二話
うん、うん。
そうか、そうか。
ああ、そうですか。
なるほど、なるほど。
幸せって奴ですか~。
いいな~。
羨ましいな~。
あ~あ……死んでしまえ。
『物騒極まりないな、犯罪者』
まだ、何もしてません!
失礼な!
世の道理とは、疑わしきは罰せずですよ。
まだ何もしてません!
『自分は、疑わしければ暴力に訴えるくせしおって』
話しをすり替えるな。
今は、目の前のこいつを殴りたい。
ただ、それだけだ。
【自分のお弟子さんに対して抱く感情としては、不適切だと思いますが?】
だって!
こいつ俺の目の前で!
【暖かく見守ってあげましょうよ】
イチャイチャ、イチャイチャと!
彼女いる奴なんて、みんな絶滅すればいいんだぁぁぁぁぁ!
【その他人に対しての、妬みや嫉みはどうにか出来ないものですか?】
『性根が面白いほど、歪んどる』
【一度は、覚った感じになってたのに……】
『根本が……。いや、存在自体がどうしようもないんじゃろう』
【残念な人だ】
俺の全人格を否定するのやめて下さい!
『人の話はよく聞かんか! そんな事は言っておらん!』
えっ?
あれ?
悪口じゃないの? あれ?
『人格だけではなく、存在そのものを否定しとるんじゃ!』
いや……うん。
あのね……。
最上級の悪口じゃねぇぇぇぇぇか!
どっちが折れるまで、魔剣で聖剣を殴り続けるぞ! コラ!
「あの……師匠」
「はい?」
「少し、休憩を……。ミュンも限界みたいですし」
「ああ、そうですね。では、五分ほど休みましょう」
彼女か!
彼女がそんなに大事なのか!
言ってみろ!
【外と内が、完全に別人じゃないですか】
だって~……。
一緒の時間が欲しいんだか、知らないんだけどさ。
普通、彼女にも訓練をつけて欲しいなんて言う?
有り得な~い。
『それでも、お前は腹黒すぎる』
黙ってろ。
「あの……シモンズさん?」
「なんですか~?」
「私も……御師匠様と呼んでもいいですか?」
ミュンちゃんが顔を赤らめて……。
こんなに可愛い彼女が出来た、アルトくんが憎い。
「それは、勘弁して下さい」
「師匠は、恥ずかしいんだってさ」
憎い。
「そっか……。でも、シモンズさんは本当に冒険者じゃないんですか?」
憎い。
「只の用務員ですよ~っと」
「学園の先生方よりも、お強いのではないでしょうか?」
憎い。
「確かに、俺達二人の打ち込みを片手でよそ見しながら捌くなんて、無理だと思いますよ?師匠」
やっぱり! 事故に見せかけて一回殴る!
【やめて下さい。物騒な】
『その心持では、一生あのお方には追いつけんぞ? 心狭男』
変なあだ名、やめてくださ~い!
「前にも言ったけど、詮索は無しでお願いしますよ~っと」
実際には、手を出してないんだぞ!
俺の心は海より広いわ!
【その海は、きっとペットボトルの蓋より小さいでしょうね】
ええ~。
「では、休憩終りです」
「「はい!」」
『裏と表をそれだけコロコロと……。疲れんのか?』
なれてますんで。
しかし……。
ミュンちゃんも、才能があるよな。
『お前の幼馴染より……一枚上と言ったところか?』
リリーナお嬢様も、才女だったんだけどな~。
世界は広いね。
【実際に、世界をいくつも飛び越えてますからね】
****
夏休みが始まって一週間目……。
何時も通り、夕方までガキ共に付き合った。
「じゃあ、七時からでいいかな?」
「うん」
校門から閉めだした、二人の会話が気になり聞いてみる事にした。
大人の階段はまだ早い!
だって!
俺がまだだから!
返ってきた返事は……。
「師匠は行かないんですか? 夏祭り」
「夏祭り?」
「はい。この付近で一番大きな祭りなんですよ? ご存じないですか?」
存じないから、聞いてるんだがな。
こうして俺は、二人から夏祭りの開催場所を聞いた。
夏祭りに、幼馴染の彼女とデートか。
爆発しないかな? こいつ。
【全く……自分も誰かと行けばいいじゃないですか】
なるほど!
