第十三話
「おい、今の見たかよ、ドラゴンだぜドラゴン。本物だ! でっかかったなー、ハハハ」
「何を、そんな呑気なこと言ってるのよ。気付かれたら生きて帰れないかもしれないのよ?」
洞窟内を彷徨っていた俺とベルクは、生命の泉よりも先にドラゴンを見つけてしまったのだ。
しかし、ベルクの咄嗟の判断で、なんとか見つかる前にその場から立ち去ることができた。
魔物に気付かれないように、姿を闇に紛らす魔法らしい。
そして、今はドラゴンがいた場所から大分離れて洞窟の入り口付近に戻ってきていた。
「いやー、勇者の力なんかよりも、よっぽどすごいじゃないか。ベルクって実は天才なのか?」
「あんたが、力を使いこなせてないだけでしょうが! 洞窟だっていうのに、明るくする方法も知らなかたなんて信じられない! せっかくの勇者の光魔法が聞いてあきれるわ!」
ベルクは本当にすごい。
何がすごいって、洞窟の魔物だって、ほとんど魔法一発で倒しちゃうし、回復魔法や補助魔法だって使える。
可愛い見た目からは、想像もできなかったことなのだ。
以前にも魔物と戦ってるところを見てきたが、これほどとは思わってなかった。
「おっと、ここまでくればもう大丈夫だろう。それにしても、それだけの力があってもドラゴンには勝てないのか?」
「勝てるわけないでしょ! シグの話を聞いてなかったわけ? 普通の魔法は、一切通じないのよ! 私のへなちょこ魔法じゃ傷一つ負わせることもできないわ」
ふむ。全然へなちょこって感じじゃないんだけどなあ。
ベルクの謙遜なのだろうか。
それとも、それだけドラゴンが凄くてヤバイってことなのかな。
こんな時だっていうのに、俺なんかわくわくしてきたぞ。
だって、そうだろう?
元の世界じゃ絶対に体験できるようなことじゃない。
ドラゴンだぜ、ドラゴン。
最強の魔物だなんて言われると、戦ってみたくなるってもんだ。
「なあ、ドラゴンと戦ってみようぜ? な? 俺も勇者の力があるし、ベルクが支援してくれれば倒せる気がするんだ」
「あんた、なんだか別人みたいになってるわよ。洞窟の入り口でがくがく震えてたくせに、一体どうしたっていうのよ」
あー、いやー、そりゃ恐怖はもちろんあるんだけどさ。
それよりも、心が躍るというかなんというか。
なんだろう、なんか力と共に勇気が湧いてくる感じがする。
これも勇者の力のせいなのだろうか?
「というか、ドラゴンがいた場所に生命の泉がある気がするんだ。だから、どのみち戦わないとダメだと思うんだぜ?」
「なんでそんなことがわかるのよ! シグは、なるべくドラゴンと戦わないようにって言ってたじゃない! 失敗したら私たちだけじゃなく、勇者たちも死んじゃうんだからね? もっと危機感をもってほしいもんだわ、全く」
何故わかるかって?
