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第八章 さよならは言わせない

花粉辛い・・・

第八章です。どうぞお付き合いください。

 あるところに、おとうさん、おかあさん、男の子がいました。

 とっても仲のいい、しあわせな、かぞくでした。

 でも、ある日、おかあさんが、びょうきでしんでしまいました。

 やさしかったおとうさんは、お酒を飲んでは、男の子をぶつようになりました。

 毎日ぶたれてばかりの男の子は、大事にしていた、かっぱのぬいぐるみをぶつようになりました

 かっぱさんは、うでのところと首のところがとれかけて、なかみがすこしはみだしてしまいました。

 かわいそうにおもった、かみさまはあるばん、おもちゃばこのかっぱさんのまえにあらわれていいました。

「かっぱくん。なにかおねがいはありませんか」

 かっぱさんはいいました。

「ならぼくを、男の子がぶたれそうなときに、一回だけでいいからおおきくして、しゃべれるようにしてください」

 

 

 七海は放心したまま、パイプイスに腰掛けていた。

 ウルマと名乗る女が去って、どれくらい経ったろう。

 一度桃井が、心配したのか覗きに来てくれたが、七海は窓の外を見つめたまま振り返りもしなかった。

 日が暮れるとともに足元から忍び寄り始めた冷気だけが、七海を現実の世界につなぎとめていた。

 さっきの十崎との会話。

 まるでいつもの帰り道で、交通事故にあったような唐突さだ。付き合ってる彼氏が――いないが――実は女でしたと聞かされても、きっとこんなに驚かないだろう。手の込んだ、十崎一流の悪ふざけと思いたかった。ウルマと言う女の存在がなければ、絶対に信じなかったろう。

 このまま家に帰れば……明日いつものように研究室の扉を開けたら……

「相変わらず、朝早いですね、十崎さん」

「実は、九城さんとの蜜月に、この部屋を活用してるんじゃないんですか? でバレないように九城さんだけ先に……いやらしい」

「聞いてるんですか、十崎さん」

 くしゃっと七海の顔が歪んだ。

 きっといない。

 明日はきっといないし、ずっといない。

 九城さんが、気紛れにやってきて、違法ダウンロードしたデータを、十崎さんにたかりに来たりすることも、きっとない。

 明日には、愛すべきダメ人間達はいないのだ。

 そして……

 スフィンクス・ゲーム。

 この単語が、十崎の口から出てくるとは、夢にも思わなかった。

 このゲームにまつわる、記憶がよみがえるたびに、自分を小声で罵ったり、脈絡の無い事を口走ったりして誤魔化して来たが、今はそうする気さえ起こらない。

 七海の中で、相反する感情が、意識の水面に交互に顔を出す。

 スフィンクス・ゲームに、興味があったから、私に近づいてきただけ。

 落胆。怒り。悲しみ。

 それは、珍獣に興味を持つのと同じ意味合いの、関心なのだろうか。黒田さんから助けてくれたのも、全部計算づくだったのか。

 そして、もうひとつの感情。

 スフィンクス・ゲームの事を知っているのに、私に興味を持ってくれた。

 安堵。

 後者の方が、七海には大きかった。

 それくらいまでに、消したい過去なのだ。

 心理的なガードを取っ払った七海の脳裏に、次々と断片的な映像が走り抜ける。

 仲間だった同級生に、頬桁を張られる自分。

 金切り声を上げて、うずくまる半裸の自分。

 真っ赤な顔で、襲い掛かってくる裸の男。

 その後ろの、男達……

 七海は、我知らず呟いた。

「十崎さん……」

 助けを、求めるかのように。

 さっきの口調の暖かさ。

 『全く……あなたには興ざめです』

 ウルマという、女の言葉。

 『なら、あなたも戦えミズ 』

 勝手言ってんじゃないわよ。

「言われなくても」

 七海は、涙を拭って立ち上がった。

 

