけど!
きっと騙される!
【被害妄想ですよ。きっと、戦いを労ってくれてるんですって】
『そうじゃ! それよりも……次のパンじゃ!』
ちょ! 五月蝿い! イースト菌中毒!
食べるから、黙ってろ!
「お姉様! グスタフから……。あっ! レイ様!」
様?
「あの……侯爵? 様って……」
さっきまでさんだったじゃん。
「命の恩人へ、敬意を払うのは当然です」
ああ!
そう言う事だったのね。
ふぅ~……。
これで、安心して食える。
【美味しいですね……。パスタはありませんが……】
この世界に無いんじゃね?
しかし、格納庫以外で食べたかったな。
【確かに、すこし殺風景ですよね】
いや、ブルーと……。
(なんだ?)
ブルーと距離を置けば、会話に割り込めなくなるから……。
(なんだ!? 我は、邪魔だと!?)
え~……。
頭の中に、三人いるって結構ですよ!
俺のプライベートが無いんですよ!
少し、静かになりたいときもあるんですよ!
(……先程見た主とは、別人のようだな)
【慣れて下さい……。何回も言いますが、何時もこんな感じです】
そうだ! 慣れろ!
(この……)
『パァァァァァァァァン! 手を止めるなぁぁ!』
はいはい。
「で? ドロテア? 何か?」
「グスタフから、公国側の了解を得たと通信が入りました」
「そうか。何よりだ」
あれ?
皇帝?
ドロテアと喋るときは、元に戻るんだ……。
****
食事を済ませた俺は、再び皇帝侯爵と会談の場へ向かう。
「待っていたよ」
公国側の輸送船で向こうに行っていたグスタフが、笑顔で出迎えてくれた。
そして、公国側とは、すんなり休戦が決まった。
やるね~、グスタフ。
「我らは、納得がいかんな。これだけの被害を受けて、はいそうですかと、帰る事は出来ん」
案の定というか、共和国がごねはじめる。
まあ、予想はしてたけど……。
『戦死者の遺族への慰謝料を払い、共和国側へ一部領土を譲渡するか……』
帝国も被害者だっつてるのに……。
滅ぼすぞ、コラ。
「それは受け入れられない。わが帝国も、長引く戦で財政が切迫している」
「ならば、我ら共和国は一兵卒になるまで、戦い続ける事を……え?」
おおぅ!
【凄い方です】
皇帝が、頭を机に擦りつけていた。
皇帝が頭を下げる。
この場で、それがどれほどの意味があるかは、推して知るべし……。
『並みの器量で、出来る事ではないな』
「もし必要であれば、この皇帝……アーデルハイト:ガリア:バウムガルトの首を差し出そう!」
この言葉と、強い意志を表す瞳で、会談は終了した。
アーデルハイト閣下の圧勝~。
(あの娘……なかなかの傑物だったか)
そうらしい。
「じゃあ、これを!」
俺は、グスタフから受け取った宇宙服を確認する。
酸素ボンベを通常の二倍セットできる上に、着用中でも交換可能にして貰った。
これがあれば、大丈夫だな。
****
帝国の旗艦へ戻った俺は、両生る……ハンスから端末の接続端子を受け取る。
「これが、ステーションのデータゲロ」
「分かった」
分かる?
(ああ。今コピーしている)
「やっぱり……私達も付いて行った方が……」
アルマ……。
「大丈夫。それに、ブルーだけの方が速いから……。多分、すぐに戻って来れるはずだよ」
それよりも……。
「俺は、こっちの方が心配なんだけど……」
「任せてくれ。僕等公国もそうだし、共和国側の船団も協力してくれる」
俺は色々考えて、嘗ての母星へ敵の情報を確認する事に決めた。
俺がいない間は、三国合同艦隊がこの銀河の護衛をする事になっている。
「任せておけ。それに、公国と共和国の強力でコロナ砲も準備が整っておる」
『あれならば、敵に対抗可能じゃろうな』
皇帝……。
やっぱ笑うとかわいいな~。
【今、そこですか!?】
(主よ……。下心は……)
『無駄じゃ。この馬鹿は煩悩の権化。死んでも治らん!』
言いきるな!
分かってるよ!
ちょっとじゃん!
そして、俺は母星へと向かう。
但し、この事も俺が選択した事……。
馬鹿な俺が選択した事だ。
はぁ~……。
やってらんね~……。




