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 最終章 帰巣する狼たち2

ここまでお付き合い下さりありがとうございます。

 

 物部は壁にもたれ、傾いた陽光が差し込む事務所を眺めた。素っ気無いガラスのテーブルにソファ、スチールデスクの置かれた八畳ほどの空間。

 机の上には、安っぽい造花の挿された、花瓶が飾ってある。幸が、車を全損させた次の日に置いたもので、あれから二日経っている。

 背後の壁を隔てて修理工場があり、その前には小学校の第二グラウンドほどの土地が広がっていた。カーキャリアや、廃車やパーツが雑多に点在しているその奥には、死んだ両親が、趣味で耕していた小さな畑がある。

 何故、大して儲かりもせず、気苦労ばかりが多いこの修理工場を、売り払わないのか、自分でも分からない。大原野の田舎とはいえ、これだけの土地を売り払えば、まとまった金になるだろう。それに実際のところ、金には全く困っていない。

 中東での盗難車の密輸など、非合法な『車屋』として稼いだ金で、十分に食っていける。

 物部は、それについて考えるのをやめた。

 一昨年、総理の馬鹿息子が運転する、車の前に死体を投げ込んだ。轢き殺してしまったと勘違いし、パニックを起こす彼を、あくまで偶然通りかかった物部は宥め、死体と車、一切の処理を引き受けた。

 現政権が続く限り、このカードは多分、有効だろう。

 この自動車工場から、公道までの約五〇メートルは、車が一台通れるほどの私道で繋がっており、その入り口には、物部が経営するアパートがある。そこに住んでいるのは、雑多な国籍の傭兵達だ。京都は外国人だらけなので、学生というには年を食った異国の男たちが、集まって住んでいても、なんら人目を引かない。

 依頼の遂行の補助と、公安や警察が雪崩れ込んできた時のために雇っているのだが、実際のところ当てにはしてない。別に自分は死んだら死んだで、かまわないと思っているが、牢屋暮らしはごめんだ。傭兵たちには、自分と敵が派手に逝く手伝いだけを望んでいる。

 事務所の入り口に影が差し、物部は思考を中断した。

 むすっとした顔で、幸が立っている。

 麦わら帽子を被って、タオルを首に巻き、軍手を佩いている。

 その間の抜けた格好も、彼女の愛らしさを、さらに引き立てる小道具にしかならなかった。

 幸がここに居ついて以来、すっかり荒れ果てていた畑が蘇った。

 もともと、そういう事が好きなのだろう。

 泥だらけのスニーカーを、ごしごしと泥除けマットにこすり付けながら、幸は物部の言葉を待った。

 物部は無言で顎をしゃくった。幸も無言のまま、

 事務所内に歩を進め、物部の向かい側にある壁際の、スチールデスクのそばに立った。性分なのか、それほど散らかっていない机の整頓を始める。

 物部は、それを眺めながら口を開いた。

「この前言ったな。テストだ」

 花瓶を手に取った、幸の手が一瞬止まる。

「これで〇点なら、復讐を諦めて、ここから出て行け」

「テストの内容は?」

 机の方を向いたまま問う幸の横顔は、肩までの艶やかな髪に隠れて見えない。

「俺が相手だ。飛び道具以外の武器なら、なんでもいい」

 その言葉が終わらないうちに、幸は慣れた所作で、背中の皮製ホルダーから催涙スプレーを抜き、二人の中間辺りに投げ捨てた。

 彼我の距離は、およそ三メートル。

 二人のちょうど真ん中に、テーブルとソファがある。

 幸は花瓶を置き、整頓を再開する。表情は見えない。

「で、どこでやるの」

「ここで、今……」

 最後まで、言えなかった。

 安っぽい紙のファイルが、視界を塞ぐように飛来し、それを払うと、紙に穴を開ける鉄製のパンチが、眼前に迫っていた。目を眇め、前に出る。額を掠めたそれを無視し、一歩前へ。

