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第一章 DNCへようこそ 1

 第一章 DNCへようこそ時間は、午前十一時前。

 構内は、勧業会館での入学式を終えた、新入生であふれ返っている。

 四月の日差しが、柔らかく校舎と学生達を照らしてくれてはいるが、肌寒い。

 織河七海おりが なつみは、校門をくぐると、唇を軽くへの字に曲げ、今日から通うことになる、校舎の時計台を見上げた。ウェーブした髪を、肩の少し上で切りそろえ、大き目のぽっちで、よこっちょを一房括っている。漆黒の大きな瞳、高すぎない鼻と桜色の唇。新調した紺色のスーツから覗く形の良い脚が、彼女の身長一六〇センチ弱の三分の二近くを占めている。ともすれば、敬遠されそうなレベルのプリティフェイスを、まだ色濃く残る少女の面影が、親しみやすい雰囲気に和らげていた。

 京都大学正門前。

 四月の初旬、満開の時期は過ぎたものの、彼女を迎えるかのように、通りの両側に立っている桜の木達が、恭しく手を差し伸べている。

「合格して、ここの桜並木を歩くのが、夢だったんだ」

 咲き誇る国花が、七海の胸を誇らしい気持ちで満たした。

 きれい……お祝いしてくれてるみたい。よくぞ、ここまでたどりついた、我が精鋭たち……っていうか 私

 七海は舞い散る桜を眺めながら、小学五年生から今までの自分史に、思いを馳せた。

 寂しい八年間だったな。ほとんど友達もいなかったし。

 七海が育ったのは、緑に囲まれた大阪の能勢だ。

 小学校低学年の頃は、こたつの中で鶏の卵を抱いて暖めたり、コックリさんに熱中して、親に叱られたりする普通の女の子だった。だが、高学年になってから、兄の本棚にあったマンガを呼んだのがいけなかった。

 なまじ漢字に強かったのが災いしたのだ。

 英国空挺部隊上がりの考古学者が、変な武器を持って襲い掛かってくる変人と戦ったり、どう見ても無許可で個人的に発掘をするという、今考えるとあんまり学問には関係ないお話なのだが、当時の七海はハマッてしまった。

 進路は決まった。

 目指すは、京都大学考古学部。

 その決意を表明し、かつ実行すると、周囲の反応はさまざまだった。

 両親は、手放しで喜んだ。

 我が子が自発的に、国立大学を目指そうというのだ、喜ばない親はいない。

 兄は正義の味方には勉強など必要ない、と言って日がな一日中、決めポーズと高いところから飛び降りる練習しかしていなかったので尚更だ。

 ただ今まで遊んでいた、お友達の態度の変化が辛かった。

 自ら通い始めた学習塾のせいで、今まで廃病院の探検なんかには欠かせない存在だった、七海の欠席が目立つようになり始めた。

 "なつみんは変わってしまった"

 "おたまじゃくしから、足が生える瞬間をみるために、朝の八時から夕方の五時半まで(五時半から、見逃せないアニメがあったのだ)水槽を眺め続けた、タマシイをなくしてしまった"

 "もう奴には、ドッヂで背中を任せられない"

 そんなわけで、お友達からの誘いがどんどん減り、最後にはなくなってしまった。

「今思えば、低学年がグループにいっぱい混ざっていたとはいえ、小学五年生にもなってやることではないよな」

 七海は行き交う様々な年齢層の、新入生を見ながら独りごちた。

 髪を括っているぽっちを、胡桃のようにゴリゴリ手の中で擦り合わせて、クールな振りをするようになったのは、その頃からだ。バカバカしいことを、しなくなった子供は子供じゃない。

「だから私は、子供じゃないもん……そうやって強がってたっけ」

 塾の友達とは仲良しだったが、進学専門の厳しいところだったので、塾の間での付き合いでしかなかった。

 勉強しては、マンガを含む読書に、没頭する生活。

 それだけの犠牲を払って、勉強漬けの学生生活を送ったのだ、落ちたら眼も当てられない。

 去年の春、模試でC判定が出たときは、この世の終わりかと思った。本気でベランダから、放物線を描いてジャンプしようかと思ったくらいだ。自分の事を頭が良いと思った事は無い七海だが、時間さえ貰えればどんなことでもがんばれる自信があったし、実際努力した。

