八話
(う~む)
さっきから、通信を聞いているブルーは唸っていた。
なんだ?
(連合側に公子の兄が、いたようだ。そして……)
もったいぶるなよ。
(帝国側の女性は……。嗚咽で何を言ってるか分からんな)
【ドロテアさんでしょうかね?】
多分ね。
一応、戦闘は止めたけど……。
(皇帝が、連合側と直接交渉をしているようだ)
どうするのかね~。
『分からんが、こちらが持ち帰った情報も伝えねばならんしな』
ああ!
そうだよ。
皇帝って、敵の情報知らないじゃん。
どうするつもりだよ。
【まだ、読めませんね】
うちの船が……。
(帝国の旗艦に着艦したな)
さて……。
どう言う判断になるのやら……。
もし……。
もしだけど、連合を滅ぼせんて言われたらどうしよう。
(可能性は無きにしも非ずだな)
そうなんだよ。
皇帝は、悪い奴には思えなかったけど……。
【怨恨は人の思考を変えてしまいますからね】
(それに、立場上の判断もあるだろう)
ですよね~。
『その場合、お前の三時間に及ぶ努力は……只の無駄じゃな!』
分かってるよ!
口に出すなよ!
なんで、ちょっと嬉しそうなの?
馬鹿なの?
てか、骨折り損のくたびれ儲けなんて嫌だぞ。俺は。
なんで、ここまで俺がハラハラさせられるんだ。
はぁ~。
やってらんね~……。
【必要に応じて、従わないと言うのも手段の一つでしょう】
そうなんだけどね。
(主よ)
何?
(船より、帰還せよとの指示が来たぞ)
何処に?
(帝国の旗艦にだ)
じゃあ、行きますか。
どうなる事やら……。
あ!
おい、ブルー。
(なんだ?)
お前、着艦しないで見張っててくれよ。
共和国が変な事したら、教えてくれよ。
(了解した)
****
「こっち、こっち」
ふぃ~……。
宇宙服って、脱ぐのが一番気持ちいいよね~。
おおぅ。
皇帝との謁見の間で……。
ドロテアが公子と抱きあって、泣き続けてる。
嬉しかったんだね~。
「レイよ!」
あ?
「古代兵器探索および公子救出での、そなたの働きは聞いた。そして、戦場での働き……。御苦労であった」
「へ~い」
ん! 痛い!
「ちゃんと返事しなさい!」
社長! マジで痛い!
殴るな!
「よい。え~……、そなたには……その……」
おや?
皇帝がこの場で表情を変えるとは……。
「騎士の地位を与えてもいいと思っておる」
騎士?
【貴族の仲間入りですね】
それは分かってるけど……。
何を言い出すんだ? こいつ……。
「それは、この社長にでもあげて下さい」
こんな世界の地位などいらん!
『まあ、地位を満喫する余裕はないじゃろうな』
「あ! あ……あの……では、何か望みはないか?」
いやいやいや。
【何か様子が変ですね】
「それは、全部終わってからでいいんで……。この戦争の終結に動きません?」
どう考えても、戦場のど真ん中なんだし、こっちが先でしょうが。
「あ! そ……そうであるな」
何を俯いてるんだ?
てか、ポーカーフェイスをどうしたよ?
痛っ!
えっ!?
俺は何でアルマに蹴られたの?
何で!?
えっ? 何で!?
『不憫……いや、馬鹿じゃな』
【確かに】
何がぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
ちょ!
何が? 何が? 何が?
「さ! 最後に! そなたに聞きたい事がある」
「何でしょうか?」
「そなたは……怪我を治療できるのか?」
「そうですよ~っと」
痛い!
いちいち殴るな! たんコブできる!
「あれは、なんだ?」
「ハンドパ……超能力です!」
【そろそろ苦しくなってきましたね】
うぅぅぅぅぅん!
きっつい!
「そう言えば、あの宇宙空間で足場にした白い円も超能力なのかい? レイ君の超能力は、凄まじいね」
余計な事言うな! この馬鹿公子!
「そうですよ~っと」
誤魔化す! 誤魔化し通す!
うん!
もうこれしかない!
「あの円は、宇宙空間の足場にしているゲロか? 遺跡の惑星でも、使ったそうゲロが……」
もう! ハンス!
わざわざ掘り返すな!
てか!
「それよりも、戦争! 俺の事はどうでもいいでしょうが!」
「ぐす……お姉様。レイさんの言う通りです。連合軍は、あれを使用する可能性もあります」
あれ?
