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第二話

「おかえりなさいませ、魔王様!」


 俺がベルクの部屋から戻ると、部屋を掃除していたミルが元気よく挨拶をしてきた。

 挨拶だけは丁寧なのに、忠誠心はあまりないんだよなあ、この魔王の使い。


「あ、ああ、ただいまミル。なあ、先代の魔王ってどんなやつだったんだ?」

「先代の魔王様、ですか? そうですねぇ、会ってすぐに勇者に倒されてしまったのでよくわかりませんね」


 え?

 俺はなんか冷や汗が噴き出てくるのがわかった。


「ま、待てよ、勇者ってそんなすぐに魔王を倒しに来るもんなのか?」

「そりゃあ、もうすぐきますよ、なんでも魔王を倒すためだけに存在するのが勇者ですからね。それが仕事みたいなもんなんですよ」


 なんだそりゃ、そんな派遣社員……じゃなくて派遣勇者みたいなもんがあってたまるか!

 なんかこの世界、変だ。おかしい。あり得ない。


「えーと、じゃあ、質問を変えよう、なんで勇者は魔王を倒そうとするんだ?」

「で、ですからそれが勇者の役割なのです。魔王を倒し世界に平和をもたらすんです」


 聞けば聞くほどわけがわからない。

 そもそも、俺みたいな人畜無害な魔王を倒してなんで平和になるんだ?


「俺がいたら平和にならないのか? なんかおかしいぞ? 魔王は何のために存在しているんだよ!」

「いえ、魔王様は勇者に倒されるために存在してるわけです。それはそれはもう立派な役割だと思いますよ。魔王様も早く勇者に倒されるよう頑張ってくださいね!」


 笑顔でなんてことをいうんだこの娘は。

 つまり、勇者は魔王を倒す存在で魔王は倒される存在でしかないのか?


「よくわからないが、魔王も勇者も必要ないんじゃないか?」

「何を言ってるんですか、勇者が魔王様を倒すことによって、平和に感謝するのです! もし魔王様という存在がなければ、人々は互いの利のために殺し合いをするのです、歴史がそう物語ってますから。だからこそ魔王様はこの世界になくてはならない存在なのですよ!」


 なんだかやたら魔王様は必要、と力説された。

 しかし、納得はできない。


「やっぱりおかしい。なら別に魔王と勇者が存在してるだけで十分じゃないか。なんで俺がわざわざ勇者に倒されなきゃならんのだ。なんも悪いことしてないのに」

「どこがおかしいというのです? 魔王様は倒されて初めてその役割を果たすのです! 立派な役割だと思いますよ? 素敵です、カッコイイです!」


 抱いて! とは言われなかった。残念。

 それにしても、話が平行線だ。

 魔王は倒される存在であり、生きようと思ってはいけないのだろうか。

 しかし、俺は死にたくない。死んでたまるか!


「あー、まあ、なんとなくこの世界のことはわかった気がする。掃除の邪魔をして悪かったな」


 俺はそう言い残して部屋を出ていくことにした。

 とりあえず、情報収集だ。

 勇者がいつ俺を倒しに来るかを把握しておく必要がある。


 それに、あわよくば勇者を返り討ちにする方法を考えねばなるまい。


 ん、待てよ?

 俺がもし勇者を倒したらどうなるんだろう?


「あー、ちょっとそこの幽霊みたいなやつ、話がしたいんだが」

「おろろろーん、ボクのことですかぁ? ボクは幽霊みたいなやつじゃなくてオロンですぅ」


 俺は部屋を出たところで、城の廊下をうろうろしていた半透明の物体に話しかけた。

 幽霊やら魔物やらが城中をうろついていて、最初こそ怖がりもしたが徐々に慣れてきたのだ。

 ただ、やはり話となると少し気味が悪かった。

 まあ、話ができるなら誰でもいいけどさ。


「もしもの話なんだが、俺が勇者を倒したらどうなるんだ?」

「おろろーん、魔王様じゃ勇者は倒せないですよぉ? 勇者はありとあらゆる魔法を使いこなし、どんな攻撃にも耐えうる防御力を兼ね備えてますからねぇ。まあ、もし万が一倒すことができてもまた新しい勇者が送り込まれるだけですから、大した意味はないかと。おろろーん」