 頭のいい人は、勉強なんかしなくても合格するんだろうな。夜遅くまで予備校の課題に追い込まれ、意識が朦朧とした時には、その言葉が自分を苛んだものだ。

「それもこれも」

 くわっと時計塔を睨み付ける座りきった目付きには、八つ当たりにも似た怨念が、どろどろと渦巻いている。ブツブツ独り言を呟いている、美少女に脅えた何人かの新入生が、必要以上に彼女を迂回して通り過ぎた。友達がいないと、どうしても独り言が多くなるのだ。

「ここで夢を叶える為。待ってろ、卑弥呼」

 七海は気合を入れて、最初の一歩を踏み出した。

 

 

 オリエンテーションを終えて解散し、人で溢れかえった廊下を歩く。

 まだ、履修要綱やら、四月中のスケジュールを聞いた今でも、大学生になった実感はぜんぜん湧かない。

 だが、おろしたての靴を履くときのような、わくわく感は七海の胸を満たし、足取りを軽く大胆にしていた。

 ついて来てくれる友達なんかいないけど、そんなにやわじゃないもんね。

 七海は一人で目的地を目指す。場所は知っている。高校生のとき自分を励ますため、何度かこっそり見に来たことがあるのだ。

 体育会系クラブの勧誘をあしらいつつ、新棟の三階にある考古学研究室のドアの前に辿り着いた。

 真新しい金属製の扉は重く、大型の遺物などを搬入するためか大きい。

 七海が不思議に思ったのは、扉の前に人気がないことだ。 新入生を勧誘するつもりがないのだろうか。

 逡巡の後、思い切って扉を引いた。

 室内は大きめの理科室という感じで、高校の教室の半分くらいあるだろうか。部屋の真ん中に、六畳ほどの巨大な机があり、部屋の大半を占めている。

 考古学の授業で使用するため、土器や、遺物の図面を描く道具やトレース台も部屋の隅にある。

 七海の目を引いたのは、窓際に置かれた粗末な机と、そこに置かれたノートパソコンを操る男の姿だった。

 より正確に言えば、その左手にじゃれつく二つの小さな影だった。

 雑種らしき猫達が、男の掌から何かを食べている。

 室内に、一人だけしかいないその男がこちらを向いた。

 四回生くらいだろうか。穏やかなまなざしが印象的だった。いや、しっとりと濡れた様な黒髪、高すぎない鼻、整った眉に穏やかな微笑み。華やかさは無いが、じっくり見ると男前かも。黒いハイネックの長TシャツにGパンという飾り気のないいでたちでも、それなりに垢抜けた印象だ。全体的に柔らかい、中性的な雰囲気を纏っている。

