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 第十四章 集う孤狼たち

 おつきあいくださり、ありがとうございます。第十四章です。

 

 

「卒倒しちゃったよ、このねえさん。よっぽどショックだったのな……ま、確かに自殺レベルか」

 額に中、鼻の下にどじょうひげ、その他諸々を、十崎にマジックで落書きされていた事に気づかされた七海は、再び気絶していた。

「このほっぺのとこにかかれてある字……ラクダくらく……なんて読むんだ?」

「駱駝苦楽血。キャメルクラッチです。ブロッケンマンを真っ二つにへしおった殺人技……国語でならったでしょ?」

 十崎が、滔々と語る。

「そうか。朝の小テストにでたらお礼しなきゃな。学校行ってないけど」

 幸も、淡々と返した。

 結構達筆で、百歩神拳と書かれた七海の左頬をみながら、九城は先ほどから疲労感とともに、頭をめぐっていた言葉を口にした。

「なんで、おれのまわりこんな女ばっかなんやろ……」

「……さて」

 十崎は赤外線越しに、九城と物部、仲良しコンビに目を向けた。鼻血はとまったが、袖は血まみれだ。

「私の負けで、彼女の勝ちです」

 十崎はポケットからシリンダーシールを二個取りだすと、赤外線に触れないように床の上を滑らせた。

「まいど。これで大佐に顔がたつわ」

 九城は二つを拾いあげると、ほっとしたように笑った。

 物部は、コートのポケットに両手を突っ込んだまま、白けたように笑った。

「やれやれ……とんだ茶番に、つきあわされたもんです。あなたが、円筒印章を手に入れた経緯は、聞いています。体を売って生きてたようなクズガキに、死んでからも迷惑を掛けられるとは……お互い難儀な話ですね」

 十崎の眉間に、縦皺が一本刻まれた。

「それは、あなたがドジだからでしょう。使えないエージェントは、口を閉じていた方がいいですよ」

 物部は、小馬鹿にしたように笑った。

「やっぱりね……仲間が侮辱されるのは、許せませんか? でもね」

 物部は真顔になり、まるでそれだけは譲れないという風に言った。

「私は体を売るようなガキは、反吐がでるほどキライなんですよ……地獄の業火に焼かれるといい」

 十崎の眉間に、縦皺が二本現れると同時に、九城が動いた。

 とりあえず、このオッサンはシメる。

 その時、物部が右手をあげた。

 次の瞬間、九城は見た。

 入り口に近い天窓が割れ、輝く破片の雨が降り、それが止むと、短機関銃を構えた人間の上半身が、手品の様に出現するのを。

 迸る火線が、九城たちの足元を鋭く抉り、動きを封じる。

 人影は一瞬だけ静止した後、力尽きたかのように、背中から落下した。

 入り口から、大柄な影が走りこんできたのはその時だ。

 ガラス片を纏い、背中から落ちてきた小柄な影を、軽々と受け止める。次の瞬間には、空から降って来た射手は、短機関銃を構えて膝立ちになり、物部くらいはある巨漢も散開して、拳銃を構えていた。

 瞬きする間の出来事で、九城は反応できない。

 物部は、右手を下ろさないまま笑って言った。

「そこのお嬢さんじゃありませんが、じっとして、つま先でも眺めててください。任務の仕上げです……ミズ・ウルマ」

 物部は、ウルの方に目を向けて言った。

「本物の騎士たちの登場ですよ」

 そこには、座り込んだまま、幽霊に向けるような目で、二人の突入者を凝視するウルの姿があった。

「そんな……なんでお前たちが」

 三日前に、別れを告げたばかりの男たちが、そこにいた。

「なんで貴様が……足を……歩けないはずだろうが? サダム」

 綿のスラックスに、青い色つきの開襟シャツを着た巨漢は、バツが悪そうにウルから視線を逸らしたが、何も言わなかった。

 そして何よりも。

「ウル、大丈夫かい?」

 小柄な人影は、堂に入ったニーリングポジションを崩さないまま、静かにウルに問いかけた。

「そんな……おまえ……どうなっているんだ」

 ウルの呟きは、ほとんどうわ言に近かった。

「アラディン」

 同じように、スラックスに開襟シャツという、初めてみるいでたちをした、痩身の少年は、安心させるように薄く笑うと、既にウルに向けて、三八口径をポイントしている十崎に、表情の消えた目を向けた。

