第六話
「何よ、もうこの部屋には二度と来ないんじゃなかったの?」
「ああ、そのつもりだったんだが、状況が変わったんでな」
部屋からベルクが不機嫌そうに出てきた。
俺は頭をぽりぽりと掻きながら、俺の後ろに隠れてチラチラと様子を伺ってるユウカが見えるように少し位置を変えた。
「なに、その子? 昨日の夜から見かけないなーとは思ってたけど、そんなことしてたんだ? さすがは変態魔王ね。死ぬ前に楽しんでおこうってところかしら?」
「え、ち、ちげえよ! アホか! 見てわからないのか? こいつが新しい勇者だ」
ユウカの姿を見ても全く動じないどころか、クスクスと笑いながらそう言ってくるベルク。
俺は慌てて、ユウカが勇者であることを告げた。
ユウカは、少しムッとしたように頬を膨らませている。
「この子が新しい勇者ぁ? そんな風には見えないわよ。全然殺気が感じられないし。それになんだか仲良さそうじゃないの。勇者と魔王が恋に落ちちゃったってわけ?」
「いや、それがさ、元から知り合いだったんだよ。って、そんな呑気なこと言ってる場合じゃなかったんだ! 実はさ……」
俺は、ユウカが勇者の力を使い、その副作用で数日後には死んでしまうことを話した。
ベルクは、目を細め、指をアゴの辺りに置いて何やら唸っている。
「うーん、信じがたい話ねえ。いつも一瞬で魔王を瞬殺していく勇者の力にそんな秘密があったなんて」
「なんだ、ベルクも知らなかったのか? ということは、その副作用を治すこともできないのかよ!?」
俺は、焦りからか口調を荒げてしまう。
ベルクだけが頼りだったってのに、このままじゃユウカがッ!
「まあ落ち着きなさいって。まずその魔法とやらがどんなものかを調べないといけないわね」
「とにかく急いでくれよ、もう時間があまりないんだ!」
落ち着いてなんていられるかってんだ。
ベルクはあまり動じることなく淡々としている。
「それじゃあ、この子少し預かるわよ? 少し身体を調べさせてもらうわ。いいわね?」
「あ、ああ、頼む」
ベルクがそう言って、ユウカを連れて奥の部屋へと入っていった。
一人になった俺は、ふと冷静になって考えてみた。
ユウカとベルクを、二人きりにさせて大丈夫だったんだろうか?
天使を信用できないとはいえ、悪魔であるベルクを信用できるかは別問題だ。
はっきりいって勇者は、魔王側からしたら敵である。
そんな敵である勇者を、本当に治療してくれるのだろうか?
三十分くらい経っただろうか、ベルクたちはまだ部屋から出てこない。
俺は、ユウカのことが心配になった。
もしかしたら、俺はとんでもない過ちを犯してしてまったんじゃなかろうか。
ベルクが、ユウカを殺す可能性だってあるのだ。
そんなことを考えていると、いてもたってもいられなくなり奥の部屋に入ることにした。
「おい、ユウカ、大丈夫か!?」
「あ、ちょ、ヤマト、入ってこないでッ!」
俺が慌てて部屋に入ると、全裸のユウカが驚いた様子で俺の顔を見るなりそう叫んだ。
何がどうなっているんだこれは。
「な!? お、おい、ベルク! ユウカに何してんだよ!」
「身体を調べるっていったじゃない。服を着たままだと正常な数値がでないのよ。全く、知っててわざと覗いてるんじゃないでしょうね」
あ、そうなのか。
俺は、一安心してユウカのほうに視線を移す。
お、おお、意外と胸が大き……ぐはッ。
思いっきり殴られ、部屋から追い出された。
ぐぬぬ、心配して様子を見に来てやったのに酷いやつだ。
でも、ちゃんと調べてくれてるみたいだな、良かった良かった。
しかし、どのくらい時間がかかるのだろう?