「デンケル?」
「なんだ?」
「あれって何?」
「コロナ砲の事だろうな。協定で、使用は許されていないが……」
コロナ砲?
「あの……レイ……これ」
アルマが差し出した端末に情報が……。
えぇ……えっと。
アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
『科学……恐るべしじゃな』
【これは……】
何作ってるんだ!
端末には、恒星を特殊な金属で覆った巨大な大砲の情報が載っている。
「人工的に作った、小型の恒星ゲロよ。恒星のエネルギーを利用、恒星自体を射出、さらにブラックホールの発生も可能らしいゲロ」
「五十年前に一度だけ使用されたが、惑星一つが駄目になったらしい。たまたま、無人の星だったそうだが」
こんな物、ブルー使っても負けるわ!
馬鹿なのか!
何作ってるんだ!
あ……。
そうだった。
「社長、この前話した敵の事は?」
「あ、うん。それも報告したよ」
****
で……。
戦場のど真ん中に、急遽会談の場が設けられた。
帝国側には俺がいるので、お互いに非武装の小型輸送艦のみを連結。
もちろん、お互いの艦隊は十分な距離を置いている。
皇帝を含めた帝国のお偉いさんと公子、そして俺+兵士五人は、連合のお偉いさんが待っている相手側の輸送船へと入った。
俺がいた上に、皇帝側の輸送船には乗れない! が、連合の意見だ。
まあ、当然だよね。
因みに、社長達は何時もの船で待機している。
公国は、公子の兄と弟。
共和国は、よく分からないがそれなりの肩書きの人が三人。
銃を持った兵士も五人……隠れているのを含めて十五人。
何かあれば、殴り倒すけどね。
人が大勢死んだ戦争……。
真相はこうでしたから、戦争止めましょう~。
なんて……。
『なるはずはないのう』
【なんだか、会談と言うよりも、戦場一つ一つの恨みごとにまでなってしまってますね】
もう、五時間ですよ?
纏まるのかね?
うおお!
ヤバい!
「会談中止だ!」
「レイ君?」
「ヤバい! 敵が来た!」
ブルー!
(こちらは万全だ!)
****
輸送船の緊急射出装置を使い、外へ飛び出した俺はブルーと合流する。
敵は……。
六十……七十隻!
行くぞ!
『うむ!』【はい!】(了解!)
くそ!
俺が、負ける事はない……。
無いが!
【敵の目的は、戦力を削ることでしょう】
敵が分散して、俺だけではなく帝国連合の戦艦に襲いかかる。
五十隻の敵を壊すまでに、艦隊が四つ壊滅させられた。
戦艦に搭載された普通の兵器では、効果がほとんどないようだ。
おおお!
(フォトンホーミングレーザー!)
「はぁはぁはぁ……」
残り、七隻……。
なっ!?
あれは!
後退している皇帝が乗った輸送船に、一隻が向かっている。
ヤバい!
俺達を残り六隻が、取り囲んだ。
知っている!?
あれが重要な船だって、知ってるか気がつきやがった!
くっそ! 壁のようになって、ブルーが抜けられない!
ブルー! 頼んだぞ!
(行け! 主よ!)
ブルーから離脱した俺は、障壁を利用して全力で皇帝を狙った一隻を追う。
障壁を可能な限り展開し、加速を続ける。
そして、二本の剣に全魔力を込めた。
ここで、しくじる訳にはいかない。
ま……に……あえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
<シャイニングシザー>!
全速力で、二本の剣を一点に突き出す。
光の矢になった俺は、敵戦艦を貫通した。
よし!
俺の貫いた戦艦の爆発を確認した。
ブルーも……。
【残り二隻、問題ないでしょう】
ふぃ~……。
魔力は?
『残量はほぼ無しじゃ』
流石に、戦艦斬るには魔力をかなり消費するな。
ブルーからの供給が無いと、すぐこれかよ。
『わし等は、元々科学兵器を斬る様には出来ておらんからな』
まあ、ブルーがいるし何とかなるか……。
爆風で、ちょっと流されたけどブルーに回収してもらおう。
『しかし、この宇宙服はすごいのぅ。全く、破れんな』
【あ! 報酬はこれを貰いのはどうですか?】
ありだな。
スペアと、ボンベも貰えるだけ貰って行こう。
あ……。
あれ。
『盾にでもなるつもりじゃったか?』
まあ、侯爵も乗ってるしな。
社長達の乗った船が、誰よりも早く輸送船へ合流した。
【あの方達は、死ぬ事が怖くないのでしょうか?】
死ぬ事について、現実味がないだけの馬鹿だ。
もしかすると、自分だけは死なないとか思ってたりして。
【そこまで酷いとは思いませんが……】
****
えっ?
