第十四話
「う、嘘だろ……? 俺の全力の光魔法が全く通じてないなんて……」
外したとは考えられない。
あの青々とした龍の鱗が魔法を弾くかのごとく、俺の光魔法をかき消したのだ。
俺は、もうだめだ、そう思った。
「何やってんのよ、早く逃げるわよ!」
そう言ってベルクが俺の腕を引っ張る。
しかし、足が言うことを聞かない。
さっきまでの威勢は、どうしたというのだろう。
これが、これが最強の魔物であるドラゴンなのか。
俺は、甘く見ていた。
勇者の力があれば、どんな相手にだって勝てる、そんな根拠のない自信に満ち溢れていたのだ。
恐怖のせいか、俺の足はまたがくがくと震えだす。
ドラゴンが、大きな口を開けた。
そして、次の瞬間、赤く燃えたぎるような炎を吐き出した。
俺は咄嗟にベルクをかばうよにして立ちはだかり、光の壁を作る。
「ぐ、ぐああああ!」
「ヤ、ヤマト! しっかりして!」
しかし、防ぎきることはできずに、俺の背中を炎は容赦なく襲う。
熱い。アツイ。痛い。イタイ。
この痛み、夢ではない。
この苦しみ、幻ではない。
その痛みが、この世界が現実であるということを改めて認識させた。
何がドラゴンと戦ってみたい、だ。
俺はバカだ。
まるでゲームの主人公にでもなったように調子に乗っていた。
天使に与えられた力で、強くなった気でいた。
こんなはずじゃなかったのに。
俺は薄れゆく意識の中で、激しい後悔に苛まれていた。
「ちょっと、しっかりしなさいよ。傷なら私が治すから! だから、お願い、気をしっかり持って!」
「む、無理だベルク……ドラゴンには勝てないよ…………ベルクの言うとおりだった。ご、ごめんな……。俺が調子に乗ったせいで……。だ、だから、お前だけでも、逃げてくれ……」
倒れる俺の手をぎゅっと握り、ベルクが回復魔法を唱える。
しかし、傷は癒えても、俺の心はぽっきりと折れたままだった。
そして、そんな俺をあざ笑うかのようにドラゴンは再び炎を吐いてきた。
終わった。
俺の人生が終わった。
結局、俺は何もできなかった。
ユウカを助けることもできなかった。
ごめんな。
こんな情けない俺で、ごめんな。
もし、生まれ変われたら、もっと努力して、絶対ユウカを守れるような強い男になるから。
俺は、目を閉じ全てを諦めた。
「あ、あれ……? 炎が、こない……? どうなってるんだ、もしかして、ベルクが?」
「い、いえ、私じゃないわ。突然、水の壁が現れて炎を打ち消したの」
死を覚悟した俺が再び目を開けると、ベルクが俺の身体を覆うようにしていた。
俺を守ってくれようとしたのだろうか。
しかし、そのベルクも何が起こったのかわかっていない様子だった。
「勇者様、こちらです!」
洞窟の隙間から、見知らぬ美女が手招きをしている。
しかも、全裸で。
ああ、夢か。
やっぱり、俺は死んだんだな。
本物の天使が、俺を迎えに来たんだ。
そんなことを考えていると、ベルクがパシッと頬を叩いてきた。
「何、鼻の下伸ばして見とれてんのよ! さっさと、逃げるわよ!」
そういってベルクが俺の手を掴むと、その美女のほうへと走り出した。
そして、そのまま洞窟の隙間に入っていく。
ドラゴンが追ってきたが、その巨体では入れないようだ。
「いやあ、助かりましたよ。もう絶対ダメだと思いました。ハハ」
「危ないところでしたね、勇者様。申し遅れました、私、水の精霊のメリーヌと申します」
メリーヌがこちらを見ながら、一礼する。
勇者? はて、俺のことだろうか?
