表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

藍色の空

藍色の空 ~第1章~

作者: ジョンジ
掲載日:2025/10/13

静かな放課後の教室。藍色の空の下で出会った二人の心は、ゆっくりと惹かれ合いながらも、すれ違いと痛みを繰り返す。

家庭の影、未来への不安、そして淡く切ない恋。

これは、ひとりの少女・夏沢藍が「愛」と「強さ」を見つけるまでの、記憶に残る青春の物語——。

挿絵(By みてみん)



放課後の教室に、淡い夕陽が差し込んでいた。

 窓際の席に座る夏沢藍なつざわ・あいは、ノートの端に小さな花の絵を描きながら、ぼんやりと外を眺めていた。

 西の空は、藍と橙のグラデーション。

 遠くでカラスが鳴き、グラウンドでは野球部の掛け声が響く。

 けれど、その喧騒の中にいても、藍の心はどこか別の場所にあった。


 「……まだ、帰りたくないな」


 小さく漏れた言葉は、夕暮れの空気に溶けて消える。

 家に帰っても、温かさはない。

 母は夜まで帰ってこない。帰ってきても、機嫌の波に怯える時間が始まるだけだ。

 それでも、家には一人残している妹——美緒みおがいる。


 美緒はまだ中学一年。

 あどけなさの残る顔に、無理して笑う癖がついた。

 母の不在を悟られまいとする小さな強がりが、藍には痛かった。

 塾の月謝は藍が払っている。夜のバイトで稼いだお金を、美緒のために。

 ——それなのに、最近は顔を合わせるのも少し怖い。


 「帰ったら、“お姉ちゃん、今日も遅いの?”って言われるんだろうな」

 そんな問いに、どう答えればいいのか分からなかった。

 本当のことなんて、言えるわけがない。

 “夜の街で働いてるの”なんて言ったら、美緒はどんな顔をするだろう。

 想像するだけで胸が締め付けられた。


 窓の外の空は、ゆっくりと藍色に沈んでいく。

 それはまるで、自分の名前のようで、そして、どこか哀しい色だった。


 ——そんなとき。


 「藍、また残ってるの?」


 聞き慣れた声がして、藍は顔を上げた。

 教室のドアのところに、**空汰そらた**が立っていた。

 スポーツバッグを肩に掛け、汗に濡れた前髪をかき上げながら、いつものように少し照れた笑みを浮かべている。

 夕陽が差し込む中、その姿だけがやけにまぶしく見えた。


 「……うん。ちょっと、勉強してて」

 「偉いなぁ。俺、もう眠くて無理だわ」

 「野球部、今日も練習長かったんでしょ?」

 「まぁね。顧問が気合入りすぎて、もうバット振る腕が震えてるよ」


 そう言って笑う空汰の声は、いつもより少し掠れていた。

 でも、その明るさが心地よかった。

 藍は、気づかれないように小さく息をつく。


 空汰はクラスでも人気者で、明るくて、まっすぐな人。

 でも、藍から見れば、遠い世界の人——そう思っていた。

 それでも彼は、藍が一人で残っていると、なぜかよく声をかけてくれる。


 「藍って、あんまり誰かと群れないよな」

 「そうかな」

 「うん。なんか、無理して笑ってる感じがする」


 その一言に、心臓が跳ねた。

 図星だった。

 誰にも気づかれたくなかったのに。


 「……そっか。見抜かれてたんだね」

 「まぁ、俺も似たようなもんだからさ」


 空汰はそう言って、窓の外を見上げた。

 オレンジと藍が混ざる空に、白い息がひとすじ浮かんでいく。

 その横顔が、どこか寂しげだった。


 「うちも父親いないしさ。母さん夜勤で、晩飯はコンビニ多め。

  気づいたら、もうそんな生活が普通になってた」


 藍は目を見開いた。

 まるで、自分の話をされているようで。

 でも彼は、それを“可哀そうなこと”みたいに言わない。

 笑って、まっすぐ前を向いている。


 「……空汰くんって、強いね」

 「いや、全然。強がってるだけ。

  でもさ、どうせ強がるなら、笑ってたほうがいいだろ?」


 その言葉に、藍は少し笑った。

 自分よりずっと大人に見えた。

 それが、なんだか悔しくて、そして羨ましかった。


 教室の外では、最後の夕陽が沈もうとしていた。

 その光が窓を抜けて、藍のノートの花を照らす。

 その瞬間、彼女の胸の奥に小さな灯がともった。


 帰り道。

 駅へ向かう坂道を、二人で歩いた。

 街灯の下、吐く息が白く浮かぶ。

 空汰はコンビニの袋を片手にぶら下げていた。


 「なぁ、藍。ひとりで勉強してるの、しんどくない?」

 「……まぁ、少しは」

 「じゃあ、今度一緒にやろうよ。図書館とかで」


 藍は驚いて、足を止めた。

 振り返った空汰の顔が、街灯の光に照らされている。

 その笑顔はまっすぐで、飾り気がなかった。


 「……うん。じゃあ、お願いしようかな」

 「決まり!」


 空汰は笑って、袋の中から肉まんを取り出した。

 「寒いし、これ半分こな」

 差し出された湯気の白が、ふたりの間にゆらめいた。

 藍は小さく笑って、それを受け取る。


 その瞬間、胸の奥で何かが柔らかく溶けた。

 ——人のぬくもりって、こんな感じだったっけ。

 忘れていた感覚が、少しずつ戻ってくるようだった。



 夜、藍は自室の窓を開けて空を見上げた。

 藍色の空に、ひとつ星が瞬いている。

 母はまだ帰らない。

 でも今夜は、不思議と寂しくなかった。


 胸の奥で、小さな期待が芽生えている。

 ——また、明日会えるかな。

 そんな願いを抱いたまま、藍は静かに目を閉じた。


〈第2章 予告〉

 図書館で始まる、ふたりだけの放課後。

 少しずつ距離を縮めていく藍と空汰。

 だが、藍の家庭にある“影”が忍び寄る。

 そして、空汰が抱えるもうひとつの秘密が、ゆっくりと姿を現す——。


 次章:「君が教えてくれた青」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