夏祭りと言えば……イベントか!
フラグを回収した、好感度が一番高い女性と!
え? あの……あれ?
誰と?
フラグ回収出来てねぇぇぇぇぇ!
【ルーシーさんか、アイナさんがいるじゃないですか】
先日俺を不審者登録した人と、クソビッチ……。
出来るか! ボケ!
後……女性キャラ……。
【理事長と、購買のおばさんくらいですかねぇ】
ババァしかいねぇぇぇぇぇぇぇl!
かわいい学生に、声でもかけとくんだったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
やってまったぁぁぁぁぁぁぁ!
【いや……あの……ルーシーさんとアイナさんは……】
『若造!』
【なんですか?】
『無駄な事は、疲れるだけじゃ。諦めも時には必要じゃろう』
【楽しんでませんか? 賢者様?】
あああああああ!
お酒ぇぇぇぇぇぇ!
度数の高い、お酒をくださぁぁぁぁぁぁぁぁい!
『どの道この馬鹿は、話など聞く気はないじゃろう』
はぁ。
やってらんね~……。
****
『などと言う……』
【事を散々言ってたのに……】
はい。
しっかり祭りに来ましたけど、何か?
『お前は、自分の発言にもう少し責任を持つべきじゃ』
責任なんてクソ食らえ!
『この、駄目な大人代表め』
仕方ないじゃん!
ババァに頼まれたんだから!
【確か、他の教員の方も見回ってるんですよね?】
そうだよ!
てか、お前等も聞いてただろうが!
暇なら、見回りしろって言われたじゃん!
『祭りで使う、小遣いを見返りにな。このガキが!』
報酬ぐらい貰ってもいいじゃん!
世の中、タダってのは怖いんだよ?
【まあ、いいじゃないですか。しかし、本当に大きなお祭りですね】
露店がズラッと並んでる。
なんか、後で花火も上がるって言ってたよな?
【なんの祝いでしょうかね?】
さあ?
この先に、神様祀った建物があるらしいけど……。
【夏ですから、収穫祭と言うわけではないですよね?】
何でも、いいんじゃね?
『お前等……』
あの、あれでいいよ。
【あれ?】
神様の誕生日。
うん! それで行こう。
【まあ、そうですね】
『最近の若い者は、神事を何だと思っとるんじゃ!』
あっ!
次は、あれ買ってみるか。
『神へ日頃の恩恵を……』
うっめっ!
何か、よく分からん生物の丸焼!
これ美味い!
『そもそも宗教に対する考えの……』
【もう少し、辛みがあった方が……】
そうか?
甘さと、辛さの配分はこれでいいと思うけどな。
『そして、祭りとは元々……』
次は、あれにするか?
【見た目として、食べ物が青い色と言うのは、どうなんでしょうか?】
清涼感を出す為じゃね?
暑いし。
【まあ、味には関係ないでしょうね】
『確かに、神に会える機会は多くは無い……』
【あの……これ食べられるんでしょうか?】
気持ちが悪いくらい赤いな……。
『若い者は、そもそもの意味を忘れ……』
熱い!
美味いけど熱い!
【でも、美味しいですよ】
お前は、痛覚ないからじゃんか!
口の中、火傷した……。
何か、口内の上の方の皮がベロンと……。
『無視するなぁぁぁぁぁぁぁ!』
いや、もういいよ。
どうせ、俺達には関係ない世界の神じゃん。
【そうですよ。折角、色々味わえるんですから……】
『もう、ええわい……』
拗ねるなジジィ。キモイから。
『おまっ!』
****
「シモンズさん!」
ああ?
振り返ると……。
おおお!
ルーシー先生!
何時もと違う……。
【この世界の民族衣装でしょうか?】
かわいい!
ああああ……。
何故俺は、この美人に嫌われたんだ……。
『ふん! 自業自得じゃ!』
あああああ!
【こんな場面で仕返ししないでください……】
「どうですか? 今日は、浴衣を着てみたんですが……」
「よくお似合いですね」
目の前でほほ笑んでくれているこの人も、何時か誰かのものに……。
ルーシー先生の、未来の彼氏ぃぃぃぃぃ!
