十話
「にゃぁぁぁぁぁ!」
ぐはっ!
頭部を強打し、脳が頭蓋内で強く揺さぶられた。
これにより、大脳の表面や脳幹神経が損傷する。
これは、頭蓋内におこった閉鎖性脳損傷!
つまり!
『アゴを殴られた、脳震盪じゃな』
俺の足腰が……。
俺の膝がぁぁぁぁぁぁぁ!
【結構余裕があるじゃないですか。分析は間違えていませんね】
「お前は! いきなり何をするんじゃ!」
ちくしょう!
俺の膝がガックン! ガックン! だ!
「いえ……あの……」
「せめて断ってから……」
顔を赤らめて可愛いですが……。
貴方のナックルは可愛くありませんよ、梓さん!
【いきなり背後から、耳を掴まれれば当然の反応では?】
「その耳は、本物なのかな~……っと」
「本物じゃ! ほれ!」
髪をかきあげた梓さんのそこには、本来人間の耳がある場所だった。
つるっつるです。
ピクピク動いてたから、まさかとは思ったが……。
『まあ、耳が四つは必要あるまい』
坊主にすると、凄い物が見えそうだ。
『その、明らかな変態衝動を何故抑える事が出来ん?』
変態って……。
変態は貴様だぁぁぁぁぁぁ!
『なっ! お前じゃろうが!』
お前は、ジジィでしかも変態だ!
『お前は、根本的に変態じゃろうが!』
お前は、ジジィなだけじゃなく変態だ!
『この煩悩と変質者の権化が!』
お前はジジィで! しかも、変態だ!
『お前は……』
【止めましょうよ。不毛ですよ?】
じゃあ、若造が変態だ!
『う~む。今回は致し方ない!』
【え? あの……。何でですか!?】
うひゃん!
「なっ!? 何!? 何!?」
俺の頬を梓さんが、いきなり……。
あの……。
ぺろっと舐められた。
「お前がまた、しかめっ面をしておるんでな。どうじゃ? 驚いたか?」
そりゃあ!
「さっきのお返しじゃ!」
そう言って、梓さんは走って行く……。
因みに、俺の脳内に住み着いた、変人二人と小人さんの事は梓さんに話していない。
『なん……じゃと?』
【ちょ! あの! 多いです! 何がいるんですか!?】
『こいつ、疎通をとってはいかん者と……』
因みに、妖精さんも住んでます。
【!?】
『お前が選択を間違える理由は、そいつらのせいじゃないかのぅ?』
なっ!?
『追い出すぞ! 何処じゃ!』
止めたげて!
実力行使とか! ないから!
【よくそんな訳のわからない相手と会話をして、人の事を変態呼ばわりしますね】
あ……。
気にしてたんだ。
【若干】
「ほれ! サボるな!」
おぼっ!
膝を後ろから蹴られた俺は、持っていたほうきの柄が鼻を直撃して……。
ボタボタと、真っ赤な花を咲かせてます。
「ちょ……あの……」
「す……すまん」
『回復完了じゃ』
「レイは何故そこまで、気を抜いた時に隙が出来るんじゃ? お前、本当に達人か?」
「分かりません……。てか、普通の人間ってこんなもんだと思いまつ」
「ほれ! 掃除じゃ! その鼻血も、綺麗にするんじゃぞ!」
「うぃ……」
なんでだろう?
【何がですか?】
俺の周りは、なぜこれほど暴力を……。
【梓さんは、それほど理不尽でも、致命的になりうる暴力もふるいませんよ?】
確かに、力は強くないけど。
的確に、急所に当ててきます!
後、人間に避けられる速度じゃありません!
【まあ、じゃれてるだけじゃないですか?】
まあ、可愛いから許すけどね……。
でも、そろそろ脳に後遺症が怖い。
【いまさら?】
『また、言わせる気か?』
何?
『自業自得じゃ』
は……ははっ。
もっと器用に生きていきたい。
はぁ~。
やってらんね~……。
****
さて、掃除も済んだし……。
そろそろ、食事の準備を。
「レイよ!」
「なんですか?」
ぶっ!
また、エロ本握りしめてる!
その行為が、結構恥ずかしい事って分かってます?
「今日は、外へ食事に行かんか?」
「はい? 外に?」
「そうじゃ! 男女の仲を進めるには、デートでいい感じ? とかになるのが必要と書いてあった!」
えらく、短絡的な……。
でも、まあいいか。
「いいですね」
問題は一つ……。
「俺、外に出られる服を持ってませんよ?」
因みに今着ている服は……。
ボロボロです。
体は回復出来ても、服はそうはいかない。
連日の戦闘と狩りに、洗濯で……。
服って言うよりは、もう只の布です。
「ふふふっ……。これでどうじゃ?」
梓さんの手には、新品の服が……。
値札らしきものがついてる。
そう言えば……。
「その本もそうですけど、お金ってどうしてるんです?」
「外に仕事へ出た時に、たまに拾えるんじゃ」
手には、紙幣らしきものが……。
どっ……泥棒!
