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第五章 君の胸でいつまでも

こんばんわ。明日は休日ですね。(うをー)

そうでない方はごめんなさい。

ここまでお付き合い下さりありがとうございます。

それでは、ごゆっくりお楽しみください。


 

 翌日。

「おはようございまーす……あ、暖かいラッキー」

 朝一番で、研究室の扉を開けると、部屋には十崎がいるだけだった。誰か先に人が来て、部屋の暖房を入れてくれているのはありがたい。

 この人、健康とは縁が遠そうなのになんでこんなに早起きなのかな、と七海は思った。

「寒いのに早いですね、十崎さん。御年寄りみたい」

 十崎はにっこり笑って言った。

「織河さんは、寒いのに子供みたいに元気ですね。 飴玉をあげましょう」

「わーい、やったー」

 ほんとに飴玉を差し出された七海は、喜んで受け取った。

「十崎さん、十崎さん。これみてください」

 七海は着ているワンピースの前掛けボタンを順に外して、首に掛けている鎖を引っ張り出そうとした。

「朝から、それほどでもない胸を見せてくれるんですか? うれしくありません」

「ちがいます! 悪かったですねっ、それほどでもなくてっっ!」

 穏やかに微笑む十崎の台詞に、一気に気分を害したが、七海の取り出したもの、に表情が変わったのを見て、してやったりとほくそえんだ。

「……それ、どうやって穴をあけたんですか? 開いてなかったでしょ?」

 件の円筒印章に、鎖を通して、ペンダントにしたのだ。

「知り合いのおじさんに、ドリルで開けてもらったんです」

 十崎は、慌てて腰を浮かして円筒印章を手にとり、顔を近づけた。

「油をつけたり、傷をつけたりしてないでしょうね?」

「大丈夫でーす。くれぐれも慎重にってお願いしましたから。そもそもシリンダーシールって、こういう使い方もあったんでしょ?」

 円筒印章を手にとって、試すがめつすしている、十崎の頭のつむじを見ながら、得意げに言った七海だったが。

「……ほんとに、僕を退屈させませんね、あなたは」

 顔を上げた十崎に、超至近距離で微笑まれ、七海は心臓の鼓動が、不自然なまでに大きく跳ね上がるのを意識した。

 色白。優しげなまなざし。中性的な雰囲気に痩身。

 よく考えたら七海の、

「タイプうー。手ェつなぎてー」

 であった。

 七海は、顔が赤くなってない事を祈りながら、

「そ、それはどうも、どうも」

 と返事するのがやっとだった。

 あなたのことがとっても気にいりましたよ

 鼻二つ分くらい先の、十崎の瞳が語っている気がするのだ。あくまで気、だが。

 十崎の吐息からは、コーヒーの香りがするが、不快ではない。

 私、お口……大丈夫だよね?

 そうだ、昨日食べたのは鯛の兜煮だ、大丈夫。

 今となっては、バクバク音を立てる心臓に、視界を揺らされる七海。

 すっと身を離すと、十崎は背中を見せていった。

「なるほど、これからそのシールは、あなたの柔肌で、ずっと保護されるわけですね……それほどでもない、胸の間に挟まれて」

 七海は十崎の後頭部に、全力でペンケースを投擲した。

 

 ウルが京都大学の最寄り駅、出町柳駅に着いたのは一五三〇時頃だった。昼過ぎまで寝ていたので、時差ぼけの影響はない。

 一応、それらしい交渉の代理人に見せかけないといけないので、パンツスーツ姿だ。この姿で、柞の木は持ち歩けないので、皮製のショルダーバッグには、サイヤーラに頼んでおいた催涙スプレーと、特殊警棒が入れてある。ゆったりとスカーフを頭に巻きつけているのは、長年のムスリムとしての習性だ。

 穏やかな日差しの中を二〇分ほど歩くと、大学の裏門の一つに着いた。入学の時期なのか、生徒が作ったと思しき、派手派手しい巨大な立て看板が、あちこちに飾ってあった。自分の学生生活など、遠い過去のように思える。自分がこの一年ほどで、とても年をとったように思えた。