死んでしまえぇぇぇぇぇ!
【それは、場合によっては自殺宣言ですよ?】
何が?
【……何でもないです】
「あの……もしよければ、ご一緒に……」
あれ?
あれ? あれ?
もしかして、まだ脈が……。
「見回りしませんか? 生徒達の」
なかったぁぁぁぁぁぁぁ!
仕事ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
ここまで来ると美人局!
【違うと思うんですが……】
「あの……シモンズさん?」
「ああ……そうですね。回りましょうか」
****
なんだろう?
美人と歩いてるのに……。
楽しく無~いぃ!
さっきから、露店で買い物がし辛くなったし、先生からの話題は生徒共を指差して確認するだけって!
全……然! 楽しくない!
『この娘も、そっちは疎いのかのぉ?』
そっち?
って、どっち?
【そのようですね】
『馬鹿に、空気や雰囲気を察知すると言うのは無理じゃろうし』
【すごく嫌な平行線ですね】
何が嫌なの?
てか、今俺の事馬鹿って言ってなかった?
『気のせいじゃ』
おおぅ?
「あっ! あそこのグループは私のクラスの生徒で……」
おおおぅ?
「シモンズさん?」
学生らしきカップルが……林の中に入って行きやがった!
けしからん!
けしからんですよ! これは!
【目敏い……】
「あれは……確かうちの生徒ですね……」
「ルーシー先生!」
「はい!?」
「不純異性交遊は……注意してきます!」
「えっ……あの……多少くらいは……」
もちろん、俺はルーシー先生の制止を無視して林の中へ。
『覗く気じゃ』
【覗く気ですね】
違う!
これも仕事です!
キスから先に進むようなら……。
ガン見します!
【『変態』】
こんなチャンス誰が逃すか!
【生徒さんですよ?】
知った事か!
茂みから、気配を消して二人の生徒を覗く……。
手を繋いで、前を歩いていた男が振り返り……。
女の肩を抱き……。
「僕と付き合って下さい!」
あ……あれ?
どうやら、OKを出したらしい女性と笑いあって林を出て行った。
こっ……告白だけかよ!
もっと頑張れよ!
なんだよそれ!?
「あの二人、上手くいくといいですね」
「そうです……えっ?」
うおおお!
隣には気が使いない間に、ルーシー先生がいた。
ビビった!
『最初から付いて来ておった』
【覗きにどれだけ集中してるんですか……】
俺達がしゃがみ込んでいた茂みから立ちあがると、ドンッと言う音と共に花火が夜空を飾った。
う……ん?
「あの……シモンズさん……」
これは……。
「実は、私……あなたの……」
魔力だ。
誰かが、この奥で魔力を使ってるな。
『そのようじゃな』
【今かすかに聞こえたのは……女性の……】
悲鳴だ!
「シモンズさん?」
「先生は、通りに戻って下さい」
「えっ!? あっ!」
****
気配を消したまま、俺は魔力を感じる方向へ走る。
林の少し開けた場所で……。
これは!?
殺気と魔力を纏った男が三人……。
花火の光で、ミュンちゃんを庇うように立つアルトくんと……。
木に叩きつけられたのだろうか?
クソアマが、腕を抑えながら立ちあがろうとしている。
【アルトくん達は丸腰です! 助けないと!】
ああ!
うん!?
次の花火が、クソビッチを照らし出す。
頭から血を流し、体も纏った民族衣装が切り裂かれ、血が流れている。
それを見た瞬間……。
考えるより先に体が動いていた。
「ふん!」
俺に殴られた男が、空中大回転をしながら木の枝にぶつかり、そのままぶら下がった。
逸早く状況を認識したのは、暴漢二人。
即座に臨戦態勢で、ナイフと紙切れを構えた。
そして、俺の姿を確認したクソアマが俺に叫ぶ。
「シモンズさん! 逃げて! 助けを! 相手はプロです!」
咄嗟のせいで、片言になってるよ。
「師匠!」
もちろん……。
誰が逃げるか!
