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第十三章 闘将! ラーメン女

第十三章です。

よろしくおつきあいください。

 カージー、おれ、ドジッちゃったよ……ううん、もう痛くもないんだ。ちょっと寒いけど。死ぬのかな。まあ、いいや。今以上最低な暮らしなんかないしさ、アラーの御許のほうが、ずっと良いに決まってる。そうだ、これあげるよ。機会があったら、アルビルの傍のシレルキャンプにいるお爺ちゃんに届けてくれないかな。あと二個はカージーにあげるから。

 ひとつは……にあげるんだよ。約束な。

 あ……暗くなって来た……寒い。カージーは、ムスリムじゃないよな。……無神論者……共産主義者なの? ちがう? ムスリムに看取られたかったんだけど……そうだ、俺のあとについて、コーランを繰り返して。そうすりゃ、カージーもムスリムになれるよ……いくよ、

 アラーの他に神はなく……そうそう、その調子……ムハンマド……使徒……

 じいちゃん……こわいよ……

 

「やめい、十崎! 殺すな!」

「こっちに来るな、九城! その赤外線は本物だ!……大丈夫、落としただけです」

 無言で襲い掛かり、七海の片手を手繰って半回転させ、チョークスリーパーを決めた十崎は、九城に鋭く声を浴びせ……平静を取り戻した。気絶した七海を静かに寝かせる。

「殺したりするもんですか、こんな逸材」

 十崎は苦笑し、眠っているかのように穏やかな顔をして横たわる、七海を見下ろした。

「まあ、でもちょっとばかり」

 十崎は、きらりと眼鏡を光らせた。

 