 昨日の、ハシム師との会話を思い出し、思わず独り笑う。マスードの言葉をそのまま伝えたのだが、あんなに興奮している師は初めてだった。どうやら、マスードの言っていた事は嘘ではないらしい。

 サイヤーラによれば、交渉相手の住居は、ここから駅ひとつ離れた、学生用のワンルームマンションだが、ほとんどそこには帰ってないらしい。ならば、彼の通う大学で接触するしかないだろう。この時間なら、全ての授業は終わっているかもしれない。もちろん帰宅している可能性もあるが、別に今日は下見で終わってもかまわない。

 アメリカのキャンバスと比べても、遜色ないほどこの大学の敷地は広く、また学部によって分散している。

 ターゲットのいる場所は、文学部らしい。それがどこにあるのか、尋ねようにも事務局の位置がまたわからない。 学生に聞くのが手っ取り早かろう。そう考えていると、後ろから声が近づいてきた。

「おー、十崎か? 今どこ? え、学校とちゃうんか? うん、うん。え? 考古学研究室で待っとけばえーんか? いつなるん……あーわかった。おれ? えーとな」

 ウルを追い越して行った男が、三メーターほど先で立ち止まって、あたりを見回した。

「環境学部やな。わかった、も少ししたら研究室向かうわ。文学部のやろ?OK、チャオ」

 パーカーに、ジーンズ姿の体格のいい男は、携帯を畳むとポケットにしまいこんだ。

 男をみつめていた、ウルと眼があうと、

「Help you?」

 ウルは男の話す英語につられ、同じ言語で問い返した。

「文学部の、考古学研究室を、さがしているのですが」

「それなら俺も、今から向かうところだから。ついてきて」

 男の口調に、浮ついたものは感じられなかったので、

「助かります」

 とだけ返事し、二メーターほどの距離を置いてついていく。

 

 同時刻。

 七海が研究室に顔を出すと、そこにいたのは十崎と桃井、あと二人の研究生だけだった。

 後頭部に、わざとらしく絆創膏を貼った十崎が、普段どおり声を掛けてきた。

「こんにちは」

「……こんにちは」

 半眼で、いやいや挨拶を返す七海。

「織河さん、九城をみませんでしたか?」

 席に着く七海に、十崎が問うてきた。

「知りません。なにせ、それほどでもありませんから」

 隣で桃井が笑いをこらえている。十崎が喋ったのだろう。

「まあまあ。僕のことをガリモヤシと言った件であいこですよ。ちなみに二度目はありませんからね」

「言ってません。なんです? 気にしてるんですか?」

 七海は意地悪く笑いながら言った。

「ええ、体重六〇kgを切ったら、自殺するって決めてますので……今怖くて、体重計に載れないんですよ。織河さんが羨ましいです」

「そんなにありません!……確かに、食べ過ぎたらすぐ太っちゃいますけど」

 ここで徐に、七海はフゥとため息をついた。

「何食べても、体重が増えない誰かさんがうらやましいです」

「……むかつきますね」

 いつもの笑顔だが、眉間にしわが一本よっていた。

 七海は悪魔超人に、一〇pのダメージを与えた……と思う。

 へへーんだ。

 七海は舌を出した。

 もう、許してあげてもいいだろう。

「さっきの話ですけど、九城さんは見てませんよ?」

「そうですか。電話も繋がらないんですよ」

 

