第十五話
洞窟の隙間から出ると、待っていましたと言わんばかりにドラゴンが睨み付けてくる。
「お待たせ! さあ、俺の本気を見せてやるぜ!」
俺はドラゴンをびしっと指さし得意げにいった。
ふふん。お前の弱点はもうまるっとお見通しだ!
覚悟しやがれってんだ。
さっきの炎で焼かれた分も含めて、とっておきのをお見舞いしてやるからな!
待ってろよ、ユウカ。
相手がどんな最強のドラゴンだろうと、すぐに倒して絶対お前を助けてやるからな。
『そうか、お前は私利私欲のためではなく、愛するものを助けにきたのか』
俺は耳を疑った。
いや、頭を疑ったというべきか。
ドラゴンに焼かれたショックか、あるいは水の精霊にキスをされたショックか。
最強の魔物であるドラゴンの弱点を知り、意気揚々と倒しに来たまでは良かったのだが。
そのドラゴンが俺に話しかけてきたのだ。
いや、脳内に直接訴えかけてきたといったほうがいいだろう。
ドラゴンの吸い込まれそうな青い瞳が、俺の心を揺さぶりをかけてくるようだ。
『水の精霊を信じるな』
ドラゴンは、言った。
俺のほうをじっと見つめ、炎を吐くでもなくドラゴンは悲しそうな表情でそう語りかけてきたのだ。
俺が戸惑っていると、ドラゴンはさらに続ける。
『我は、生命の水を守りしブルードラゴン。生命の水の乱用を止めるべく、深き海の底からこの洞窟へとやってきた』
何をいっているんだ。
生命の水を守っているのは、水の精霊メリーヌではないというのか?
そんな馬鹿な!
あんな可愛い子が嘘をつくはずがない!
『戸惑うな、我を信じるのだ。先ほどは、急に攻撃して悪かった。人間と話し合うことなど、時間の無駄だと思っていたからな。だが、お前の心から、愛する者を助けたいという純粋な想いを感じることができた。お前ならば、我の言葉を理解してくれることだろう』
何も言ってないのに、ドラゴンは勝手に俺の脳内へと言葉を投げかけてくる。
まさか、俺の心が読めるとでもいうのだろうか。
『その通りだ。我は、古代より生きる神聖な龍。人の心を読むなど容易いこと。もう一度言う、水の精霊を信じるな。奴が諸悪の根源、勇者と魔王を異世界から召喚させ、平和のために戦わせるように仕向けた張本人である』
な、このドラゴンは、本当に俺の心が読めるらしい。
そうだとしても、あんな美しい精霊が何故そんなことを……。
『生命の水を私利私欲のために使い、紛い物の平和を維持させようとしている哀れな水の精霊、それがメリーヌだ。あの姿はお前の下心を反映させただけのものである。良いか、水の精霊に騙されるな。奴は我を倒し、再び生命の水を、太古より伝わりし神秘の水を我が物にしようとしているのだ』
このドラゴンは、嘘をついている。
きっと、弱点を知られて焦って俺を混乱させる気なんだ。
水の精霊とこのドラゴン、どっちが正しいかなんてそんなの決まってる。
可愛いは正義だ。
「ちょっと、さっきから何やってるのよ、ドラゴンを前にしてまた怖気付いたんじゃないでしょうね?」
「あ、あれ? お前には聞こえないのか?」
ベルクが、不機嫌そうにそう言ってきた。
どうやら、ドラゴンの声は俺にしか届いてないらしい。
「なあ、ドラゴンって神聖な生き物なのか? 危険な魔物なのか?」
「何よ、こんなときに。そんなことを言ってる場合なの? ドラゴンは、もはや生きる伝説よ。誰もが知っている最強の魔物なの。あ、あれ? でも人を襲うなんて話は、あまり聞いたことがないわね」
うーむ、やはりドラゴンの話は本当なのだろうか。
いや、しかし、仮にそうだとしても、俺には、生命の水がどうしても必要だ。
だとしたら、このドラゴンが何者だろうと関係ない。
俺はユウカのために、そして自分のためにもこのドラゴンを倒す!
『そうか、それも良かろう。やはり時間の無駄だったというわけか。骨も残さず焼き尽くしてくれる』
そういうと、ドラゴンは再び俺を目掛けて炎を吐いてきた。
俺は、瞬時に真横に回転してそれを避ける。
「へ、同じ手を何度もくうかよ! 覚悟しな、相手が俺だったことをとくと後悔させてやるぜ! ベルク、頼む!」
「ええ、わかってるわ!」
俺の合図で、ベルクが俺に風魔法をかける。
そして、勢いよく舞い上がった俺は、ドラゴンの額目掛けて全力で光魔法を放った。
『……見事だ異世界の者よ。与えられた力をここまで使いこなせるとはたいしたものだ。だが、お前はその力の扱い方を誤り、やがて世界を滅ぼすだろう。我の忠告を無視した哀れな魔王よ……。最後にもう一度だけ言う、水の精霊を……信じるな』
そういうと、ドラゴンは静かに目を閉じ、轟音と共にその場に倒れ込んだ。
なんだか不安を煽るようなことを言い残していった。
俺が、世界を滅ぼす……?
馬鹿な。
今のはドラゴンの負け惜しみだ、そうに違いない。
俺の願いはただ一つ、ユウカを助けることだけなのだから。
「あれ、メリーヌはどうした?」
「さあ、さっきから姿が見えないわね、どこに行ったのかしら?」
メリーヌはいつの間にかいなくなっていた。
ドラゴンの、言葉が気にかかる。
水の精霊を信じるな、か。
いや、今はそれどころではない。
一刻も早く、生命の水を持って帰らなければ。
ドラゴンがいた場所から少し奥へと進むと、そこには神秘的な泉があった。
おそらく、これが生命の泉で間違いないだろう。
「やったわね、これでみんな助かるわ!」
「あ、ああ……そうだな……」
ベルクが笑顔でそう言ってくる。
しかし、俺はさっきのドラゴンの言葉が気になってしょうがない。
「どうしたのよ、せっかく水を手にいれたっていうのになんだか浮かない顔してるわね?」
「あ、いや、なんでもない、なんでもないよ。さ、急いで戻ろう」
再び洞窟の入り口に戻ると、俺は移動魔法を使う。
そして、天使の塔へと戻ってきた。
これで、ユウカも助かる。
そう思ってたのに。
ドラゴンの言っていた言葉。
水の精霊を信じるな。
そして、俺が世界を滅ぼす。
その意味を理解した時には、もうすでに何もかもが手遅れだった。