「ん……」

 目を覚ました七海は、最初自分がどこにいるのか分からなかった。

 高い天井にある蛍光灯よりも、鼻をつくきなくさい匂いが七海の違和感を刺激し……

 気を失う前の、記憶を呼び覚ました。

「……十崎さん!」

 がばっと上半身をおこして、頭をめぐらせた。

 赤外線ごしに、話をしていた十崎と九城、物部は同時に七海をみた。

 そしてなぜか……

 ぼんやりと見つめる、九城を除いて顔を背けた。

 七海は血相を変えて、十崎に詰め寄る。

「十崎さん、なんて物を撮るんですか! 直ぐに消去しないと、知り合いのロシア兵にお願いしてシベリア送りにしますよっ!」

「……覚えてないんかい」

 九城は呟いた。

「あなたのジャケットのポケットに、入れておいた携帯にしか、データは入ってません」

 十崎は俯いて、苦しそうに言った。表情は見えない。

「七海さん……本当に……すみませんでした」

 十崎の肩がわずかに震えているのを見て、七海は、自分がこの場に来たことが、無駄にならなかった喜びを感じた。

「……十崎さん」

 ありったけの感情を込めて、七海は歩み寄った。

 なぜか一瞬、十崎の体に緊張が走ったが、人の優しさに怯えているんだろう、そう思い気にしなかった。

 十崎の正面に立つと、口許に微笑を湛えて見上げようとしたが、 黒いコート姿は、くるりと背中をむけた。

「……今、僕を見ないでください」

 小刻みに震える背中を見て、七海はクスリと笑った。

 かわいい。

「泣き顔を見られたく無いなんて……十崎さんも男の子なんですね」

 そっと、掌を背中に当てる。

「十崎さんの泣き顔か……見たいな。お返しに、動画で撮っちゃおうかな?」

 掌に伝わる振動が激しくなり、七海は笑顔を深くした。

「冗談ですよ。見たいのはほんとだけど……この分だと、大丈夫そうですね」

 ジャケットのポケットに両手をいれ、華奢な肩をそびやかすと、くるりと十崎に背中をむけた。

「ゲームなんかせずに済みそう……明日はちゃんと、講義に出てくださいね。遅刻しちゃだめですよ」

 返事はなかったが、七海は気にしなかった。明日、必ず十崎は来てくれる。

 私、信じてる。

「朝一ですからね。九城さんもですよ」

 こっちになぜか、虚ろな目を向けている九城に、バッチン、ウィンクを飛ばす。

「あ……うん」

 心ここにあらずという返事を、ハイな気持ちで聞くと……

「さて……そこの、危ない物部さん」

 こちらに、なぜか引き気味の視線をむける物部に、七海は強い視線で応えた。

「あなたがとった行動を理解することは出来るけど……もうパーティーはお開きです。 私の大事な仲間たちに、怪我でもさせたら……ひどいですよ」

 七海が自信に満ちた、挑戦的な笑顔を向けると、物部も何故か表情が見えなくなるまで顔を背けた。

「わかりました……わかったから……こっち見んな」

 物部が苦しそうに呟くのを聞いて、七海は心の中でびしぃっとポーズを決めた。

 オス先輩、ナイスポーズデス

 架空のボディビル部の後輩たちの、快い声援を聞きつつ、勝利に酔いしれる。

 勝った。

 七海は眼を閉じ、背後の十崎に、有無を言わせぬ口調で言った。

「十崎さん、赤外線を解いてください」

 十崎は振り向かず、苦しそうに言った。

「五秒だけです。走ってください」

「ウルマさん!」

 七海は駆け寄ると、横倒れになっている。彼女の手をとった。

「もう大丈夫ですから……。起きてください」

「いや、なつみんそれは無理……」

 九城は言いかけて、言葉を失った。

 ウルはゆっくりと、上半身をもたげ、背を向けたまま、七海に問うた。

「……何時から、気づいていたんだ?」

「さっき、少し動いたのを見たんですよ。人間って、気絶してても動くんです」

 九城の、呆然としたつぶやきが虚ろに響く。

「うそやろ……瞳孔完全に開いとったで……」

 七海はにっこり笑うといった。

「網膜剥離の検査をするときに使う、目薬を使えば簡単です。兄が試合の後、よくお世話になっていました。死んだふりするなら、本当に気絶しちゃだめですよ」

「待てい! 俺オッサンと揉めた意味、なかったやん!!」

 九城が絶叫し、物部が、けっと口許を歪めた。

 ウルから、力のない笑いが漏れた。

「本当にあなたにはかなわないな、ミズ・織河。まぬけな私とはえらい違い……!?」

 自嘲しながら振り返ったウルは、七海の顔を見たとたん、表情を強張らせた。

 え? 私そんなに怖い顔してる?

 七海が焦っている間に、ウルの表情は、たちまち泣き笑いに崩れ、顔を俯かせると咳こみ始めた。

 七海は彼女の左手を握ったまま、努めて明るい声でいった。

「なんです? 私そんな変な顔してます?」

「…………いや。……ブル・シット、アウルディー」

 ひとしきりむせた後、ようようウルは声を絞り出した。

 七海は、ガムテープで棒が固定されているウルの右手を見て、悲しそうな顔をした。

「ウルマさん、ハルヤマくんじゃないんだから……女の子がこんな、八〇年代の少女マンガみたいなことしちゃだめ。三メートル、空を飛びますよ」

 静かに右手を取ると、ガムテープ剥がし始めた。

「ウルマさん……。あなたはまぬけなんかじゃありません。談話室で話をして直ぐにわかりました。まっすぐだから、嘘を吐いたり吐かれたり、駆け引きするのが苦手なだけ……わかるんです」

 同じ気持ちを、共有するものだけが浮かべることの出来る、はにかみの色を瞳に湛えて七海は言った。

「私も同じだから」

「「「どの口が!?」」」

 九城達は、アクセル全開で突っ込んだ。

「え? なんです?」

 七海が他意なく三人を見回すと、全員次々に顔を伏せた。

「誰かを、恐ろしいと思うなんて、何年振りでしょう……」

 物部が、しわがれた声で、慄然と呟いた。

「さっきは、御免なさいウルマさん。十崎さんがろくでなしで、ろくでもないことをしているのは、ウルマさんのせいじゃないのに……。でもあなたの言うとおり、一歩踏み出してよかった」

 七海は、ウルのすべすべで柔らかい肌から、最後のひと巻きを剥がし終えると、ほっとした声でいった。

「はい終わりました。痛みますか?」

「大丈夫だ」

 七海は微笑むと、ウルの両手をとった。

「ウルマさん。もう泣かないでください」

 ウルはその声に、恐る恐る顔をあげたが、ちらりと目があったとたん。七海が見ていて、血が出るんじゃないかと思うくらい、必死の形相で唇をかみ、顔を伏せ、今まで以上に激しく体を震わせた。

 その時、車がタイヤを鳴らして、敷地内に進入してくる音がした。

 全員がそちらの方に目を向けるが、角度的に七海とウルには見えない。

 みるみる近づいてくる音に向け、十崎が銃を向けたが……一瞬眉を顰めると、銃口をわずかに下げ二度撃った。

 次の瞬間、ショーウィンドーが大音声とともに砕け散り、飛び込んできた物体が派手なスリップ音を撒き散らしつつ、ショールーム側の壁に激突して、建物を揺るがした。

 頭を抱えて悲鳴をあげていた七海が、恐る恐る顔をあげると、七海が潜り抜けた赤外線の入り口の直ぐ脇に、緑色の軽自動車がフロントをひしゃげさせて、煙を上げている。その時、はじめて七海は、自分がウルに抱きしめられ、豊かな胸に顔を埋めているのに気づいた。