まさか!
敵は、異空間へ追放された。
そして……。
異空間を破り、突然現れるんだ。
遺跡の惑星でそうだったように……。
いきなり皇帝の乗る艦の前に敵艦が現れ、エネルギー砲を放つ。
一度食らった事のある俺は、その威力を知っている。
盾になろうと、前に飛び出した社長達の船では防ぎきれない。
このままだと、輸送船ごと……。
待て……。
待てよ!
やめろ! やめてくれ!
魔力の無い俺は、なんて無力なんだ。
大事な人達を守れない……。
一人も助けられない。
俺は……。
――私の事を忘れて――
――そなたの未来は黄金に輝いておる――
嫌だ……。
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!
力を!
守る力を!
ぐがあああああああああ!
【これは!?】
俺の心が一色に染まった、その時……。
俺の全身が、灰色のオーラに包まれた。
宇宙空間に満ちる魔力を、俺は足の裏でしっかりと蹴り込む。
そして視界の全てが、ゆっくりと動き始めた。
星々の光さえも、動きが見える。
この世界から音が消えたようだ。
自分と敵艦の放ったエネルギー砲の距離を無くすと、俺は剣を振るい敵の砲撃を消し飛ばす。
その衝撃波で異空間から顔を出した敵艦は、真っ二つに割れて爆散した。
俺の耳に音が戻ってくると同時に、ドンっと体中に衝撃が走った。
「が! う……ぐあ……」
感覚が元へ戻った俺は、ブルーにぶつかっていた。
痛みはある。
しかし、骨が折れる事も、内臓が破裂する事もなかった。
今のは……。
【魔力? なんですか?】
『いや……魔力は残っていなかったはずじゃ。現に今も、体の残っておらん』
【体内の液体金属も、発動はなかったのに……】
どうなってるんだ?
(何があったのだ?)
分からない……。
首を傾げていた俺の奥が、信じられないほどの激痛を体中に広げていく。
ちっ!
体温が引きあがり、俺の体全体が脈動を始めた。
くそったれ……。
ブルー……。
あの輸送船で、いい。
運んでくれ。
(……分かった)
****
「レイ! よくやった!」
着艦した俺に、皇帝達が駆け寄ってくる。
今は、まずい。
なんだ? これは? いつもの発作? いや、それよりも……きつい。
くっそ……。
「何処に行く?」
「いや~。トイレです」
ぐううう!
「え? トイレ?」
「ちょっと我慢してたんで、失礼しま~す」
最後のやせ我慢で愛想笑いを皇帝達に向けた俺は、急いでトイレの個室へと駆け込んだ。
「がはっ! げほっ! ぐがあ……」
バシャっと、俺の口から出た大量の血が床に広がる。
「ぐう……ああああああああああ!」
全身の穴から、血が噴き出し始めた。
全身が引き裂かれ続けているようだ。
「ぐあああああ!」
普通、痛みが強過ぎると感覚がマヒする。
しかし、これは痛みが引かない。
全身が引きちぎられ、すりつぶされる様な痛みが続く。
「がはっ!」
大量の吐血が、幾度も……。
これは……やばい……。
トイレの床となく壁となく、真っ赤に染まって行く。
黒く濁った俺の血で……。
その場で、胸を押さえた俺は、ただ耐える。
それしか出来ない。
「ぐうううう!」
何時も以上の苦痛に、俺は叫んでいた。
トイレの外へ、叫び声が届いている事も気付けなかった。
****
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」
時間の感覚がなくなっていた俺は、どれほど個室にこもっていたかが分からない。
痛みの引いたところで、個室から出る。
服を真っ赤に染めたまま。
トイレの血痕にも意識が回らない。
「レイ……。ドロテア! これは……」
「分かりません……」
血を失い、視力の低下した俺は、夢遊病のようにブルーの格納庫へふらふらと戻る。
魔力を補給しないと死んでしまう。
その姿を、皇帝とドロテアに見られている事も気がつかない。
それくらい、きつかったんだ。
情けないけど……。
ここらが、俺の限界だ。
はぁ~。
やってらんね~……。