 九城とウルは、ほとんど会話もせず、文学部の棟に着いた。

「誰に用事? 呼ぼうか?」

「ミスター・カジワラ、を訪ねてきたのですが」

 男はシャープな顔に、一瞬怪訝な表情を浮かべたが、直ぐに笑顔で言った。

「カジワラって、俺くらいの身長で細くて眼鏡かけたヤツ? いや、二人おってさ」

「もう一人は?」

 ウルが他意なく問うと、一瞬詰まってから男は答えた。

「えーと……身長が二メーターくらいで、髭生えてて、得意技はアックスボンバー」

 まるで、ステイツのプロレスラーのようだな。

「……? おそらくあなたくらいの、身長の方だと思います。」

「それなら、俺の友達だな。さっき携帯で連絡してた男だ、もう少しここで待ってたらくるよ」

 と伝える。

「ああ、お知り合いでしたか」

 アウルディーの知り合いと、話すことになるとは思いもよらなかった。

 この男から、情報を仕入れておくべきか、ウルは迷った。

 その際どこまで、自分のことを話すべきか。

 先ほどの携帯での会話を聞く限り、この男もアウルディーに用があるようだし、立ち去りそうにない。

「十ざ・・・・・・カジワラと知り合い?」

 来た。

「いえ、直接の知り合いではないのです。共通の知人から、日本に行くなら会ってくれと頼まれて」

 できるだけ真実を話すこと。それならぼろがでない。

「……そっか。あいつ英語はなせるのかな」

「ああ、私は日本語が話せるので」

 突然、流暢な日本語に切り替えたウルに、男は驚いたようだ。まじまじとウルを見つめる。

「なんや、そうなん? おどろいたな。」

「あなたが英語でしたからつい」

「ほとんどなまり無いな。まぁ京都では、ときどきいるけど」

「そうなんですか」

「この辺学生の町やしな。留学生もようけおる。けど、自分みたいに、流暢な日本語話せる人は珍しい」

「ありがとうございます」

 その後、当たり障りのない会話を続けたが、頃合いを見計らって、男は携帯電話を取り出した。

「あいつ遅いなぁ。こっちからじゃなくて、裏口から入ったんかな。……十崎? 今どこ?……ああそうか、すぐそっち行くわ。お前にお客さん」

 携帯を閉じると、男はウルを促した。

「行こう。もう、上にいるみたい」

 

 リノリウムばりの、薄暗い廊下を階段に向かって歩きながら、ウルはひそかに呼吸を整えた。やはり緊張する。白昼衆人監視のなかでとはいえ、自分が相対するのは、楽しんで人を殺すような類の人間だ。

「うーっす」

 男が挨拶しながら、大きな鉄扉を開けると、中の人間が一斉に振り向いた。だがその視線は、すぐに男の背後にいる、自分に向けられた。

「お前にお客さん。ごっつい、美人やけど、誰?」

 男は机に座って、かわいらしい女の子と、談笑していた人影に声をかけた。黒のハイネックのシャツを着たその男は、ウルに視線を向ける。澄んだ瞳に、微笑をたたえた色白の顔は、ウルの予想を裏切り、病的な印象を持っていなかった。このどこにでもいそうな、線の細い男が殺人狂? ウルは相手を違えている、危惧を抱いた。

「十崎さん、誰ですか、このすっごい美人?」

 呆然とこちらを見ていた、十崎の話し相手の少女は、興味深々で尋ねた。

 トザキというのは、ニックネームだろうか。でなければ、何故アリから聞いた、カジワラという名前で、この男に通じたのだろう。

「そうですね。かれこれ会って、三秒くらいの中です」

 トザキと呼ばれた男――アウルディ――は淡々と答えた。

 考えるのは後だ。ウルは静かに入室し、軽くひざを曲げてメイドのようにお辞儀すると、あらかじめ用意してあった。挨拶を口にした。

「アッサラームアレイクム、アウルディー。シレルキャンプの、アブ・ハシムの使いでまいりました。漆間と申します」

 ウルは、近頃、滅多に口にしなかった、姓を名のった。

「これは懐かしい。……イマーム・ハシムは、ご健勝ですか?」

 ウルは確信した。この男がアウルディーだ。

「はい。くれぐれも、カジワラ様には、よしなに、ということです。」

 周りの学生は、みんな困惑していた。会話にまったくついて来れないようだ。

「ちょっとゴメンな。十崎、じゃあオレ行くわ。このファミコンのカセット……パクられたら困るから、ちゃんと持って帰って、ひよこちゃんに渡しといて」

「……わかりました」

「それじゃあな、ミズ」

「ありがとうございました」

 男が扉から出ていったのを見送りながら、十崎もまた立ち上がって言った。

「さて、我々も場所を移しましょうか」

 

