『死』と正面から向き合って得たモノ
死ぬ事よりもつらいって経験ありますか?
知識の浅かった僕は、5000円で買える位の市販薬でODを謀った。
しかし、自殺とは言えない量、そして物により【本当に死んでしまいたい】位の苦しみと出会った。
初めの苦しみ。 … 薬(風邪薬や睡眠導入剤といった睡眠作用の強い物)を服用し、多量の嘔吐。薬をひたすら子供がラムネ菓子を頬張るようにガリガリと噛みながら飲んでいく。30いや50錠はあったと思う。そしてすぐに眠気が襲ってきたが、『全ての薬を飲みきるまでは』と眠気を堪えて薬を飲んだ…。……目が醒めてしまったと思ったと同時に多量の嘔吐。吐いても吐いても止まらない。服用した薬をまだ形の残った物まで吐き出し、胃液を吐いてもまだ足りないかのように、内臓まで吐き出してしまうかと思うくらいの量を吐き出した。(死にたかった筈なのに)僕の心は、続く嘔吐の苦しみに助けを求めていた。そして僕は無意識に家族にSOSを出していた。気が付いたのは病院のベッドの上。家族に助けられ、車に乗せられた僕は病院までの道中ずっと何も吐き出さないのに、何かを吐き出そうとしていた。病院では、多量の嘔吐の為、特に処置はしなかった。そして入院1日で退院した。
第二の苦しみ … 家の中に監禁状態で閉じ込められ、尚且つ『死』を諦めていなかった僕。外に出る事を許されず、絶えず監視付きで監禁状態で家の中に幽閉された。喫煙者である僕が外に出れるのは、喫煙時のみ。(この時も監視は続いている)隠れてパソコンで苦しまずに死ねる方法を探し続けた。ODではまず無理だと判明。数万数億錠の薬を飲まないとまず無理だという事。運が悪ければ、その後胃洗という苦しみが待ち受けているという事。リスカは、人間のもつ血しょう板の能力が高すぎてすぐに止血してしまうという事。絞首は上手くいけば2~3秒で意識を喪失し、そのまま逝ける事を知った。学生時代、柔道部であった僕は、締め技によって堕ちる時の事を思い出し、サイクリング用衣類固定バンドを使って寝ている間に死んでやると挑戦。しかしこれも軽く呼吸可能で、頸動脈にキチッと食い込まないので断念。今度はビニール袋を頭からかぶって、さっきのサイクリング用衣類固定バンドを使用し、二酸化炭素中毒死を……と、数多に自殺行為を繰り返し、結局何も成功せず悲しみと苦しみ(心を中心に)だけが残った。
第三の苦しみ … ある程度死への執着心から解放され、家族の生活費を考える。そして対人恐怖症。傷病手当て金で収入を得ていた僕は、家族の扶養費がまかなえ無かった。『早く現場復帰しないと』『早く仕事探さないと』焦りが毎日強くなる一方、人と話す事が少し苦手になっていた。マイナス思考になり、他人が自分の粗探しばかりをしているかのように感じる。率直な意見でいえば『仕事をして収入を安定させたいが、人と接するのが怖い』といったもの。その為、市の管轄下にある職業訓練所のような所にお世話になった。週に数日から始まり徐々に出動回数・時間を増やしていく。そうする事によって『心のリハビリ』を行った。
そして現在 … 現職であった福祉(介護)の仕事をしている。『死』に直面するまでも、切実に『死にたい』と訴える人達に会ってきたが、その心を理解する事は不可能であった。しかし、今は自分自身が『死と正面から向き合って』感じたもの。そこで見たもの。それを踏まえた上で話をする事が可能になった。『死』を聞く事と『死』を見る事、『死』を感じる事、『死』を体験する事。これらは全て似て異なるモノだ。これからもいろんな経験をしていろんな人達と出会っていきたいと思う。
最後に … しかしこの病(鬱病)は長引く(心の風邪)で、もう2年以上薬を飲み続けているが、改善の兆しが見えても、ちょっとした心の傷でその姿を現す。病院通いも未だに続き、薬を飲まないと動悸が治まらない日も少なくない。
ただ『死』と向き合って、『死』に直面した事によって得られたモノは多くあったと思う。ただこれだけは知っておいて下さい。『死にたい』って人に「そんな馬鹿な事考えたら…」とか「そう言わずに頑張れ…」とか決して言わないであげて下さい。『自分は馬鹿なんだ』『今でも頑張ってるのに…』とマイナス思考により、より一層『死にたい』って考え易いから…。
あの頃は…「なんで…」て言われてたけど、今となっては、いい経験だったと思います。