「ほら、人が来たぞ。行け」

 その男は優しく猫たちを追い立てると、窓から出て行くのを見送った。

 七海の方に色白の顔を向ける。

「こんにちは」

 暖かい声と、凪いだ海を思わせる優しい笑顔を向けられ、七海は鼓動が高まるのを感じた。

「こんにちは。名前なんていうんですか、あの子達」

「ジャギとハートです。どちらもメスですが」

 呼び名ですでに虐待ですね。

 七海はツッコミを辛うじて飲み下し、聞いてなかったふりをするために、あたりをさも珍しげに見回し、分かり切ったことを聞いてみた。

「ここ、考古学研究室ですよね?」

「そうですよ」

「考古学部の方ですか?」

 男はわずかに目を見開いて

「入部ですか?」

 と問うて来た。

「はい」

 ハッキリと答える。そのためにこの学校にきたのだ。

「あー……そうですか」

 男はそっかーと重ねて呟くと机から一枚の紙を取り出した。

「じゃあ、これ入部届」

 A四用紙半分程の大きさの紙に目を通す。氏名やクラス書き込む欄の他に。

「……DNC?」

 本来考古学部と、書いてあるはずの場所に記載されていた、アルファベットに、七海は眉をひそめた。

 男が口を開こうとした、ちょうどその時、七海の入ってきた扉が開いた。

「こんにちはー……あれぇ? あなた、新入生?」

 七海も、慌てて挨拶を返す。

 肩掛けかばんを提げて入って来たのは、小柄でおっとりしたしゃべり方の女性だった。ゆるくウェーブのかかったロングヘアーに、ピンク色のセルフレームの眼鏡を掛かけていて、けっこう可愛い。面倒見のよさそうな、長女っぽいイメージを纏っている。

 女は七海のもっている、入部届を見て怪訝な顔をし、その表情を十崎に向けた。

十崎とざきさんの、知り合いですか?」

「ええ。知り合って、一分足らずの仲です」

 十崎と呼ばれた男は、淡々と答えた。

 女は七海に視線を戻した。

「貴女、考古学部に入部しに来たの?」

「え、は、はい」

 成り行きに戸惑いながらも答えた。女は十崎のほうに向き直り、

「もう、十崎さん。シャレにならない悪ふざけはやめてくださいよう」

 怒ったように言った。

 シャレにならないって? 七海は女の台詞に軽く引いた。

「あの、どういうことですか?」

「それ考古学部の入部届けじゃないの。十崎さんとこの」

「え? え!」

「DNCってサークル」

「そうです……ロードウォーリアーズみたいなメイクをしてえんどうみちろうのように喚くのです。」

「い、いやです。なんだかよくわからないけど、楽器はピアノとマンドリンしかできません。パンクなんか無理です」

 十崎の眼に、突如強い関心の光が宿った。

「……! えんどうみちろうの方に反応するとは……タダものではありませんね。是非我がギルドに欲しくなりましたよ」

 さっきまではどうでもよかったんですが、と付け足す十崎に、

「もうそこまでにしといてくださいね、彼女未来ある身なんですから。それにだまし討ちなんて感心しませんよ」

 と女が溜め息混じりに言った。

「嘘はついてませんよ。それに説明しようとしてました」

「あ、そなの?」

「はい。入部してもらってから」

「「意味ない!」」

「なんでです、桃井さん。はいってから説明聞くのも、説明聞く前に入るのも、どうせ入るんなら同じでしょう。」

「なるほど、確かに『閉じたり閉まったり』くらい言ってる意味はおんなじね」

 桃井が感心する。

「わかりません! 熟れたてフレッシュくらいに意味がわかりません! なんで私が入部するのが、前提なんです!?」

 十崎は突然、尊大な口調で一席ぶち始めた。

「この目の前の饅頭を見たまえ。食べてみないとどんな味かわからないだろう? まずは試してみることだよ……僕は怪しげな新興宗教の教祖にそう言われたことがあります」

「……で、入信したんですか?」

 と七海。

「いえ、和菓子嫌いなんで」

「はあい、そこまで」

 桃井と呼ばれた女が手を叩いて会話を遮った。

「こっちきて」

 桃井が七海の肩を抱き、十崎に背を向けて離れた。

「乗せられちゃダメ。十崎さんの渾名は振り向いてはいけない背後の声よ」

 あー……ピッタリだ。名付けた人、天才。

「で、考古学部の見学に来たのね?私は桃井早苗。三回生で考古学部」

 七海もほっとしながら自己紹介をした。

 十崎は何事もなかったかのようにノートパソコンに向かっている。

「見学じゃなくて入部したいんです。定員埋まっちゃったら困りますし」

 桃井は頭を掻きながら

「今うちの部、校舎の目立たないとこで勧誘してるけど……先ず定員オーバーはないとおもうなあ。織河さん、よっぽど考古学やりたいんだ?」

「はい。私、小さい頃から歴史の本が好きで、将来」

 後日、七海は桃井の親しみ易いキャラが悪いんだと逆恨みする。

 つい言ってしまったのだ。

 

「邪馬台国を見つけるのが夢なんです」

 