ナイフ使いが、プロらしく俺の死角から飛び込んでくる。
『ナイフに纏わせているのは、風の魔法かのぉ?』
【的確に、首の血管を狙ってますね】
遅いけどね。
プロなら、肋骨を折ったぐらいだと逃げる可能性があるな。
死なない様に、俺は肋骨の強度がある胸の中央部を真っ直ぐ殴りつける。
『そこに、心臓があるのは知っておるか?』
知ってるよ。
【心臓が止まると、人間が死ぬのは知ってますか?】
分かってるって!
これでも手加減したんだよ!
男は地面で一度バウンドすると、少し離れた場所に落下して動きを止めた。
ほらっ!
ぴくぴく動いてる!
生きてるって!
『死後硬直でなければいいがな』
【少なくとも虫の息ですね】
「くっ……」
うん?
最後の暴漢が、地面に紙切れを投げると魔方陣が出現した。
さっき感じた魔力はこれだな。
もう一枚とり出した紙切れを、自分の胸に張り付けた?
「シモンズさん! 気をつけて! 魔法と動きを封じられます!」
この術式は……。
魔力吸収?
『中々高度な式じゃな。陣内の人間を縛りつけるようじゃ』
ああ!
わかった!
『うむ。ターゲットの魔力を使い、そのまま相手を縛りつける魔方陣じゃな』
あの胸に張った札は、それを無効化するって事か。
俺が、何かの魔法を使ったと思ってるのか?
身体強化とか?
【まさか腕力と速度だけで、あんなに殴り飛ばすとは考えていなかったんでしょうね】
『普通の人間には無理じゃろうからな』
ええ~。
「師匠!」
アルトくんは、心配してくれてるのかな?
いい子だね~。
彼女さえいなければ、満点をあげるんだけどな。
「シモンズさん! 駄目! 助けないと……」
無理するなよ。
「そこで、見てて下さい。治療は後ほど」
木の寄りかかりながら立とうとしたクソアマにそれだけ言うと、俺は……。
「なんで!?」
狼狽える馬鹿に、真っ直ぐ歩み寄る。
魔法なんて使ってませんからね。
縛られませんってば。
ふん!
何処を殴ったかは、秘密です。
【かわいそうに……】
****
さて……。
「アルトくん達? 怪我は?」
「俺達は大丈夫です!」
「アイナ先生が庇ってくれたんです……」
ふん。
「あの……シモンズさん?」
おい。
【今やってます】
クソビッチの怪我を復元する。
う~ん……。
「痛っ!」
これはどうしようもないな……。
『足首を捻っておるな』
復元は、外傷しか効果が無いんだよな~。
ジジィの回復は?
『炎症を抑える事は出来ても、お前の体の様に自由には回復できん』
これは、この世界の人にでも回復魔法ってのを、使ってもらった方がいいよな。
「あの……有難う御座います」
クソアマがしおらしいな。
「いいえ」
「あの……あなたは……」
「アイナ先生もよくご存知の、用務員ですよ~っと」
俺は、着衣がボロボロのクソビッチに、馬鹿からはぎ取った上着を羽織らせる。
えっ?
自分の服?
只今! 作業用のズボン(泥とペンキ付着)! Tシャツ(黒の無地)! 麦わら帽子であります!
上着なんてありません!
『架空の相手に、いちいち言い訳をするな』
****
「こっちです!」
俺がどうしようかと考えていると、ルーシー先生が男性教諭とババァを連れてきた。
通りに戻ってろって言ったのに……。
まあ、今は助かるけど。
「どうですか? ルーシー先生?」
クソビッチの足首に、魔法をかけているルーシー先生に確認をした。
「はい、大丈夫です。これで、一晩固定して眠れば……」
「これ以上、手間をかけさせるわけにはいかないわ。いっ!」
無理をして立ちあがったクソアマが、足首を抑えてしゃがみ込む。
顔が真っ青じゃないか。
ザマァァ!
