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第十一話

「天使が目を覚ましたわ!」


 ベルクに連れられて、よろよろとしながらシグが奥の部屋からでてきた。


「おい、ここに連れてきてよかったのか? ゼクトがまた天使を襲ったりしないだろうな」

「何言ってるんだよ、俺がそんなことするわけないだろ。俺の目的は、オロンに復讐することだけだったしな」


 俺が心配して、そう言うと、頬をポリポリとかきながらゼクトがそう言った。

 あ、あれ、天使を襲った犯人はゼクトじゃなかったらしい。


「ワシを気絶させたのは、オロンじゃ。全く、あやつの行動だけはいつも読めないのう」


 天使シグが、やれやれと言った感じで溜め息交じりにそう言う。


「なるほど。でも、どうして元の姿に戻したりなんてしたんだ? オロンが危険なのはわかっていたことだろう。もしかして、俺たちと戦わせるためか?」

「いいや、生命の水の力で自ら呪いを解いたようだ。一体どこで生命の水の情報を手に入れたのやら……」


 俺の疑問にシグが答える。

 生命の水の話を盗み聞きしたオロンが、思いつきでその効果を試したといったところか。


「生命の水なら、私がしゃべってしまったわ。オロンが姿を消していたけど、きっとどこかで聞いていたのね」

「む、そなたは、先代の悪魔ビルスの娘か。お主にも、オロンが迷惑をかけてしまったようじゃな。すまなかった」


 ベルクが発言すると、その顔をしげしげと見つめてシグがそう言った。

 その発言で、ベルクが驚いたような表情を浮かべる。


「え、父のことを何かしってるの? 教えて、どうして私が魔王を召喚しなければならなかったのかを!」

「そうか、お前さんは、知らなかったのか。そもそも、この勇者と魔王を使った平和維持システムは、ワシとお前の父ビルスが計画したものなのじゃ」


 シグが、詰め寄るベルクに平然と答えた。

 どうやら、ベルクは何も知らずに父の後を引き継ぎ魔王を召喚していたようだ。

 言われてみれば納得だ。

 このふざけたシステムは、勇者側と魔王側、共に協力しなければ成り立たないのだから。

 そして、ビルスはオロンに殺されてしまったらしい。

 それを知ったシグが慌ててオロンを止めた、というわけだ。


「ビルスが死んだ時点で、もうワシはこのシステムを辞めようと思っていたのじゃ。しかし、どういうわけか、ビルスが死んだあとも魔王が誕生したという噂を耳にしてな。そこで、監禁していたオロンを幽霊の姿に変え、偵察させるようにしたのじゃ。そして、ベルクが後を継ぎ魔王を召喚したことを知り、再び勇者を召喚することにしたのじゃ」

「な、なんでだよ! どうしてオロンにそんなことをさせたんだよ! 危険なやつだってわかってたんだろ!?」


 天使の発言に、俺は少し苛立ちながら食って掛かる。


「あの姿なら、危害を加えることはできないからな。勇者は、生きる意志が強い者を厳選して召喚しているのじゃ。だから利用できると、そう思ったのじゃ……」

「ふ、ふざけるな! お前のせいで、一体どれだけの勇者や魔王が死んだと思ってるんだ!」


 シグの発言に怒りが爆発した俺は、シグに殴りかかる。

 その様子を見て、ゼクトが俺を制止する。

 落ち着いて最後まで話を聞こう、とそう言ってきた。


「ふむ、そうじゃな、ワシのせいじゃ。この世界の平和を維持するためとはいえ、異世界の者を含め多大な迷惑をかけた。そのことはワシ自身が一番わかっておるつもりじゃ。だが、勇者はちゃんと役目を終えたら元の世界に帰しておるぞ? この世界の記憶は消しておるがな」