「あー……はは、スケールでっかいねえ」

「笑顔で腐海に突撃するとは、なんと言う逸材……格闘技で言えば、コッポウ習ってましたくらいのタブー。ますます欲しくなりました」

「え? え?」

 引きつった桃井の顔と、眼を輝かせている十崎の顔を、交互に見比べて七海はにわかにテンパりだした。

「私何かおかしな事……」

「いーのいーの。ささ、それよりみんなのとこに行こう。紹介するよ」

「自覚なしとは……堪えられませんね」

「そこうるさい。いこいこ」

 桃井に肩を押され、七海は出て行った。

 

 

「いるんだよな、そういう単純っていうか考古学勘違いしてるヤツ……幾つだよ」

 眼鏡に生え際の後退した細面、いかにも研究者然とした神経質そうな男がジョッキから口を離すと厭味ったらしく吐き捨てた。

 周囲から場を凍らせないためであろう、乾いた笑い声があがる。

 七海は小さくなって手許を見つめた。

 入部してから三日目、講演等で使用される、公会堂内の会議室で行われる事になった新歓コンパ。

 七海の気分は最悪だった。

「黒田さん、言い過ぎでしょ。最初はみんなそんなとこから入るんだから」

 七海の隣りに座った、桃井がたしなめる。

 ほぼ正方形のテーブルを囲んで、二五人の院生を含む研究生、考古学部員が囲んでいる。

 女性は七海を含め、六人と少ない。

「桃井は甘いんだよ。ここで考古学やろうってんなら、発掘現場の説明会まで暇つぶしにきてる年寄りみたいな考えは、はじめに潰してやらなきゃ。考古学実習の定員も毎回いっぱいなんだから、勘違いに気付いて、辞めるヤツは早めに放り出すべき」

 強い口調で断じると、桃井は困ったように黙り込んでしまった。七海にもそれは理解できるが、もうすこし言い方があるのでは。

「言い方キツいか、新入生? おれ東京者だからさ」

 また周囲で、硬い笑い声があがる。七海はあいまいに笑って、またうつむいた。

「ひとつ教えといてやるよ。邪馬台国だ卑弥子だってのは、昔の書物に存在が書かれてただけの代物。アトランティス大陸とかと、それほど変わらない。なんとかの暗号みたいなクダラネェオカルト本とか、それで金儲けしようってヤツらの飯のタネなだけ。わかったかい、ど素人」

「は、はい」

 下腹部に見えない刃が、ザンザン刺さるのを感じながら七海は返事した。

 よかった。

 額田のオオキミの暗号って本、面白いですよね、とか言わないで本当によかった。

 七海は背中に冷や汗をかきながら、これ以上状況が悪くならなくてよかったと必死で思おうとした。

「しかし、部室にだれか残ってたのか? みんな勧誘に駆出したのに……十崎? ああ、あいつか。いつか埋めてやる」

 

 解散したあと、七海は一人暮らしをはじめたマンションまでとぼとぼと自転車を押して帰った。

 途中まで帰り道の一緒だった、桃井がいれてくれたフォローが、耳に木霊している。

  『あの人も、実力あるのに助手になれなくて、イライラしてるみたいでさ、現場では、面倒見のいいひとなんだけど』

  なんとかその言葉に慰めを見出だそうとするが、うまくいかない。そもそも自分の状況がよくなかったら、周りに八つ当たりして良いとか、面倒見がよければ普段どんなことを言っても許されるなんて思えない。自分の脳裏に浮かんで来る、多分正しいであろう言い分がどうしても消えない。

「何よ,ハゲのくせに」

 呟いてみたが、あんまり気分はよくならない。なにせ、そのイヤなハゲと、何年も一緒に、机を並べてやっていかないとならないのだから。

 この先の事を考えると、七海は泣き出しそうだった。

 

