シロイヌ再び
〈魂の拔かれた如く白き薔薇 涙次〉
【ⅰ】
仲本の呼び出しがあつたので、じろさん「魔界壊滅プロジェクト」本部に出向いた。
「* 一旦任を解かれた白山犬儒郎が、舞ひ戻つてきた」さう仲本は始めた。「然も今度は狙撃隊を率いて。もぐら國王を殺す積もりらしい」
「奴はさう簡単に殺られるやうなタマぢやないよ。だが、氣になると云つちや、氣になるな」-「そこであんた方に頼みがある」-「なんだ?」-「シロイヌを斃す、詰まり、カンテラ氏に斬つて貰ひたい」-「それは穏やかならぬ話だな。警視庁内部の問題ぢやないか」-「それはさうなんだが... また所謂『叛仲本派』の動きが活發化してきた。俺には押さへつけられないんだ」-「カネは出すんだらうな?」-「勿論だ。内輪の爭ひをあんた方に押し付けて、申し譯ないのだが」
仲本は丁寧に頭を下げた。じろさん、取り敢はず話は伺つた、と、本部會議室を辞した。
* 当該シリーズ第141話參照。
【ⅱ】
「もぐら御殿」にて。朱那が、宇治の新茶を淹れ、じろさんに饗した(何事も一流好みの、國王らしい)。「...と云ふ話なんだよ。あんた方、仕事は?」-「目白押しなんですよ。故買屋Xが、色々話を持つてきてね」‐「まあ氣を付けるに越した事ないね。あんた方の事だから、強引に仕事を進めるだらうが」-「ご忠告、痛み入ります。シロイヌの奴、しつこいからな」
その話は当然、カンテラの方にも行く。「狙撃隊か-『叛仲本派』も思ひ切つたもんだ」。カンテラは例に依つて、ランタンの中に籠つてゐた。じろさん「カンさん、だうする? 斬るか」-「まあ成り行き次第だね。國王の仕事ぶりにも依る」
【ⅲ】
國王は、次の仕事、と或るビルの管理室を狙つてゐた。管理室、と云ふのは大概建物の一階にある。トンネルを掘つて行き易いのだ。然も、金庫には当坐の管理用に資金がある。故買屋は、どこで入手したネタかは知れぬが、その金庫のキイ・ナンバーを知つていた。その情報を、國王に賣つたのだ。
白山は久し振りの檜舞台(休暇扱ひで、休職してゐたのだ)で、蓄へた力を一挙に出してやる、と息まいてゐた。狙撃隊、誤つた振りをすれば、本当に國王と枝垂哲平を消す事も可能。彼の國王らに對する思ひ、と云ふのは、一種【魔】的であつた。
國王、やれるもんならやつてみろ、と云ふ積もりもあつて、わざと犯行豫告を出した。白山を挑發してゐるのである。じろさんの忠告に、従はなかつた譯だが、まあそれは彼の方にも、仕事に賭ける心意氣と云ふものがあつての事だ。國王と枝垂は豫告通り、某ビルに現れた。
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〈油蟬鳴き出しさうな晝である五月よ既に夏に倦みたり 平手みき〉
【ⅳ】
カンテラ一味は、その流れをウォッチしてゐたのだが-「はつはゝ、豫告通り、來てやつたぜ」-余りにも、挑發が過ぎた。冒険児としての一途な國王の血が、さうさせたのだ。が、彼は痛い目に遭ふ。白山は当然の事ながら、豫防線を張つてゐた。狙撃隊が準備万端で待つ。そこを潜り拔けたのは、流石怪盗の名に愧ぢなかつたのだが、枝垂が、これは彼らしからぬ事だが、逃走の際にもたついてしまつた。白山の軍勢は、そこを見逃さず狙撃してきた。
冥府- 枝垂は氣が付くと、木場惠都巳の憩む、氷漬けのバスタブの傍らで寢てゐた。「こゝは-」問ふ迄もない。惠都巳は云つた、「哲平ちやん、いつも一緒にゐられるのは嬉しいんだけど、あなたまだこゝに居付くには早過ぎるわ」。重傷を負つた枝垂は、生死の境をさ迷つている、最中だつたのだ。ハーデースの氣遣ひで、彼は人間界・現世に戻る事となつた。
國王の息が掛かつた某病院の一室に、枝垂はゐた。目を開けると、「生き返つた!」と國王と朱那は顔を見合はせた。枝垂、脇腹の疼痛に苦しみながらも、ベッド上「國王。俺の仇を打つてくれないか?」。氣丈な枝垂の申し出に、國王「おうともよ。お前はゆつくり休め」
【ⅴ】
そこで、國王始め、カンテラ・じろさんが、對白山の攻撃に出た。國王は、枝垂の仇であるから、無茶苦茶に暴れた。バールを揮ひ、狙撃隊の銃彈をも恐れなかつた。じろさんが助太刀をする。「此井殺法・ライフル殺し!!」じろさん、狙撃隊のライフルの銃口に、指を詰めると云ふ荒業に出た。暴發。それを繰り返し、狙撃隊を潰走せしめた。ライフルと云ふのは、至近距離を攻撃するのには、向いてゐない。
白山が、彼らの後ろで指揮を執つてゐた。カンテラ「シロイヌさんよ、前回は『修法』で濟んだが、今度は剣の錆にしてやるよ」‐「何だと! お前、誰の指圖で」‐「殘念ながら、俺は誰の指圖も受けん。死ね!!」‐「しええええええいつ!!」。カンテラはばつさり太刀を振り下ろした。シロイヌ、殉職。
【ⅵ】
「カンさん、此井先生、有難う。枝垂も喜ぶだらう」と國王。カンテラ「まああんたも人の忠告には従うふこつた。だが、白山を斬るふんぎりが付いたのは、良かつたがね」
枝垂、分け前を國王から受け取り、「俺も國王みたいに、一つ仕事が終はつたら、惠都巳に何か買つてやるやうにしやうかなあ」‐自らの命が懸かつてゐたにも関はらず、暢気なものだ。彼にも、國王のスピリットは、充分過ぎる程、傳はつてゐたのである。盗みは、彼らにとつて、ロマンの追及手段だつたのだ。
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〈止まらぬか夏の咳き暑苦し 涙次〉
或る人に、もぐら國王はポエジーそのもの、と云はれて、これを書いてみた。シロイヌ如き、眼中にない、浪漫的心情のなせる業である。それは、一面では、彼ら持ち前の業でもあつたが。
お仕舞ひ。ぢやまた。