「う、嘘だ! お前、ユウカを見殺しにする気だっただろ!? オロンだって、天使は最初から見捨てる気だったとかって言ってたぞ!」


 俺は、ゼクトに両腕を掴まれ身動きをとれないが、今にもまた殴りかかる勢いだ。

 くそ、こいつのせいで、ユウカが……。


「それは、誤解じゃ。天使は嘘をつかんといったじゃろう? オロンもあの事件の後、記憶を消して帰すつもりじゃった。しかし、ビルスが死んだことにより、魔王側の行動が掴めなくなってしまってな。仕方なく、そのまま監視を続けさせることにしたのじゃ」

「そ、そんな……、身勝手すぎる! 勇者を元の世界に帰してたとしても、魔王は殺されてるんだぞ! 罪のない人間を殺したことに変わりはないじゃないか!」


 申し訳なさそうに語るシグだが、俺の怒りは収まらない。


「魔王は、死にたがっているやつを召喚していたからな。どうせ、自ら命を絶つくらいなら、この世界の役に立ったほうがいいじゃろうと、ワシとビルスでそう決めたのじゃ」

「そんな無茶苦茶な! 俺は、死にたくなかったんだぞ! ゼクトだって、そうだろう?」


 そういえば、ベルクも負のオーラがどうとかっていってたっけな。

 俺は、何故召喚されたんだろう。

 いや、待てよ、俺はもしかしたら、死にたいと思っていたのかもしれない。

 毎日が、同じことの繰り返しで、ただ時間だけが過ぎていく。

 何のために生きているのか、わからなくなったのだ。


 けど、実際に死を前にして、俺は怖くなった。

 そして、なんとか死なずに済む方法を探そうと必死になってたんだ。


「……俺は死ぬ気だったけどな」


 ぽつりと、ゼクトが呟いた。


「え?」


 俺は、両腕を掴まれながら、顔だけ振り返りゼクトを見上げる。

 そして、もう俺から怒りが収まったのを確認したのか、スッと手を放し、語り始めた。


「俺は、死ぬ気だったんだよ。そんなときに現れたのがニーナだった。俺は、ニーナに恋をしたんだ。そして、死にたくなくなった。生きたいと思うようになった。ニーナとずっと一緒にいたいって思ってしまったんだ。それで、勇者に対抗できる力を得るために、城の地下にある書庫で、あらゆる魔法書を読み漁った。必死に次から次へと魔法書を読んでいた俺は時が経つのを忘れていた。そして、地上に戻ったときには、あの大惨事ってわけさ」


 俺は言葉を失った。

 ゼクトは、逃げたわけじゃなかったんだ。

 生きるために必死に足掻いてたんだ。


「ニーナを失った俺は、オロンに復讐することだけを考えて生きてきた。最初は、俺を召喚したビルスを問いただしたかったんだが、死んでしまったからな。天使やオロンがどこにいるかもわからない俺は、情報を集めることにした。そのために、城を守る魔界の戦士と同じように甲冑を着て、紛れ込んだってわけだ」


 ゼクトの生きる希望であるニーナは、オロンに殺されてしまった。

 ニーナを失ったゼクトの悲しみは計り知れない。

 だから、あの時ベルクが止めなければ本当に死ぬつもりだったのだろう。


 ただ、オロンの気持ちもわからないでもない。

 魔王を倒さなければ、自分が死んでしまう。

 もし俺がそんな状況だったら、果たして冷静な判断ができただろうか?


「新しい魔王が召喚されるたびに、俺は機会を見計らって話しかけることにした。もしかしたら、俺に協力してくれるやつが現れるかもって思ってな。しかし、どいつもこいつも死んだ魚のような目をしたようなやつらばかりだった。勇者に倒されることを知るや否や、喜んで倒されにいくようなやつらしかいなかったんだ。そんな時に、現れたのがお前だ、ヤマト。ベルクの裸を見て目をキラキラと輝かせてた変態魔王のお前なら、なんとかしてくれるんじゃないか、そう思ったんだ」


 ようやくゼクトの行動の全貌が見えてきた。

 魔王となった俺に声をかけてきたのも、協力してくれるやつを探していたからだったようだ。


 ただ、最後が聞き捨てならない。

 俺は断じて変態ではない!

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