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DNCへようこそ3

 窓からの夕陽が、六畳程の談話室をオレンジ色に染めている。

 七海は、黒田とテーブルを挟んで、差し向かいに座っていた。

 頭の中は、混乱したままだ。

「織河」

 碇提督のポーズを取ったまま、しばらく無言だった黒田が口を開いた。

「はい」

「お前高校生クイズで、準優勝したことあるだろ」

 七海は、意図しなかった角度からの、パンチによろめいた。

「……なんでそれを」

 高校生クイズといえば、名門高校同士、三人一組で争う超ハイレベルの大会だ。

 七海は大会で、本戦まで残った、たった一人の女子だった。

「おまえさ、考古学以外に趣味はないのか? まだ一回生だろ。ちょっと肩の力を抜いたほうがいいぞ」

 七海はがっかりした。

「なんでそんなに私を嫌うんですか? 動機が軽薄だったのは認めますけど……」

「ムーって知ってるか?」

 歴史あるB級オカルト本の名を、出し抜けに聞かされ七海は、キョトンとなった。

「あの学研のですか?」

 

「あれの愛読者の成れの果てが、今おまえの目の前に、座っているいるわけだが」

 

「……はい?」

「どうしても、京大で考古学がやりたくてな。この大学に受かったのは、苔の一念てヤツだ。物覚えが良い方じゃなかったが、時間をかけてよければいくらでも頑張れた。そして時間だけはあった。友達がいなかったからな」

 自嘲気味に笑う黒田の横顔を、七海は信じられないものを見る眼で凝視した。

「それで多くの説明は、要らないな?」

「……後悔してるんですか?」

 七海はようやく、言語機能を回復した。

 黒田はアメリカ人のように、軽く肩をすくめる。

「運のいいことに、嫌いじゃなかったみたいだ……もちろん俺がそうだったから他の奴らもそうだ、なんて決め付けるほど自惚れちゃいない。実際のところ、無理もないんだ。考古学をやりたいっていうやつは、みんな考古学を勘違いして門を叩くんだよ……俺や織河のようにな」

 黒田は恥ずかしそうに笑った。その笑顔には、何故か七海の味方をしてくれているらしい九城や十崎の影に、媚びている気配は微塵もない。ただ、ちょっぴり痛い過去に共感する者特有の、照れくささが見えるだけだった。

「それはそれとして、十崎のサークルに入るのか?」

「……わかりません」

 七海は迷っていた。

 最初は、部とサークルの掛け持ちなんか考えもしなかった。

 確かに高価な学術書が、ロハで貰えるのは魅力だ。

 サークルの活動内容も、いいかげんっぽいので、それほど勉強には響かないだろう。

 それに、サブカルチャーを含む、雑学の知識なら、自信がある。

 なにせ、クイズに高校生活の青春をつぎ込んでいたのだから。

 けれど。

 一番の揺れ動いている理由は、十崎の存在だ。

 今日のことは間違いなく、計画的な行動だ。

 十崎は七海を救う手立てを、考えていてくれたのだ。

 サークルに入れば、誰にもいじめられないのでは、という打算がないとはいえないが、 純粋に、十崎に対して恩義を感じているのも本当だし、そちらの方が間違いなく大きい。

「あれって実際何のサークルなんですか?」

 七海は、黒田にも聞いてみることにした。

「十崎の説明したとおりだ。まあ、ほかにも思いつきで色々やってるみたいだな。メンバーは一五人もいないと思うけど」

「なんで考古学研究室でやってるんですか? 定員もいっぱいで余分なスペースなんてないんですよね?」

 そもそも、考古学部の活動は、一昨年まで週二回くらいで、写真部の部室を共同で使っていたらしい。研究室は院生や助手、ゼミ生だけでスペース的にもいっぱいいっぱいだったのだ。

「九城は聴講生でな。学生じゃないんだけど教授も含めて妙なコネがあるんだ」

「……十崎さんと九城さんて何者なんですか?」

「本人達に訊け」

 黒田は立ち上がった。

「十崎のサークルに入ろうと入るまいと、ゼミの根回しは俺が手伝う」

「え……」

 七海は驚きのあまり言葉を失った。今日はそんなことばかりだ。

「やな思いさせたしな。理由はなかったわけじゃないけど、やりすぎた。いじめられるつらさは知ってるのにな」

 呟き、立ち上がり入口に向かう黒田を呆然と見送った。

「それから俺の実家、三重の田舎でな」

 黒田はドアノブを回しながら、無表情にいった。

「ガキの頃近くの滝に落ちた。しかも三回。 滝の裏に宇宙人の秘密基地があると思ってな。」

 七海が腹を抱えて笑い出したのは、ドアを閉じる音がしてしばらくたってからだった。

「あはははははは!」

 顔を逸らし、体を折り曲げ笑う笑う。

 黒田に悪いとは思わなかった。彼がそう望んだのが分かったからだ。

「あはははははは……はっはっ……はぐっ、ひっ、ひぐっ、ひっ、ひっ」

 七海の頬を涙が濡らし始めた。夕日が七海の未来を照らすかのように、その雫を茜色に染める。

 何年ぶりか……何年ぶりかに私に両手を広げてくれた人たち。

 居場所。

 私が一番欲しかった私の居場所。

 残照が談話室を、別世界のように暖かい色で満たした。

 拭っても拭っても涙は止まらなかった。

 

 七海が研究室の扉を開けたのは、すっかり日が暮れてからだった。室内にはノートパソコンのキーボードをを叩いている十崎がいるだけ。

 十崎が七海をみた。

「いい顔になりましたね」

「おかげさまで」

 泣き腫らした眼のままで、七海は自分に両手を広げてくれたもう一人の人物に微笑んだ。

 七海は以前うけとったまま返し損ねた入会用紙を突出した。

「これ、お返しします」

 それを受け取った十崎は、用紙に眼を落とした。

 七海に目を戻し、十崎は魅惑的な笑顔を向けた。

「九城に連絡しときます」

 なぜだろう。

 その向こうに砂漠の広がり、鼻孔を刺激する青く清冽な大気、突き刺さる灼熱の日差しが、七海には見えた様な気がした。

 この人の笑顔には、私の心を掻き立てる、何かがあるんだ。

 七海は体の中で鳴り響く、フルオーケストラのファンファーレに、背筋をぞくぞくさせながら思った。

 兄が言っていた。

 『ダンサーは、自分が選んだ曲で踊るもんやで』

 これから、何が始まるのだろう。

 自分が選んだステージ、全く趣味じゃない音楽は、かからないはず。

 ダンスホールに鳴り響くのが、どんな調べであろうと……私は壁の花になるつもりはない。

 ちっちゃい頃から、自分の足を踏みそうなドンくさいリズムでここまで来たけど…… 

 おしゃれじゃない靴でも、素敵なステップは踏めるのだ。

 ましてや。

 未だ自分を見つめている、十崎の微笑みに胸をときめかせながら、七海は笑った。

 一緒に踊ってくれる人たちは、なかなかに素敵そうだもの。

 今宵の一番手が、七海に手を差し伸べて言った。

「ようこそDNCへ」


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