 ウルは、十崎と文学部の棟を出て、人気のない自転車置き場で、向かい合った。

 目立たない、穏やかな容貌。彼が本当にアウルディーなのか。

 自分の抱いていたイメージとのギャップに、未だ苛まれるウルであった。

「こんな場所で申し訳ありませんが、誰にも聞かれない場所ということになると、限られてしまいますので」

 男から渡された、ゲームのカセットを掌でもてあそびながら、十崎は言った。

「いえ、構いません」

「で、どのようなご用件で、はるばるイラクからこちらまで?」

「ウスマン老を、覚えておいでですか?」

「……シリンダーシールの件ですね。まあ想像はついていました」

「単刀直入に申しあげます。買い取らせて頂けませんか」

「……これは驚きました。やっぱり返せ、と言いに来たのかと思ったのですが。提示額はいくらです? あの村に、そんなお金があるように思えませんが」

 淡々としたの失礼なものいいにも、ウルはさほど腹を立てなかった。礼儀を欠いているのはこちらなのだ。

 それよりも、目の前の男の、物怖じしない態度に気を引き締めた。

「七万US$」

 十崎は失笑した。

「……へえ。そんな大金どうやって用意するつもりです?」

 ここからが、きわどい話だ。ウルは慎重に、言葉を選んだ。

「この国で買い手がつきました。ウスマン老の所持する、もう一本と合わせて売却します」

「いくらで?」

「……それはご想像にお任せします。七万USドルは、さまざまな諸経費や、リスクを差し引いた金額です。あなたは何の危険も犯さずに、大金を手にすることができます」

「ならお聞きします。たとえば、私が取引に乗るとして、お金はいつ支払われ、私はいつあなたがたに、シリンダーシールを渡せばいいのですか?」

 ウルは答えようとして、その回答が用意出来ていなかった事に、気付いた。

「それは……シリンダーシールを、先に預けていただいて、売却した後に費用を……」

 ウルはそれを口にしながらも、恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じていた。自分はケチな寸借詐欺師です、と言っているかのようだ。

「……聞き返すのも、馬鹿馬鹿しいですが、私が今から家に引き返して、シリンダーシールを取ってくるので、お金を先にください、と言ったら、あなたお金を渡しますか?」

「……」

「つまり最低でも、取引の現場に、私がいなければならないわけです。どこがノーリスクなんです?」

 ウルは、うつむいて言った。

「……おっしゃる通りです。あなたが我々の同胞だと思いこみ、甘えておりました」

 十崎は、少し驚いたような表情で言った。

「どこから、そんな発想が出てきたんですか?」

「あなたは、クルドの軍事組織、ペシュメルガの一員だったのでしょう?」

 ウルも本で読んだだけだが、クルド人でもペシュメルガの隊員になるのは難しいはずだ。

 まず四十五日間監視され、スパイでないが、適性があるかを、徹底的に調べられる。パスしたものだけが、三カ月の訓練に参加することができ、その内容は、政治や軍事、武器の使い方、ゲリラ戦のトレーニングに、三日三晩山中を歩くなど、多岐にわたる。クルド語や、英文学を読むクラスまであるらしい。

 外国人であるこの男が、入隊できたという事実が、いまだに信じられない。

 ウルは、ぎょっとして顔を上げた。

 笑ったのだ。

 淡々と語っていたこの男が、顔を逸し、おかしくてたまらないというように。

 そしてそれは。

「あなたがたのおめでたさ、失礼、純粋さには脱帽です。私がイラクくんだりまで行った、本当の理由をお教えしましょうか?」

 この男が、自分の正体をさらけ出す、オーバーチュアであろうことをウルは感じた。

 十崎は、屈託のない笑顔で言った。

「退屈だったからです。ただ、それだけですよ」


作者より

 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


夜中に、耳が痛いので救急に行ったら、医療事務の女性が綺麗だったので得をした気分の

りょうです。しかし、夜中の3時だったので、患者は僕と後2人だけでした。

なぜ間違いなくホストであろう彼らが小児科に座っていたのか、いまだに謎です。

次回より、物語が疾走を始めます。

どうか、お付き合いの程をよろしくお願いします。

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