「久しぶりだね、アウルディー」

「あなたはシレル村で見たガキですね? 気になる目つきだと思っていたら案の定……派手な登場ですね。落ちてくるとは思わなかった」

 十崎は世間話でもするように、同じ英語で答えた。

「ああでもしないと、射線がね……銃をおろして」

 黒光りする短機関銃の銃口と、かすかな怒りを孕んだ視線を、十崎から離さない。

「使い慣れたタブクじゃないけど、外さない。腕がなくなるよ」

「カラシニコフの、出来損ない狙撃銃と一緒にしないでください。そのMP5、手に入れるのが、どれだけ大変か分かってるんですか?」

 銃を貸与したらしい物部が、苦い表情でぼやいた。

 十崎が嬉しそうに、笑いながら言った。

「僕は、自分に銃を向けた人間を許してやれるほど、人間が出来てないんです」

「……なら、僕を狙えばいいでしょ? 丸腰の女を狙うなんて」

「卑怯だとか、興ざめな事はいいませんよね? 不確定な状況では、より確実な標的を押さえるのはあたりまえです」

 アラディンが、僅かに銃口を動かした。

「腕だけで、勘弁してあげようと思ったのにな」

「……私もです」

 アラディンが、眉を顰めた次の瞬間。

 立て続けの轟音とともに、短機関銃を十崎の頭にポイントしていたアラディンが吹っ飛び、拳銃を構えていた、サダムがくずおれた。

 ウルの絶叫が、銃声以上の音量でもって、周囲の者の鼓膜を、びりびりと震わせる。

 ウルに向けていた銃は、すでにガバメントのマガジンを交換しようとしていた物部に向けられ、その動きを封じていた。

「十! やめろ!」

「脇腹と肩を掠めただけです。まあ、お望みとあれば、涅槃におくってやりますが」

 十崎は、九城に向かって淡々と言った。ゲームのように冷静に、たった一人で五人の行動を封じる十崎は、やはり化け物だ。

 血が滲み出した、肩の傷も忘れて体を起こしたアラディンは、呆然と十崎の方を見た。

「左手は何も握っていなかったはず……何が起こったんだ?」

 サダムの苦しげな呟きが、アラディンの心を代弁した。

 直ぐに分かった。

 十崎の着ているコートの左半分に、焦げた弾痕が二つ空いており、ぺらぺらになっている左袖のところに、何かで留められた手袋がぶら下がっている。いつの間にか、袖から腕を抜いていたのだ。

 前をあけたコートから、小型の自動拳銃を握った左手がのぞいていた。

「簡単なトリックですが、結構有効なんですよ……さて、駒が増えたところでゲームでもやりますか?」

 十崎が、さほど乗気でもなさそうに言った。

「おい、にいちゃん! 子供撃つってどうよ?」

 十崎の背後にいた、幸が本気で怒って言った。

「……いや、的が小さくて、当たり難いかなとかは思いますが?」

 怪訝そうに言う十崎に、

「脳みそ、蛆がわいてんじゃねえか!?」

 幸が、我を忘れて絶叫した。

「連れて来たあなたが、言わないでください。あなたが騒ぎを起こしている間に、彼らが配置に着いてるのは、分かってました…… うつ伏せになってください。足を撃ちますよ」

「幸! 言うとおりにしろ」

 物部の叱責に、歯噛みをしていた幸は、大人しく従った。

「おい、おっさん」

 九城は、無表情の物部にむけて怒鳴った。

「十崎もうヤル気なかったで。なんで余計な事したんや? なつみんとのやりとりで、なめてたやろ?」

 九城は、転がっているアラディンとサダムに目を向けると、英語で続けた。

「お前ら撃たれて当然や。銃を向けてきた奴に、ガキも爺さんもないわ。引き金引く力があったら、殺せるんやからな」

「手加減してくれなんて、言ってないさ」

 アラディンの、その言葉が終わらないうちに、サダムが手負いとは思えないほどの敏捷さで、乱雑に積み上げられた建材の陰に飛び込み、 そちらに十崎が速射している間に、アラディンもまた猫のように転がり、足首から小型の拳銃を抜こうとした。

「アッラーによろしく」

 十崎は、つまらなさそうに呟くと、アラディンに銃口を向けた。

 立て続けの銃声。

 耳をキンキンと、聾する静寂。

 だれも倒れていない。

 だが、気を失っている七海を除いて、皆が息をするのも忘れて見ていた。

 自由の女神の様に、右手を天に突き上げているウルを。


ここまでお付き合い下さり、ありがとうございます。

次章、クライマックス2です

どうぞ、おつきあいください。

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