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第九話

 俺たちは、天使室へとやってきた。

 警戒して慎重に上ってきたが、特に何事もなくて一安心だ。

 いや、まだ安心するのは早いな。


 静かに、部屋へと入っていく俺たち。

 しかし、以前来た時と何やら様子が違う。

 なんていうか、もっと幻想的な場所だったはずだ。


「お、おい、ユウカ大丈夫か? しっかりしろ!」

「う、うん、大丈夫、少し疲れただけだから……」


 フラフラと倒れそうになるユウカを俺が支える。

 額にはびっしりと汗を掻いて、息が荒くなっている。

 ま、まさかもう副作用が出始めてるのか?

 早く、ユウカに生命の水を飲ませてやらないと……。


「あ、あれ……? 水が……ないッ!?」


 俺が感じた違和感。

 滝のように壁一面を流れていた水がなくなっていたのだ。

 水がなくなり、白い壁がむき出しになっている。


 まずい、これじゃあユウカを治療することができない。

 せっかく、ここまでやってきたというのに。


 それに、天使シグの姿も見えない。

 まさか俺たちがくることを知り、生命の水を持って逃亡したとでも言うのだろうか。


 そんなことを考えていると、突然、悲鳴が室内に響き渡った。

 その声は、間違いなくベルクの声だった。

 まずい、あいつ一人で何勝手に行動してやがるんだ!

 俺は慌てて声のするほうへと向かう。

 

「お、おい、大丈夫か、何があった!」

「ちょ、ちょっと、こっちに来て! 誰か倒れてるわ」


 以前は、大量の水で見えなかったが、隠された部屋があるようだ。

 ベルクが、その部屋からスッと顔を出して、ちょいちょいと手招きしている。


「こ、こいつは……!」


 奥の部屋を覗くと、誰かがうつ伏せで倒れている。

 俺は見覚えのあるその姿を見て、慌てて駆け寄った。

 シグだ。天使のシグが倒れているのだ。


「ま、まさか死んでるのか?」

「いえ、かろうじて生きているようね」


 俺がそういうと、シグの身体を少し調べながらベルクがそう言ってきた。

 一体、誰がこんなことを……。

 俺たち四人が来る前に、誰かが何らかの目的でシグを殺そうとしたとでも言うのだろうか。


 いや、待てよ?

 

 もしかしたら、ベルクが天使を殺そうとした可能性もある。

 仮にも悪魔と対立関係になる天使なわけだ。殺す動機は十分にあるだろう。

 そして、何食わぬ顔で俺を呼んだのだとしたら……。


 しかし、ベルクがそんなことをするとも思えない。

 今も、心配そうな顔をして天使を見つめている。

 これが演技などということは、さすがに考えられない。


「おい、シグ、どうしたんだ、何があった? おい!」


 俺が、シグに呼びかけるも返事はない。

 憎たらしく恨めしい天使ではあるが、俺はこんなことを望んではいなかった。

 おかしいな、本来ならば、シグが倒されたら俺にとっては都合がいいはずなのに。

 なぜか、俺は倒れているシグを見て、何とも言えない複雑な気持ちになる。


 俺は、どこかでこの世界の出来事は全て夢であるかのように思っていたのかもしれない。

 現実から目をそむけ、死の恐怖から逃げていたのかもしれない。

 だから、こうして、危険だとわかっていながら、シグのところまでやってきた。

 しかし、こんなことになるなんて思っていなかったのだ。

 おかしな話ではあるが、そんな風になんとかなるだろうと楽観していた。


 今、俺の前に倒れているシグを見て、死への恐怖が沸々と湧いてきた。

 一歩間違えば、俺がこうなっていたかもしれない、と。

 俺は、この世界の魔王だ。

 いつ勇者に倒されてもおかしくない存在だ。


 しかし、そんな俺の目の前に現れた勇者は、幼馴染のユウカだった。

 俺は、これで倒されることはない、と心のどこかで安心していた。

 安心しきっていたのだ。


 だからこそ、ユウカが力の副作用で死ぬかもしれないと言われたときは、戸惑った。

 どうしていいかわからなくなった。

 ユウカを助けたい、そう思うようになった。

 そうだ、俺は決して現実から逃げ続けていたわけじゃない。

 ユウカのために、俺ができることをやろうとしたのだ。

 ただ、それだけなのだ。ユウカが助かるならそれだけで良かったのだから。


 すると、元いた部屋からユウカの叫び声が聞こえた。

 しまった、ユウカを置いてきたままだ。


「ユウカッ!」


 慌てて、奥の部屋から出ると、そこにはユウカの喉元に剣を押し当てるゼクトの姿。


「ぜ、ゼクト、まさかお前が……?」

「俺は、この時をずっと待っていた……。この理不尽な勇者と魔王のシステムを作っている奴らに復讐する時をな!」


 ゼクトが怒ったようにそう叫んだ。

 一体何がどうなっているというのか。理解が追い付かない。

 まさか天使に復讐するためだけに俺たちを利用していたのか?

 いや、それだけじゃない、もしかしたら、勇者であるユウカの命も奪う気なのかもしれない。


「お、落ち着けって。急にどうしたっていうんだよ。さっきまであんなに楽しそうにしてたじゃないか! あれは全部嘘だったのかよ! 俺たちを騙してたのかよ!」

「……そうだな、俺はお前たちを騙していた。そう、俺は魔王の配下なんかじゃない。俺は、唯一勇者に倒されなかった元魔王なのだからな!」


 明かされた衝撃の真実。

 俺は言葉を失った。

 ゼクトが、オロンの言っていた逃げ出した魔王だったらしい。

 つまり、最初から魔王を殺そうとしている天使や勇者に復讐することが目的だったようだ。


 でも、ユウカは他の勇者とは違う。

 ユウカは魔王を、俺を殺そうとはしなかった。


「やめろ、ゼクトォ! ユウカは、ユウカは関係ないだろッ!」

「ふ、悪いが俺は本気だ。この勇者を殺し、俺は復讐を果たすのだ!」


 ゼクトが剣を振り上げた。

 だ、ダメだ。距離が遠くて間に合わない。

 ユウカが、ユウカが殺されてしまう……。


「ユウカァアアアアアアアアッ!!」


 俺が必死に叫ぶ。

 そして、ユウカの身体に剣が突き刺さろうとしたまさにその瞬間、辺りが光り輝く。


「キヒヒ、やっと、やっと見つけたゾォ? まさかお前が元魔王だったとはねぇ? キヒヒヒヒ。ボクのこと覚えてるよねぇ?」


 いきなり現れたのは、今までに見たこともないやつだった。

 姿からして、二十代くらいの若い男。

 小さな短刀を片手に、薄気味悪い笑みを浮かべながらゼクトを睨み付けている。

 敵か、味方か、それとも……。


「ああ、忘れるわけがない。お前のその腐った眼だけは一日たりとも忘れたことなんてねぇぜ!!」


 ゼクトは、ユウカに向けていた剣を突如現れたヤツへと向け直す。

 もう何が何だかわからない。

 俺はその隙に、ユウカのほうへと駆け寄った。


「だ、大丈夫かユウカ?」

「う、うん、大丈夫だよ。あ、あの人、本気で私を殺そうとしたわけじゃなかったみたい……」


 俺が倒れているユウカを抱きかかえると、ユウカがか細い声でそう呟いた。

 どういうことだろう、ゼクトは間違いなくユウカを殺そうとしたように見えたのだが。

 俺が、再びゼクトたちのほうに視線を戻す。


 そこには、じりじりと間合いを確認しながら、睨み合う二人の姿があった。

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