神様で泥棒!
もしくは、神様が泥棒!
『因みに、お前は本物の泥棒じゃがな』
う~ん。
余計な事は、気にしない方向で!
【少しは、処世術を覚えましたね】
「早速着替えて来い!」
「へ~い」
少し大きめのサイズだが、特に問題ないな。
「よし! 出掛けるぞ!」
いやいやいや!
「梓さん! 耳!」
「ん?」
「ん? じゃなくて! その耳はまずいですって!」
この世界に、亜人種はいない。
「そうなのか? 何でじゃ?」
「まわりの人から、変に思われますって!」
「自分の存在は、他人に決められるものではない。まわりがどう思うかなど、関係あるまい?」
そうですね……違う!
「自分の存在ってのは、まわりが自分をどう認識するかも含めて自分だと思いますよ?」
なんでこの人は、常識が偏ってるんだ?
『まあ、こんな閉塞した空間で暮らしておれば、仕方あるまい』
「しかし……」
「何より、この前言った通り俺は一度捕まって逃げたんです。目立つと面倒な事になります」
「そうか。では、どうする?」
一度、外に出た俺は、帽子を購入する。
「では! 今度こそ出発じゃ!」
「うぃっす!」
帽子にスカート……。
新鮮な感じで……。
「なんじゃ?」
「あっ! いえ! 何でも!」
可愛いとかきれいですって……口に出しにくいな……。
「さて! では、まずは腹を満たそう!」
おおぅ!
梓さんに組まれた、俺の左腕に!
左腕にぃぃぃぃぃぃぃぃ!
ふにっとした感覚が……。
俺……死んでもいい。
『待て! 馬鹿!』
【小さい! 小さいです! こんな小さい幸せで、死なないでください!】
「うん? なんじゃ? お前も楽しいか?」
自然と至福の表情になっていた俺を見て、梓さんが笑う。
「はい」
「ふふふっ! そうか!」
年上なのに、なんて無邪気に笑うんだ。
ああ……。
今日は、最高の一日になる予感……。
えっ!?
何だ!?
魔力!
【大きいです!】
これは、何の嫌がらせだ!?
あれ?
「梓さん?」
「そんな……馬鹿な」
「どうしたんですか?」
「くっ! 向かうぞ!」
「はい」
あらら……。
世界の意思からの指示が届いちゃったか。
でも、なんだ?
梓さんの顔色が悪い。
「あの? どうかしました?」
少し悩んだようだが……。
その表情の理由を教えてくれる。
俺も感じた魔力は、荒神……。
その相手は、梓さんの友人に似ているらしい。
梓さん同様に、荒神の始末屋をしている土地神らしいが……。
不可解な事が二つ。
まず、梓さんのように厄を祓える土地神が、荒神退治をしているので、よほどの事がない限り始末屋が荒神になる事はないらしい。
さらに、今から向かう相手の始末依頼が、世界の意思からこないそうだ。
日頃は荒神化後、遅くても一分以内に近隣の始末屋に連絡が来るらしい。
なんだ?
どう言う事なんだろう?
始末屋だけに、荒神になりきってないとか?
うん!?
まただ。
また、誰かに見られている様な感覚が。
****
おいおい!
なんだよ! この魔力!
【ヨルムンガンド並み!?】
いや……。
あれよりは、弱いが……。
『十分神と呼べるレベルではあるな』
クソったれ!
流石は、梓さんと同格。
敵だと思われる怪物は、何かを咀嚼していた。
あの服装は……。
【特防の人でしょうね……】
黒い着物を着た男が、特防の服を着た男を抱え込み、血しぶきを飛び散らせている。
人間の姿のままで、人間を……。
えぐい物を見せてくれる。
「奏出!」
梓さんの叫びに、男が振り返った。
奏出と呼ばれた男の口は大きく裂け、歪で巨大な牙が生えている。
そして、爬虫類を思わせる巨大な目は、ギョロギョロと絶え間なく動く。
両手の爪も……何とも凶暴な形だ。
「……ぐあ……あ……あず……さ」
「奏出! よし! わしが祓って……」
気に入らない。
あの男が声を出し、少しだけ正気があると思えたであろう梓さんの笑顔が、何か嫌だ。
って! ちょっとぉ!
「奏出!」
振り下ろされる爪から、隙だらけの梓さんを引っ張って回避させる。
「お前! お前……」
なんて悲しそうな顔をするんだよ。
あの男とはどう言う関係ですか?