 そう意図した物部の顔面へ、水がぶっ掛けられた。

 花瓶の水だ。物部は意地悪く笑うと、さらにもう一歩、ソファの上に土足で乗った。

 花瓶に仕込まれていた、胡椒入りの水は只の水にすり替えておいた。

「仕込が甘いんだよ、クソガキ」

 掌を振りかぶる。殺すつもりはないが、ブチのめす。

 二度と、荒事に関わりたくなくなるだろう。

 その顔面に、何かが吹き付けられた。

 タイムラグ無しに、顔面を激痛が襲う。

「ぐっ」

 胡椒水を飛ばす安物じゃない、ガス入りの催涙スプレーだ。

 もう一本、隠していやがったか。

「読みが甘いんだよ、オッサン」

 無表情な声が、物部の耳朶を打つ。

 顔を覆い、体勢を崩して、ソファから降りる。

 頭部を、容赦ない衝撃が襲った。

 恐らく、鞘を被せたままの匕首だ。

 立て続けの乱打に、たまらず膝を折る。

 背後に気配が回った。尖った先端が延髄に押し付けられたのは、次の瞬間だ。からんからん、と音がした。

 投げ捨てられた、鞘だろう。

「私は飛び道具を使わないなんて、条件は飲んでない。町道場のチャンバラじゃないからな」

 興奮を抑えるように、幸が肩で息をしながら言った。白い陶磁のような右頬に赤い線が浮かんでいる。

「上出来だ」

 物部は、眼と鼻を襲う、灼熱の激痛を堪えて言った。先に水を掛けられていなければ、こんなものでは済まなかったろう。

 幸の緊張した顔に、笑顔が浮かぶ。

 次の瞬間、凍りついた。

「ここからが本番だ。俺を刺せ」

「なっ……」

「手足が一本二五点、ただし使い物にならないようにしたらだ。

 そして心臓か首、延髄でもいい。俺を殺せば、一〇〇点やろう」

「し、死んじまったら誰が禿デブバラすの、手伝ってくれんだよ!!」

 上擦った幸の声にも、物部は冷静だった。

 まるで、以前から用意していたかのように。

「入り口に住んでる傭兵どもだ。いいか、よく聞け」

 首に当てられた刃先がガクガク震えて、皮膚が破れ、血が流れ始めたのにも関わらず物部は続ける。全霊を傾け、苦悶の声を押し殺しながら。

「俺を殺したら、すぐにそこの内線でタクマを呼べ。死体はマスードの所で始末するよう依頼してある。お前を犯そうとし、タイに売り飛ばしたのは、上海エンタープライズの李 昇平だ」

 初めて聞く事実に、幸の呼吸が止まり、ガタガタと震えだす。

「どこかの、黒社会に繋がっているんだろうが、ロバート達には、何のプレッシャーにもならない。何か、お気に入りのドラマでも見つけろ。次の週、それの続きを見る頃には、お前の言う禿デブは、廃車の中でミンチになっている。お前が、自分の手で殺ると言い張らなければ、とっくに終わっていた事なんだ。俺が死んだら、弁護士がロバートに報酬を渡す様、段取りしてある」

「あ、あ、あ、う、」

 幸が、言葉にならない呻き声をもらす。

 物部は、懐から財布を取り出し、床に放った.

「お前は、俺を殺したらここを離れろ。俺の後頭部に、四桁の数字が彫りこまれている。近くでよく見れば分かる。髪は剃るなよ、傭兵達に気付かれたら、お前が危ないかもしれん。そこから、俺の誕生日を引け。キャッシュカードの暗証番号だ。三千万はある。施設が嫌なら、それで何とかしろ」

