エピローグ
ここまでお付き合い下さり本当にありがとうございました!
ビニール紐で閉じてある古びた画用紙の薄い束。
お星様を、ゴミ捨て場から見つめる、カッパの絵がクレヨンで描かれている。
後年、打消し線が引かれた文章。
朝になり、かっぱさんはごみしゅうしゅうしゃに連れて行かれました。
ここからが私の好きな物語。ピンチの場面で、救世主が現れるような胸のすく展開。
私は、画用紙をめくって微笑んだ。
そこにはお母さんと手を繋いだ女の子が、捨てられたカッパを見つめている絵。
それが描かれた画用紙は比較的新しく、絵も文字も、ずっと上手になっている。
そう、樫田家に引き取られて、暫くしてから、兄が書き足したのだ。
「お母さん、このカッパさん捨てられてるの?」
「そうよ」
「それなら、おうちにもって帰る。私のお友達にする」
「そうしましょう。肩のところと、首のところを、けがしてるわ」
「かわいそう。おかあさん、なおしてあげて」
「はいはい」
かっぱさんは、おひとよしの親子に拾われました。
そこに描かれている女の子は、私が小さい頃お気に入りだった、赤のジャンパースカートをはいている。髪型は、虫さんの触角みたいな二つ括り。
今の、私と同じだ。
だから私は子供っぽいやら、炉利殺しなんていう、ありがたくない二つ名を付けられても、この髪型を止めない。
兄に、かっぱさんの持ち主を忘れさせない為に。
この続きもあるけれど、私はいつもここで表紙に戻る。
そこにはカッパの絵とタイトル。
『はみ出したかっぱさん 二年三組 ふじさきとうじ』
私は、クレヨンが剥がれない程度に、そっと表紙を撫でた。
兄が中学にあがる頃、かっぱのぬいぐるみといっしょに、ゴミ箱に突っ込んであったのを、母がそっと回収しておいたのだ。
父が、施設の人から聞いた話では、兄はことのほかぬいぐるみを大事にしており、痛めつけるなんて、ありえないと言っていた。
実際、今目の前で太平楽な顔をしているぬいぐるみは、古びてはいるものの、全く傷んでいない。
あの晩このぬいぐるみを、織河さんに渡したのは大博打だった。
今まで隠していたそれを見せることで、兄に大きな衝撃をもたらすのはわかっていたが、その結果がどちらに転ぶかはわからなかった。
兄に、電話が繋がった時、叫んだ言葉。
『お兄ちゃん、かっぱさんを本当にはみ出さす気?』
その後、何を言ったかは無我夢中だったので、よく覚えていない。
ただ、兄から、
『……わかった』
の一言を引っ張り出した後、安堵でへたり込んだ。
兄は私との約束を、破ったことがない。
不器用で優しくて、すぐ私に騙される兄。
人生は悲しみに満ちている。
がんばっても、がんばっても、思い通りにいかない事でいっぱいだ。
だけど私達は、名前も知らない、神様が奏でる運命の輪舞曲に合わせ、せいいっぱい踊り続ける。
いつか、ステージを降りるとき、手を繋いでいるのが、愛する人である事を願いつつ。
「ただいま」
リビングの入り口に、買い物袋を提げた新しい居候が現れた。
私はソファから立ち上がり、兄の作品を、子供達の手の届かないところに仕舞った。
「お帰り。二人とも寝てる。ほんまもう一人おったらぜんぜん違うわ」
「よく今まで、一人で持ったものだな」
ウルは笑った。ここで寝泊りするようになって、一週間になる。
しばらく、今後の予定はないというので、空いている部屋を使ってもらっている。家事と、子守の手伝いが条件で、ぽんたとむんちゃんは大喜びだ。
「しかし、ずいぶん買い込んだな。鍋でもするのか?」
よいしょと、生協さんのエコバッグを、テーブルの上に載せるウル。
「九ちゃんと、お兄ちゃんがくるからね。今夜は特別」
私は、テーブルの上の、古びたエコバッグを覗き込んだ。中には普段より多い量の食材、そして最近一個増えたプリン。
今日は更に、二個多い。
私は大事な人たちが、自分の懐に帰って来た幸せを噛み締め、初めて会った時より、ずっと優しい目になった同居人に目を戻す。
「九ちゃんの帰国祝いと、失業祝い。会社やめたんやて」
私は、飛びっきりの笑顔で言った。
ここまでお付き合い下さり、感謝に堪えません。述べ一ヶ月にわたる物語を無事、完結する事ができました。僕はまだ、一度も読者の方から、ご感想を頂いた事がありません。この物語は、いかがだったでしょうか。コメントをいただけたら本当にうれしいです。それでは、ありがとうございました!
youkanより