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空下の生命

作者: 箱庭

この度は当方の作品を手にして頂きまして、誠にありがとうございます。




なんでこんな事に……、なるのかな。




「おい! お前っ、よくも娘を!」


 もうすぐ夏の終る季節のためか、Tシャツ上から薄手の上着を羽織り、ジーパンをはいた中年男性がいた。

 中年男性は自転車からおり立つと、真っ直ぐに白い小型トラックの方へ向かっていく。


 そして、側で佇む車の持ち主らしい男性運転手の胸ぐらを掴み上げ、怒鳴りつけていた。

 その顔は険しく、眉間にしわを寄せ、目は血走っている。


 吐き出す言葉は大きくて巻き舌。ヤクザとそう変わりない様子の中年男性は、私の父親だ。

 普段は温厚な人だが、今は気が動転している。


“何故?”


 それは、男性の前から然程遠くない位置にいる人物のせいだから。

 白いシャツを茶黒く汚し、所々擦傷が見えている。


 無機質なコンクリートの地面に力なく倒れる少女がいた。


“それが私”


 そして、倒れている私を覗き込むように見下ろす、もう一人の私が側にいる。

 意識はしっかり保ち、痛みは無い。至って普通の状態だ。


 ただ、周囲の人間には私の姿が見えていないだけ。

 丁度、日も暮れ始めた頃。場所も飲食店前になるため、人通りもある。


 勿論、店側も出入り口の前で大声を上げる人間がいたら、商売に差し支えるだろう。

 私も恥ずかしいから止めて欲しい。相変らず運転手を責め続ける父親の側へ寄り、止めてと、腕を掴もうとするが、擦り抜けた。


 やっぱり駄目らしい。私を言葉で表現すると、幽体なのだから。

 遅れて同様に自転車からおり立つ母親が現れ、父親をなだめて現状の把握につとめようとする。


 私の方へ近寄り、所々体を触りながら生死を確認している。

 そして、父親と同様に運転手を責め始めた。いや、だから止めてよ? お母さん。


 暫くすると、ある音が聞こえてきた。高らかに進む白いバンが一台。

 赤点灯を周囲の車に見せながら、私達の前に止まり、中から白衣の救急隊が駆け寄ってきた。


 その後ろには白黒パトカーも待機して、現場に到着すると警察官が事情聴取を始めた。

 責める両親と、小型トラックの持ち主を引き離しながら。


 その時、一人の青年が母親の方に近付いた。


「警察の方にも話ましたが僕は急ぎの用があるため、今日はこの場を離れます。何か証言が必要になりましたら、ここに連絡をして下さい。僕が見た事を証言しても良いですから」


 去り際に、母親へ自分の電話番号をメモした紙を手渡すと、マウンテンバイクに乗り、背負ったリュックと共に現場を後にした。

 バイト? 試験かな? 忙しい中、付き合ってくれてありがとう。


 彼方に消え入る青年を見送りながら、私は心の中で呟く。

 若いのに誰よりも冷静であり、対処をしてくれていた。


 私が乗っていた自転車を邪魔にならないようにと、壁際に立て掛けてくれたし。

 現場から、自分のトラックで私を病院へ連れて行こうとした運転手。


 その運転手にここで待つように促し、そして、持っていた携帯電話から救急車に通報していた。


“感謝します”


 そう、私は交通事故にあった。

 こんな時、救急車に通報すれば警察官と共に来てくれる。そんな風に私も聞いた事がある。


 だから、現場の維持につとめるべきなのだ。

 何故なら、個人同士は警察沙汰が怖くなり、逃げたりされる事もあり、後々色々と差し支えてくるために。


 彼は私の手荷物から携帯電話を見付けると、登録していた自宅の両親に連絡も入れてくれた。

 自宅から現場迄は、十分とない距離のため、先に父親が自転車を走らせて現在に至る。


 私の体を乗せた台が、救急車の中へ運ばれていく。閉じられた扉の物音が重く、運命の分岐点のように感じる。

 私の体は、一緒に乗り込んだ両親と共に現場をあとにした。


 残された場所では、警察官達が現場検証を続けている。

 私は救急車が行く坂道を眺め続けていた。事故にあう前は、この坂道を自転車で下る最中だったから。


 この道は大きな道路が側を通り、よく事故が起こりやすい。

 隣の市と市を結ぶ国道のように長い一本道があり、坂道になっていた。


 反対側には飲食店が個性を競い合うように、奇抜な看板と共に並び建っている。

 駐車しようと車が歩道を横切る姿はよく目にした。


 今回の事故も全く同様であったが、私は悪くない。

 何故なら、左折表示のウィンカーも出さずに、一時停止の確認も無しの上で車が急に左折をしたから。


 おかげで、直ぐ後ろを勢いよく下る私は、避ける間もなくぶつかり転倒した。

 当たる瞬間は覚えていない。怖くて(痛みに)目を瞑り、気がついたら幽体として佇んでいた。


 衝突地点から体がかなり離れているために、ふっ飛んだらしい事だけはわかった。


「さて、どうしようかな?」


 見上げた空は濃い青に紫と、オレンジ混じりの赤の三色のグラデーション。

 所々に星が輝き、美しくて心が安らぐ。


「もぉ、いいか……」


 溢れた言葉。何がって?