「なんで、そこまでしてくれるんだよ!? ガキが、私が嫌いなんだろ!?」

 幸が、金切り声を上げた。

「普通に生きて欲しい。お前の祖母から、一千万で受けた依頼だ」

「なにそれ!? 初めて聞くぞ!?」

「初めて言うからな。車屋の任務遂行率は、一〇〇%だ……殺れ」

 幸は、暫く蒼白な顔で震えていたが、涙声でポツリと言った。

「……あんたそればっかりだな。利益度外視で、任務任務って。それしかないのかよ?」

 物部は、唐突に先ほどの自問自答の答えを手に入れた。

「そうだ。それしかない」

 働いていれば考える時間が減る。

 自分に殺されなくて済む。

 理想に燃えてタイに渡り、現実と自分に心をバラバラに砕かれ、

 堕ちる所まで堕ちた、血塗れの自分に、向き合わないで済む。

 物部が一番恐れているのは、自分自身だった。

 遠くで、カラスの鳴き声が聞こえた。

 鏡の様な匕首の刀身が、差し込む夕日を反射している。

「……わかった」

 幸は、消え入りそうな声で呟いた。

 物部は、首筋から圧迫感が消えたのを感じた。

 頭から、何かを掛けられた。

 水だ。

 薄目を開けると、埃だらけの薬缶が横に置かれた。冬、ストーブに掛けるのものだ。

 幸が事前に準備していたのだろう……自分の敵の為に。

 頭のあちこちが、ずきずきするのを堪え、物部が立ち上がって振り向くと、幸は拾った鞘に、匕首を収めているところだった。

 幸は顔をしきりに擦りながら、奥にあるガラスの引き戸に手を掛けた。その先は隣接する物部の自宅だ。幸もその内の一部屋を使っている。

「つまりアンタは、私に普通の暮らしって奴をさせたいんだな――仕事として」

「そうだ」

 幸が振り向いた。激情に顔を歪めて。

「私が一番そうしたいんだよ! 好きでこんなになったわけじゃねー! ホントは……」

 幸は、両手で顔を覆った。

「ホントは……やりたい事がいっぱいある……普通に生きたいから、あの禿を殺したいんじゃねえか」

 銀色の雫が、薄汚れたアスファルトに、点々と染みをつくる。

「だけど……曲がりなりにも世話になったアンタを刺したら、私はあいつら以下だ。とっつあん、思い切り殴ってごめんな」

 幸は、唇をへの字にしたまま顔を上げ、深々と頭を下げた。

「私はあいつを殺って、自分を取り戻してみせる……お世話になりました」

「お前には無理だ。頭は切れるし、思い切りもいいが甘すぎる。人間どころか虫だって殺せねえよ」

 物部は、薬缶の水で目を洗いながら言った。床は水浸しだ。

「わかってる」

 幸は背中を向けて、再び引き戸に手を掛けた。

「ホントは電柱を蹴るのだって、ヤなんだ。でもなんとかする」

「諦めろ。無理なんだよ。この俺を引っくり返したところまでは褒めてやるが、せいぜい五点しかやれねえな」

 幸が振り向き、叫んだ。

「うるせえ、えらっそうに! やってみなきゃわかんないだろ……って」

 幸の表情が、呆然としたそれに変わった。

「今、五点って言ったか?」

 物部は答えず、痛みの残る眼で、壁掛け時計を見上げた。

「とっつあん、確か〇点なら、出てけっていったよな?」

「次のテストだ。もうすぐ五時……お前が全損させた車の持ち主から、電話が架かってくる。半端なく、うるさい年寄りだ。運よく二日ほど不在で時間を稼げたが、今朝電話をしたら、新しい帽子の上に座られた女みたいに激怒していた――ほら」

