第二十話
「危ないなぁ、もう。不意打ちなんて卑怯だよぉ。でも惜しかったねぇ。あと一歩早ければ、このボクを倒せたかもしれないのにさぁ?」
あと一歩だった。
あと一歩のところで、オロンに攻撃をかわされてしまった。
俺は一瞬、考えてしまったのだ。
どんなに憎い相手でも、俺に命を奪う権利なんてあるのだろうか、と。
ユウカは、オロンを助けようとしたことがあった。
その姿が不意に思い出され、俺の手はすくんでしまった。
「ねぇ、メリーヌ様ぁ、こいつやっぱり殺していいですかねぇ。せっかく、その実力を見込んで、仲間にしてやろうと思ったのにさぁ。こう何度もボクに敵意をむき出しにされちゃねぇ」
「そうね、優秀な人材を失うのは惜しいけど、仕方ないわ。裏切り者には、死をもって償ってもらわないとね」
オロンは、ニヤリと不気味に笑うと、俺に攻撃を仕掛けてきた。
俺は、咄嗟に、光魔法を暴発させる呪いをオロンにかけた。
城の書庫で、ゼクトから受け継いだ、確かな意志だ。
「な!? あ、あつい、熱いよぉ。身体が焼けるようだぁ。こ、この感覚、あのときと同じ……! き、きさま、死に損ないの魔王から何か教わりやがったな?」
「ああ、ゼクトは俺に大事なことを教えてくれた。生きる意味。そして、この魔法。あの時、命乞いをするお前を助けようとしたユウカやゼクトも平気で裏切りやがって……。お前だけは、許せない。絶対に、絶対にだ!」
這いつくばるオロンに、俺は追撃の光魔法をかける。
しかし、オロンにあたる直前に、その光はかき消された。
「そんなことされたら困りますよ、ヤマト様? ふふ、私には、あなたの彼女を殺すことだってできるんですよ? そんな好き勝手に暴れていいのかしらね?」
くそ、メリーヌが俺のオロンに対する攻撃を防いだ。
光魔法を無効化にする魔法があるようだ。
だからこそ、光魔法を使う勇者を仲間として量産しているのだろう。
「ユウカには、手を出させない。お前も、この場で確実に仕留める。それが、俺にできることだ。もう逃げない、迷ったりしない。ユウカも、この世界も、あっちの世界も、全部、俺が、俺が守る!!」
「ふふふ、あっははははは! 笑わせてくれるわ! 私の手のひらの上で散々踊ってたくせに! いいでしょう、この私、自らあなたを殺してあげるわ!」
不敵な笑みを浮かべるメリーヌ。
しかし、俺も退くわけにはいかない。
俺が、ここで退いたら、全てが終わる。
「待って、もうやめて!」
突然、何者かの叫び声が聞こえた。
声のするほうに、振り返ると、そこにはユウカがいた。
唇を微かに震わせ、メリーヌのほうを睨み付けていた。
「ゆ、ユウカ? ど、どうしてここに、お前、記憶を失ってたんじゃ……」
「うん、そうだよ。でも、思い出したの。ヤマトに、好きだって言われて、それで、全てを思い出すことができた。記憶をどんなに捻じ曲げられても、異世界でのあの出来事だけは忘れられるはずがない、忘れちゃいけなかったのよ! でも、もうやめて! こんなのいやだよ! なんで、なんで殺し合わなきゃいけないの? 平和に暮らしちゃいけないの? 私は、戦ってほしくない! こんなの、もう終わりにしよ? ね? 殺し合いで生まれるのは、憎しみだけなのだから!」
ユウカ……。
そうか、そうだよな。
ここで、二人を止めるには殺すしかないって思ってた。
けど、それじゃあ、俺もこいつらと何ら変わらない。
目的が違うだけで、結局、やってることは同じなんだ。
オロンは、以前俺に言った。
自分と似ている、と。
そうかもしれない、同じなのかもしれない。
俺も守るために、生きるために必死だったのだ。
でも、だったら俺はどうすればいい?
この二人に殺されたら、俺だけじゃない、多くの人が苦しむことになる。
それでいいのか?
