第十話
突如現れた、謎の男と戦うゼクト。
俺は倒れ込むユウカを抱きかかえながら、その状況を見守るしかできないでいる。
「あちゃー、なんか大変なことになってるわね」
「ベルク、一体何がどうなってるんだよ! あいつは誰なんだ、味方なのか?」
いつの間にかベルクが俺の横に立っていた。
顎に手を置いて、何やら考え込んでいる。
「んー、あれは以前、城で暴れまわった元勇者ね。ほら、幽霊の姿をして監視してたとかってやつよ」
「え、あいつがオロンなのか?」
どうやら、短刀でゼクトと戦っている男はオロンらしい。
だったら、なぜユウカを助けてくれたのだろうか。
いや、そもそも助ける気があったのかどうかもわからない。
「キヒヒ、まさか、まだあの城に元魔王が潜んでいたとは思わなかったよぉ。てっきり、どこか遠くの地に逃げ出したと思ってたんだけどねぇ。キヒヒヒ、なんだいその目は、ボクが憎いのかい?」
「ああ、お前だけは絶対に許さない!」
オロンとゼクトが何やら言い合いをしている。
どうやら、元勇者と元魔王の因縁の対決らしい。
「キヒヒヒ、許さないねぇ。それはボクのセリフだよぉ。あの時、君が逃げ出したせいで、ボクは魔王を倒すことができなかったんだからさぁ! キヒヒ、魔王は勇者に倒されるべきなんだよぉ、それがこの世界のルールなんだよぉ!」
「散々、ルール違反のことをやってきたお前が言えることかよ! てりゃあっ!」
ゼクトが剣を振りかざす。
金属音のような鈍い音が部屋中に響き渡る。
「キヒヒ、無駄だよぉ、ボクは勇者の力を取り戻したからねぇ。そんな攻撃はボクには効かない。今度はボクの番だねぇ。お遊びはもうお終いだよぉ、覚悟しなぁ! キヒヒヒヒ!」
ゼクトの攻撃をもろともせずに、薄気味悪い笑みを浮かべるオロン。
そして、オロンの両手が光り輝き始めた。
勇者のチート魔法だ。
まずい、このままだとゼクトがやられてしまう。
しかし、俺にはどうすることもできない。
情けないことに、見ていることしかできなかった。
「ぐ、ぐおおおお、な、なんだ、なんだこれはぁ!? ど、どうなってるんだぁ? 身体が……熱い…………、溶けるようだぁ」
魔法を使った側であるはずのオロンが苦しみだした。
どうなってるんだ。魔法に失敗したというのか?
「ふ、バカなやつだ。俺が何の策も無く、お前に立ち向かうとでも思っていたのか? 勇者の力は、所詮与えられた紛い物だ、俺にその力は通用しない。いや、通用しないどころか逆にその力を暴発させることができるのだ。俺がこの数年で、ようやく辿り着いた成果だ」
「ひ、ひいぃぃ、た、助けてくれぇ、助けてくれよぉ。お願いだよぉ。ボクだって、好きで勇者になったわけじゃないんだよぉ、わかるだろぉ? だから、だからさぁ、ボクを殺さないでくれよぉ」
ゼクトは、再び平然と剣を振り下ろそうとする。
苦しんでいたオロンが、這いつくばりながら弱々しい声で命乞いをしている。
形勢逆転、か?
「……そうやって、命乞いをした城の配下たちを躊躇することなく殺したのはどこのどいつだッ! 忘れたとは言わせないぞ。俺の、生きる希望を……、大切な人を奪いやがって! 死ねええええ!」
「だ、だめぇえええええ!」
ゼクトが剣を振り下ろそうとしたときに、突然ユウカが走りだし、二人の間に割って入った。
しかし、その剣は止まることなくユウカの身体に突き刺さる。
「な、なんで……どうして……、どうしてこんなやつを庇ったんだ! こいつは、俺の大切な人の命を奪った極悪人だぞ……、それなのに、どうして……」
「……わ、わからないよ、でも、人が死ぬのを黙って見てるわけにはいかな……かったから…………」
ユウカが力無く、そういうとその場に倒れ込んだ。
ゼクトは、膝をついてユウカの姿を見て茫然としている。
「キヒヒ、キヒヒヒ、まさか勇者がボクを助けてくれるなんてねぇ。キヒヒヒ、お前ら揃いも揃ってバカばっかりだ。とんだ茶番だよぉ。キヒヒヒヒ。こんな世界、なくなっちまえばいいのにさぁ! みんなまとめて死んじゃえ!」
オロンがゼクトの後ろに回り込むと、オロンの身体が光りだした。
そして、目の前が真っ白になったかと思った次の瞬間、オロンだけが消えていた。
「え、一体……何が起こったんだ!?」
「……さっき俺が勇者の力を暴発させたままだったからな、その状態で再び力を使えば身体が持つはずがない。その力に耐えられなくなった身体が消滅したのだろう。そんなことより、勇者が……。こんなことになるなんて、俺は、俺は……。愛する者を奪われた人の気持ちを誰よりも知っているはずなのに……」
ゼクトが兜を脱ぎ捨て、両手で顔を覆う。
「い、今はそれどころじゃない! は、早くなんとかしないとッ!」
「やっと私の出番ってわけね。安心しなさい、可愛い悪魔のこの私が治してあげるわ!」
そういって、ベルクがユウカの傷口に手を当てる。
すると、一瞬で傷が跡形もなく消え去った。
「す、すげぇ、ベルク、こんなこともできるなんて!」
「べ、別にあんたのために治したわけじゃないんだからね!」
ベルクが回復魔法を使えるなんて知らなかった。
俺が本気で俺を言うと、頬を赤らめながらおかしなことを言っている。
どこのツンデレだこいつは。
良かった、本当に良かった。
もう、ダメかと思った。
ベルクには感謝してもしきれないな。
そんなことを考えていると、ゼクトがフラフラと、窓のほうへ向かって歩き始める。
「おい、ゼクト、待て! 何する気だ!」
「……俺の復讐も終わりだ。もう思い残すことは何もない……」
そんなことを言いながら、窓から身を乗り出すゼクト。
そして、身を投げようとしたまさにその時だった。
ベルクの手から何かロープのようなものが飛び出し、ゼクトを掴むとそのまま部屋へと押し戻した。
「勝手なマネしないでちょうだい! この世界に、もう勇者の力を持つ者はいなくなったわ。魔王が無意味に死ぬ時代は終わりよ! この子だってさっきいってたじゃない、人が死ぬのを見たくないってね。まー、どうしてもっていうなら、もう止めやしないわ。ただ、その時は私が見てないところで死になさい!」
「……すまない、何から何まで、俺は……俺は…………」
ベルクのその言葉で、ゼクトは涙を流していた。
まるで、思いつめていた何かが溢れ出したかのように、止まることなく泣き続けていた。
俺も、なんだか泣きそうになった。
いや、泣いていた。
俺は、何もできなかった。
俺だけが何もできなかった。
そのことが、なんとも情けなくて、辛くて、かっこ悪くて。
そして、今を生きている、そんな当たり前のことが、嬉しくて、嬉しくて。
俺は溢れる涙を堪えきれなくなっていた。
そして、そのまま涙が枯れるまで泣き続けていた。




