十三話
クソったれの女神が俺に施したフィールドは、次元の狭間を抜け新しい世界に入ると共に消える。
多分、そう仕掛けてあったんだろう。
空中に投げ出された俺は、何事もなく着地した。
はぁ~……。
疲れた。
新しい世界に入るまで、精一杯抜けだそうと力を込めてみたが無駄だった。
相手の思い通りに、解除されただけ。
降り立った場所から、人の気配がする方向へ歩く。
カッポカッポと聞こえてくるのは、蹄の音。
レンガ造りの道を、馬車が走っている。
見た感じの文明は、あまり発展していない様だ。
行き交う人の言葉は、残念な事に分からない。
少しだけ、その通りを歩く……。
言葉は分からないが、女性達がこちらを見てヒソヒソと何かを話ている。
自分の姿を見ると、服がボロボロになっていた。
あ~あ……。
久し振りに、新品の服で……。
大事な人からの……。
プレゼントだったんだけどな。
大事にも出来なかった。
やってらんね~……。
****
うん?
うっ!
冷たっ!
パラパラと、雨が降り始めた。
通りを歩いていた人たちは、傘をさすか、雨宿りに建物内へと入って行く。
はぁ~……。
【……雨宿りをしませんか?】
そうだな。
『体を冷やすな』
ああ……。
あそこで休もう。
公園だろうか?
街中にいきなり開けた場所があった。
あれがいい……。
雨宿り出来る。
『そうじゃな……』
屋根の付いたベンチに座る。
疲れた……。
少し眠るわ……。
【はい】
お休み。
『うむ』
本当に疲れていた俺は、目を瞑るとすぐに深い眠りへと落ちた。
****
【やはり、こうなってしまいますか】
真っ暗な空間で、人の姿へと戻った聖剣が魔剣の賢者へ話しかける。
『仕方あるまい。これほどのストレスは……。もう二度と味わう事もないと思っておったが』
【深層意識があふれ出していますね】
二人は、膝を抱えて座り顔を伏せる俺の頭上から見下ろしている。
俺のせいで、また優しい人が死んだ……。
俺に関わると、俺の背負った闇にのみ込まれてしまう……。
俺は、なんて馬鹿なんだ。
何故期待した?
くそっ! くそっ! くそっ!
偽神を倒したから、解放されたんじゃないかなんて……。
希望をもっちまった。
そんな事決してあるはずがないのに……。
『こ奴に、お前のせいではない……と、言うだけ無駄じゃろうな』
【この方が、本当の馬鹿であれば……。もう少しだけ……無責任であってくれたら……】
全部俺のせいだ。
上手くいっていると……。
運命から解放されたと思っちまった。
最悪だ。
また、大事な人を……。
俺が……。
殺した!
『くっ! 何故じゃ! 何故、神はこ奴を解放して下さらんのじゃ! もう、十分苦しめたじゃろうが……』
【もし、運命が本当にあるならば……。この方は、何を背負って生まれたのでしょうか?】
俺のせいで……。
俺が生きようと……。
幸せを望んでしまったから……。
『そんな物、おろせばいいものを……』
【裏切られても、裏切られても、自分は裏切らない……。涙が出るほど……】
『不器用な男じゃ』
俺は殺すことしか出来ない……。
俺は、人の魂を喰らって生きてるのか?
何故、死ねない?
こんなに、誰も救えないのに……。
ただ、周りを不幸にするだけだ……。
死にたいのに、死ねない……。
多くの命を奪ってきた俺は、苦しまないといけない。
苦しい……。
でも、一人で歩くんだ。
近づけると、みんな死んでいく……。
『うん!? なんじゃ!?』
【あれは……カーラさん!? メアリーさんにリリスさんも……】
『幻か……』
「貴方のせいで、私達は苦しんだ」
「貴方に関わって、死ぬよりも苦しい拷問を味わった」
「貴方なんて、殺しておけばよかった」
【なっ!】
俺のせいで、聖剣の贄となった三人の女性は、怨みを口にする。
その目、鼻、口、耳からは、血が滴り落ちている。
『これは……。この馬鹿が、勝手に作った幻じゃ』
【そうですね。三人はたとえ死んでも、怨みは口にしないでしょう】
「レイ……。痛かったわ。生きたまま、貴方も食べられてしまえばいいのよ」
「俺が築いた一座は、お前がいたせいでみんな死んでしまった。お前がいたせいで……」
「貴方なんて、生むんじゃなかった」
「お前など、助けるんじゃなかった」
両親の幻は、激しい怒りを顔に出している。
【くっ! 精神操作を受け付けない!】
『苦しみを和らげてやれんか……』
【貴方は! ……貴方はみんなを救ったんですよ……。なのに……】
「くくくっ! そうだ! お前は死ぬべきだった!」
【あれは! 偽神! お前はまだ!】
『落ちつけ、若造。これも、幻影じゃ』
「だが……。死ぬわけがない! お前は、命を奪い過ぎたんだよ! お前はもっと苦しまないといけないんだ!」
【幻影とわかっていても……この!】
殴りかかった若造の拳は、偽神をすり抜ける。
「くくっ! あはははははっ!」
『不快じゃな』
「レイ……」
【あれは……】
『オリビアじゃ……』
「見て……この胸の穴。貴方が私を殺したの」
オリビア……。
ふさぎこんでいた俺が、顔を上げる。
俺は、やっぱりお前に会いにいけないや……。
「苦しかったわ。痛かった。悲しかった」
俺の近くに居ると、神様でも死んじまったよ。
俺が、殺したんだ。
「もう、私は苦しみたくないの」
俺は、やっぱりそっちの世界へは……。
帰るべきじゃないんだよな。
「だから……死んでよ、レイ」
ああ……。
勝手にこの地獄で、野たれ死ぬよ。
一人で……。
『こんな……こんな事誰も思っておらんわ! 馬鹿者が!』
【賢者様……】
『分かっておるが……。この馬鹿孫は……』
ああ……。
ちくしょう。
苦しいな……。
だから……。
だから、笑わないとな……。
この地獄は、自分が望んだ結果なんだから……。
「レイ……」
梓さん……。
もしあの世であったら、謝ります。
許してくれなくても……。
ただ、謝りたいんです。
俺は我がままなんです……。
「全く……この大馬鹿者が」
はい。
この世で一番馬鹿なんです。
だから、笑うんです。
『…………』
【…………】
貴方が、あの世で少しだけ……。
ほんの少しだけ笑ってくれるように、戦います。
この広い世界で、本当に一握りしか助けられないだろうけど……。
それでも! 俺は!
戦ってやる!
一人でも、笑顔になる人がいるなら!
【全く……】
『難儀な馬鹿じゃ』
もっと力を!
誰にも負けない力を!
もう、泣かない!
立ち止まらない!
歯を食いしばるんだ!
もう、二度と負けてやらない!
殺す事しか出来ないなら!
神も運命も……女を泣かす奴は皆殺しだ!
ちんけな俺が、消えてなくなるまで!
【これは……】
『わし等も、覚悟を決めねばなるまい』
【はい】
『目的を、元の世界への帰還から、変更じゃな!』
【ですね】
****
『これはまた、苦労しそうじゃ』
何が?
【起きましたか?】
ああ。
何が苦労するの?
『お前の人生じゃ!』
はぁ!?
なんだ!?
まだ苦しめってか!?
『うむ』【はい】
ちょ! お前ら! 人が寝てる間に、何を喋ってやがったんだ!
【まあ、色々です】
はぁ~……。
もう、こいつ等嫌だ……。
やってらんね~……。