 人生よ。私、正直に今思うと、この世に未練がない。


 まだ十代後半だけど、昔からお小遣いを貰う事もなくて、高校生になってからはバイトをしている。

 そのおかげで、欲しい物は色々と手に入れてきた。


 行きたい大学にも入れて課題の山だけど、楽しく取り組めている。

 それは、一緒にいる友達達のおかげだと思う。そういえば、今から会う約束をしていた春菜には悪いな。すっぽかす事になってしまったから。


 家族である父親、母親との仲も至って普通だった。冗談が好きな子供っぽい両親。

 二人共童顔のため、その血を継ぐ私も歳に比べて若く見られ、それなりに得する事も多かった。


 兄が一人いるけど、今は家を出て寮生活をしている。最近会ってはいないな。

 恋人は昔別れて以来、今はいないけど、若いなりに楽しい人生だったと感じる。


 何処かで聞いた言葉が頭を横切った。


『若いまま死ぬ方が幸せだ』


 そうかもしれない。でも、今は体がどうなったのか気になる。

 妙な事だが、自分の死ぬ所を確認しないと気が済まないのだ。


 どうすれば良いのだろうか? 眺める先にいた救急車の姿はもう見えない。

 向かった病院は私にはわからないし、幽体だけど地に立つ二本足。


 違いと言えば、周囲の人影が地面に伸びているのに、私の体からは何も無い事ぐらいだ

 テレビでは浮く姿を目にするが、実際はその気配すら無い私の体。


 地を一蹴りしてみる。

だが、地球の引力には敵いそうになく、静かな着地音が響いた。

 残念とばかりに、足元へ目を凝らす。その時、目の前に光の渦が現れ始めた。


 道路、向こう側の景色を歪める光の渦。

 驚く私を包み込むと、目の前の景色が眩しい光と共に白く無くなった。


 恐る恐る再び目を見開けば、車の行き交う音も既に無い。

 ただ、見慣れた白衣姿やパジャマ姿の人が私の横を通り過ぎるのみ。


 人々の集まる清楚な空間。そこに、私は佇んでいる。


「ここは、病院?」


 独特な薬品の匂が周囲に立ちこめている。

 私の体が運ばれた先はここかもしれない。そんな考えが浮かんだ。


 この場所でも、私の姿は誰一人として気付かれない。

 壁あった建物の見取り図へと近寄り、位置を確認すると緊急時の出入り口へと急いだ。


 外へ通じる扉先の側には、先程着いた様子の救急車が大きな口を開け、停車していた。

 振り返り、直ぐそこから行ける手術室に足を速める。


 暫くすると、椅子に座り込む父親と母親の姿が見えた。

 落ち着かない様子で、座席に座ったり立ったりしながら。


 その側では、鉄の扉が危険信号のように、赤い灯を点滅させながら重い陰を落としていた。

 少し荒れた息を整え、両親と一緒に私も待つ。


 その間、座席前に掛けられた壁時計の秒針音が静まり返る廊下では、耳にまとわりついた。

 長い時間、どのくらい経ったのか、鈍い物音と共に扉が開かれた。


 中から現れた医者と看護婦、そして押し運ばれる私の体。

 直ぐに駆け寄り、医者に状態を聞く父親と体を追う母親。


 私は医者の返事を聞く事にした。


「今夜迄に意識が戻らない時は、残念ですが。たとえ生きても、意識が無いなら植物状態になるでしょう」


 そう言い残すと医者は立ち去った。父親は身震いする体を抑えて、病室へ向かった。

 私も父親の背中について行く。やがて一つの部屋へ辿り着いた。


 重症患者が入る一室の中で、私が横たわっている。

 生命装置の機械が体と命を繋ぐ糸になり、絡みあっている。


 側では付き添ように母親が椅子に座って、顔を覗き込んでいた。


「そう、今夜が……。さっき、家を出るまでは元気にしていたのに何で? 綾?」


 父親から症状を聞かされ、動揺の色が声や顔に浮かぶ。

 母親は私の手を握り締めながら、右手で優しく顔を撫でている。


 その顔は涙が溢れて、毛布に顔を埋めていた。


“お母さん……”


 母親の肩に手を置き、佇む父親が身震いをしながら私の顔を覗き込む。


「綾、親より先に逝く奴は、親不幸以外の何者でもないぞ!」


“お父さん……”


