高齢者(おとな)の怪談
お盆といっても歳をとるとそれほど忙しくはなくなる。
子供も孫も良い聞くなって田舎などには興味をなくして、夫も好きに生きる様になるからだ。
代わりに、忙しいと顔を見せなかった幼馴染が1人、気楽に里帰りに来たりもするのだ。
そして、一人暮らしの友人宅で酒盛りをする流れになったりする。
それは私が子供の頃に無かった設定だった。
結婚率は高かったし、家族はみんな集まるのが当たり前だった。でも、少子化で兄弟も少なくなり、なんとなく疎遠になると実家に帰るのを敬遠してしまうものだ。
今回、本当に令和的な招待で私はこうしてローカル線に乗り、疎遠だった友人に、故郷に会う為に旅をする。偶然、私のSNSを見つけた友人 島田美咲からのダイレクトメールが切っ掛けなのだ。
長い旅の終わり、時間は既に21時をすぎたそんな中、美咲は駅に現れた。
この日は、沢山の帰省者を迎える家族の車で駅は華やかで明るかった。
美咲はチョコレート色の小さな軽自動車でやってきて私の荷物を後部席に押し込むと私を助手席へと誘った。車が滑るように動き出した。方向指示器のカチカチ音を聞きながら、美咲はカセットテープをデッキに入れた。
「すごいわね。カセットって、使ってるんだ。」
と、思わず叫んで、失礼だったのではと心配になる。が、美咲は気にせずに何か含みのある笑いを漏らす。
私は流れる音楽と司会者の声に悲鳴をあげた。
「え?ちょっと、これ、まさか『ご機嫌・ナイト』なの?」
『ご機嫌・ナイト』は学生時代、クラスの、いや地元の学生のカリスマラジオであった。
「ふふ。なんか掃除していたら出てきたんだ。良いでしょ?」
と、美咲は笑う。
「すごいわ。そして、このレーベル!なつかしー」
私はカセットケースのなんだか良さげなNYのビル街の写真のついた表紙を見つめて叫んだ。ああ、当時はネットなんてなかったから、ラジオからの録音、エアー・チェック という行為で新しい音楽を入手していた。そして、そんな新曲を紹介する人気の司会者。ああ、ラジオは週ごとのカテゴリーで分かれていて、今流れているのは月曜日のモダンジャズ。年配の地元のアナウンサーがいい感じのレトロ感で音楽を紹介するものだった。
「そうでしょー。これはお母さんの為に録音したものだけれど、ちゃんととってあるんだよね。昔は何がいいのかって思ったんだけれど、最近ハマって。カセットデッキ入れちゃったわ。」
と笑う美咲の行動力に驚く。
「え、でも、カセットじゃ、すぐに終わるってしまうでしょ?」
私の言葉に美咲は苦笑する。
「いいのよ。必要があればスマホから無線で送ればいいんだもん。まあ、それはともかく、コンビニ寄るけどいいかな?」
と、美咲が聞いたのは結構な遠回りをする事を意味している。
「いいわ。お土産につまみは買ったけれど、冷たい飲み物は必要だもんね。」
私は笑った。その時、私は美咲と10年近くご無沙汰をしていた事も忘れていた。懐かしい音楽、ラジオの曲とともに過ぎた時間が溶けてゆくのを感じていた。
美咲の家は平屋の古い家だけれど、そこそこ掃除もしてあって居心地はよかった。
私達は10畳程度の居間で黒檀のなんだか立派なテーブルにコンビニ惣菜と缶ビールを並べて話し始めた。
おばさん2人で一緒に風呂に入り、そして、少女チックなピンクのタオルターバーンで髪を抑え、隣の部屋に布団を並べて準備は万端だった。
とにかく、話ことは沢山あった。私は関東に就職して結婚したし、そして、夫と死別もした。
美咲は親の介護で帰ってきて、そして、母親か亡くなって1人になるとネットで何やら配信業を始めたらしかった。
「ねえ、そんな動画の配信とかで生活できてるの?」
少し心配になって聞いてみた。美咲は肩をすくめて苦笑する。
「今更、再就職も大変だし、今のところ、なんとかなってるもの。いいのよ。あとはこの家でひっそり死んでると思うから。」
美咲は冗談とも本当とも言えない感じでいう。
「やめてよ。縁起でもない。ああ、でも、怖いわね。孤独死…」と、私は自分の行く末を考えて暗くなる。そして、美咲のお願いを思い出した。「そういえば、怪談を1つ、教えて欲しいっていってたわよね?」
私の質問に美咲は思い出したようにスマホを取り出して録音を始める。
「そうよ。何か面白い話してくれるの?」
と、興味深そうに私を見る美咲に少し申し訳なくなる。
「ごめんなさい。私、もう、幽霊とかそういうの怖いと感じなくなってきたわ。それより、孤独死とか、生活苦の方が怖いわ。」
ああ、ため息が溢れる。まあ、年齢を重ねれば、いつかは死の国の方が近しい感じがするのだから仕方ない。美咲はそんな私をみてビールを開ける。
「そうね。確かに。学生時代、お嫁さんを夢見たわね?あんな感じで死ぬ日の事を考えるようになったもの。」
美咲は少し切ない顔になる。多分、私もそうだと思う。
「そうね、好きな人や親しい人は、こっちの世界より、向こうの世界の方が増えてゆくものね。」
私は少し切なくなる。夫は50代前半で病死した。幸い保険など、手厚いケアがされていたのでなんとか子供を成人させて独立もさせられた。でも、1人残された私は少し寂しい気がした。
私が死ぬ時は、あの人が迎えに来てくれるのだろうか?プロポーズの時と同じように一本、赤い薔薇を持って。
「ちょっと、何、泣いてるのよ。」
と、美咲に言われて少し恥ずかしくなる。
「いやね、歳をとると涙腺弱くなって。それにしても、怖い話なんてこの雰囲気じゃ湧いてこないわね。」
私はわざと明るくそう言った。遠くから家鳴りが小気味よく響く。
「本当ね。でも、それじゃ、私の配信ネタがなくなるわ。」
美咲は困った顔をする。私も宿泊させてもらってるので悪い気がした。
「ねえ、こう言った、生活苦とか、そういう話で『高齢者の怪談』って題名で配信したらどう?