【性格の悪い事で……】
でもまあ、仕方ないか……。
学校から、徒歩五分くらいだし。
「えっ!? ちょ!」
「学校に行けば固定もできますし、確か杖もありますから」
「あの! でも! でも!」
「出来れば、セクハラで訴えないでくださいね……」
「そっ! そんなことしません!」
クソビッチを背負った俺は、ババァに目線を送り学園へと歩き出す。
****
「頼んだよ」
「有難う御座いました、師匠」
背中を向けたまま、手を軽く振った。
アルトくん達はババァと警察……いや、軍の人が送って行くから安全だろう。
しかし……。
『警察ではなく、軍の出動か。何かあるんじゃろうな』
ババァと話をしていた軍人のおっさんは、明らかに偉い人だよね?
ミュンちゃんを狙ったプロ……。
【何かあるんでしょうね】
う~ん……。
『どうするんじゃ?』
【このまま行くと、何時も通りですよ?】
撤退!
【毎回言ってますよね?】
巻き込まれたくありません!
面倒です! すごく面倒です!
【いいんですか? お弟子さんも渦中にいますよ?】
いいんです!
『まぁ、どうせいつもどおりじゃろう』
不吉な事を言わないでください!
死になさい! クソジジィ!
「あの……もしかして重いですか? 私」
ああ?
「いいえ。軽いですよ」
「でも……先程から眉間に……」
「只の考え事です」
お前じゃなく、ルーシー先生なら満面の笑みだろうけどね。
「あの! 私……やっぱり降ります! 自分で!」
この……クソビッチが!
俺の背中で暴れるな!
痛っ!
ええい!
「きゃんっ!」
背中からクソアマを投げ上空へ放り投げ、お姫様だっこの形でキャッチ!
もちろん、関節を掴んで動けないようにします!
「えっ? ええっ!? あの! シモンズさん! あの!」
耳元で大きな声を出すなよ。
顔を真っ赤にして怒るし~。
もうやだ! こいつ!
「もうすぐ着きますから、もう少しだけ我慢して下さい」
「私……あの! こんなに男性の方とその……」
やっと、落ち着いてきた。
「私、学生時代に好きな人が……でも、その人が亡くなってしまって……その」
ああ?
何言ってんだ? こいつ?
「それから……あの! つまり……あの!」
つまり何だよ?
う~ん……。
ああ!
『流石に、気が付いたか』
触るな! キモイって事か!
おいおい!
怪我の手当てしようって相手に!
このファッ○ンクソビッチが!
【はぁ~】
『ある意味、期待を裏切らん奴じゃ』
何に期待してたんだよ?
「え~……ああ! さっきは本当にありがとうございました!」
五月蝿い。
【必死に会話を、続けようとしてるじゃないですか】
そうだね~。
俺と会話をして、この気まずい空気を緩和しようてしてるんだろうね~。
【分かってるなら……】
断る!
ノーの方向で!
【あなたと言う人は……】
****
宿直室に着いた俺は、クソアマを椅子に座らせてテーピングをしたうえで、木の枝を使い補強する。
まあ、これで歩くには問題ないだろう。
『お前に、こんな事が出来ると思わなんだ』
どういう意味だよ?
【今回は、悪い意味ではないですよ? あなたは、回復と復元があるので応急処置なんて必要ないじゃないですか】
えっ?
マジで?
『なんでもかんでも、悪い方にだけとるな』
「ありがとうございます」
「いいえ。取り敢えず、この棒を杖として使って下さい」
うん?
まだ、顔が真っ赤だ。
元々、色が白いから茹でダコに見えるな。
もういい加減、そんなに怒らずに機嫌直してくれよ……。
「あなたは、元冒険者ですか? 先程の対応は、魔法なんでしょうか?」
う~ん……。
「只の用務員ですよ。冒険者って職業に、ついた事は有りません」
ギルドで働いたり、色々はやったけどね。
「聞いても……無駄ですか?」
「まあ、特に何も無いですからね」
早く帰ってくれ。
俺は、今から修練をしたいんだ。
うん?
扉の外に気配?
あ……この気配は。
ルーシー先生?
何だ?
「あなたは、不思議な人ですね。最初にあなたを見た時は、軽薄そうで……。あまり好きになれないタイプだと思ってました」
俺は、今でもあなたの事をそう思っとります。
「でも、よく働くし、手際もいいし……」
使用人歴は長いんでね。
「何よりも、生徒だけじゃなく教員まで困っていると、そっと助け船を出す」
うっ!