「黒田さん、聞きたいことが」

 すっかり夜の帳に包まれた、研究室の扉を開けるとそこにいたのは黒田だけだった。

「なんだよ」

 黒田は、パソコンから、顔もあげずに返事を返した。

「お客さんを連れて来た時、九城さんがいってた……」

「ひよこって子だろ? 美夜子みよこって名前で、十崎の妹だ」

 先を越されて、鼻白んだが、

「聞こえてたんですか? 談話室での会話」

「叫び声だけはな。いくら壁が厚くても……俺と桃井しか、聞いてないから安心しろ」

「その美夜子さんと……」

「無理だ。十崎と九城以外は、その子の連絡先をしらない。それに十崎は、妹の事に触れられるのを、極端に嫌う」

 七海は、失望でずっしりと体が重くなった。九城さんは、教えてくれるだろうか。無理な気がする。

「だが、九城は別に気にしてなかった。だからその子の家までの地図をダウンロードさせられた事がある」

「……! あのっ」

「何するつもりだ、その子の家にいって」

 黒田が、はじめて顔をあげた。

 七海は、研究者が、論文のプレゼンテーターに向けるような視線を、ガッチリと受け止める。

 全部を、説明するわけにはいかない。

 考えろ。考えろ。

 そして。

「明日」

 七海は、決然とした表情を黒田に向けた。

「十崎さんに、いつもどおり挨拶して……」

 七海は、最大限の想いを言葉に込めた。

「もしかしたら、来るかもしれない九城さんに備えたり、学食までダッシュしたり」

 七海の眼から、光るものが溢れた。

「二人が授業中、笑わせてくるのに耐えたり、十崎さんに、また明日って言ったりするために……」

「その話をまとめると」

 七海の言葉が、終わらないうちに黒田が言った。

「十崎が……いや二人とも、いなくなろうとしてる。そういう事か?」

 黒田さんは、喜ぶかもしれないな。

「はい」

「そいつは」

 黒田は、おもむろに立ち上がり、窓際まで歩いて行くと、背中を向けたまま言った。

「そいつは……非常に困る」

 やっぱり。でも。

「黒田さんには、確かに好都合かもしれませんが……え?」

「困るって言ったんだ。朗読か……もとい、サークル活動がなくなったら、確実に現在の部員が激減する……何考えてるんだ、副部長も、警備隊長も」

「あの、話が……」

「言ってなかったか?」

 黒田は振り向いて、ニヤリと笑った。

 

「俺も、DNCのメンバーだ」

 

「……えええっ! ちょ、そんな……聞いてませんよ、聞いてません!」

 天井が、グルグル周りそうだった。

「聞かれなかったもん」

「女子高生みたいな、言い訳はやめてください! ……もう、今日は何がどうなってるのやら……」

 七海は頭を抱えて、しゃがみ込んでしまった。いろいろありすぎて、頭がパンクしそうだ。

「間に合うのか?」

 七海は顔を上げた。

 黒田が、自分を見下ろす真摯な視線に、所期の目的を思い出し、急いで立ちあがった。

「たぶん……いえ、きっと」

「具体的には、どうするつもりだ」

 本当に、この人の質問は、的を外さない。

「十崎さんが、欲しがるアイテムを集めます。そしてもう一つ、十崎さんの人に知られたくない、ウィークポイントを、彼女から聞きます。その二つがそろえば」

 七海の腹は決まっていた。

 興味半分? 結構。

 珍獣扱い? 何を今更。

 黒田さんも言っていたじゃないか。

 『最初はみんな、そんなもんだ』

 きっかけは、どうでもいい。

 今が大事なんだ。私と十崎さんとの繋がりは、そんなゲームだけなんかじゃない。

 これって、きっと自惚れじゃない。

 だからこそ。

 七海は記憶の底に封印した、忌まわしい過去の蓋を、開けるつもりだった。

 今度は、大切なものをなくさないために。

 七海の唇が、二度と口にする事は無い、と信じていた単語を紡いだ。

「スフィンクスゲームを、挑みます。」

「スフィンクスゲーム? ……聞いたことがないな」

「それはそうでしょう。最初は、一部のクイズマニアが、冗談半分ではじめた遊びだったんですから」

 七海の胸が、過去の傷でうずいた。顔をしかめたくなるほどの痛みだ。

「十崎さんは、私とそれをやりたがっているんです」

「それで、十崎と九城を、引きとめられるのか?」

「十崎さんは、スフィンクスゲームの意味を、知っていました。お互いがベットするものは、プライドなんです。賭け将棋と同じです。ゲームに対して、なんの思い入れもない人には、強制力はありませんが」

 七海は、ちらりと壁時計を見た。十八時四五分。

「そもそもそういう人は、このゲームをやりません。ですから九城さんに関しては、引きとめられるかどうかわからないです」

「……まあ、九城はほとんど来てないも、同然だからな。十崎さえいれば、きっといつも通り、餌をもらいにやってくるだろう。時間が無さそうだな。結論から言えば、俺には、十崎の妹の住所を教えることは出来ない。道義的にとか、そんな理由じゃない。十崎にばれたら、何をされるか分からん」

「……黒田さん」

「だが、あくまで偶然だが、今俺がいじっていたパソコンに、京都三条の地図が出ていて、ある箇所に矢印が出ている」

「……黒田さん!」

「もう一つ。十崎の価値基準は独特だ。赤ん坊が高価なおもちゃよりも、トイレットペーパーの芯を、欲しがったりするのと同じようにな」

 そのとおりだ。実際、十崎が何を欲しがるのか、皆目、見当がつかない。

「俺はその一つを持っている。今から下宿まで取りに帰って、引き返してきて一五分。ここでコピーするのに五分。間に合うか?」

「間に合わせてみせます」

 七海は眼差しに、精一杯の感謝の念をこめていった。

 無言で踵を返し、扉に向かう黒田の背中に言った。

「黒田さん」

 彼はきっと、この時間まで待っていてくれたのだ。

「かなりかっこいいですよ」

「気づくのが遅いんだ」

 黒田は振り向かず、扉の向こうに消えた。

 

 

 


作者より

ここまでお付き合い下さり、ありがとうございます。

どうか、最後までお付き合いください。

次回もどうぞお楽しみに。

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