「お、俺は、勇者じゃないですよ。ん、いて、いててて、何するんだよベルク」
「何、照明魔法を強くして、じっくり見ようとしてんのよこの変態魔王!」
俺がメリーヌのほうを向き、明かりを強めるとベルクが俺の耳を引っ張ってきた。
いや、だってこんな美人が全裸で俺を見つめてくるなんて滅多にないチャンスじゃないか。
「あ、この格好はまずかったですね、すみません。これなら、問題ないですよね」
そういって、メリーヌは何やら水の羽衣のようなものを身にまとってしまった。
あああ、せっかくの、せっかくのチャンスが!
俺が残念そうにしている他所に、メリーヌは話を続ける。
「勇者様じゃないのですか? さきほどから勇者の光魔法を使ってますよね」
「あ、ああ、えっと、どうなんだろう? 俺は本来魔王で、えっと、その、うーん?」
勇者の定義がよくわからない。
光魔法を使えたら勇者なのか?
「なるほど。いずれにせよ異世界から召喚されてきたわけですね。実は、折り入ってお願いがあるのです。私、この洞窟で生命の泉を守っているのですが、ここ最近になって、ドラゴンが住み着いてしまい困っているのです」
どうやら、この洞窟に生命の泉があるのは確かなようだ。
そして、どういうわけか、その泉の水を狙ってドラゴンが居座ってしまったらしい。
そのせいで生命の泉がある奥の部屋に戻るに戻れなくなり、困っているとのことだ。
「俺たちも生命の水を探しにここまでやってきたので、あのドラゴンをどうにかしたいところなのですが、さきほど俺の全力の光魔法でもかすり傷一つつけれませんでしたよ」
「ええ、そうですね。ドラゴンは、どんな魔法をも寄せ付けない特殊な鱗で覆われています。ドラゴンが最強の魔物といわれる所以ですね。しかし、そんなドラゴンにも弱点があるのです。それがドラゴンの額です。この部分は鱗が薄く、魔法が通りやすいのです」
なるほど、俺はさっきドラゴンの身体目掛けて魔法を放った。
それで全く効果がなかったというわけだ。
「弱点があったのか! それならいけるかもしれない! で、でも、俺にはもう全力で光魔法を使うほどの生命エネルギーが残っていないです」
「大丈夫です。私は水の精霊ですよ。生命の水も、元は私が人間たちの生きる希望をエネルギーに変えて作り出している水なのですから」
そういうと、メリーヌは笑顔で俺の顔を覗き込んできた。
そして、次の瞬間、俺の唇に何やらやわらかい感触が。
え?
俺はメリーヌにキスをされたのだ。
驚きのあまり、俺はその場で固まってしまった。
俺にとってはファーストキスだ。
もう頭の中がパニック状態。
もしかして、この精霊は俺に気があるのか?
俺には、ユウカという大事な大事な幼馴染がいるというのに!
ど、どうしたらいいんだ俺は。
「ふふ、これで生命エネルギーも復活したでしょう?」
そんな俺の邪な考えとは裏腹に、透き通るような笑みを浮かべるメリーヌ。
どうやら、生命エネルギーを俺に分け与えてくれただけのようだ。
再び力が湧き出てくる。
「ちょっと、何ニヤニヤしてんのよ、いやらしい。勇者に言いつけるわよ!」
「な、ニヤついてなんかいねーよ! ユウカは関係ないだろ、なんで今アイツがでてくるんだよ!」
何やら急に不機嫌になったベルク。
俺、何か悪いことしたかな。
「いいですか、勇者様。光魔法は、生きる希望を力に変えて放つ魔法です。ですから、強く生きたいと思えば思うほど、その力もまた強くなるのです」
そうか、勇者の力にはそんな秘密があったのか。
与えられた力ではあるけども、その威力は自分次第というわけだ。
それならば、今度こそ、本気で、俺の全力の光魔法をお見舞いしてやるぜ!