「すま……ない。……俺……を……殺せ」
全身から感じる魔……霊力は真っ黒だ。
荒神のそれ……。
自身が元に戻れないと知って、殺してくれか。
「奏出……。分かった!」
「す……ま……ない」
何故だろう?
俺の胸の奥……深い場所がチクリと痛んだ。
二人の関係も、気になるが……。
親しい相手を殺す行為……か。
「レイよ! お前は手を出すでないぞ!」
「はい」
全力の梓さんと男が、戦闘を開始した。
制限の仕組みはよく分からないが、本当の力を解放したらしい梓さんは凄まじい。
俺のよく知る巨狼は、銀色で綺麗な毛並みだ。
あの男が変異した狼は、大きさこそ同じだが真っ黒で気持ちの悪い毛並みだな。
「臨兵闘者皆陣列前行! はぁあ!」
梓さんは終始、考えなく暴れる獣を術で押さえ込んでいる。
しかし、その顔はとてもつらそうだ。
泣きそうと言ってもいいと思う。
そいつとは、どんな関係ですか?
****
周辺の建物がほとんど瓦礫に変わる頃、決着がついた。
「はぁ! はぁ! これで!」
梓さんが、動きを封じた獣に向かって印を結ぶ。
「今……楽に……」
ヤバい!
『魔力が膨れ上がったぞ!』
躊躇し、目を閉じた梓さんに、巨狼の大きな顎が迫る。
何やってんだ! 馬鹿!
全力で走った俺は、梓さんを突き飛ばす。
俺の両足から、激痛が走る。
しま……。
両方食いちぎられた! くそ!
「ぐぅぉぉぉぉ!」
両足を失った俺は、空中で回避する事も出来ず、咆哮と共に向かってきた衝撃波をまともに食らった。
くそっ……たれ。
胸部の骨……。
『内臓を全てもって行かれた! 急ぐぞ!』
【はい!】
「レイ! レイ!」
血を拭きだし、動かなくなった俺に梓さんが必死に叫びかけてくる。
触ろうとするのをやめたのは、外から見てもそれだけ酷い状態って事だよね。
「わしの……わしのせいじゃ!」
止めて下さい。
俺なんかの為に……。
泣かないで。
「奏出! もう、わしは迷わん!」
駄目です。
たとえどんな状態でも、親しい相手に手をかけると……。
心が痛むんですよ。
壊れてしまうほどに。
貴方の苦しみは、俺が背負います。
だから……。
だから! 泣かないで!
『きおった!』
俺の体内にある、合成金属が大量の魔力を放出する。
その力を使い、俺の体は瞬く間に完治した。
「えっ!?」
梓さんの隣をすり抜け、俺は敵に向かって真っ直ぐに走り出す。
「がう!?」
流石は、神様。
きっちり、上空へ跳んだ俺の影を目線で追ってきた。
<ミラージュ>
もちろん、そこにはもういないけどな。
空を蹴りさらに上空に跳んだ俺は、再度空の壁を蹴りつける。
弾丸のように加速した俺は、巨狼のコアを目がけて突き進む。
そして右肩に背負った二本の剣を、わざとタイミングをずらして振り抜く。
<メテオブレーク>!
聖剣が強力な魔力を切り裂き、露わになったコアを魔剣が両断した。
うん?
霧散した魔力が……。
『何処かへ吸い寄せられておるのか?』
【こんな事は、初めてですね】
なんだ?
「馬鹿者!」
梓さんが、駆け寄ってくる。
「何故じゃ!? あれほど神に手を……」
「呪いくらい受けますよ」
「何を考えて……」
「さっきの狼と、仲がよかったんじゃないですか? 覚悟を決めても、辛いもんですよ?特に、終わった後で」
さあ、そんな顔はやめて下さい。
「お前は本当に……」
俺の胸に、梓さんが顔をうずめる。
「あいつは……」
話してくれるんですね?
「あいつは、わしに始末屋としての仕事を教えてくれた男じゃ」
師匠ですか。
「右も左も分からん、わしに術を教えてくれた。色々教えてくれたんじゃ……」
涙を流す梓さんに俺が出来たのは、そっと撫でる事だけ。
「本当に気のいい……男じゃった」
そうですか。
馬鹿な俺は、異変に気づけない。
ただ、傷ついた梓さんが心配だった。
あの奏出って奴に、梓さんは好意があったのか?
なんて、本当にどうでもいい事を考えていた。
分からなかった。
知らなかった。
どうしようもなかった。
言い訳ならいくらでも出来る。
でも、世の中それで許されない事が多過ぎる。
俺は、気を抜いてはいけない。
俺は、安心してはいけない。
俺は、全てを知らなければいけない。
俺は……。
幸せになってはいけない……か。
あ~あ。
やってらんね~……。