気付かれた……。
見つからない様に、してたつもりだったのに……。
「気が付いたら、何時も目であなたを追ってました……」
おや?
「今日も……本当は殺されると思って……。怖くて怖くて」
おやおや?
「そんなときに、あなたが助けにきてくれて……」
おやおやおや?
「本当に、正義の味方に見えました。あなたが」
そういえば……。
ルーシー先生がこのクソ……アイナ先生は、俺に気があるとかないとか。
「あなたの事を、もっと知りたいと思うのは……。駄目……ですかね?」
潤んだ瞳で、照れ隠しの笑顔……。
そう言えば、ベースは美人なんだよなぁ。この人……。
アップにした、何時もと違う髪型が……。
こっ! これぇぇぇぇぇぇぇ!
空気を読んだ、寄生生物AとB(若造)も出てこないしっ!
『この!』
【おさえて!】
まあ、完全に聞かれてるようだけど。
予想外の大チャンス?
ヤッベ! 可愛く見えてきた!
宿直室は……実質俺の部屋……。
お……押し倒していいんじゃね?
マジでか!?
ああああああああああああ!
今日は、神様!
あんたに感謝します!
きっと、祭りに行ったのが正解だったんだぁぁぁぁぁぁ!
明日、お供え物持って行ってやるよぉぉぉぉぉぉぉぉ!
あれ?
でも震えてない?
てか! 泣いてない?
「私が生まれて初めて好きになった人は、亡くなってしまいました」
そう言えば、そんな事言ってな……。
「あなたは、死なないでくれますか?」
ああ……。
反則だ。
涙を流して笑うなよ……。
「ご! ごめんなさい! 何言ってるんだろ! 重いですよね?」
なんか、色々抱え込んでたのか?
抱き締めるには……。
俺じゃあ、役不足なんですよ……。
「あっ……」
アイナ先生の頭を優しく撫でる。
今は、これが精一杯……かな?
「お疲れ様でした」
「シモンズさん……」
「レイです」
「えっ?」
「レイでいいです」
「レイ……さん?」
「さんはいりません。只のレイです」
****
さて!
こう言う場合は……。
「ルーシー先生? そろそろ、入ってきませんか?」
ガタッという物音も後、しばらくしてから不思議な表情のルーシー先生が、部屋に入ってきた。
「あの……すみません」
アイナ先生も、なんとも言えない表情になってるな。
「お二人とも明日のご予定は?」
「明日は……午後から補習の授業を……」
「特にありません」
「大人の気晴らし方法を知ってますか?」
俺は、買い溜めしていた酒と、おつまみを出す。
本当は打撲した時の飲酒は、悪化の原因になるかも知れないからよくないけど、今日はまあいいよねぇ。
「親睦会ってのでいかかがでしょう?」
****
それから、二時間後……。
俺は……。
部屋を掃除しております。
もちろん、一人で!
二人は既に、かなり酔っぱらい支離滅裂な言葉を喋り続けています。
さっきから、酒やスナック菓子を……。
やめて下さい!
部屋がアルコールの臭いで充満してます!
訳もなく、俺に酒をぶっかけて二人で笑わないでください!
迷惑です!
『お前が、やたらと度数の高い酒ばかり買いこむからじゃ』
だって!
俺は、あれくらいじゃないときかないんだもん!
『もう、アルコールの原液でも飲んどれ』
死んでしまうわ!
「れもね! アイナ……わたひたひって……」
「うん、好きになる人いつもいっしょだね~……。先輩の時も……」
ああ?
先輩?
死んだって人?
「うっ!」
まだマシに見えたアイナ先生が、口を押さえてトイレに走って行った。
なるほど。
リバースですね。
ルーシー先せ……。
酒瓶抱えて眠ってるよ……。
待てど暮らせど出てこない、トイレへ向かうと……。
トイレの前で、仰向けのアイナ先生が眠っていたわけで……。
ミィィィィィィスったぁぁぁぁぁぁぁ!
酒呑ませるんじゃ無かったぁぁぁぁぁ!
****
仕方なく俺は、二段ベッドに二人を寝かせた。
おや?
おやおやおや?
もしかして!
『やめんか! 性犯罪者!』
いやいや!
ちょっとしたアクシデントじゃん!
