第二十二話
「ユウカが目を覚まさない? どういうことだよ!」
「おそらく勇者の力を使いすぎたんだと思うの。エネルギー自体は生命の水で回復できるけど、短期間のうちに負荷をかけ続けたことによって、身体が限界を超えたんじゃないかしら」
ユウカの傷を治療したベルクがそう言った。
勇者の力による反動。
これほどの力だ、限界を超えて酷使したら身体に異常があってもおかしくない。
そもそも、身体の中にある生命エネルギーを爆発させる禁じられた魔法なのだ。
生命の水で、無理やりエネルギーを回復させているとはいえ、そう何度も使えるものでもないのだろう。
しかし、なぜユウカは倒れたままなのに、俺はピンピンしているのだろうか。
『お前は、他の勇者と違って、魔王として死の淵より生きようと志した者、エネルギーの使い方が他の者に比べて、格段に優れていたのだろう』
俺の心を読んだブルードラゴンがそう言ってくる。
ふーん、そういうもんなのか。
俺は無意識だったけども。
「ところでさ、ずっと疑問だったんだが、お前生きてたのか? 俺、あの時、確かに……」
『フ……我は、古代より生きる神聖な龍だ。あの程度の攻撃では、我を倒すことなどできん』
思わせぶりな発言して倒されたくせにか。
おっと、今はそれどころじゃない。
なあ、ドラゴン。
ユウカを助けることはできないのか?
『気を失っていて水を飲むことはできんようだな。それならば話は簡単だ、お前自身が生命エネルギーを直接分け与えてやれば良い』
直接?
どうやって?
『メリーヌにも分け与えてもらったことがあるだろう。あれと同じだ』
「え!」
それってつまり……。
き、キスをしろってことか?
『……そうだ、それで再び目を覚ますことができよう』
そんな、毒りんごを食べたお姫様じゃあるまいし。
ユウカのためとはいえ、そんなことしていいのだろうか。
いや、でもこのままだとユウカが……。
うーむ……。
『何を迷っておるのだ、他に方法はないのだぞ? 人間は実に不思議な生き物だな。心をいくら読んでも理解できないことがある』
そんなことをブルードラゴンが言ってくる。
俺にだって、いろいろと悩みがあるんだよ。
メリーヌのことは、本気でトラウマになってるし。
「あー、もうまどろっこしいわね! それなら私がやるから、そこをどきなさい!」
ベルクがうじうじと悩んでいる俺を押しのけそう言った。
そして、ベルクがユウカに生命エネルギーを分け与える。
キマシタワー。
「う、ううん。あ、あれ、こ、ここはどこ?」
「ここは、海底の洞窟だ。えっと、ブルードラゴンの家、みたいなもんかな。水の神殿が戦いの影響で崩れだしたから、移動してきたってわけだ」
ユウカが目を覚ました。
良かった。何度も心配かけやがって。
『本来ならば、人間が来ていい場所ではないのだがな。世界を救ったからこそ、特別に連れてきたのだ』
ドラゴンがそんなことを言う。
なんだかんだ、俺を助けてくれるドラゴン。
ツンデレドラゴンか、新しいな。
『ツン……? なんだそれは』
おっと、また心を読まれてたらしい。
「いや、なんでもないよ。それより、ありがとうな、ブルードラゴン。俺、一度メリーヌに騙されて、お前を倒しちまったっていうのにさ。こんなちっぽけな礼の言葉じゃ足りないくらい、本当に助かったよ」
『ふむ、礼ならば、そこの魔法使いの娘に言うんだな。実のところ、死にかけていた我を助けてくれたのが彼女なのだ。そして、ヤマトを探してほしい、などというものだから驚いたものだ』
ドラゴンが、ベルクほうを向いてそう言った。
そうか、ベルクが俺を探し回ってくれたのか。
「あ、あの時は、私も必死だったのよ! 突然ヤマトがいなくなって、城の地下書庫を探してたら、聖龍ブルードラゴンに関する書物を見つけたってわけよ。まさか、世界を守るドラゴンの伝説が本当だったなんてね」
ベルクが、両手を大きく動かしながらそんなことを言っている。
「そっか、私たち助かったんだ。そ、それで他の勇者さんたちはどうなったの? まさか、戦いに巻き込まれて……」
「ああ、そのことなら心配いらないよ。歴代勇者たちなら、もうすでにブルードラゴンが元の世界へと送り届けたから。もちろん、力は封印した後でな」
ユウカが、ほっとしたような顔をする。
俺たちは、ベルクやブルードラゴンに何度もお礼を言った。
感謝してもしきれない。
俺は、いつも助けられてばっかりだ。
「ベルク、ブルードラゴン、本当にありがとうな!」
「ふふ、まるで今生の別れみたいなことを言うのね、その気になればいつだってまた会えるのよ?」
ベルクが微笑みながらそんなこと言ってくる。
「ああ、そうだな。シグにもよろしく伝えといてくれよ」
シグも、メリーヌに騙されていただけなのだろう。
勇者を召喚し、魔王を倒させる。
世界の平和を願い、罪悪感に苛まれながら、ずっと苦しんできたはずだ。
「それとベルクも、あまり考え込むなよ? 魔王を召喚してたのは仕方のないことだったんだしさ」
「ふふ、まあ、罪は罪として償うつもりよ。今度は、勇者や魔王のシステムなんかに頼らずに、この世界の平和を維持してみせるわ!」
ぐっと腕を振り上げ、そんなことを言うベルク。
ベルクは強いな。
自分を見つめ直し、もうやるべきことを見つけたようだ。
『ヤマトも十分強いではないか。与えられた力とはいえ、あそこまで使いこなせたのだからな。できればこの世界のために、引き留めておきたいくらいだ』
「へ、そんなまさか。俺なんて、何の役にも立てなかったよ。与えられた力で調子に乗って、自分勝手に暴れてさ。結局、仲間に助けられてばっかりだったし」
俺は無我夢中だっただけさ。
それに、俺は勇者の力がなかったら何もできなかったしな。
平凡な高校生は、平凡に生きるのが性に合ってるのさ。
『ふ、まあそういうことにしておいてやろう』
ドラゴンがそう言いながら笑った。
いや、姿からしたら笑っているのかは定かではない。
けど、少なくとも俺にはそう見えた。
「さて、ユウカも無事に目を覚ましたことだし、俺たちも元の世界へと帰るとするか!」
「うん!」
こうして、俺たちは、元の世界へと帰ることになった。
勇者の力も封印してもらった。もうこの力は、俺たちには必要ないものだ。
これからは、自分の意志で、自分の力で、物事を解決していかないとな。
この世界で、生きる意味とか、戦う意味とか、言葉に言い表せないくらい色んなことを学んだ。
何もない平凡な日常こそが、最高に幸せなんだってことに気付かせてくれた。
俺がいて、ユウカがいて、毎日がただ同じように繰り返されていく。
そんな、当たり前のことが、何よりも大事なんだ。
だから、この世界の出来事は、これからもずっと忘れない。
忘れちゃいけないんだ。
悲しいことや、辛いこともあった。
失敗したり、間違ったことをしたこともあった。
でも、それら全てが今を生きる俺の力となっている。
だから俺は、これから何があっても前向きに生きていこう。
死んでいった者たちの分まで、生きていこうじゃないか。
それが俺に与えられた本当の役割だと、そう信じて――。
『平凡な高校生が魔王として召喚されたようです』完結しました。
最後まで読んでくれた皆様、ありがとうございました!