 大粒の涙を隠しもせずに、ベッドへ横たわる私の体上へと落とす父親の姿があった。

 何年振りかに見る父親の涙。何故か、その姿は普段の威厳も何もなく、小さく見える。


 気をとられていた私の背後で扉の開く音がし、振り返る間もなく誰かが横を通り抜けた。


「父さん、綾は!?」


 息のあがった声の正体は私の兄だ。事の詳細を聞き、絶望的な状態に一瞬顔が歪んでいた。


「馬鹿、何てドジなんだお前は! 俺とあの時、喧嘩したまま仲直りしていないだろうが!」


 喧嘩とは、下らない内容の事だ。たまに帰った兄に対して、その時、たまたま機嫌の悪い私がいた。

 買い置きのジュースを飲まれて怒り狂い、それ以来、疎遠だった。


 何だか聞いていたら思い出して、現在でも腹が立つ。何もこの場で言う事なのかと。

 兄の側へ、擦り抜けるだけの拳でも握り、顔を覗き込んだ。


 いつもの変わらない表情があると思っていたから。

 だが、兄の顔は皆と同じく涙が溢れていた。何で? 涙を流してるのよ?


“お兄ちゃん……”


 皆……、私はもう良いのに。私がこの世から消えたからって、地球規模で何かが変わるわけではない。

 そんな考えや感覚がずっとあったから、寂しくないのに。


“でも、本当にそうなんだろうか?”


 雪のように白く冷たい病室に、嘆く声と涙。

 それを見ていたら、何故か自然と私を体前へ進めさした。


 地球規模で変わらないのは確かだけど、私の心に生まれた想いは何だろうか?

 現すように、視界を滲ますこの涙は何だろうか? 三人の姿を見ていると……。


 神様なんて曖昧な事は信じていない。現実で実際に生きているのは私だもの。

 だから、横たわる私の顔に手を触れて言う。


「確かに十分な人生かもしれない。でも私は……綾として家族でいたい。妹でいたい。この人達の側で一緒に生きたいの!」


“お願い私を戻して!”


 まだ生きたいと感じている。まだ見ていない世界、景色や人もいる。

 私はこの先の人生も見たいと思う。この家族と共に。


 擦り抜ける手が横たわる顔の頬を貫いた瞬間。温かい光が指先から伝わった。

 一瞬にして私を包む光に目を瞑る。再び開いた視界の世界は白く、妙な機械音が耳につく。


 気のせいか、体が重くて痛い。

 何が起ったのかと、暫く視界をさ迷う内に、知った声が聞こえて、霞む視界の先には見慣れた顔が覗き込んでいる。


 母親は相変わらず泣き崩れていた。

 父親は安堵の笑みを浮かべ、兄は照れ臭いのか涙を拭き隠している。


“そうか、私は生き返れたのか……”


 安堵感から再び目を閉じると、私は眠りについてしまった。

 耳元では、三人の涙声がいつまでも心地好く感じながら。


 その後、私は療養をして病院を退院した。

 詳しく聞くと外傷に酷いものはなく、頭を打っていたがとくに異常はみられず、ただ、意識が何故か戻らないとの事だった。


 接触の仕方が良かったためか、昔聞いた人間の持つ馬鹿力のせいか。

 普段の人間は本来の力を何%も出せていない。そんな話を思い出していた。


 見上げる空は青い。

 綿菓子の白が一緒に気ままに流れて行く。

 届かない程、深くて高い空。地球を包み込み、優しく厳しく表情変えて見守っている。


 自転車にまたがり、ペダルを踏みしめて私は爽快な空の下をこぐ。

 風の匂いを感じ、陽射しを浴び、新たな沢山の気付きに出会うために。


“私という人生を歩む”






「綾ちゃん!」


 あの日、約束より一時間過ぎても待ち続けた春菜。陽射しの加減か眩しく見える。

 可愛くまとめた艶ある黒髪を見せて、優しく微笑む。


 病院を退院した後日、再び会う約束を報告も兼ねてしていた。


「ごめんね、待った?」


「大丈夫だから!」


 更に笑顔が増す。

 春菜を自転車の後ろに乗せ、今日は大きい公園へ旅をする。

 彩る会話が私の背後から聞えてくる。警察官には気をつけながら、空の下を元気な二人が行く。


 笑顔と笑い声が溢れ出して、街に色を増やす。

この作品は2006年11月上旬に一度掲載した作品です。

(違うサイト様です)

 更に手直しで物語を創りました。なので完全版

『空下の生命』です。

(好きな作品なので掲載しました)


 ここまで読んで頂き、有り難うございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 文句無しに面白かったです◎誤字がほんの少しだけあったのが残念ですが。とても勉強になりました!また読ませて貰います♪宜しければ私の小説にも評価・感想等なんでもコメント頂けると嬉しいです☆
2009/06/24 15:11 退会済み
管理
[一言] 「ホルンの契約」を書かせていただいている卍リシャール卍と申します。 私も何度も短編に挑戦しようとしているんですが、どうも短くまとめられなくて…… 貴女の作品がうらやましくて仕方ありません…
[一言]  拝見させていただきました。  話の要所要所で挿入される綾の心の声が、物語に深みを加えていますね。多く言葉を並べるよりも、その短い一言が語り手である綾の心的状況を的確に伝えてきているように感…
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