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ザエッダの弓手 〜 黒と空の物語 〜

未完の弓 ─ その一削りで、すべてが決まる ─

作者: 無為(MUi)
掲載日:2026/04/14

 

   ─形は、一度削れば戻らない

     だからこそ、手は迷う

  それでも、やるしかない瞬間がある─

 

 

 

 

 

 確かにいい弓だ。王都の職人が作った品だけあって、しなりに癖がない。仕上げも丁寧だ。


 俺は深呼吸をひとつすると、姿勢を整え、的に向かって弓を引いた。第一射、二射、三射。

……どうにも手応えが薄い。素直過ぎて、逆にやりづらい。


「おいおい、当たってねーぞ」


 デニスが野次を飛ばす。


 四射目が綺麗に的のド真ん中を射抜く。


「…お見事」


 ジーンが軽く拍手をしてくれた。エルフに弓を褒められるのは何だかむず痒い。


「それ買えよ。愛着とかで固執すると弓に殺されるぞ。外した時、誰が責任取ると思ってんだ」


 デニスの言いたいことは分かる。


「確かに良い弓ですが、今はいいです」

「はぁ?何でだよ」

「えぇと…」


 上手く説明出来ない。

俺は首を振って、弓を置いた。荷物から使い慣れた弓を引き抜く。振り向きざまに一射、一歩踏み込んで二射。半歩ずれて三射。矢はすべて、的の中心にまとまった。


「…ほら」


 振り返る。


「こっちは、勝手に当たるんで」

 

 

 

「あれは、傑作だったな。デニスがぐうの音も出なくなっててさ」


 イーヴォが仰向けに転がったまま思い出し笑いをしている。

大人組は食事のあと飲みに繰り出してしまったので、部屋に残ってるのは俺とイーヴォだけだった。


 娼館の一件以来、イーヴォはやけに話しかけてくる。理由はよく分からないが、おかげで俺もずいぶん気安く話せるようになっていた。


「いま作ってるそれは次の弓?」

「そのつもり。まぁ失敗しなければ、だけど」

「失敗とかあるんだ」

「うん。削りすぎたのを直すと弓が弱くなる。なんだろう、弓木を手にしたとき感じた理想から遠ざかっちゃったガッカリ感というか」

「あー、素材見ると完成形が想像出来る感じか」

「そうそれ」


 俺は壁に立てかけたトネリコの弓に目をやった。


「あれを作ったとき弓木を何本も駄目にしちゃってさ。イチイの弓材はこれ一本しかないから失敗出来ない」

「だから毎日寝る前にちょっとづつ削ってる訳?」

「そういう事」

「面白い?」

「……面白いよ」



「削るで思い出したんだけどさ」


 イーヴォが斜めになった天窓を眺めながら話を始める。


「魔導の呪文ってさぁ、つくられた当初はすげぇ詠唱が長かったのよ」


「『私はこの地に雷雲を呼び寄せ雷を落とします。その原理とは』から始まって、論文宜しく延々と続くわけ」

「何だそれ」

「証明しないと事象は生じない、と習った」


 ごめん、よく分からない。


「そんなだから詠唱中の魔道士を守る専門の護衛が何人もいたんだ」

「かといって雑に端折ると効果が出ないどころか暴発したりするし。削って、削って、やっと今の形になった訳」

「はは、弓と同じだ。適当に削ると曲げたときバキッと逝く」

「削ってくうちに、呪文が枝分かれしたりもする。強力な呪文を削って簡略化した結果、威力は下がるけど、ごく短い詠唱で済む魔法が生まれたりするんだ」

呪文スペルって繊細なんだな」

「弓だって大分繊細だろ、やってること見てる限り」

「まぁ…気は抜けないかな。弓は…、削ったら戻らないから」


 俺は弓木の端を軽く押し、わずかなしなりを指先で確かめる。

イーヴォはしばらく俺の作業を眺めていたが、やがて傍らの参考書に没頭し始めた。


 部屋の中で本をめくる音と、小刀が木を削る乾いた音が、静かに混じる。

 