それは勇者の勘だ。
おっと、俺は魔王だったな。
魔王の勘だ。うん。
「いや、でも、普通に考えて、あそこ以外にありえないんだよ。俺たち、さっき洞窟に入って、迷わないように、壁伝いに進んできただろう? そしたら、ぐるっと一周回って最初の入口に戻ってしまったわけだ。それで、仕方なく壁を無視してまっすぐ進んだらあのドラゴンがいた場所だったんだよ。シグは、泉の場所はすぐわかると言っていた。だから、あの広い部屋に生命の泉があるはずさ」
「あんた意外と頭良かったの? いや、でもまあ言われてみれば確かにそうね。他に泉がありそうな場所はなかったし。でも、どうするのよ。ドラゴンと戦うなんて危険すぎるわ」
いや、俺は、頭が良いわけじゃない。
これはロールプレイングゲームなんかをやってれば自然と身につくことだからな。
さて、ドラゴンか。
戦ってみたい気もするが、そんなに危険なのだろうか。
「さっきの闇に紛れて気配を消す魔法で、ささっと泉の水を汲んでくるってのはどうだ?」
「どうかしら、たぶん無理だと思うわ。あの魔法はある程度距離が離れてないと効果がないのよ」
うーん、じゃあどうしたら良いんだ。
こんなとこで悩んでる間に、ユウカが死んでしまうかもしれない。
覚悟を決めるときが来たようだ。
「まあ、見つかったらそん時はそん時だ。なるべく見つからないように端を通って行こうぜ」
「あんた、本当は戦いたいんじゃないでしょうね? なんかさっきからそんな顔してるわよ?」
む、バレたか。
こんな時に、おかしな話だけど、どうしても戦ってみたい衝動に駆られる。
俺、普段は臆病者だし、こんな風に戦いたいなんて思うことはないんだけどな。
死を前にして吹っ切れたのだろうか?
それとも、これが勇者の副作用?
オロンもこれのせいで暴れまわったとでもいうのか?
とはいえ、俺は移動魔法と照明魔法を少し使ったくらいで、魔物はほぼ全てベルク任せだ。
副作用がでるほど、勇者の力を使ってはいないはずだ。
「し、静かに。もうすぐさっきの場所だ。まずは泉を探そう。ドラゴンに気付かれないように慎重にな」
「え、ええ。わかってるわ」
まあ、俺たちだけじゃなくユウカの命もかかってるし、好奇心だけで危険を冒すわけにはいかない。
しかし、ドラゴンに気付かれないようにするため照明魔法を最低限にしているため前が良く見えない。
これだと、生命の泉を探すのも難しい。
「きゃああああ、ちょっとどこ触ってんのよ! この変態魔王!」
「おい、大きい声出すな! 暗くてよく見えないんだからしょうがないだろうが!」
ベルクが急に叫ぶもんだから、俺は驚いてビクついてしまった。
ビビらせんなよ。ちょっと触っちゃっただけじゃないか。
「あれ、行き止まりだ。おかしいなあ、生命の泉はここにあると思ったんだが……」
話をそらすように俺は、目の前の壁に首を傾げて立ち止まった。
他に泉がありそうな場所なんてあっただろうか?
すると、後ろのほうでベルクが何やら俺に何かを伝えようとしている。
しかし、暗くてよく見えない。
「なんだ? 暗くてわかんねえよ。え? 何? それは壁じゃない?」
俺は振り返って、もう一度その壁をよく見てみる。
少し光りを強くして照らすと、何やら青っぽくぬるっとした不思議な壁だった。
じっと見つめていると、何やら壁が動き始めた。
「え、これってもしかして……ど、ど、ドラゴン!?」
そう、それは壁ではなく、ドラゴンの背中だったのだ。
そして、俺に気付いたドラゴンがこちらに向きを変え、吸い込まれそうな青い瞳で俺を睨んできた。
「くそ、見つかっちまった!」
「あー、もう、しょうがないわね。支援魔法を使うから、さっさと光魔法をフルパワーで打ち込みなさい!」
そういって、慌ただしく、強化の支援魔法を俺にかけてくるベルク。
こんな時だっていうのに、冷静なベルクは何とも心強い。
チャンスは一度きりだ。外したら、もう後はない。
俺は両手に力を集中させ、目の前にいるドラゴンに全力で光魔法を打ち込んだ。
物凄い轟音と共に、衝撃で洞窟内が揺れる。
「や、やったか? へへ、ドラゴンつっても大したことないな」
確かな手応えで、俺はすっかりドラゴンを倒した気になっていた。
しかし、砂埃がおさまると、そこには元の姿のまま平然とこちらを睨み付けているドラゴンがいた。
どうやら俺は、調子に乗りすぎていたようです。