意外と受けるかもしれないわよ。」
と、イタズラっぽく言ってみたけれど、美咲にすぐに否定される。
「あーダメダメ、こういう社会ものは『ザマァ』とか『みんなのコメント』系の失敗ものでやられてるもの。再生回数回らないわ。」
「『ざまぁ』?」
聞き慣れない言葉に聞き返す。美咲は慌てて説明する。
「ああ、ネットの『痛快、自業自得もの』みたいな感じかな?まあ、ともかく、なんかジャンルが違うから客が釣れないのよ。怖い話にはお化けが出ないと。」
美咲は苦笑する。私は少し考える。静かな夏の夜だった。遠くからカエルの鳴き声がオーケストラのように押し寄せてくる。
パシン。また、廊下の方から家鳴りがする。
私はそれを懐かしく聞いていた。古い木造の家では時より木材が膨張して鳴ったりする。私の実家もそうだった。そして、夫と借りたアパートも引っ越したマンションも時より鳴っていた。
「あ、そうね、思い出したわ。家鳴り って妖怪のお話。」
私の言葉に美咲はペンを取る。そして、私は酔いに任せて話始める。
私の実家は山の近くの古い家で、土間という土の廊下が家の中にあったり、小学生の頃までは五右衛門風呂だったりした。
だから、家がパチパチとよく鳴っていた。
そして、同居の祖母がいろんな話をしてくれた。
父は木材の膨張と言い、祖母は 家鳴り という妖怪の仕業だと言った。
私はロマンチストで、当時は怖い話が人気だった。
少女漫画で登場する怪談を読みながら、私は夢を見ていた。少女漫画全盛期の私のイメージの家鳴りは西洋風みの顔の整ったハンサムな妖怪だった。
「ちょっと、それ、コメディじゃないわよね?」
美咲は心配そうに文句を言う。
「あら、大丈夫よ。怖いかどうかはわからないけれど。」
と、私は話始める。
私の家は騒がしい家だった。当時、海外の『ポルターガイスト現象』というものが流行っていて、私の 家鳴りは ポルターガイスト という横文字に改名された。そして、漫画は怪奇現象の探偵ものが流行っていて、私も自分の家の音について調べ始めた。
西洋の近代心霊研究が始まったのは アメリカからである。1848年ハイルズビルという町の フォックス家で起こった怪奇現象が始まりなのだそうだ。
ここに住む少女たちが音を使って霊との交信を試みて成功したことから、近代交霊術が始まるのだそうだ。
鳴る音の数で 『はい』 『いいえ』を表現するのだそうだ。
これを私も試そうとした事がある。でも、そう簡単には行かなかった。そのうち、話しかけている自分が馬鹿馬鹿しくなってきてやめてしまった。
でも、その癖は残ってたまに話をしたりもした。
家鳴りは不規則に鳴っていたけれど、そのうち、そこに法則を見出す事が出来るようになる。
「ねえ、覚えてる?昔、土曜の深夜に映画があったの」
私は懐かしい少女時代を思い出していた。美咲は私の話を聞きながら何となく楽しそうに見えた。
「ええ、覚えてるわ。あの頃は面白い映画がいっぱいあったわね。」
美咲はそう言った。
「あれは深夜1時からの放送だったわね。で、3時くらいまで放送していたわね?あの頃、うちにはビデオデッキは無くて夜中に起き出してこっそり見ていたのよ。」
私はその頃を思い出す。
深夜、私の家は静まり返り、そして、何か、人ならざるものの雰囲気が漂っていた。
私は怖がりではあったけれど、でも、時が経つと何となく話が理解できるような気がした。
夏には怖い映画が放送されてけれど、私は見ていた。不思議と怖い映画の時はよく 家鳴りがした。
そして、怖いとき、怖いというと静かになるのだった。
「それだけ?」
と、美咲はペンを持って不満そうに私を見る。私は笑った。
「そう。それだけ。」
と、私は笑った。ああ、そう、それだけなのだ。美咲はがっかりしたように肩をすくめた。
私は立ち上がり、つまらなそうな美咲にこう言った。
「確かに、私、家鳴りを怖がった事なんてなかったわ。そして、そんなものは木材建築の日本家屋ならどこでもあると思っていたの。でもね、アパートを売却して今、住んでいる家では、なんの音もしないのよ。
私にはそっちの方が怖いの。で、」
と、私は美咲の家を見回した。美咲は少し不思議そうに私を見た。私は話を続けた。
「でも、ここは色々といて、本当に羨ましいわ。」
私の言葉の後で、パチン パチンと、家鳴りが鳴った。まるで、それは拍手喝采のように部屋を包んだ。