「いやあ、まさしく趣味の世界ですからね、邪馬台国とか。アーサー王子とかと変わりません。」

 翌日浮かない顔で、研究室に顔を出した七海に十崎がいった。

 二人しかいない研究室にノートパソコンのファンの音だけが響く。昨日はどうでした、の話からこうなったのだ。

「研究者になるのは大変ですよ。人間関係が、特に。それと考古学って趣味としては楽しいけど仕事にしちゃえばみんな同じ……らしいですよ」

 七海は悲しくなって言い返した。

「なんでみんなそんな風に研究者になるのを諦めさせようとするんですか?私何かしましたか?」

  十崎は穏やかに微笑んで言った

「食べて行くのが、難しすぎるからですよ」

 七海は息を飲んだ。

 十崎さん、この人……

「だから、さあ、我が団で全てを否定し、五人のゴッドハンドを崇めるのです」

 最低だ。

「私は考古学者になりたくてこの大学にきたんです。贄になるつもりも鷹の団にはいるつもりもありません」

 十崎の眼に動揺が走った。

「……何者です、あなた」

 バカバカしいと思いながらも、ちょっとだけ溜飲がさがる。

「なら食べられるようになるまで、がんばるだけです」

 七海は、頬を膨らませて言った。

「では研究テーマで、みんなを見返してやるべきです。大体論文のタイトルを聞いたら、その人の知識の深さがわかります」

「そう……ですか。じゃあまずは知識をつけないと」

「コロポックルなんかお勧めです。北海道に住んでいたという、伝説の小人」

「……もういいです」

 その時ドアが開いて、黒田が入ってきた。 七海はお腹の底に嫌なストレスを感じつつ慌てて挨拶する。 黒田は、七海と十崎の方をチラリと嫌そうに見ると、

「おしゃべりに来たんなら帰れよ、邪馬台国」

 と憎々しげに吐き捨て、早足で席に向った。

 すみません、七海はうつむいて呟くと、席についた。

 とりあえず桃井に薦められた、基本の洋書を開く。

 十崎は気にした風もなく挨拶をすると、またノートパソコンに向き直った。

 しばらくの沈黙の後、黒田が言った。

「おい、邪馬台国」

 七海はびくっとした。

「あ、あの織河七海です」

「そうか、悪かったな、邪馬台国。で、なに読んでんだ?」

「あの、桃井先輩に薦められて……」

 読んでいた本を掲げて見せた。聴講生の試験などにも使われる比較的易しい

 洋書だ。研究室の隣にある書庫から借りた。

「辞書使ってんの?」

「あ、はい」

「コリン・レンフルーなんかで? 学生やめちまえ」

「……すみません」

 十崎は黙ってノートパソコンを触っている。

 七海は泣いちゃいそうだった。

 

 

 十崎は、すっかり凹んでしまった七海をちらりと見ると、思いついたように検索エンジンに、彼女の名前を打ちこんでみた。

 検索結果を、一瞥した十崎の動きが止まる。

 表示された一件目から五件目まで全てに、彼女のフルネームが含まれているのだ。

 十崎は、しょんぼりと本を読んでいる彼女を再度一瞥すると、そこから拾った新しいワードを、彼女の名前から1マスあけてペーストした。

 検索。

 表示される去年の日付と、出身校。放映日。

 十崎のノートパソコンを操る動きが忙しくなった。

 その後三〇分かけて、芋づる式に検索を続ける。

 講義で中断したが、夕方から検索の続きを研究室で再開する。

 織河。おりが。オリガ。七海。ナツミ。なつみ。

 織○七  河○海

 スペースを入れ、増えていくキーワードを加えながら、思いつく限りの検索方法を試す。

 最後にたどり着いたのは、だれも訪れることがないであろう、男子高校生のプロフであった。

 十崎の眠そうにすら見える、湖面の様な瞳が爛々と輝き……唇が吊り上った。

 笑いの形に。

 

 怨敵:オリガ○海――最低のビッチ――これを見てる奴ら、楽しみにしてろ。見てくれだけはいいあのメスを、次は素っ裸にして晒してやる…… 

「……スフィンクスゲームで」

 陽も暮れ、誰もいなくなった室内で、十崎は我知らず、これから始まる物語の序章を呟いた。

「虫も殺さないような顔をして……楽しくなってきたじゃないですか」


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