暇なあなたが行けば?
(午前10時、事務所内。キーボードの音と電話の呼び出し音が響く)
所長(ふらっと現れ、手帳を見ながら):「おーい、ちょっと耳貸してくれ。田沼建設から紹介された会社があるんだよ。“東陽企画株式会社”。この会社、ちょっと気になるからさ……謄本取って調べてこい」
椎名(目を離さずにパソコンを叩きながら):「住所は?」
所長:「ここ(と、ポケットからくしゃくしゃのメモを出す)」
森:「またそのポケットメモ……油シミついてて読めませんけど」
栄田:「所長、今どき法務局まで行かなくても、オンラインで取れますよ」
所長(目をつぶって手を振る):「いやいや、現地に行くのが大事なんだよ。空気を感じるの。会社の“気”ってやつを読むんだよ。“気”を!」
椎名:「で、誰が行くんですか?」
森:「僕、今日は年末調整のチェックで手一杯です」
椎名:「僕も午後イチで迫田商事と打ち合わせが……」
栄田(ちらりと所長を見る):「誰も行けないなら、“暇なあなた”が行けばいいんじゃないですか?」
所長(鼻で笑いながら):「はっはっは、なに言ってんだ。私が行ったら逆に相手が身構えるだろう。VIPが突然来たら困るだろ? そういうもんだよ。うん」
森:「じゃあ、誰が……」
所長:「……というわけで、椎名くん、君に期待してるぞ!」
椎名:「僕!?」
所長:「若い足でパッと行って、サッと空気を読んできてくれ。あ、それとついでに私のスーツ、クリーニングにも出しておいてくれな」
椎名:「スーツ関係ないですよね!?」
所長(デスクにどっかり腰を下ろし):「いやぁ、忙しい忙しい……。」
(周囲、無言)
栄田(小声で):「暇なのに行かない気満々ですね……」
森:「“所長の仕事=指示出し”って信じて疑ってない顔してる」
椎名(ため息まじりに立ち上がり):「はいはい、行ってきますよ……。スーツは置いといてくださいね!」
税理士事務所では、時に“誰が行くか”が小さな戦いになります。
指示を出すだけで動かぬ所長と、察して動く職員たち。
今日も事務所は平和です(たぶん)。