 

 


 イーヴォが枕元の灯りで参考書を読み、俺は天窓の下で弓を削る。いつもの光景だ。

ここは天窓から差し込む光で作業がしやすい。

  

「…先が見えないな」


 俺が小さく漏らしたのが耳に入ったのか、イーヴォが起き上がる。


「急いじゃ駄目なんじゃないの?弓は不可逆なんだろ」

「焦ってるわけじゃないんだ。ただ…」


(このまま勘だけで進めていいのか)


 やり直せないのに。戻らないのに。


 間違ってしまった経験が脳裏を掠める。


 「─つまり削る場所が可視化されればいいんだろ。ないの?そういう道具」

「村の職人の家にはあった。あれと同じものを自作出来れば…」

「どんなやつ?」


 俺はイーヴォに紙とペンを借り、下手くそな図を書いてみせた。一通り説明を聞いたイーヴォは言った。


「それ、アルフで代用出来るんじゃないの」

「え?」

「アルフに弓曲げてもらって固定するだろ。ジュードがそれ見て、次に削る箇所に印をつければいいんでない?」


  ……確かに印をつければ迷わないですむ。


「…木に書いても弾かない…、間違えたら消せるやつ…」

「決まりだな。明日、買いに行こうぜ」

  

 

 

 

 翌朝、食堂で暇を持て余していた大人組が声を掛けてくる。


「なんでジュードがイーヴォの自習に付いてくの?」

「今日は図書室には行かねーよ」

「じゃ何をするんだ」

「何でもー」


 イーヴォが適当に仲間をあしらい、俺が慌てて答える。


「印が、要るんです」


 困惑顔の大人たちを残して、俺たちは街に出た。

  

 

 

「───なんだ、これ」


 言葉がそれ以上出てこない。

天を突く六本の尖塔。間近で見る魔導学院は予想以上の迫力だった。


「…近くで見ると本当に大きいんだな」

「まぁ、北方諸国唯一にして最大の公立魔導学院だし」


 イーヴォの横顔は誇らしげだ。

魔導技術の粋を凝らした建築なのだと説明してくれるが、半分も耳に入ってこない。


「六つの尖塔の配置自体が、巨大な術式になってる。都市防衛の要だね」


 仕組みを聞いても、理解出来そうにないので、深くは聞かなかった。


(俺には枝を払った巨木にしか見えない。いや、それでも十分凄いんだけど)

 

 

 

「正確に言うと、魔導学院に間借りしてる工房なんだけどさ」


 門番に冒険者証を見せて敷地内に入る。


「魔導塔は関係者以外立ち入り禁止だけど、それ以外は身分証あれば大丈夫。探してるの、炭筆でいいんだよな」

「炭筆?」


 初めて聞く言葉だ。


「そう、魔法用の上質炭。安定して均一な線が引ける」

「太さはどれくらい?」

「色々ある。試し書きして良さげなのを選べばいい」

「折れにくいのがいい」

「集中してるときボキッといくと嫌だよな。テンション下がる」

「あとは、力を入れなくても色が乗るといい…かな」

「剛健かつ柔軟に、か。相反する要素を上手く取り入れてこそ、術の妙ってやつだ」


 引く力と放つ力のバランスの話かな。

イーヴォのたとえはちょっと難しい。

 

 

 

【《魔導技術開発研究所付属工房》】


 建物と看板の幅がほぼ同じだった。

 

「…名前…、長くないか? ”研究所付属” は削っていい気がする」

「いっそ、潔く”魔導屋”とかな」


 連れられて工房に入る。

中は、意外にもすっきりと片付けられて、棚も整理整頓されている。店名は雑然としてるのに。


「店主、炭筆を見せてくれる?」

「品質と種別は?術式用か、それとも仮記録用か」

「どっちにする?」

「折れにくて濃い色の奴で」


 店主は、数本の炭筆を並べてみせた。

一言断りを入れて試させてもらう。


「…これが一番良さそうな気がする」

「坊主、分かってるな。そいつは魔法陣を描くのに最適の一本だ。気持ちよく陣が引ける」


 それは…、書かないんだよ、うん。

 