ちょっとパンツが見えるとか!
【もう寝かせたんですから、二人に触れる必要はありませんよ?】
ちょっと手が胸に触れるとかぁぁぁぁぁ!
テンションが上がってきたぁぁぁ!
【やめましょうよ。何時もそれでロクな事にならないんですから~】
ブラジャーって寝る時とらないと、苦しいって聞いた事があるな~。
これは、善意です!
うん!
善意なら許される!
『誰が許すか! やめろ! 煩悩!』
ふははははっ!
逃がさん! 逃がさんよ! こんなチャンス!
『若造! 障壁じゃ! このバカを止めるんじゃ!』
馬鹿じゃありませ~ん!
そして!
止まりませ~ん!
【大丈夫ですよ、賢者様。ほら】
ガチャリと、扉を開けて……。
ババァァァァァァァァァァ!
「なんだい? この酒臭さは? 窓を開けな」
バババババババァァァァァァァァァ!
オォォウ! シット!
「何を、ぼーっと立ってるんだい? 早く開けな!」
仕方なく、窓を開けて振り返ると……。
ババァが、勝手に酒を飲んでやがる。
「どうやら、上手くこの二人のガス抜きをしてくれたようだね」
俺のガス抜きは、てめぇぇに邪魔されたがな!
「この二人は、私の生徒で……息子の後輩なんだ」
なんか勝手に語り始めた!
聞いてない!
ゴーホーム!
ババァ! ゴーホーム!
「今日みたいな原因不明の殺人は、もう十年も続いてるんだ……」
うん?
十年?
「犯人は、その時々で雇われたプロの殺し屋。狙われるのは、決まって魔力の強いうちの生徒……」
う~ん……。
「今から、私の知っている事を話す。だから……」
巻き込まれたかな?
【まあ、何時もの事じゃないですか】
俺って、不幸……。
「俺の、目の届く範囲でしたら……やってみますよ」
ああ……。
俺の馬鹿。
『知っとる』
五月蝿いわ!
「すまないね。さっき話しをしていた、軍の少将をしているのがうちの旦那でね」
この町でおこる、生徒の殺人事件。
狙われた学生時代のアイナ先生とルーシー先生を守って死んだのが、ババァの息子。
「息子の葬儀がある日に、そこの二人が息子を殺した犯人に掴まった事もあったね」
この前の、ルーシー先生の話……。
『この二人が、ここの教師になったのは……』
生徒を守る為にってか?
律儀な事で……。
「私はあんたの力を、一級の冒険者にも引けを取らないと思っている。すまないが……」
ババァは、俺に深く頭を下げた。
あんなにプライドの高いババァが……。
こんな俺でも、その意味は分かっているつもりだ。
『どんな事をしてでも、生徒を守りたいんじゃろうな』
アイナ先生達も含めてな……。
俺はもしかして、これを見越して拾われた?
ははっ……。
この狸ババァが……。
【いい……教師じゃないですか】
気がつくと、俺の口角は少し上がっていた。
この申し出を……。
この思いを、無碍にするって事は……。
『まあ、人間失格じゃな』
てかさ……。
まぁ……俺じゃねぇよな。
【はい。私達に異存はありません】
「ババァ……俺は受けた恩くらいは返すさ。必ずな」
「ありがとう……」
涙をためるな! ババァ!
なんかキモイ!
『まったく……』
【素直じゃありませんね……】
****
ババァが、部屋を出た後……。
校庭に出た俺は、剣を振るう。
こんな時でも、きちんと修練はしないとね。
ああ! もう!
ええい! くっそ!
モンモンするぅぅぅぅぅぅぅぅ!
【ええ~。そこですか?】
あんな話を聞いた後で、あの二人に変な事出来ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
ああああああ!
そして! 巻き込まれたぁぁぁぁぁぁぁ!
『中と外が、完全に別人じゃ』
【あれだけ格好をつけて、最後がこれですからね】
あああああ!
五月蝿い! 五月蝿い! 五月蝿ぁぁぁぁぁぁぁい!
おっ!
【お?】
………………。
…………。
……。
おっぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!
【『最低じゃ(ですね)』】
あ~あ……。
やってらんね~……。