 電話がチカチカ光り、すぐに電子音を吐き出した。

 まだ戸惑っている幸に、物部が宣告する。

「裏の仕事では、お前は大して役に立たん。が」

 幸がはっとした表情になった。

「表ではどうだ? うまくまとめて見せろ」

「ちょ、突然すぎるだろ!」

 そういいながら、じたばたする、幸の顔には赤みが差し、生気が戻っていた。

 突然、動きをとめ、幸は自分の前腕にかぶりついて目を閉じる。

「おい」

 急かそうとした物部を、もう片方の手で押しとどめた。

 眉間に皺をきざみ、集中している間もコール音は、債権者のノックのように響き続ける。

 幸は二、三回リズムを取るように頷くと、子機に飛びついた。

「はい、物部オートサービスです……物部オートサービスです。はい」

 突然代わった声色に、物部は顔を顰めた。

 鈴の鳴るような声とは、このようなものを言うのだろう。

 一体どっから出てくるのか、さっきの金切り声とはえらい違いだ。

「物部ですか? 今作業中ですが、どのような……あっ」

 口許を押さえた幸の眼に、見る見る涙が盛り上がる。

「あの可愛らしい軽の……ごめんなさい! 私が、ごめんなさい、私が余計な事したから」

 蹲って子機ごと口許を覆い、ぼろぼろと泣く姿に、物部は軽く呆れた。

「ホントに……ホントにあの緑色のコには、ひどいことしちゃって……私どうしていいかわからない……」

 遠い昔、演劇に携わっていた物部だから分かるのだが、うっとうしく感じられない程度の、絶妙な音量で泣き続けた後、幸は涙を拭って続けた。

「ごめんなさい。ここ、叔父一人しかいないから……はい、姪の幸といいます。叔父が一人しかいないから、お手伝いに来たんです。やめておけって言われたのに、私が大丈夫だからって言い張って……あんまり可愛らしい車だったから、乗ってみたかったのもあって……ギアを入れ間違えて……私……バカ」

 さめざめと泣く幸を、物部はジト眼で見ながら思った。

 なるほど、演技力には脱帽だ。俺が通話相手でも騙されただろう。

 だが。

 ドアミラーを蹴り折った、あのサイドキックを俺は忘れない。

「ええ……今、叔父が、ほとんど徹夜で直してますが、塗装との兼ね合いもあって」

 深刻な声で、送話口に向かって話しながら、机に歩み寄った幸の手がペンを握った。

「はい……はい」

 ゆっくりとした口調とは裏腹に、高速で右手を走らすと、メモを物部に向かって突き出した。

「何日いる? サバなしで」

 物部は、慌てて掌に二本指を当てた。

「はい……土日ももちろん掛かりっきりで作業するとして……一〇日位は」

 バカヤロウ、欲張り過ぎだ!

 物部は叫んだ。口パクで。

 難しい顔をしていた、幸の表情がぱあっと明るくなった。

「本当ですか? ありがとうございます! はい! 勿論です、代車はお好きな車を選んで下さい! ガソリン代は、こちらで負担します」

「なんだと!? 」

 物部は異を唱えた。だが勿論、幸には聞こえなかった。

 鼻をぐずらせ、口許を押さえると、泣き笑いの表情になった。

「ごめんなさい。安心したらまた……優しい方でよかった。私のせいで、禄に眠ってない叔父を見てると、私も眠れなくって……うれしい、二週間も頂けるなら、叔父も今日くらいは眠らせてあげられるから。私も今日は眠れそう……いえ、そんな、全部、私が悪いのに……有難うございます。あの、お礼にお伺いしたいんですが、お住まいはどちらの方……わあ、近いんですね。……いいえ、歩いて参ります。いえ、あの私、実は」

 幸は赤い顔をして、恥ずかしそうに舌を出した。

「自転車に、乗れないんです」

 物部は自宅に、初めて幸を連れて来た時の事を思い出した。

 『おお、でっけえ敷地だな!? 金持ちなのかよ、ムカつくぜオイ? お、このママチャリもーらい……・うおりゃああああああ! ヒャッハー、久々に、好きなだけ滑り込みやってみたかったんだよ、な、ダートとか作ろうぜ、絶対楽しいって!』