いや、良くない。
ユウカの言いたいことは、よくわかる。
痛いほどに。
けど、話し合いだけじゃ解決できないこともある。
だったら、俺は例えユウカに憎まれようとも恨まれようとも、この手を悪に染めよう。
あの時、ドラゴンを倒した時から、俺はもう後戻りなんてできなくなったのだから。
「ごめん、ユウカ。俺、やっぱり、退けないよ。これだけは譲れない。ゼクトの仇でもあるんだ。こいつらだけは、絶対に許すことなんてできないよ。それに、話を聞くような相手でもない、そうだろ?」
「ふふ、よくわかってるじゃない。人間ごときが、この私に刃向うことなど許されない。死をもって償うといいわ」
そして、何やら、メリーヌが出した鏡が輝き始める。
まずい、何をする気だ!
く、間に合わない。
部屋が光に包まれた。
「く、何が起こった? こ、ここはどこだ。一体、どうなってやがる」
「ふふ、あの部屋じゃ戦うには狭すぎるわ。それに騒ぎにでもなったら、せっかくの私の計画も台無しよ。ここは、水の神殿。あなたたちの墓場よ。さあ、覚悟なさい。水の精霊とは仮の姿。この私の真の姿を前にして、ひれ伏すが良い!」
俺たちは、水が四方から流れる不思議な青い空間に飛ばされた。
水の精霊メリーヌがそう叫びながら、怪しく光り始める。
そして、巨大な蛇の化物へと変化した。
「グフフ、もう容赦はせんぞ、お前たち。この姿になってしまっては、以前のような優しさはもうないぞ? 骨も残らず消し去ってくれるわ!」
「キヒヒ、さすがはメリーヌ様。そうだ、やってしまえ、こいつらを殺せば、ボクらの計画を邪魔するものはいなくなる。キヒ、キヒヒ。……!? め、メリーヌ様、な、何をす、や、やめ、ひぃ、助け、助けて、うあああああああ!」
倒れていたオロンを、ペロリと一口で丸呑みにしたメリーヌ。
「な!? お前、なぜオロンを!?」
「グフフフ、一度ならず二度までも、同じ手を食らうような役立たずは、もう要らん! 言ったはずだ、この姿では、もう以前のような優しさはない、とな。グフフ、心配するでない。お前たち二人もすぐに殺してやる。この私を怒らせたんだからな、当然の報いだ」
くそ、どうする。
どうすればいいんだ。
メリーヌに、光魔法は通じない。
光魔法を暴発させる魔法もおそらく意味をなさないだろう。
やはり、俺なんかじゃこいつに勝つことはできない。
俺は、ユウカをかばうように前に立つ。
「ユウカ、こいつは俺がここで足止めをする。だから、なんとしてでもここから逃げるんだ。お前だけでも、生き延びてくれ!」
「いやよ、絶対にいや! 私は、ヤマトと離れたくない。死ぬときは一緒だよ。私も、私もヤマトのことが好きだから!」
ちっ、こんなときになんてことを言ってきやがる。
せっかく、死を覚悟したっていうのに。
死にたくないって、そう思っちまうじゃないか。
「グフフ、フハハハハ! 二人まとめて消え去るがいい!」
メリーヌが、その口から冷たく輝く氷のブレスを吐いた。
俺は、咄嗟に、光の壁を張る。
「く、くそ、なんて強力なブレスだ……このままじゃ、すぐ壁が破られちまう」
「大丈夫、私が、私がそばにいるから!」
俺の横で、ユウカも同じように光の壁を張った。
「お前、勇者の力は封印したはずじゃ?」
「オロンが再び襲ってきたときに、シグさんが最後の力を振り絞って封印を解いてくれたの。ごめん、ごめんね、私、わがままだった。戦いたくなかった。綺麗事ばかり言って、ヤマトに全部押し付けてただけだった。でも、もう迷わない。私は、ヤマトと一緒に戦う。もし、無事に帰れたら、デートとかしよう? そのためにも生きて帰ろう、ね?」
こんな状況で、ユウカはそう言いながら俺に優しく微笑んだ。
負けられない。
ユウカのためにも、こんなところでくたばってたまるかってんだ!