 とっさに七海を庇ったのだ。彼女の左の乳房の下あたりに、たっぷりと付いていた偽物らしい血糊が、七海の服についてしまったとはいえ、なんというサムライレディだろう。九城などからすれば、土下寝してでも、代わって欲しいくらい、うらやましいに違いない。

 しかし。

 十崎にそれほどでもない、九城にはBカップ卒業見込み、と己がチチを評された七海にすれば、存分にコンプレックスを刺激される行為でもあった。

「ありがとう、ウルマさん。男らしいのに、ほんとに、おおきいおっぱいですね」

「……何を言っている?」

 怪訝そうに訊くウルを、無視して立ち上がる。

 大破した車の、立て付けがすっかり悪くなったドアから、ふくらんだエアバッグをおしのけて、おぼつかない足取りで運転手が降りてきた。

「……え?」

 その小さな影をみた七海は、思わず声を漏らした。

 顔をしかめ、痛そうに頭を押さえてでてきたのは、インディアンズの野球帽にジーンズ、頬に大きな絆創膏というボーイッシュないでたちの、美少女だったからだ。

「幸!」

 横合いから声が聞こえ、蒼白な顔をした物部が、十崎との境界を隔てる赤外線ぎりぎりまで駆け寄った。

「あつつ……とっつあん無事か?」

 可愛らしい声での、典雅な顔には似つかわしくない誰何に。

「……なんて無茶を」

 物部は、唇を震わせながら声を絞り出した。

「心配すんな、大丈夫だよ……らしくねえ」

 すこし、照れたように笑う少女に、物部は血を吐くような、絶叫を叩きつけた。

「明日、納車する客の車じゃねえか! 何考えてやがる!」

「そっちかよ!」

 幸も、負けずにツッコんだ。

「大丈夫!?」

 七海も大慌てで、赤外線の傍まで駆け寄る。

「十崎さん、もう一度解いてください」

「できません。おっさんが近すぎます」

 十崎は、自分の立つマス越しに向かい合う、幸と物部に、均等に目を注いだまま言った。

「いえね、納期が……ちゃいますねん……そこなんですよ」

 何のリハーサルなのか、うわごとを呟く物部を横目で見ながら、七海はぼそりと呟いた。

「大丈夫だと思うけどな……まあ、いいです、あなた、怪我は?」

 声をかけられた幸は、七海の顔に目を向け、動きをフリーズさせた。

 まじまじと、七海の顔を見つめる。

「……宴会の帰りかい? ねえさん。耳にも書いとかないと、お化けにもってかれるぞ」

 表情を変えずに幸が問うと、

「何言ってるの? 怪我はないって聞いてるの。こどもが運転しちゃだめでしょ?」

 七海がきつく言った。

 幸は数秒、珍しい生き物をみつけた、幼児のような表情で七海を見つめていたが、やおら乗ってきた車に向かい、踵をかえす。

「ふんっ」

「あっ、てめえ!」

 ドアの窓枠に手をかけ、既に取れかけているサイドミラーを蹴り折った幸を見て、物部が我に返る。

 幸は罵声を華麗にスルーし、そのサイドミラーを床に落とし、キック。

 赤外線の下をくぐり、十崎の立つマスと、九城と、物部の立つマスも通過。

 それは、カラカラと、運命のルーレットが回るような音を立てつつ、埃っぽい床を滑走し、七海の足元まで到達した。

 バーのカウンターを滑ってきたグラスの如き、サイドミラーを見て、九城は

 ぼんやりと呟いた。

「お嬢さん、あちらのお客様からです」

 幸は満足そうに笑うと、額を二本指で弾くような敬礼を、七海に贈った。

「?」

 怪訝な顔をする七海は、ちら、とサイドミラーを見た。

 眼を見開くと、高速でしゃがみ込み、ミラーを食い入るように見つめる。

「……うぞ!!」

 七海はゴルゴンになった


作者より

ここまでおつきあいくださりありがとうございます。

今日、おやしらずを抜くにあたって一昨日CTを撮りました。

凄い放射線を浴びる事になってたんですね。

驚きました。

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