「……MTBはねえのかよ、幸さまの、華麗な曲乗りを見せて」

 にこやかに話し続ける幸が、こちらに向けているメモに気付いた。

 『三日にちぢめるか? あ?』

 背筋も凍る脅迫に、物部は音声付の回想を、強制終了した。

「はい、ではお待ちしております」

 幸はゆっくりと子機の通話を切り、大きく息を付いた。

 完全に引いている物部に向かって、胸を張ると、幸は高らかに言った。

「どうだ! 私はヤクで死んだバカ女に、歌って踊ってベシャリができるよう、スパルタ教育されて来たんだ。これぐらいわけねー!」

 夭逝した有名芸能人の母を持つ、今は幸と呼ばれる少女は、全身で宣言した。

 アイム・ヒアと。

 暫く静寂が続き……

 物部は首を振り振り、事務所の出口へ向かった。

「おい、とっつあん、もち、合格だよな?」

 慌てて、不安そうに訊ねる幸に、物部は背を向けたまま言った。

「電話番としては、俺より遥かに上だな……それは認めてやろう」

「おっさん……」

 幸は眉根を寄せ、何かを堪える様に、唇を引き結んだ。

「あんた……客に、何言われても、はいはい言ってるだけで、ネゴ能力、ゼロじゃねえか、声小さすぎるし。褒められても、全然……」

「毎朝、山道を五キロ走らされる、全寮制の学校があったな……」

「嬉しい気持ちでいっぱいだよ、初めてだしな、合格点もらったの。とっつぁん、負けるが勝ちを、地で行ってるって専らの噂だぜ? 見習わなきゃな、うん」

 表情を変えぬまま、見事な言葉のツイストを踊る幸。

 物部はガラス越しの夕焼けに、眼を細めながら言った。

「復讐を、やめろとは言わん・・・・・・が、しばらくは、事務所で接客してろ」

 幸は、雲間から太陽が差し込んできたような笑顔を浮かべ、勢い込んで言った。

「う、うんっ! じゃなかった……はいっ!」

「で、何時に来るんだ?」

「三〇分後。代車選びに来るって。自転車乗れないなら、助手席に乗せてやる、婆さんが喜ぶから、ご飯を食べに来いってさ。いい人だな」

 物部は、ため息をついた。

「とっつあん……徹夜明けにしちゃ顔色良すぎだ。メイクしてやろっか?」

「アホか」

 至極真剣な、幸の顔に向かい物部は吐き捨てると、事務所を出た。

 

 その数時間後。

 九城は、京都駅のホームにいた。

 妙に、頭がすっきりしている。

 顔の表情はこわばりきって動かないが、心は穏やかだった。

 人気の無い待合室の椅子に腰掛け、何時間か前に使用した、携帯電話の待ちうけ画面を、ぼんやりと眺めていた。

 舌を出して、ピースサインをしている夕佳の笑顔。

 京都を発つ前に、夕佳が勝手に設定したものだ。

 ちょうど京大で入学式があった日、島根県の教育委員会に就職する彼女を、このホームで見送った。

 幼馴染で、姉代わりだった彼女に、その日イラクでの事を打ち明けて、二度と会わないつもりだった。

 その勇気が出なかった、自分にキスをしてくれた夕佳。

 長く続いた姉と弟ごっこから、初めて一歩踏み出した瞬間だった。

 泣き笑いで、電車から手を振る彼女を、見送ったその日からの……

 問題の先送りを、今日で終わらした。

 列車が滑り込んできた。

 電源を切ると、それを畳み……

 バッグに放り込んだ。

 この携帯に、夕佳から電話がかかってくる事はもうない。

 円筒印章を届けに、アメリカに渡る九城の脳裏を、昨日呟いた言葉がよぎる。

 『俺達、死ぬまでこんなんか』

 いや、十崎は違う。

 十崎をどこまでも追っかけてくるのは、可愛い妹で、俺から離れないのは・・・・・・

 傍らのバックパックに眼を向け、苦笑する。

 九城はザックの中の、ホッケーマスクに語りかけた。

 コワレは俺一人で十分や。

 そうやろ、相棒?

 でも、世界で一番大切な人間と、さよなら出来たんや。

 お前とも、縁切り出来るわ、きっと。

 夜風が、昨日よりずっと暖かい。

 九城は立ち上がると、新大阪国際空港行きの、特急に向かって……

 新しい季節に向かって歩き出した。


エピローグは20時に投稿します。

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