 

 

「お前さ、さっき魔法陣の話、否定しなかったよな」

「……面倒だった」

「ものぐさかよ。単に喋るの下手なだけじゃね?」


 そうなのか? そうなのかも。

  

 


「へーい、アルフ、暇してるぅー?」

「なんだ、なんだ。俺とお付き合いしたいのか?」

「えぇと…、その…、弓の調整に付き合って欲しいです」


 イーヴォが俺の頭を軽く小突きながら笑う。


「自分から言えて偉いぞ。じゃ、俺は部屋に戻るから」


 肉体言語には興味ないんで。そう言い残すと、ひらひらと手を振りながら階段を上がって行った。

 

 

 

「なるほど、俺がその添え木の役をする訳だな」

「はい、お願いします。弓の引き方と保持のタイミングですが」


 俺は仮弦をゆっくりと引いて見せる。

弓木が弧を形作る。


(ここまでだ)


「これくらいの速度で。今止めてる場所より少し手前で止めて下さい」

「心得た」

 

「──どうですか?」

「なんか、変な感じするな」

「……あぁ、少し左右がよじれてますね」

 

 均等に力がかかってないからだ。同じ木でも、同じにはならない。


 親父に叩き込まれた言葉が、脳裏に浮かぶ。


『均等にしならせろ』

『どこにも無理を出すな』


 ……分かってる。分かってるって。


「大丈夫か、ジュード」


 アルフが心配そうに声を掛けてくる。


(いけない、手が止まってた)


「少し休憩しますか?」

「人間調整棒を舐めるなよ。あと三十分くらいは楽勝だ」

「……そんなには掛からないです」


(下側をやや硬めに残す)

(上側を少し柔らかくする)


 阿呆みたいに唱えて覚えた ”心得” を繰り返す。


 感覚を頼りに炭を入れていく。俺が完成させた弓は三本だけだ。乏しい経験を頼るのは心もとない。


 (迷うな。迷えば弓が弱くなる)


 いい弓を作りたい。俺に出来る最高の弓に仕上げたい。だから、失敗出来ない。

失敗したら、…終わる気がする。

 

 額にじっとりと汗が滲む。

 

(これで合ってるのか、本当に…)

 

 

「……終わりです。有難うございました」


 俺は深々と頭を下げた。

 

 

 

 今夜は月の出が遅いのか、まだ光はない。勉強疲れなのか、イーヴォは静かな寝息を立てていた。


 寝台横の小机を寄せて、小さな明かりを灯す。


 どこを削るかは分かってる。……応えろよ。


 印を削る、また削る。炭を入れた時を思い出しながら、ひたすら削る。

 

  

  

 ──どれくらい時間が経ったのか、細い月が昇っている。


 裏庭に通じる扉を音を立てないように静かに開く。

王都でもこの時間は少し冷える。

 

 浅く切った溝に仮弦のループを通し、緩く張る。

 

 

 ───月の主ラウルクよ、

 

 静かに……見てくれ、狩る手を。

 曲がるな、歪むな……、

 

 ……いや、いい。

 

 頼む。ちゃんと飛べ。

 

 俺はゆっくりと弓を引き、弾いた。

 

   

 ───良くなっている気がする。

  

  

 

 確信はなかった。

  

 

 

 

 

 

 ─ End ─

 

 

 

【次回予告】

 

 魔導学院で盗まれた呪文書を追い、少年は初めて人に矢を向ける。


 不完全な魔法、噛み合わない力、そして言葉。

 

 

 ※次回は、『ザエッダの弓手 05:借り物の一射』の予定です。

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