 なんだ、魔王と違って勇者はガチでチートな強さなのか。

 だったら、俺は魔王なんかより勇者のほうが良かったなあ。

 強けりゃ女の子にもモテモテだろうし、今みたいにいつ倒されるかビクビクする必要もない。


 それにしても、倒しても倒しても新しい勇者が俺の命を狙ってくるわけか。

 だとすると、俺がこの先生きのこるには……。


「もし、魔王がこの城にいなかったらどうなるんだ?」

「おろろーん、怒り狂った勇者がこの城の配下を全滅させるでしょうねぇ、そして、そのまま人間達は争いを始めて世界は滅びてしまうのですぅ。おろろろーん」


 なんだその危ない殺人狂みたいな勇者は。

 俺一人が生き延びようとしたら、この城の配下が死に世界は滅びるのか。

 

 ミルやベルクも勇者に殺されてしまうのか……。

 ミルはともかく、あんな口の悪い悪魔は殺されても当然なわけだが……。

 何故だか、死んでほしくない、とそう思ってしまった。

 まさか、裸を見たから、ベルクに惚れた、などというわけでもあるまい。


 俺が逃げ出せば、配下は全滅、世界も滅びる。

 俺が殺されれば、配下は生き残り世界も平和になる。


 何だこれ、完全に詰んでるじゃねーか。

 逃げ出したところで、世界が滅びちまったら元も子もないし。


 いや、まだだ、まだそうと決まったわけではない。


 なんとか解決方法を見つけなければならない。

 勇者と話し合うことはできないのだろうか。

 いや、でも魔王を殺さなかったことで怒り狂って暴れまくる勇者に交渉の余地はなし、か?


 だとしたら、俺が勇者に勝てるくらい強くなるというのはどうだろう。

 また新しい勇者が送り込まれるらしいが、その都度倒せばいい。


 ん、待てよ?

 それだと勇者と魔王の立場が逆転しただけで、根本的な解決にはなってないような……?


 しかし、それなら俺はずっと生き続けることができる。

 だが、しかし……。


「おー、変態魔王、こんなところで何してんだ?」

「へ、変態じゃねえよ! ちょっと考え事をな」


 声をかけてきたのは、さっきベルクの部屋の前にいた配下だ。

 魔界の戦士、といったところだろうか。

 甲冑に身を包み、剣を携えて、見た目はかなり強そうだ。

 この城のやつらは暇人なのだろうか、どいつもこいつもうろうろしてるだけに見えるんだが。


「おっと、自己紹介が遅れたな、俺はゼクト。見ての通り魔界の戦士だ。ふむ、もしかして勇者が倒しに来ることを恐れているのか?」

「……そうだな、俺は死にたくないと思ってる」


 俺は、ため息を吐きながらそうつぶやいた。

 そう、俺は死ぬのが怖い。怖いのだ。


「へぇ、今回の魔王はいつもと違うんだな。先代の魔王様なんて喜んで勇者に倒されにいったぜ?」

「なんだよそれ、なんで倒されるのを喜ばにゃならんのだ……」


 今までの魔王って、どこかおかしなやつが多かったんだろうか。

 倒されることに喜びを感じるって、そっちのほうが変態じゃないか。


「だって、それが魔王様の役割、だろう? 俺は城を守るのが役割、そのためだったら命だって惜しくない。魔王様は、俺達配下を守るのが役割、そのために勇者に倒される、違うか?」


 他のやつもそう言ってたな。

 魔王は勇者に倒されるのが役目……か。

 受け入れるしかないのだろうか。

 いや――。


 例え倒される運命だとしても、倒されるその瞬間まで足掻いてみよう、そうしよう。

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