「おろろーん、魔王様、一体何を考えてるんですかぁ?」
「うわぁ、びっくりした! いきなりこんなところに現れるなよ!」
俺のすぐ横にさっきまではいなかったはずの幽霊のオロンが姿を現して驚いた。
どうやら、姿を自在に消すことができるようだ。
「魔王様は、勇者に倒される存在、勇者の味方などしてはいけませんよぉ」
「なんだよ、俺の勝手だろ。ユウカは俺の大事な幼馴染なんだ、放っておけないよ」
オロンがくるくると宙を舞いながら、俺に何やら訴えかけてくる。
そういえば、こいつはやたらと勇者について詳しかったような?
「なあ、お前はなんか知らないのか? 勇者がこのままだと、強い力を得た副作用で死んでしまうかもしれないんだ!」
「あー、あの光魔法のことですねぇ。もちろん知ってますよぉ。なんたって、ボクは、元勇者ですからねぇ。おろろーん」
オロンがいまとんでもないことをさらっと言ったような。
俺は驚いて、ふわふわと浮くオロンを二度見してしまう。
「はは、こんなときに冗談きついって。どっからどう見ても勇者に見えないじゃないか」
「おろろん。ふふーん、ボクは、魔王の配下を大量に殺したから罰を与えられたのさぁ。それでこんな姿にされてしまったというわけ。可愛そうだろぉ? おろろーん」
平然と語るオロン。
半透明で、その顔からは嘘をついてるのかどうかを判別することもできない。
「お、おい、その話本当なのかよ。じゃあなんで俺が最初に会ったときに、勇者が魔王を倒せなかったら世界が滅びるなんていったんだよ!」
「おろろんー。だって、魔王様が勇者に倒されてくれないと、ボクが勇者に殺されちゃうかもしれないだろぉ? そんなのいやだよぉ。だからこうして、魔王が勇者に倒されるように、いろいろと城の連中に噂を流してるのさぁ」
急に、オロンの口調が強くなった。
俺は思わず、オロンと少し距離を取った。
「お前の目的は一体なんだ? 俺の命か?」
「おろろーん。ボクの目的ぃ? そんなの決まってるじゃないかぁ。ボクは死にたくないんだよぉ。生きたいんだぁ。だから、だからねぇ。そのためだったらなんだってするよぉ。君だって死にたくないって言ってたんだし、ボクの気持ちわかってくれるよねぇ? ねぇ魔王様ぁ?」
ヘラヘラと不気味に笑うその笑顔が、天使のソレとソックリだった。
コイツは、危険だ。
だが、俺にはどうすることもできない。
「わからねえな、お前、さっき配下を大量に殺したと言っていたな? その理由はなんだ?」
「おろろん? だって、ボクが勇者の時に限って魔王が逃げたんだもん。許せないだろぉ? そのせいで、ボクは副作用で死ぬかもしれなかったんだ。焦ったねぇ、いやぁ、焦ったよぉ。城の配下を半分くらい殺したところで、シグが止めに来たんだよぉ。あのままじゃ、本当に世界を滅ぼすところだったねぇ、どうせ死ぬなら全員道連れのほうがいいって思ってさぁ」
俺は背筋がゾクッとして、身震いした。
こいつが本当に元勇者なのか?
「お前は力を使ったのに、副作用で死ななかったのか? いや、幽霊だからすでに死んでるのか?」
「おろろーん。死ぬはずだったよぉ。シグも最初からボクを見捨てる気だったみたいだしねぇ。でも魔王の配下を大量に殺したのが、よっぽど気に食わなかったんだろうねぇ。だからこうして、魔王が逃げ出したりしないように、見張りの役目を押し付けられてるんだよぉ、参っちゃうよねぇ」
見張りだと? こいつは天使のスパイだったのか!
「それなら、俺が昨日抜け出したのも知ってたのか?」
「もちろん、知ってるよぉ。だからずっと隠れて様子を見てたんだよぉ。そんなことよりさぁ、ボクの言いたいこと、わかるよねぇ? 君は勇者に倒されるべきなんだよぉ。そうしてくれたらさ、ボクがシグに頼んであの勇者の命だけは助けてあげるよ。好きなんだろう? あの勇者のことがさぁ?」
こいつ、それを確認するためにわざと黙って様子見してやがったのか!
なんてたちの悪い幽霊なんだ。
ベルクたちはまだ奥の部屋から出てくる気配がない。
俺は、俺はどうしたらいいんだ――?




