第一話
「おはようございます、魔王様!」
「あ、ああ……おはよう、ミル」
朝目が覚めると、魔王の使いミルが元気に挨拶をしてきた。
うぐぐ、昨日の出来事は夢ではなかったのか!
なんだよ、何なんだよ!
俺が何をしたっていうんだよ!
昨日、高校に登校途中、突然あたりが真っ暗になったと思ったら、魔王になっていた。
うん、意味が分からないね、俺だって分からないよ。
「なあ、ミル。なんで俺が魔王なんだ?」
「何故、といわれましても、先代の魔王様が勇者に倒されてしまったので、新たに相応しい人材を異世界から召喚した、とそう聞いておりますが……」
それだ、それ。
昨日も聞いたその台詞。
魔王が倒されたからって、なんで俺が魔王にならなきゃいけないんだよ!
納得いかない。
大体、魔王って何?
俺人間なんだけど?
魔族とかそういうんじゃなくていいわけ?
そもそも俺、魔王に相応しいとは思えないよ?
魔法なんて使えないし、使い方も知らないし。
いや、待てよ。
異世界、しかも魔王なら、もしかしたらとんでもない魔法が使えるかも!?
だとしたら、俺がやるべきことは一つ!
勇者を倒して、世界を支配し、欲望のままに生きる!
うん、完璧だ!
どうせ元の世界に帰れないというならば、好き勝手にやってやる!
魔王という立場を利用して、あんなことやこんなこともしてやる。
そうだ、それがいい。
こんな理不尽な形で召喚されて、はい、そうですか、と応じるわけにもいかないからな!
「なあ、ミル。魔法を教えてくれ」
「無理です。だって、魔王様は魔力がないですもん」
え?
どういうこと?
「ちょっとまてええええ、相応しい人材を魔王にしたんだろ? なら魔力あるんだろ? え? ないの? ちょ、なんで? どうして?」
「知りませんよ、そんなこと。召喚した悪魔ベルク様にでも聞いてみたらいかがですか?」
そうだ、そいつだ。
とりあえずそのベルクとやらに文句の一つでも言わないと気が済まねえ。
高校生活を満喫してた俺を勝手に召喚して、挙句の果てに魔王にしやがって。
ぜってえ許さねえ! 魔王の権力とやらで酷い目に合わせてやるからな!?
「よし、そのベルクとやらを呼んで来い」
「いやです、私ベルク様キライですし。場所なら教えますから自分で聞いてきてください」
おいおい、魔王の使い、という割には俺の命令を無視するとはいい度胸だな!
もしかして、魔王って権力なかったりする?
俺の思い描いてる魔王とかけ離れちゃったりするわけなの?
仕方なく、俺は言われた通りにベルクの部屋の前までやってきた。
扉には趣味が悪そうな悪魔の像が付いていた。
俺は少し尻込みしながらも、扉を勢いよく開けた。
「我は魔王なり、ベルクとやらしばし話がある!」
俺がそう叫ぶと、目の前にいたのはなんとも可愛い全裸の美少女だった。
その美少女と目が合った瞬間に悲鳴を上げられた。
「失礼、部屋を間違えたようだ」
俺は平静を装いながら、扉を閉めしばし考える。
おかしいな、ミルの説明だと確かにこの部屋だったはずなのだが……。
それにしても良いものが見れた。
今の記憶を脳に焼き付けておくとしよう。
しばらくして、その騒ぎを聞きつけた、城の配下達が集まってくる。
「ベルク様の部屋を覗いた変態魔王様らしいぜ?」
「あー、あれが新しい魔王様か、変態だと思ったがやっぱりそうだったか」
おいおい、何か聞き捨てならないぞ、誰が変態だ、誰が!
ん? 待てよ、ベルク、だと?
もしかして、さっきの美少女がベルクなのか!?
俺が、城の配下に尋ねると、やはりここがベルクの部屋らしい。
俺は、気を取り直して再び部屋をノックする。
「あ、あー、さきほどはすまなかった。しばし話があるのだが、出てきてはくれないか?」
しかし、返事はない。
怒っているのだろうか。
だが、こんな時間に部屋で全裸でいるほうが悪いのだ。
俺は悪くない、悪くないはずだ。
そんなことを考えていると、扉が開いた。
中からさきほどの美少女が服を着た状態で出てきた。
「あ、あなたは、昨日私が召喚した魔王じゃないですか! 魔王ともあろうお方が乙女の部屋をいきなり覗くなんて最低です! 殺されたいのですか?」
魔王に対して随分な物言いだな。
とはいえ、やはりこいつがベルクで間違いなさそうだ。
「おいおい、今のはしょうがないだろ。まさか裸でいるなんて思ってなかったしさ。そもそも、ベルクって名前で勝手に男だと思い込んでたし……」
俺がそういうと、頬を膨らませて不機嫌そうな顔をするベルク。
年は俺よりも若くは見えるが、悪魔だし実際はいくつなのかはわからない。
「なんで、私が男なのよ! どっからどうみても女じゃない、失礼しちゃうわね! それで、魔王が私に何の用だっていうの? 悪いけど元の世界には二度と帰ることはできないわよ?」
元の世界に帰れないってのはミルから聞いて知っている。
はて、俺はベルクの部屋に何をしにきたんだっけ?
あー、文句を言いに来たんだったか。
でもこんな可愛い子なら許そう、俺は心が広いのだ。
「あー、俺を召喚した悪魔ってのがどんなやつなのか見ておこうかなーなんて思ってさ」
「それで、ノックもせずに覗いたということですか? やはり殺されたいようですねえ。どういう死に方を希望します? 毒殺? 絞殺? それとも……」
顔に似合わず恐ろしいことを淡々と言ってくるベルク。
やはり悪魔であることは間違いないらしい。
「ま、待て待て、俺はまだ死にたくない! 大体魔王を殺していいのか? お前だって一応魔王の部下にあたるんだろう?」
「魔王が死んだらまた新しい魔王を召喚すれば済む話ですからね! 魔王なんて所詮飾りなんですよ。勇者が来ても魔王さえ倒せば喜んで帰っていきますからね、そのためのいわば囮みたいなもんです」
ちょ、ちょっと待って!
じゃあ何か、俺は勇者が討伐にやってきたら、他の魔王の部下たちのために犠牲になれ、と?
「そんな理不尽な!? 魔王って一番偉いんじゃないのかよ!? そもそもこの世界ってどういう仕組みなんだよ!」
「えー、どうせ死んじゃう魔王にいちいち説明するのかったるいなー。私の着替えを覗いた変態魔王なんて勇者に討伐されて死んじゃえばいいのに……」
ひ、ひでえなこいつ……。
勝手に俺を召喚しておいて、そんなこと言うか普通?
「あーわかったわかった、もうお前の部屋には二度とこねえよ!」
俺はそう吐き捨てると、ベルクの部屋を後にした。
ったく、胸糞悪いな。
つまり、俺は勇者に殺されるためだけに召喚されたってわけ、か。
そんな、安々と殺されてたまるかってんだ。
絶対に……絶対に生き延びてみせる。
形だけの魔王となってしまった俺はそう決意するのだった。




