第七話
「おろろーん、無駄だよ無駄ぁ。ボクを攻撃しようなんて百億年早いよぉ」
薄気味悪い笑いを浮かべ、オロンが宙をくるくると舞う。
オロンが危険だと判断した俺は、隙をついてオロンに攻撃を仕掛けたのだ。
しかし、確実に当たると思われた俺の拳は、そのままオロンの身体を突き抜けて空を切る。
「ちっ、物理攻撃は効かないのか……ッ!」
「残念でしたぁ。いやぁ、本当に残念だよぉ。ボクの言うことを素直に聞いてくれたら、勇者だけは助けてあげたっていうのにさ。君は所詮、自分の命が大事なんだねぇ」
ふわふわと、俺の周りを挑発しながら飛び回るオロンがそう言ってくる。
「ち、違うッ! 俺は、ユウカが助かるんだったら自分の命だって惜しくないッ! けどな、お前を信用することなんてできない!」
「やれやれ、つれないなぁ。せっかく、ボクが本当のことを話したっていうのにさぁ。前の魔王なんて、口先だけじゃなく本当に死んでくれたっていうのになぁ」
ほら、やっぱり嘘じゃないか。
勇者が新しくなってるってことは、その時の勇者はすでに――。
「あら、何を一人で騒いでるのかしら?」
奥の部屋からベルクが出てきてそう言った。
俺がオロンのことをベルクに話そうとすると、オロンは再び姿を消し見えなくなってしまった。
「ユウカは、ユウカはどこだ!?」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ、とりあえず勇者の力は封印させたから、奥でそのまま少し休んでもらってるわ」
まずいな、オロンがユウカに何かするかもしれない。
咄嗟にそう思い、俺は慌ててユウカのいる奥の部屋へと入った。
「ユウカ、大丈夫か?」
「……う、うん。どうしたの急に怖い顔して」
ベッドで横になっていたユウカが、恥ずかしそうに布団で身体を隠しながらそう言ってくる。
服は着てるようだが、俺に裸を見られたことをまだ引きずってるようだ。
おっと、今はそれどころじゃない、オロンのことを話しておかないと。
俺は、さっきの出来事を、ユウカとベルクにもう一度話すことにした。
「確かに数年前、城の配下を大量に殺し暴れまわった勇者がいたわね。その時の勇者は、忽然と姿を消したって聞いてたけど、まさかまだこの城にいただなんて」
「いや、今もこの部屋に隠れて様子を見ているはずだ。なんとかならないのか?」
姿が見えないというのは、なんとも恐ろしい。
ユウカも、怖がりながらあたりをきょろきょろと見渡している。
「姿が見えないんじゃどうしようもないわね。勇者の光魔法なら、幽霊だろうとなんだろうと問答無用で瞬殺だろうけど、その力ももう使えないわ。でも大丈夫、その元勇者とやらは、どうせ私たちに何もできやしないから」
なるほど、俺の攻撃がオロンに当たらなかったように、オロンも俺たちを攻撃することはできないわけか。
そうだよな、もしオロンが攻撃できるなら、こんな回りくどいやり方をせずに、気に食わない勇者や魔王を自ら殺せば済む話だ。
「なあ、だったらなんでアイツは俺に元勇者であることを明かしたんだろう?」
「うーん、おそらく、その当時の魔王を見つけたいんじゃないかしら? あの時の魔王は未だ行方不明のままだからね」
正体を明かせば、それ相応のリスクを伴う。
俺も最初は魔王であることをユウカに隠していたわけだし。
オロンがそこまでして見つけたい相手は、逃げ出したっていう魔王か。
そういえば、許せないとか何とか言ってたっけな。
「ところで今までの魔王は、なぜ勇者にすんなりと倒されてるんだ? しかも、聞いた話だと喜んで倒されてたらしいし、おかしいじゃないか。オロンにいくら何かを吹き込まれたとしても、そんな簡単に死を選ぶなんて……」
「それは、私がちゃんと死を選びそうな人を厳選して召喚してるからよ。負のオーラっていうのかしらね、そういうのがあるの。あんたはどういうわけか例外だけど」
なんだ、適当に選んでるわけではないんだ。
だとすると、勇者も何らかの理由があって選んでたりするのかな?
例えば、正義感があるやつとか、オロンのように生に執着してるようなやつとか。
まあ、今はそんなことはどうでもいいか。
「それで、ユウカはもう副作用の心配はないのか?」
「そのことなんだけど、今は力を封印しているとはいえ、このままだと死は免れないわ」
ベルクがはっきりと言った。
ユウカは下を向き、思いつめたような顔をしている。
「そ、そんな……。だったら、俺を殺してくれッ! そうすれば、シグがもしかしたら本当にユウカを助けてくれるかもしれないし……」
「何言ってるのよ、その元勇者の話を信じるっていうの? 私、ヤマトに死んでほしくない! そんなことするくらいなら、私は死んだほうがマシよ!」
俺がそんなことを言うと、ユウカが声を張り上げた。
俺は本気だ。ユウカのためなら、この命、惜しくはない。
なぜだろう、あんなに死にたくないって思ってたのに――。
あ、そうか。
俺、ユウカのことが好きなんだ。
だから、ユウカに死んでほしくないんだ。
「落ち着きなさい、方法がないわけではないわ。勇者の力というのは、一時的に生命エネルギーを爆発させて力を得る禁術よ。それで、身体にとてつもない負荷がかかって死に至るってわけ。だからね、失われた生命エネルギーを回復させてしまえばいいのよ」
「お、おお! それなら、ユウカは、助かるのか! 良かった、本当に良かった……」
俺はベルクの話を聞いて思わず、涙が込み上げてきた。
「安心してるところ悪いけど、話はまだ終わってないわ。その生命エネルギーを回復させるには、生命の水が必要なのよ」
「そ、その水はどこにあるんだ?」
ベルクが、ふぅとため息を漏らす。
もしかして、手に入らないような場所にあるのだろうか。
「勇者に強大な力を与えるのにも、大量の生命エネルギーが必要よ。だから、その天使シグってやつが生命の水を所持している可能性が極めて高いわ。つまり、勇者を治すというのも、あながち嘘とは言い切れないってことね」
なるほど、もしかして天使がいたあの部屋で滝のように大量に流れていたアレが生命の水なのだろうか。
「よし、じゃあ早速、またあの天使の部屋に移動しようぜ」
「どうやって行くつもり? 勇者の力は、すでに封印しちゃったのよ。私は、その天使ってのがどこにいるかも知らないわ」
ああ、そういえば、そうだ。
前はユウカの移動魔法で一瞬で移動したからだが、場所がわからないとどうにもならない。
「そういうことなら、俺が案内しよう」
突然、ただの置物かと思っていた甲冑がしゃべった。
この声、どこかで聞き覚えがある。
「ゼクトか、こんなところで何をしてるんだよ!」
「今はそれどころじゃないだろう。天使の元へと行きたいのだろう?」
俺が指摘するとゼクトは、少し動揺しながらもそう言ってきた。
人を散々変態呼ばわりしておいて、覗き趣味とはいかがなもんかと。
とはいえ、ゼクトの言うとおりだ、今はそれどころではないのだ。
一刻も早く生命の水と手に入れる必要があるのだから。
俺は、ゼクトと共に再び天使のところへと行くことを決意するのだった。




